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まさかの再会

 未紗季と颯也が付き合い始めて、そろそろ一ヶ月が過ぎようとしていた。

 颯也が一週間の出張に出て、今日で四日目。未紗季は、珍しく定時で仕事を終え、会社を出た。

 颯也が帰ってきたら、パパっと手料理でもてなせるように、ちょっと料理の練習でもしとこうかな、メニューは何がいいかな……など、そんなことを考えながら、軽い足取りで家へ向かう。心はもう、帰宅後の料理のイメージでいっぱいだった。

 寂しいながらも、そんな寂しい気持ちもいとおしいと思いながら、未紗季がマンションの前まで来た、その時——。

 マンションの前の植え込みのブロックに座っている、一人の姿があった。思いもよらない人物、そして、忘れもしない——慎二だった。

 時が止まったようだった。

「よ、久しぶり。」

 彼は立ち上がり、少し笑ってそう言った。

 未紗季の中で、すべての感情が一瞬にして混ざり合う。

 ———懐かしさ。

 ———あの日の苦しみ。

 ———いなくなった直後の、どうしようもない喪失感。

 ずっと会いたいと思っていた。でも、どうして今、このタイミングで……。頭が混乱して、言葉が出ない。

「……。」

 未紗季の表情を見て、慎二が低い声で話し始める。

「ごめん。急に東京に行くことになって、それっきり、何も言えなくなって、連絡もできないままで、本当に悪かった。」

 未紗季はどんな顔をして聞けばいいのかすらわからない。

「あのまま急遽東京に行って、そのままに帰れないままになって。……それ以来、ずっと大阪には戻ってなかったんだ。実家にも、一度も帰ってなくて。」

 ただただ驚くばかりの未紗季に対し、慎二は続けた。

「簡単な荷物は、東京に行くと決まってすぐに、いくらか先に送っていたんだけど、残ってた家具とか本格的な引っ越しは、実家の親にやってもらって……。俺自身は、今日まで一度も戻らなかった。」

 ひとつずつ噛み締めるように、ゆっくりと語る慎二。

「で、今日、やっと帰省した。五年ぶり……か。」

 未紗季は息をするのも忘れて、慎二の言葉をただただ聞いていた。

「実家に帰る前に、未紗季に会いたいと思って、待ってた。」

 未紗季は黙って慎二を見つめていたが、ようやく言葉を振り絞った。

「また、こっちに戻ってくるの?」

 慎二はゆっくりと首を振る。

「いや、実家で今日と明日泊まったら、日曜の夜にはまた東京へ戻る。」

(東京……?)

 でも、その違和感を口にする余裕すらなかった。

「その前に、どうしても未紗季に会いたかったから。」

 その言葉に、未紗季の胸が締め付けられる。いっぱいいっぱいだった。何かを言おうとしても、うまく声が出ない。でも、勇気を振り絞って、言葉にする。

「会いに来てくれて、ありがとう。」

 今まで厳しい顔をしていた慎二が、ようやく少し微笑んだ。

「言いたいこと……たくさんあった。でも、会いに来てくれただけでもう十分だよ。本当にありがとう。」

 それから、未紗季は真っ直ぐに慎二を見た。

「私ね、今付き合っている人がいるの。」

 慎二の表情が、また一瞬にしてこわばった。

「そうか。」

 目を伏せ、何かを飲み込むように短く息をつく。

「五年間もほっといて、当然だよな。」

 それでも、顔を上げて笑顔を作る。ぎこちないけれど、無理やりにでも出そうとした、強がりの笑顔。

「分かった。幸せになれよ。」

 慎二の声は、少しかすれているようだった。

「今から行っても、どれだけ残ってるかわからないけど、今から大阪支店に顔を出してくるわ。本当は、もっと早く行くべきだったんだけどな。実家に帰る前に、支店によるよりもまず、お前に会っておきたかった。」

 その言葉に、未紗季の心がぎゅっと締めつけられる。

「じゃあ、元気でな。」

 振り絞った笑顔でそう言うと、慎二は未紗季に背を向け、ゆっくりと歩き出す。

「慎二!」

 思わず呼び止める。でも……。

(何が言えるだろう。今の私に……)

