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03

作者: ぬこ

 どうしよう?

 着信を知らせる携帯の画面をじっと見ながら考える。見覚えがない番号だ。しかも、東京だって事を知らせる03始まり。生憎東京に知り合いは居ない。きっとまた勧誘か最近流行ってる詐欺かもしれない。

 「電話、出ないの?」

 隣で雑誌を捲っていた彼氏が言う。

 「迷ってる」

 「どうして?」

 よくある、一緒に居る時電話に出ないのは浮気のサイン、だとかそんな心配をしている素振りは無い。その辺の信頼関係はしっかり築いてる。それでも、じっと着信音を鳴らす携帯を見ている私の様子が気になったんだろう。

 「知らない番号だし、東京からだもん。また詐欺とか勧誘かなって思って」

 「心当たりとか無いの?何か応募したとかさ」

 つい先月まで、色々な懸賞サイトとかに応募してた。もうどこに登録したのかもわからなくなるくらい、沢山。それから急に迷惑メールや変な電話が来るようになって、わかる範囲で登録解除したけれど、それでも未だに一日二十件は迷惑メールが来る。アドレスを変えればいいのかもしれない。だけどもう長い事使っているアドレスだし、愛着もある。

 「無い。──あ、いや、でも」

 「何?」

 着信が途絶えた。もう一度頭の中でメールアドレスを変える事を考えて、引っかかった一つの心当たり。




 大学を卒業したのはもう八年も前。

 結婚したり、地元に帰ったりで疎遠になった友達のうち、多分半数以上はもう繋がらないアドレスだろう。三年前にアドレス変更の知らせをメールした時はその三分の一は宛先不明で戻ってきたんだから。どうせここ三年、繋がった三分の二の相手とやり取りをしたことなんて無い。寂しい気もするけれど、こんな物なのかもしれない。多分ばったり街中出会えたとしたって、顔と名前は一致しないだろう。

 それよりは──

 「──実は、……シナリオ、送ってみた、んだ」

 「そうなの?」

 「うん──実は、ね」

 数ヶ月前に雑誌で見つけた、シナリオ募集という文字。今までに何度かこういう言葉を見かけては送ってみたけれど、大抵連絡も無いまま終わりだった。

 連絡が無い間はひたすらドキドキして、結局雑誌で結果を見ては落胆。そんなことを繰り返してもう何回になるだろう。




 シナリオライターになりたいと思っていたのは昔からの思い。大学を卒業して、就職難と言われつつ決まった仕事は続かなかった。半年で辞めて、バイトをしながら気がつけばこんな年になった自分。初めてシナリオライターになりたいと志した時の自分は想像なんてしていなかっただろう。

 あの頃は、自分は特別で願えばなんでも叶うと思っていた。

 実際なりたかったお花屋さんは大学の時バイトさせてもらった。……生憎アレルギーが酷くて勤まらなかったけれど。憧れだった空を飛ぶ事は飛行機に乗れば叶えられる。スカイダイビングをすればほぼ生身で感覚を味わえるかもしれない。でも、今では私は高い所が怖い。考えただけで鳥肌が立ちそうな程。

 結局願っていた事が次々現実と混ざり合っていくたびに、自分は特別なんかじゃなくなっていったのかもしれない。空も飛べない、超能力だってない、ただ無駄に歳を取っていく女。

 「教えてくれたら良かったのに」

 「ごめん、また駄目だったらって思うと、怖くてさ」

 「読んでみたいな」

 何度か彼氏に読んでもらった事はある。そもそも付き合うようになったきっかけも、シナリオだった。同じ大学で、それまで話したことも無かったのに学園祭の打ち上げで一緒になった。酒の勢いっていうやつだと思う。つい話が弾んで、私の部屋で飲みなおし。

 もしかしたら、とかそういう甘い展開みたいなのも少し期待したり、いいのかな、なんて変に迷ってみたりしながら部屋について、焦った。書きかけのシナリオのノートがテーブルに開いたままだったからだ。慌てて隠そうとしたけれど、読んでみたいって言ってくれた彼は、若者にありがちな酒に酔った勢いの一夜を私とじゃなくてそのノートと過ごした。

