親睦会にて
四月も半ばのとある休日、駅からスポーツ公園へ歩きながら、朱音がご機嫌な様子で未紗季に話しかけた。
「今日、天気良くてよかったね!」
「ほんと。雨だったらどうなるかと思ったよ」
今日は郊外のスポーツ公園で、広報部と関西エリアマーケティング部の新年度親睦イベント「フットサル大会&バーベキュー」が行われる。スポーツ交流を通じて、異動してきたメンバーや、普段あまり関わらない社員同士の親睦を深めるのが目的だ。
「ねえねえ、今日来るかな?」
「誰が?」
「うちの新課長だよ。」
「相澤課長?」
「そうそう! もう、めっちゃかっこいいよねー! 独身らしいし。イケメンで仕事できるって、いいことだらけじゃない?」
朱音はすでにテンションが高い。
そういう朱音も、この春プロモーション企画部から、広報部に異動になっていた。未紗季のいるブランドマーケティング課ではなく、コンテンツ企画課の所属になり、未紗季と同じ「チームリーダー」の肩書がついていた。
そのコンテンツ企画課に、朱音と同様この春着任したのが、女子の間で、かっこいいともっぱらの噂の相澤課長だった。
「あんた彼氏いるくせに。」
「それとこれは別。 毎日のモチベーションにかかわるもんね。」
「ふーん、そんなもんかね。」
未紗季は『興味ない』という感じで適当に相槌を打ち、ほどなく公園に到着した。集合場所にはすでに多くの社員が集まっている。と、その一角でひときわ目立つ人だかりができていた。
「あ、いたいた、相澤課長! ちょっと行ってくるね。」
朱音が一直線にその輪の中へ向かって行く。
「早速……。」
未紗季は苦笑しながら、その様子を遠巻きに眺めた。人垣の中心には、件の相澤課長がいた。背が高く、端正な顔立ち、そのクールな雰囲気とは裏腹に、集まった女子社員たちに対し、さわやかな笑顔を振りまいていた。
(いかにも、女子社員受けするタイプだよね……)
そんなことを思いながら、視線を横にずらした瞬間……人垣の向こうに、ちらっと見覚えのある顔が見えた。
(ん?)
目が合った気がして、未紗季は思わず目を凝らす。
(佐藤……君?)
しかし、次の瞬間、別の社員に声をかけられた。あいさつの後、すぐにもう一度さっきの場所を見たが、颯也らしきの姿は人垣の向こうに消えてしまっていた。
(気のせいかな?)
一瞬見えたあの顔は、確かに颯也だと思ったのだが……。
親睦イベントが始まり、軽いウォーミングアップの後、フットサルの試合が始まった。
広報部・エリアマーケティング部それぞれの部内で、課を超えてごちゃまぜにチームを組み、未紗季は朱音と同じチームになった。あらかじめ朱音からに「戦力外通告」をされていた未紗季は、試合の序盤はディフェンスに回っていたが、それでもコート内を走り回るだけで息が切れそうだった。
(はぁ、はぁ……きついよー……)
普段デスクワーク中心の体には、なかなかハードな競技だった。
「高宮先輩、がんばれ!」
コートの外から、はっきりとした声援が飛んだ。
(え?)
未紗季は反射的に声の主の方を振り向く。
(やっぱり佐藤君?)
颯也が、サッカーゴールの後ろあたりから、軽く手を振っていた。それをぼんやり見ていたら、気が付けば未紗季の足元にボールが転がってきた。
「高宮さん、パス!」
近くの味方からの声が聞こえ、未紗季はとっさにボールを蹴り出すが、明後日の方向へ飛んでいった。
「……。」
コートが一瞬静まり、朱音が苦笑いしながら「どんまい!」とフォローしてくれる。
向こうで、颯也がくすっと笑ったように見えた。
(こんな情けない姿を見られるなんて、かっこ悪すぎ……恥ずかしいよぉ。)
未紗季は思わず顔を覆いたくなりながらも、試合は続いた。
フットサル大会が終わり、集まったメンバーたちは次のバーベキュー会場へと移動した。
「いやー、瀬戸さんすごかったですね!」
「まさかのスーパーゴール決めるとは!」
男性社員たちが興奮気味に話す中、朱音は「まぁね!」と得意げに胸を張る。
(朱音は、本当にすごかった。)
未紗季は、自分の格好悪いプレーを思い出しつつ、しみじみと朱音の活躍を振り返った。チームの男性陣のがんばりもあり、最終的な成績はまずまずだったようだ。
(佐藤君の試合は、どうだったんだろう?ていうか、どこの所属で来ているのかな?)
