つきあうことになりました
『日向!今日の仕事終わり、ご飯行ける?』
夕方、未紗季は、長期の出張から戻った日向にメッセージを送り、約束を取り付けた。
仕事終わり、約束の居酒屋に日向が少し遅れて到着すると、すでに店の奥の席で、未紗季の隣にもう一人座っているのが見えた。
「ん?」
日向は一瞬立ち止まり、目を瞬かせる。
「佐藤じゃないか!久しぶり、支店の企画戦略課でも、頑張ってるって聞いてるぞ。」
「どうも、ご無沙汰してます。」
「まあまあ、とりあえず座って座って!」
未紗季に促されるまま席に着いたものの、日向はまだこのシチュエーションを理解はしていないようだ。
「そっか、そっか。広報とも連携があるか。」
「そういえば日向、サテライトオフィスで、颯也君といっしょだったんだってね。」
「そうそう……てか、え? 颯也君?」
未紗季と颯也は、恥ずかしそうに二人顔を見合せた。
「実は——」
未紗季が言うと、颯也が少し照れたように、でもしっかりとした声で続いた。
「僕たち、付き合うことになりました。」
「え?」
日向は、未紗季と颯也を交互に見比べた。
「マジ?」
「マジです。」
颯也が少し緊張した面持ちで頷いた。
「マジかぁ。」
日向は一度背もたれに寄りかかり、しばらく上を仰ぐようにして黙る。驚きを消化しきれず、言葉がすぐに出てこない。
「え、ちょっと待って。いつから? いつから? 佐藤が支店に行ってから?」
「まあ、そうですね。」
「そういうわけです。」
「そうか……。」
日向は息を吐きながら、未紗季と颯也の表情をじっくりと見る。未紗季は穏やかで、柔らかい笑顔を浮かべている。颯也は少し緊張しながらも、未紗季のことを真剣に見つめている。
「まあ、なんだ。」
日向は腕を組み、ひと呼吸おいたあと、ポンとテーブルを軽く叩く。
「おめでとう。」
「ありがとうございます。」
「ありがとう、日向。」
「いやー、マジか!」
二人が揃って頭を下げると、日向はもう一度だけ呟き、それから、いつもの調子で笑った。
数日後、支店での午前の打ち合わせを終えた日向は、サテライト帰る前に、広報部の未紗季のデスクに経ち寄った。
「ちょっと話せるか?」
未紗季が顔を上げると、日向が少し神妙な顔で立ってた。
「うん、大丈夫」
二人はオフィスの一角にある休憩スペースへと移動し、コーヒーマシンで二杯のコーヒーを淹れる。
「今さら聞くのも無粋かもしれないけどさ……。」
日向が、一杯のコーヒーを未紗季に手渡しながら、口を開いた。
「もういいのか、慎二のこと。」
未紗季は一瞬ビクッとしたが、すぐにゆっくりと微笑んだ。
「うん、もう大丈夫だよ。」
日向はしばらく彼女の顔を見つめ、それからふっと口元を緩める。
「そっか。それなら、俺も心から祝福するよ。」
「ありがとう、日向。」
未紗季に礼をいわれて、日向は、一口残っていたコーヒーを飲み干した。
「じゃあ、俺今日は、このままサテライト戻るわ。」
「今日は、食堂寄っていかないの?」
「あぁ、午後一で来客があるからな。」
軽く手を挙げた日向は、そのまま背を向けて支店をあとにした。
未紗季は一度デスクに戻り、途中だった仕事を切りのいいところまで仕上げ、昼休みの食堂へ向かった。
未紗季が食べはじめると、朱音がトレーを持って隣に腰を下ろし、そのまましゃべり始めた。
「びっくりしたね、佐々木さん……じゃなかった、佐々木部長代理か。取締役の娘さんと結婚なんてさ。」
「うん、驚いたよね」
未紗季は特に動揺を見せることもなく、穏やかに微笑んだ。
「未紗季、大丈夫? だってさ、付き合ってたんだよね?」
茶化してるのか、本気で心配してるのか、絶妙なテンションで朱音がのぞき込んでくる。
「何言ってるの? 昔の話よ、昔の。私全然大丈夫だから。」
朱音のテンションとは対照的に、未紗季はさらっと答えた。
「それにしてもさ、佐々木部長代理、すごくない?」
朱音は未紗季の返事を聞いているのかいないのか、さらに話を掘り下げる。
「人事課にいる同期に聞いたんだけど、普段は経営企画部のフロアにいるけど、五階の役員フロアの一角に執務室もあるんだって! まだ役員ってわけでもないのに。」
「くわしいね。」
未紗季ちょっと苦笑した。
「これってもうエリートコース約束されたも同然だよね。私なんて、入社してから一度も五階なんて行ったことないよー。」
朱音は冗談めかして肩をすくめる。
「そんなすごい人と付き合ってたなんて、やっぱり未紗季ってすごいよね」
「だから昔の話だって。もう結婚も決まってるんだから、失礼だよ。」
そう、未紗季にとっては本当に終わったことだから。