 「この間のも見せてもらってないしさ」

 「だって、あれは駄目だったもん」

 「感想言うから、見せてよ」

 普段あんまり本を読む方じゃないと言っていたくせに、一晩かけて読み終わったあと、ただ一言、面白かった、続きは?って。二人してくたびれていたのに、徹夜しちゃった。

 ひたすら黙ってノートを捲る彼を見ながら、恥ずかしくて落ち着か無い気持ちが少しずつ元に戻っていく。酒で渇いた喉を潤すのに珈琲を淹れて、彼に渡す時、目が合う。ありがとうと口に出して笑顔を見せる。そしてまた、私のノートに視線を落とす。

 ページを捲る音と、時計の針が二時、三時、と時間を刻む音。時々くすっと笑ってくれたりする声を聞きながら、今度は違う気持ちで落ち着きが無くなって来ていた私。

 ──好きだ、この人が。

 「じゃあ結果が出たら見て?」

 「いつ出るの?」

 「今月中──」

 その後、興奮した様子で私の肩を叩き、続き書いたら読ませて、と言ってくれた。

 嬉しくて、うん、と答えて空になったマグカップに新しい珈琲を注ぐと、それを見ながら彼が照れたように笑って、言った。


 実は前から話してみたかったから一緒に飲めたの嬉しくてさ、部屋でってなったから凄い浮かれてたんだ。なのについ読み始まって今だろ?チャンス逃したか!とか今思うんだけど、すっげぇ面白かった。

 やばいよね、俺、どうしよう?せっかく二人きりの夜なのに殆ど会話して無い。だけどなんか良かったんだよなあ。

 ──嬉しくて、頷いた私。会話はしてないかもしれない、だけど、あんなに長いのに読んでくれて良かったって言ってくれた。ずっと向き合ってくれたのと同じだ。だから、凄く嬉しくて、甘い会話や甘い展開はそれで十分すぎるくらいだったんだ。


 それからずっと、こうして一緒に居てくれる。仕事もちゃんと続いてる。あたしだけ上手くいかなくて続かない──そういうのが申し訳なくて、いたたまれなくて。もう何回も繰り返し弱音吐く度に、励ましてくれる。

 「今月中──って事は、もしかしたら結果通知とか?」

 「……か、かな?でも──」

 「番号調べてみるか?」

 「あ、待って、かかってきた」

 さっきと同じ、03始まり。多分さっきの番号だ。

 手の中で着信を知らせる携帯。電波の向こう側で繋がっているのは、──もしか、したら?

 急激にカラカラに乾いていく喉。なんとか唾液を集めて飲み込む。

 通話ボタンを押して、左耳に携帯を持っていく。

 「もしもし」

 ──ドキドキ、胸の音が耳にまで聞こえてくる。頭の天辺が熱い。ゆっくりゆっくり、まるで熱いロウでも垂らされているみたいに体が少しずつ熱くなって、動けない。

 視線が彼の膝だった事に気がついて、少しずつ上に上げていく。

 「……は、い」

 相手が名乗る。声が掠れる。左手が完全に固まったみたいで、動かない。

 じっと彼が私を見つめる。こく、と小さく頷いて瞬きを返す。

 「ほん、と、です──か?」

 やだ、声が裏返る。掠れる。途切れる。ごくり、と渇いた喉が空気を飲み込んで大きな音を立てた。受話器越しに聞こえてしまうかもしれない、どうしよう。

 電波の向こう側は少しだけざわざわしている。それでも聞き取りやすいトーン。凄く胸がドキドキして、このまま話していたら手当たり次第に恋に落ちてしまいそうだ。釣り橋効果、そうだ、そういうのがあった、ああでも──