途中でバーベキュー準備の手伝いに呼ばれ、颯也のチームの試合を見る機会を逃してしまっていた未紗季は、少し気になりながらも、バーベキューが始まるのを待った。
炭火の香ばしい香りが漂い、焼けた肉や野菜の匂いが食欲をそそる。ビール片手に談笑する社員たちの間で、一際目立つのはやはり相澤課長だった。
「相澤課長、これどうぞ!」
「課長、何飲まれますか?」
相変わらず女性社員たちに囲まれ、持ち上げられまくっている。当の相澤はといえば「ありがとう」と爽やかに笑いながら、絶妙に女性社員の扱いがうまい。
「モテますねぇ。」
未紗季は、少し離れた場所で飲み物を片手にその様子を眺めながら、小さく呟いた。
「ほとんどの女子社員なら、ああなるわよ。」
すぐ横で朱音がニヤリと笑う。
「じゃあちょっと、私も出遅れないうちに行ってくるわ!」
朱音はそう言い残し、軽やかに相澤課長めがけて走って行った。
(元気だなぁ……)
未紗季は苦笑しながら、相澤課長を囲む女性社員たちの輪を遠巻きに眺めていた。楽しそうに笑う彼女たちと、それを絶妙な距離感でさばく相澤。
(あれが『モテる男』ってやつか……)
まるで自分とは無関係の世界のように感じながら、未紗季は焼けた肉を頬ばった。
「先輩、お久しぶりです。」
後ろから、ふいに声をかけられ、驚いて振り向いたその先には……。
「佐藤君?」
柔らかなライトの下、颯也が静かに微笑んでいた。どこか落ち着いた雰囲気で、以前よりも大人びて見える。その柔らかな笑顔に、未紗季は一瞬ドキッとするのを感じた。懐かしさだけではない何とも言えない感情を抱きながら、彼の姿をじっと見つめてしまっていた。
「どうして、ここに?」
はっと我に返り、尋ねる。
「二年前に、関西エリアマーケティング部に異動になってたんです。三月まではサテライトオフィスにいて、この四月に支店に戻ってきました。」
「エリアマーケティング部?」
思わず聞き返す。
(そういえば、佐藤君と最後に会ったのって、いつだっけ?)
「二年前って言うと、私が広報部に異動したのと同時にサテライトに行ってたの? 私プロモーション企画部を離れちゃってから、全然気づいてなかった。」
未紗季が苦笑しながら正直に言うと、颯也は「ですよね」と軽く笑った。
「サテライト……っていうことは、日向と一緒だったんだ……? 全然知らなかった……あ、藤原日向ってね、私の同期なの。」
「はい、藤原先輩にはとてもお世話になっていました。高宮さんから藤原さんへの電話も、何度か取り次いだことありますよ。帰りに食事に行ってたりとか……噂のお二人ですよね。」
「やめてよー、佐藤君まで。そっか、電話も聞かれてたかー。全然佐藤君だって、気づかなかったよ。」
未紗季はそう笑いながらも、颯也のさわやかな笑顔に、胸の鼓動が高鳴っていることを感じていた。
「じゃあ、また改めて。テーブル戻りますね。」
そう言い残し、颯也は軽く手を振って戻って行った。未紗季は、その後ろ姿をぼんやりと見送る。以前は後輩らしく、どこかかわいらしさも感じていた彼が、今は自然な笑顔で、大人の余裕を感じさせていた。
「それじゃあ、親睦会はこれで解散とします。みなさんお疲れさまでした。」
幹事役の社員がそう締めくくると、拍手とともにざわざわと人が動き始める。
「ねぇねぇ未紗季、二次会行こ! 相澤課長も来るみたいだよ。」
朱音がテンション高く腕を引っ張ってくる。
「もう行くしかないでしょ!」
「いや、私はいいや。もう結構飲んだし。」
「もったいないなぁ。まぁいいや、私は行くね。」
朱音は未紗季の肩をぽんと叩き、「じゃあね!」と足早に去っていった。
(ほんと元気だなぁ。)
未紗季は苦笑しながら、ひとり歩き始める。駅に向かう者、それぞれの二次会に行く者、社員たちはバラバラと別れていった。みんなが解散した夜の公園は、昼間とは違い静かで心地よい風が吹いていた。
駅に着いた未紗季は、改札でこちらに向かって手を振る颯也を見つけた。
「高宮先輩!」
さっきの屋外のバーベキュー会場よりも、明るい駅の照明に照らされた颯也の笑顔は、未紗季の心臓をさらに高鳴らせた。自分でもはっきり聞こえてきそうな音で……。
「僕も帰るところだったんです。途中まで一緒に帰りましょう。」
「う、うん。そうだね。」
途中の乗換駅までの短い間、二人はドアの前に立ち、外の景色を見ながら、どちらからともなくしゃべり始めた。
「ほんと、久しぶりだね。」
「そうですね。」
「プロモ企画を離れて、広報部で必死でやってきてたから、佐藤君がサテライトに行ったことも全然知らなくて、ほんとにごめんね。」
「いえ、僕も異動直後は全然余裕なかったです。」
「そっか……。じゃあ、今はもう慣れた?」
「慣れたところでまた異動なんで……エリアマーケティング部ではまた改めて頑張らないと。サテライトでは藤原先輩には本当によくしてもらったんですよ。」
「そっかー。でも、こうしてまた支店に戻ってきて、仕事で一緒になることもあるかもね。楽しみだね。」
「そのときは、またよろしくお願いします。」
しばらくして、乗換駅に到着した。
「高宮さんは何線ですか? あ、じゃあ僕はこっちです。」
「お疲れ様、気を付けてね。」
「高宮さんも。じゃあ、また会社で。」
「うん、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
颯也は軽く頭を下げたあと、別のホームへと歩いて行った。未紗季はその背中を見送りながら、さっきまでの、颯也のさわやかな笑顔を思い出していた。ほんの少し、胸の奥がくすぐったくなるのを感じながら、未紗季も次の電車へと乗り換えた。




