guilty 31. メンヘラ女とヤバい女と妹が参戦してきた
「はあはあっ……はあはあ……はあっ」
俺の背中越しの脱衣所の扉がひとりでにゆっくりと動いた。その微かな音に反応した俺が恐る恐る首だけ背後に動かして様子を伺うと半開きの扉から頭だけ突き出して獣のように息を切らせた薬師寺サンがガン見していた。ギョロッと変に生き生きとした瞳は決して俺から目を離してやらないという確固たるおぞましい意思を感じる。
……エッ、コッワ。
こんなところで何してますのんあの娘。えっ、覗き?覗きですよね、これ?は、犯罪?犯罪ですよね、これ?へ、変態?変態ですよね、これ?いや、頭の中で意味のない問答をしている場合ではない。ていうか、ヘタクソか。思い切り扉から頭が出ちゃってるよ。負のオーラが物凄いよ。こっそりと覗くつもりならもうちょっとうまいことやってよ。ストレスで頭が禿げそう。
「はあはあ……ハニィのおっおっおっ……おちっおちん●ん、とっても美味しそう……じゅるじゅるじゅるじゅる……ごっくん」
…………。
私は……白昼夢でも見ているのでしょうか。
「あ、あの……ハーハニー……さん?」
「……ハウウッ! ハッハッハッハッ……ヘッヘッヘッヘッ……ウッ……ワ゛ァン!!」
普通にヤバイことをツイートしている薬師寺サンに声を掛ける俺。急な俺の声かけにビックリしたのか知らないが、薬師寺サンは何故か犬の物真似を披露する。怪しさに一層磨きがかかっている。前から思ってたけど、なんでこいつはテンパったり興奮したりするといつもアニマル物真似をするんだ。
「お、落ち着いてよハニー……先ずは深呼吸……スーハー、スーハー……よし、110番」
「ウワァン!! 待ってハニー!! 違うっ、違うの、違うんですハニー!! こっこれは、そのっ、は、ハニーのおちん●んを鑑賞したり、ハニーのお●んちんをヨシヨシしたり、ハニーのおちん●んを美味しく頂いたりしたいとか、そういうのじゃないのっ!!」
薬師寺サンは涙目で頭を思い切り横に振り、訳の分からない言い訳をでかい声で宣う。自供かな?ていうか、おち●ちん連呼すんな。だいたい、俺は服を脱いでないだろ。ナニを想像しているのか理解したくもないが、薬師寺サンの頭の中ではロクでもないどころかあられもない姿をした俺が色々な意味で活躍しているのだろう。嫌すぎる。精神的なセクハラってこういうことを言うのだろうか。今すぐ目の前の人の形をした妖怪を気絶させてとっととこの場から全力で逃げ出したい。
「ギャンッ」
目の前にいる魑魅魍魎に服を着せたような輩を豆腐の角に頭をぶつけて気絶でもさせてやろうかと考えていると突然、魑魅魍魎じゃなくて薬師寺サンは前のめりに倒れる。
え…な、何事?
人がなんの前触れもなく倒れ伏す姿なんて映像の中でしか見たことないんですけど。主に睡眠系のエッチな動画で。俺がいきなりな展開過ぎて固まっていると、倒れた薬師寺さんの背後に二人の人物が現れた。
「ふう……危機一髪でしたね、先輩」
ここにいるはずの無い櫻井と。
「はあはあ、兄さん、探しましたよ……」
妹である詩織が二人して俺の前に現れた。
「……エッ? えっえっえっ……? き、君らどうしてここに? な、何で俺がここに誘拐されているのが分かったの?」
「誘拐って……プールから帰るだけなのにいったい何をやっているのですか、兄さん」
呆れるような顔で俺を見つめる詩織。
そ、それは俺が知りたい。いったいどうしてこうなったのか……まさかこんな目まぐるしく状況が様変わりする波乱万丈な一日を過ごすとは思わなかったぞ。はやくお家に帰って天使のように爆睡したい。
「はあ、まあこの状況からして何となく先輩がナニをナニされそうになってたのは分かりますけどね。この倒れてる女の人が先輩に向かって『お●んちん! おちん●ん!』ってシャウトしてましたし」
「お、おちっ……!? な、何それ……兄さん、キモいです!!」
何故、俺が罵倒されないといけないの?