 「はい、だいじょう、ぶ、です」

 「はい、ありがとうございまし、た」

 「はい、──はい」

 口が上手く動かない。彼が私を見て、笑いを堪えるような、それでいて緊張しているような表情をしてる。

 プ、と小さな音を立てて通話終了ボタンを押す。

 微弱電流が流れているみたいに、体がまだ強張ってる。

 「大丈夫?どうした?」

 彼が私の肩を叩く。それで電流の縛りがとけたみたいに、口から大きく溜息が漏れた。そして、また大きく息を吸う。

 「……うまくいった、らしい」

 「マジで!?」

 「来月十七日、都内で……って、今言われたんだけど、ほんと、かな?」

 「やったじゃん!おめでとう!良く頑張ったな」

 ぎゅうっ、と体を抱きしめられる。弾みで視界が揺らいで、顔が笑って、強張って──

 「なんて顔してるんだ、笑って泣いて、……でもほんと、嬉しいよなっ!」

 「うん、うん、……うんっ──嬉しい」

 諦めかけてた。いつまでもこうしては居られないんだって。皆色んな事を諦めたり我慢したりしながら、働いたり毎日頑張ってるんだって思いながらも、動けなかった。諦められない願いは人に言えなくて、ひたすら秘密。ずっと心の色んな部分で申し訳なくて、やりきれなかったんだ。

 「ほんと、だよね?ほんと──」

 ぽんぽんと頭を撫でてくれる彼の手の感触。大きくて、温かい。

 人には人のペースがあるし、気にするなって言ってくれてた。頑張れって。卑屈になったり弱きになるたび励ましてくれた。八つ当たりじみたケンカにも付き合ってくれた。

 「ありがとう……」

 「ほんと、良かったな」

 抱きしめられる腕の力強さが、心地良い。

 嬉しくて、思わずぎゅっと目を閉じて、涙を頬へ流す。嬉しい涙が頬を濡らすのは、悲しいそれとは違ってなんて温かくて心地良いんだろう──



 「……え」

 心地良い、温かい。なんて幸せ。

 目を開けて、最初に目に付いたのは白い天井。そこからぶらりと揺れる長いキャラクターがついた紐。寝たままでも電気が消せるようにと一昨年の暮れにつけてからずっと愛用している、それ。

 「──うそ……」

 昨日は電気をつけたまま眠ってしまったのだろう。しかも、酔っ払って。

 またベッドじゃなくてコタツで眠ってしまった。少し喉がヒリヒリ痛む。風邪はひいていないみたいだけど、体が何ともいえないだるさを訴えている。

 頬に指先をやる──が、濡れていない。泣いていたのは夢の中だけ。嬉しい知らせも、夢の中。

 現実には散らかった部屋と、つけたままのパソコン、そして辺りに散らかったチューハイの空き缶。掌が熱くて、背中が痛くて。体をよじった拍子に、飲み残したのだろうチューハイの缶を倒してしまった。

 「もうっ」

 毒づくが、仕方ない。

 慌ててその辺に置きっぱなしのティッシュを急いで取り、零してしまったチューハイを拭う。夏だったらフローリングだから楽だったのに。この間苦労して出したコタツ布団に染み込んでしまったチューハイ。埃っぽい匂いに混ざって甘ったるい匂いが鼻につく。

 多分、もうしばらくしたら温まって揮発するし、もっと匂う。糖質がゼロなやつだからきっとそんなにはべたつかないかもしれない。週末彼氏が来た時、一緒にコインランドリーに付き合ってもらおう。それまでは、我慢するしかない。

 「……あーあ」

 すっかり冷えて、埃が浮いている昨夜の珈琲。

 飲みながら書いていたんだ、確か。それで、色々考えてるうちに珈琲がチューハイになって、そのまま酔って寝ちゃったんだ。

 今日は、木曜日。予定は特に無い。

 寝坊してしまったとは言え、バイトは休みだし自分の時間が削られるだけ。

 削られるって言っても予定なんて無かったし、書きかけのシナリオをまた書くつもりだった。今度こそ、そう思って応募した結果を待ちながらも不安で、怖くて。書く事は大好きだし、書いている間は幸せだ。書きあがったのを読み直しながら上手く出来たと思える時間も。