 慎二が立ち止まる。振り返ることなく、じっと前を向いたまま。

 未紗季は拳をぎゅっと握りしめ、精いっぱいの笑顔を作って言った。

「ありがとう。慎二こそ、元気でね。」

 そして、届くか届かないかくらいの声で、つぶやいた。

「さようなら……。」

 本当は、行かないでと腕を掴みたかった。でも、そんなこと、絶対に言えない。

 慎二は立ち止まり、一瞬だけ振り向くかのようなそぶりを見せた。でも振り返ることなく、そのまま歩いていった。


 部屋に入った途端、張り詰めていたものが一気に崩れる。

『ごめん、帰ったらゆっくり話そう』

 ずっと、最後のよりどころだと思っていた言葉。

(ゆっくり話す……?)

 それが、今、果たされたのだとしたら。これで、本当に終わってしまったんだ。

 未紗季はこらえきれず、その場に座り込む。五年間、我慢していた涙があふれてきた。


 月曜日の昼休み、食堂に足を踏み入れると、日向の姿が目に入った。定例打ち合わせで支店に来ていたのだろう。颯也はまだ出張中だ。

 未紗季は迷うことなく日向のもとへ駆け寄った。

「日向!」

 呼びかけながら近づくと、日向は箸を止めて顔を上げた。未紗季の表情を見て、何かあったことを察したのか、軽く眉をひそめる。

「金曜の夜にね、慎二に会った。」

 声を潜めてそう告げると、日向の目が驚きに見開かれた。

「え?」

 まさかの名前に、日向は一瞬言葉を失う。その反応を見て、未紗季もすぐに問い返した。

「日向には何も連絡なかったの?」

「俺がサテライト勤務だってこと、慎二は知らなかっただろうしな。」

「そっか……。」

「それで、どうした? 話したのか?」

 日向が真剣な眼差しで尋ねる。未紗季はこくりと頷き、テーブルの向かいに腰を下ろすと、金曜の夜の出来事を順を追って話し始めた。

 東京転勤から初めて大阪に帰ってきたこと。実家にも大阪支店にも寄る前に、自分のマンションの前で待っていてくれたこと。自分には付き合っている人がいると伝えたこと。そして、慎二が「今から、実家に戻る前に支店に寄る」と言っていたこと。最後に、「日曜の夜にはまた東京に戻る」と言っていたこと。

 ひと息に伝え終えた未紗季は、ふっと息をついた。話しながら、金曜の夜の慎二の表情が何度も脳裏に蘇る。会いに来てくれて嬉しかった。けれど、それ以上に切なかった。

 日向は黙って未紗季の話を聞いていたが、一通り聞き終えると、ふっと腕を組んで少し考え込んだ。

「でも東京に戻るってどういうことだ?」

 日向の低い声に、未紗季はハッとする。

「お前も覚えてるだろ? 俺が前に見たとき、東京のグローバル戦略推進部に、慎二の名前はなかったんだぜ。」

 そう言いながら、日向は慌てて社用スマホを取り出し、もう一度全社検索をしてみる。

「ある。」

「え?」

「ちゃんとグローバル戦略推進部に『野口慎二』の名前がある。」

 未紗季も、改めてこの不自然さに気がついた。一度は消えていたはずの慎二の名前が、今になって正式に記載されている。それが意味することは、まだ誰にもわからなかった。


 颯也が出張から戻ってきたのは、その日の夜だった。戻ってきたのが夜十一時を過ぎていたので、電話で話しただけだったが。

「今帰ったよ。」

「おかえりなさい。お疲れ様。」

「さすがに疲れたなー。」

「今日はもう、ゆっくり休んでね。」

「じゃ、また明日、会社で。」

「うん、おやすみなさい。」

 短い会話だったが、未紗季にとって、とても心が落ち着く声だった。

 ——そう、慎二との再会のことがなければ。

 でも、もうすべて終わったのだ。未紗季はそう言い聞かせ、明日からの仕事に備えるため、また、いろいろな雑念をリセットするかの如く、未紗季自身も今日は早めに就寝することにした。

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