理不尽過ぎて、私、剥げちゃいそう。
「そ、それより……どうして俺がここに居るのが分かったんだ?」
「先輩の服に発信……じゃなくて私の敏感鼻が先輩の身体から漂う仄かな加齢臭をキャッチしたのですよ。これも先輩が普段からオジサンとニャンニャンしている賜物ですね! これからも加齢臭をなすりつけてもらって下さい!」
「エッ、何それ気色悪っ……ごめん、お前の発言で過去一気持ち悪いわ。あと、オジサンとニャンニャンとかパワーワードを越えたマジカルワードはやめろ」
嬉々とした表情で話しかけてくる櫻井に一種の恐怖を感じる。そして我が妹は何故未だに俺に軽蔑の眼差しを向けるのかまったくもって分からない。ここまでくると、過去に何かあったんじゃないかと勘ぐってしまいそうである。そう、例えばオジサンに嫌な思い出、援…い、イヤイヤ待て待て。そんなドラマみたいな話があってたまるか。俺の妄想がとっても激しすぎる件について。ま、まあ、それはともかくここまでおやぢに執着する櫻井に違う意味で興味を持ったのは事実である。
だか、一方でな ぜ か、女子らしい一面もあるんだよな。ラーメン爆食いに恥ずかしがったり、デートという言葉に過剰反応したり、可愛いとからかったら子供のように怒ったり……人間らしい感情的な一面もある。まあ、有り体に言えば面倒臭いんだよな。分からないという疑問は知りたいという欲求に繋がる。だがこいつの場合は深く関われば闇が深そうなんだ。人と一線を引いて付き合いをしている俺にとってはハードルが高いのも事実。こいつ……櫻井と言う人物を知れば俺の世界や見識が広がるのだろうか。
「? どうしたんですか、私の顔をジッと見つめて……あっ、そろそろオジサンの産毛が恋しくなっちゃった感じですか?」
い、いや、やっぱり、やめておこうかな?
俺の世界や見識が広がるのだろうか、とかちょっと恥ずかしいこと考えた自分が馬鹿みたいである。
「ばったんきゅ~……」
薬師寺さんは未だ目の前で白目で口をだらしなく開け、鼻血を流している。気絶してる顔も禍々しいな。ていうか、ばったんきゅ~とか言う奴、初めて見た。
「この娘、思い切りやばい倒れ方したんだけど、大丈夫なのか?」
「首に手刀をこう…バチコーンって入れただけですよ、ちょっと気絶しただけです。ていうかこの派手な感じのヤバめな人、誰ですか?」
「お前、一度会ったこと有るだろ!? カラオケのメンヘラ店員だよ!! 二人して変な勝負をしてただろ! 一度、目にしたら忘れられんわこんなアバンギャルドな奴!!」
「私、自分に興味のない記憶は一切抹消されていきますからね。ちなみに先輩が痴漢したおじさんとDEEPキスして身体だけの関係になったのは今となっては良い思い出です」
「いったい誰の記憶だよ!? 世紀末な嘘をつくな!!」
「兄さん……やっぱり櫻井先輩と仲良いですね……」
俺と櫻井のやり取りを横で見ていた詩織は何とも言えない表情で俺と櫻井を交互に見つめていた。
「今の会話のどこに仲良し要素あるの?」
「そうですよ詩織さん! 仲が良いのは先輩とおじさんです! 私は先輩とおじさんの仲を取り持つアンバサダーって奴ですね」
「ちょっと話がややこしいどころか掻き回すだけだから少し黙っていようか、櫻井さん?」
話の通じない怪物には物理で対処するのが鉄則である。俺は櫻井の口を左手で塞ぐ。すると櫻井は何か言いたそうな顔で『もーもー』と牛のように喚いていたが、どうせロクでも無いことだろう。脱衣所で女子の口を塞ぐというのは少し犯罪臭がするが、既に俺の置かれている状況がすこぶるおかしいからお天道様も許してくれるだろう。
「はあ……でも兄さん家ではそんなハッスルしてないです」
「ハッスルって……いや、家で無気力そうにしているのが俺のデフォルトだからね? 今のは異常な俺なの。ポケ●ンでいえば、もうどく状態みたいな?」
「普段の兄さんでない異常状態の兄さんが見られる櫻井先輩が羨ましい……」
詩織は俯いて頬を膨らませる。
いや、異常な俺を今まさにお前も見てるじゃん?いや、異常な俺って言い方が悪いな。こいつは何を拗ねているんだか。あ、そうだ、こんな状況だけど聞いておきたいことがあったんだ。詩織が櫻井のことを『先輩』呼びしたり、明らかに前から知り合いであるのだが一体どういう関係なのかと。
「おい、詩織……櫻井とどういう関」
「居たぞ!! あそこだっ侵入者発見!!」
バタバタと複数の足音がしたかと思うと廊下の曲がり角から続々とガタイの良い黒のスーツとサングラスを装着したお兄さんが現れた。な、なに……この方達。今から大人のイケない鬼ごっこでも始まるというのでしょうか?
「プッは……! ヤバいです!! 取り敢えずこの場から逃げましょう先輩!!」
「そ、そうですね! 兄さん、呆けてないで早く!」
右手を櫻井、左手を詩織に掴まれて問答無用で強制マラソンをさせられる俺くん。えー、俺、侵入者じゃないんですけど?いったい、ここに来るまでに何をやったのお前ら!?