 だけど、時々不安で怖くなる。これでいいのか、間違っていないか。

 そんな時にいろんなことがタイミング悪く重なると、何も出来なくなる。だけど、それは甘えなんだ。甘えられない人だっているはずだ。そう思って自分を叱咤する。でも、やっぱり甘えてしまう。

 熱い掌で、顔を覆う。

 なんていい天気なんだろう。もっと早く起きて洗濯物を干せば良かった。

 そうすれば、少しでも何かをした気持ちになれたのに。逃げだけど。それでも。

 「煙草──あった」

 小さく咳払いをして、もう一度珈琲に口をつける。そして煙草に火をつけながら着信とメールを知らせている携帯に手を伸ばす。

 一瞬、さっきの幸せな夢を思い出す。予知夢だったらいいのに。

 最初にメールを開くと、彼氏からだった。今週金曜日早く仕事終われるから、買い物してご飯食べにいこう、そう書いてある。時間は昨夜の深夜前。返事を返していなかったから心配してくれたのか、その後三件、大丈夫か?ちゃんと布団で寝ろよというメールが続いて、一時半の少し手前でおやすみ、起きたらメール待ってるから、と来ていた。

 誘いが嬉しくて、心配かけて悪いなと思う。朝早いのにこんな時間まで気にかけさせてしまった。どうせ私は予定なんて無いのに。

 いつもなら嬉しくてありがたいのに、ついさっきまで見ていた幸せな夢が残酷な現実を思い知らせるみたいで気持ちが浮かんでこない。あの微弱電流に縛られる不思議な心地良さは何処に行ってしまったんだろう。いつか手に入れることは出来るんだろうか。

 着信を確認しながら灰を落とす。実家、彼氏、彼氏、──03始まり……

 実家からの電話は多分年末年始の事だろう。彼氏からは、昨日連絡しないままだった事を心配してくれたんだろう。03始まりの着信は──

 ジジ、と指先の煙草が音を立てる。

 さっき見た夢で、03始まりの番号の続き。

 ゆっくりと煙を吸い込みながら考える、けれど思い出せるはずも無い。夢の中でも始まりの03しかまともに見ていなかったのだから。

 念の為、もう一件スクロールしてみると、また03始まりの着信。しかも、一件前のとは違う番号だ。時間は、最初のが今朝九時、そして次のが十時半。留守番電話をつけておけば良かった。面倒だからと解除してしまったのは失敗だったと後悔するけれど遅い。仕方なく留守番電話の設定をもう一度済ませて、溜息をつく。

 どうしようか迷うのは、夢のせいだ。あんな夢を見たから期待してしまう。いつもだったら絶対かけなおしたりなんかしない。期待してしまう気持ちを抑えながら、まずは実家に電話をする。

 案の定、年末年始はどうするのかという内容だったので、暮れには帰ると伝えた。今日は仕事が休みなのかを聞かれたのでそうだと答え、少し申し訳ないような情けない気持ちになる。風邪を引かないようにと言われて礼を言うと、電話を切った。

 彼氏に電話をしようかと思ったけれど、今は仕事中なはず。なのでメールにする。見た夢の話をしようか迷ったけれど、やめた。あまり携帯で長文を打つのは好きじゃない。だから心配をかけてごめんねと、金曜日を楽しみにしてるからとだけ打って送信する。こんな私と付き合っていてくれてありがとう、と散らかった部屋を見ながら改めて思って、根元近くまで来ていた煙草を灰皿に押し付ける。

