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同期再び

 翌日の昼休み。いつものとおり未紗季と日向が向かい合って食事をしていると、慎二が食堂に現れた。

「慎二——!」

 すぐに気づいた日向が大きく手を振る。慎二も少し驚いたように目を見開いたが、口元に笑みを浮かべて歩いてくる。

「久しぶりだな。」

 手招きされ、日向の隣に慎二が座った。それから正面を向き、未紗季の方を見た……。

 慎二が小さく「よっ」と手を挙げる。

 未紗季も努めて自然に「よっ」と返す。

 二人の再会は、去年の五月に済んでいたのだから……。

 慎二が席に着き、三人の間に少しだけ懐かしい、でもかすかに微妙な空気が流れた。そんな空気を吹き飛ばすのは、やはり日向の役割だった。

「お前さ、黙って行っちまうんじゃねーよ!」

 茶化すように言いながら、軽く拳を作って慎二の肩をストンと叩く。

「悪かったよ。」

 慎二は、寂しそうな笑みを浮かべてった。

「あの時はめちゃくちゃ忙しくて、連絡もせず、本当に悪かった。ていうか、ほとんど記憶がないくらい、ほんとに忙しかった。」

 また空気が沈み始め、日向も一瞬だけ何か言いたそうな顔をしたが、すぐに表情を戻してニヤリと笑う。

「で、新しい仕事はどうよ?海外戦略推進室 次長さん。」

「やめろよ、その呼び方。」

「いいじゃねぇか。なんかエリート感すげーし。」

「言うなって……。」

 二人のやり取りを見て、未紗季も思わず笑いそうになった。

(やっぱり、場の空気をうまく和ませるのは、日向の天性だね。)