 今日は少し部屋を片付けよう。二日酔いが酷いから少し休んで軽く何かを食べてから。

 「ん……」

 軽く体を伸ばしながら、大きく欠伸をする。

 残りの二件は、どうしよう。電話番号をパソコンで調べてみようかと思って、やめる。

 出てこないかもしれないし、そしたら時間の無駄。ううん、違う。本当は少しでも期待していたい。このうちのどっちかが、あの夢を現実にしてくれるんじゃないか、なんて。

 「──あ」

 携帯が着信を知らせる。03始まりの、朝九時にかかってきていた番号だ。

 思わず緊張で胸が高鳴る。もしかしたら、もしかしたら──

 「はい」

 電話に出て、相手が名乗るのを待つ。出来るだけ丁寧に、粗相の無いように。それでいて落ち着いて話が聞けるように。

 「──はい、大丈夫です、居ます。……宜しくお願いします。ありがとうございました」

 ──先週頼んだ、通販の返品の知らせだった。

 サイズが合わなかったので返品を頼み、これから取りに伺ってもよろしいでしょうか?と明るく丁寧な声に、落胆しつつも丁寧に返事を返して、電話を切った。

 大きな溜息を一つ零す。ついでに魂も流れていくんじゃないかと少し馬鹿げた事を思って、息を吸い込む。夕方取りに来てくれるらしいから、それまでには着替えておかなくちゃいけない。

 「かけなおしてみよう、そう、しよう」

 呟く。もう一件着信は残っている。

 マグカップの底に少しだけ残っている珈琲に口をつけて、一気に飲み干すと着信履歴からその番号を選び、発信する。

 呼び出し音は、ほんの一回半。緊張と消えかけた期待が混ざった私の耳に名乗りを告げたのは、「お電話ありがとうございます、こちらは──」加入していた保険会社のサービスセンターだった。

 着信があった事を告げると、お客様の保険の内容についてお知らせのお電話をさせて頂いております。今お時間宜しければこちらからかけ直させて頂いても宜しいでしょうか、とやっぱり丁寧な声で応対してくれて、何でもないようにはい、とだけ返事をする。

 書類をそろえてお電話いたしますので五分程お待ちください、それでは失礼致します。そう言われて電話を切った。

 「──やっぱ、そう、だよね」

 携帯を持ったまま立ち上がると冷蔵庫から冷えた麦茶を出して、一息に飲む。

 少し甘い物とか飲みたいけれど生憎買い置きが無い。チューハイも無いから今日買ってこなくちゃいけない。

 ちらりと鏡に映る自分の顔は、酷く肌が荒れている。おまけにむくんでいて、色々と悲しくなる。

 とりあえず洗面所に向かって、冷たい水で顔を洗う。少しでも引き締まるように、さっぱりするように。ざぶざぶ、と何度か顔に水をかけてついでに目も洗う。少しずつちゃんと目が覚めてすっきりして──

 ──ピンポーン

 チャイムが鳴る。誰だろう。彼氏なはずはない、今は仕事中だ。

 返品の業者は夕方なはず。

 ──ピンポーン

 鏡には前髪が濡れたうえ、まだむくみがとれない自分の顔。

 どうしようか少し迷うけれど、仕方ない。慌ててタオルで顔を拭くと、ドアに向かって返事を返す。途端、携帯がまた03始まりの着信を知らせ始めるけれど、今は出られない。もう一度折り返そうと思いながら慌ててドアを開けると、郵便局の制服を着たお兄さん。そして、そのお兄さんは私を見てにっこり笑うと、こう言った。

 「日本郵便です、配達記録のお届けです。フルネームでサインをお願いします」

 「あ、はい」

 余りにも酷い自分の格好を悔やみながら、慣れない配達記録の受け取り用紙にサインをする。そして、ふと目に付いた差出人の名前──

 「これ、って──」

 不思議そうに私の顔を見るお兄さん、そして鳴り響く携帯。そしてこの郵便物の差出人は──

 「ありがとうございました!お仕事頑張ってくださいね!」

 「はい、ありがとうございます。それでは失礼致します」

 思わず声が上ずった私を気にする事もなく丁寧に笑顔でドアを閉めてくれるお兄さん。

 鳴り響く携帯より先に、この封筒の中身が見たい、見たい、見たい。封筒に手をかけて──人の声がする。

 一瞬びっくりして手が止まる、けれどすぐに思い出す。さっき設定した留守番電話が仕事を始めたんだ。

 携帯から柔らかい男の人の声で、聞こえてきたのは──




 この度はご応募いただきありがとうございました、私、桂製作部の──


 

楽しんでいただけたら、嬉しいです。


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