 未紗季と慎二との空気が悪くなった時、「ケンカするなー」と間に入り収めてくれたのは、いつも日向だった。未紗季は、ぼんやりとそんな昔のことを思い出していた。

 すると突然、日向が思い出したように、慎二に尋ねる。

「そういや、お前んとこの歓迎会ってあるのか?」

「ああ、明日だよ。」

「なら、今日は大丈夫か?」

「ん?」

 日向のトーンがさらに明るくなる。

「やろーぜ、俺たち三人で『同期復活会』。」

 慎二は少し驚いていたが、やがて小さく笑った。

「悪くないな。今日なら大丈夫だ。」

「決まり!じゃあ、仕事終わったら集合な!」

 未紗季はそんな二人のやりとりを見ながら、静かに頷いた。

 食事が終わるころ、慎二が一足早く席を立つ。

「先、戻るわ。」

 慎二がトレーを持って席を離れた。返却口のあたりで、かつての同僚や顔なじみと出くわしたようだった。

「おお、野口じゃん!戻ってきたのか!」

「久しぶりー!東京でバリバリやってたんでしょ?」

 声をかけられ、慎二は少し驚きながらも、「まぁな」と肩をすくめる。懐かしそうに、けれどどこか照れくさそうに、短い会話を交わしていた。

 未紗季がその様子を、遠巻きに、そして静かに見つめていた。そんな未紗季の様子を、日向が見ていた。

 慎二が食器を返し、社食を出て行くのを見届けた後、日向が小さく息をつく。

「さて、今日の作戦立てるか。」

「作戦って……ただ飲みに行くだけじゃないの?」

「未紗季も言ってたけど、ある程度の口裏あわせは必要だろ。」

 そう言って、日向は考えを巡らせた。

「まずは、俺のかわいい部下を紹介しようぜ。」

「それって、颯也君のこと?」

「そう、俺の自慢の後輩であり、未紗季の彼氏ってことで!」

「ちょ、ちょっと待って。それ、慎二に言うの?」

「まぁ、言い方はさておき……。佐藤は、未紗季と俺の共通の後輩だろ?だから、『二人にとって共通の後輩だから連れてきた』ってことにする。」

「颯也君、ついて来てくれるかな。」

「ま、俺がちょっと強引にでも誘うさ。」

 未紗季は少し考え込んだが、日向に任せれば、大丈夫なんじゃないかという気になってくる。あくまで『後輩』として紹介するなら、違和感はない。

「それなら……まぁ、大丈夫か。」

 未紗季がそう言うと、日向は満足そうに頷いた。それからポケットのスマホを取り出した。

「佐藤には、『今日飲みに行くぞ』 ってだけ伝えとく。慎二のことは、まだ言わないでおくとして……。」

「うん。」

「未紗季からも、『三人で行こうって話になった』 って、佐藤にメッセージ入れとけよ。」

「わかった。」

 昼休みが終わるころ、未紗季はデスクに戻る前、給湯室に立ち寄りスマホを取り出し、颯也にメッセージを送った。

『さっき食堂で日向が、三人で帰りにご飯食べようって言ってたよ。予定大丈夫?』

 しばらくして、颯也から『OK!大丈夫!』と返信が届いた。未紗季はそれを確認すると、スマホをしまい、午後の仕事に戻った。


 外回りを終えた颯也は、夕方、会社に戻ってきた。書類を整理していると、日向が声をかける。

「佐藤、今日、未紗季と三人で飯でも行くかって話になった。」

「未紗季さんから聞いてます。大丈夫です。」

「じゃあ、仕事終わったら行くぞ。」

 日向は満足げに頷き、それだけを伝えた。颯也も特に疑問を持たなかったようだ。

 仕事を終えた未紗季は、一足先に店に向かった。少しして、日向と颯也が店に到着した。

「お待たせー!」

「大丈夫だよ。ちょうど今座ったところ。」

 三人が揃い、いつもと変わらない空気の中で、まずは軽く飲み始めた。

「とりあえず乾杯!」

 日向が音頭を取り、グラスを合わせる。

「お疲れ様です!」

 軽く飲み始めると、日向が仕事はどうだ、と颯也に話を振る。

「仕事は大変ですが、藤原先輩が来てくれて、忙しいなりに、楽しさも増えました。ただ、ちょっと後輩をこき使いすぎじゃないですか……?」

 颯也が冗談交じりに言うと、未紗季がクスッと笑う。

「おいおい、俺はそんな無茶ぶりしてないだろ?」

「いやいや、昨日の『アレ』とか結構キツかったですよ。」

 気軽に始まったこの飲み会で、無邪気に笑い合う二人を、未紗季は笑いながら見ていたが、この後のことを考えると……少し複雑な気分だった。ちょうどそう思っていた矢先——。

「お待たせ。」

 低めの声とともに、店の入り口から慎二が現れた。

「お、来た来た。」

 日向が手を挙げる。

「遅れてごめん。ちょっとバタついてた。」

 慎二が席につく。

「慎二、お疲れ。」

 未紗季が努めて普通に声をかける。

「おう、未紗季。」

 慎二も自然に返す。

 颯也は、その自然なやり取りを見て、一瞬だけ身を固くした。

 日向がまず慎二を紹介する。

「こいつ、俺たちの同期で、元々大阪にいたんだけど、しばらく東京に行ってたんだよ。で、やっと戻ってきやがった。」

「野口慎二です。よろしく。」

 慎二は軽く頭を下げた。

 日向は続けて、颯也を慎二に紹介した。

「で、こいつ。関西エリアマーケティング部 企画戦略課の佐藤颯也。俺の部下であり、未紗季の彼氏、だ。」

 今度は、慎二の表情がわずかに固まった。しかし、日向は気にすることなく、さらっと続ける。

「『同期復活会』だから三人で、って言ってたんだけど、俺と未紗季の共通の後輩なんで、紹介がてら連れてきた。」

 颯也は改めて席を立ち、礼儀正しく自己紹介する。

「佐藤颯也です。初めまして。よろしくお願いします。」

 慎二はその様子をじっと見て、一拍置いてから、軽く頷いた。

「ああ、よろしく。」

 すかさず日向のフォローが入る。

「社内ではつきあってること内緒にしてるんで、お前も頼むな!」

 慎二が黙ってうなずく。

「じゃあ主役も登場したことで、改めてもう一回、乾杯行きますか。」

 日向の音頭で、同期復活会が本格的に始まる。乾杯のあと、まずは仕事の話で会は進んでいた。

「で、慎二。海外戦略推進室の次長さんは、どうよ?」

「だからやめろよ、その呼び方。」

 慎二が苦笑しながらグラスを置いた。

「実際、海外戦略推進室って何するところ?」

 未紗季が興味ありげに身を乗り出す。

「実のところ、まだ立ち上がったばかりで、正直俺もよく分かってないんだけど。室長にはいろいろ頭の中に構図はあるみたいだけどな。」

「そして、満を持して次長さん登場だね。」

「だから未紗季まで、やめろって。」

 軽く笑いが起こる。颯也も穏やかに微笑んでいた。

 しばらくはそんな他愛のない話が続いていた。ふと、日向が懐かしそうに笑う。

「そういえばお前らって、ことあるごとにケンカしてたよなー。そのたびに俺が仲裁に入ってさ。」

 未紗季と慎二、そして颯也も、一瞬表情が固まる。

「ケンカするほど仲がいいってな、気が付けば二人、付き合ってたよなー。」

「やめろよ、昔の話。」

(昔の話……)

 何気なく言った慎二の一言に、未紗季の心が痛んだ。

(そう、昔の話だ。)

「ほんと、やめてよー。」

 未紗季も慎二に合わせる。颯也の瞳が未紗季と慎二を交互に見ていたが、未紗季は気づかないふりをした。

「でも、なんだったっけか……なんか大ゲンカしたことあったよな。さすがの俺も、どうにも仲裁できずにさ。結局それが原因で別れたんだったっけか。で、気がつきゃまた、もとの同期……ってな。」

 後半、ちょっと創作が混ざっている感もあるが、あながち嘘というわけでもない。未紗季も慎二も戸惑いながら、日向にこの場の会話を任せることにした。

「そんなこともあったけど、慎二が東京から戻ってきて、固い絆の同期が再結集したんだ。これからも頑張っていこーぜ。」

「颯也君ごめんね、こんな話。日向ったら、もう。」

「大丈夫ですよ。お二人が付き合っていたことは、ちゃんと未紗季さんが話してくれましたから。僕は気にしていないです。」

 颯也は明るくそういったが、慎二はその颯也を一瞥しただけで、何を感じ、どう思っているのかはわからなかった。

「ほんとに短い間だったんだよ。それこそ若気の至りってやつ。今は本当にただの同期だから。やっぱこっちのほうが居心地がいいや、ね、野口次長さん。」

 未紗季が冗談めかして慎二に笑いかける。

「だからやめろって。」

 未紗季が明るく振舞えば振舞うほど、颯也の中の何かがくすぶるのだけど……。慣れればこんなもの、すぐに吹き飛ぶさ、と深く考えないことにした。

 そして、『同期復活会』は一見和やかに幕を閉じた。


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