guilty 27. 水着回かと思ってたらなんかメンヘラ女の脅迫が始まっていた
「フヒヒ、こ、こんにちは……ハニィ」
背後から不穏な空気を感じ、振り向むくと奴がいた。不吉な笑みを浮かべてモジモジしながらこちらを凝視するピンク髪のボンビーもとい女子。みんな大好きストーカー女子、薬師寺サンである。……いや、怖すぎィ、背後から刺されちゃうかと思ったです。
「…………」
「『な、何故、俺の愛しのハニーがここに?!』って顔をしてマスね。そ、それは、私がここのプールでアルバイトをしているからデス、フヒッ、フヒヒヒ」
俺がビックリして声も出せずに陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせていると俺の様子にお構い無く勝手に一人で会話を始める薬師寺サンである。いや、どうでもいいけれど何でこの子意味なく半笑いしてるの?黒光りした怪しげな棒で俺を始末する算段でも考えてるの?こ、怖いよお……。
「いや、あの……」
「す、スタッフ……って文字がここに書かれているのが分かりマスか? アッうっ、や、やだ……そ、そんなに私の愛くるしいパイ乙見ないで……ヒヒヒッ」
薬師寺サンは自らのTシャツの胸元の文字を見せびらかしてきたかと思ったら恥ずかしがって何故か今度は胸元をさらに俺の前に突き出してくる。仰っていることと行動がチグハグなのですがそれはいったいどういった感情なのでしょうか……?
「いや、見てな」
「アッ、ぽ、ポポポ、ポッチを期待しちゃダメデスよ……いくら薄いTシャツだからと言ってハニーが親の敵のように凝視しても私は下着を身に付けているので透けては見えないデス……アッうっや、やだあ……私の下着の色を想像しないで……ちなみに水色です、ヒヒヒッ」
いや、いつまでも続くの?このおっさんの頭皮みたいな残念で無味乾燥な一人会話。俺、この場に必要ないんじゃないですかね?俺が黙ってここから離脱してもバグッたペッ●ーくんみたいに一人でずっと呟いてそう。とりあえず、真っ昼間から聞きたくもないエロ会話で盛り上がっている薬師寺サンをクールダウンさせよう。でないとそのうち水着姿の駅員さんを召喚されちゃうかもしれない。
「や、薬師寺サン、薬師寺サン! ハウス!」
「は、ハウッッン!? あ、う……? は、ハニー? 」
俺が薬師寺サンの耳元でシャウトするとビクッと身体を震わせ、涎を足らす薬師寺サン。いや、反応がエロ女幹部のそれ。
「はあはあ、め、目が覚めた?」
「は、ハニー……『な、何故、愛しのハニーがここに?!』」
いや、待ったらんかーい。
何でループしとんねん。まずい、このままではまたTシャツ乳首の件を聞く羽目になっちゃうぞ。いやだ、聞きたくないから何とかしないと。
「や、薬師寺しゃん!!」
「エッ、ハニー!!」
俺はまたTチク(※Tシャツ乳首の略)の話をしようとする薬師寺サンを阻止する為に薬師寺サンを思い切り身体で抱きしめたのである。
……いや、俺は何をやってるんだ?しかも噛んだし。正気かな?
「……あっ、ご、ごめん!」
「は、ハウウウッ……嗚呼、身体が幸せ。も、もお……このままハニーと心中してしまいたい……」
薬師寺サンは目をハートにしてポワポワと幸せそうな表情で恐ろしいことをツイートしている。それは怖いから一人でやってあげてください。兎に角、正気に戻った、いやもとから正気じゃないかもだが正気モード(仮)になった薬師寺サンと普通に会話が出来そうである。いや、本当のところは今すぐこの場から脱兎の如く尻を振って逃げ出してしまいたいのだけれど。
「と、ところで……薬師寺サンはここのプールのアルバイトをしているんだよね?」
「…………」
間が持たないので適当に話し掛けると先刻のボワポワ表情から一転。真顔で俺の顔を凝視してくる薬師寺サン。チビる、これだけで向こう十年はゴッソリと寿命を持っていかれた気分になる。
「ハニー、『薬師寺サン』なんてイヤです。『ハニー』って呼んでください」
「い、いや……流石にこういう公共の場でハニー呼びはキツ」
「ハニーって呼んでくれないとそこの飛び込み台から地面に頭からダイヴします」
ラベンダー畑を駆け回る美少女のような素敵な笑顔で、高さ十数ーメートルはあろう飛び込み台を指差す薬師寺サン。いや、台詞と表情が絶望的に噛み合っていない。俺なんか悪いことしたかなあ……見に覚えがないけれどもしかして前世がヤバい奴だったとか?なんでこんな悪夢のような会話をしてるんだろ。
「わ、分かりました……ハニー」
「ハッッウッッン!!」
今にも薬師寺サンの背後からズギュウウンとか出てきそうなだらしない表情で涎を足らし喘ぐ薬師寺サン。その下品な表情はさっきも見たんだワ。もう見たくないんだワ。
「はあはあ、なかなか破壊力のある告白デスね、ハニー。濡れちゃいました……ヒヒヒ」
薬師寺さんはGスポットを押さえて生まれたてのアヒルのようにプルプルと身体を震わせている。エッ告白要素どこにあった?君の自●宣言で強迫するのは人の心を破壊する力はあるけれど。
「フゥ……はい、ハニーの言う通り私はプールの監視員としてここで働いています。しかし、スゴいですね、ハニーはわたしのこと何でもお見通し。私はブールの監視員ですが、ハニーは私の監視員だったりして……フヒヒヒ、えっち」
な、何が私の監視員だよ、さっきお前が口にしたから知っただけだよ、バーカと言いたくなったが我慢する。だって怖いんだもん。ていうか、さっきからほぼほぼ薬師寺サンしか喋ってなくないか?うん、やっぱり俺ここにいなくても問題なくない?問題ないよね?目の前にいる淫キャラもとい陰キャラをここに残して帰ってもいいかな?帰ってもいいよね?
「あ、そ、そう……じゃあ、仕事の邪魔しちゃ悪いから俺はそろそろこの辺で……」
「アッ、そうだ思い出した……前にハニーを私のハウスに監き…招待しようって言ってたの思い出しました」
薬師寺サンは思い出したかのようにポンと両手を胸の前で合わせてそう口にする。ん?今、なんか……不吉な単語を言おうとしてませんでしたかね?
「い、言ってたっけそんなこと? 昔のことは忘れちゃったよ。俺、前日までの記憶は綺麗サッパリ飛んじゃう病気をがあるんだ」
「ええ、ハニーが覚えていなくても私は覚えていマス。あれはハニーと二度目にラヴホで再会した日の夜でした。私の大事な花びらをハニー捧げた後、私を痴漢から助けてくれたお礼に私のハウスに監禁……招待すると、そう約束しました。ハニーは『俺、ハニーの味噌スープが飲みたいです……』と涙を流してわたしの前で疼くまっていましたね……今こそあの時の約束を果たすときが来たのです」
薬師寺サンはしみじみとあの頃の遠い記憶を思い出すかのように落ち着いた女の子らしい表情で語り始める。いやいやいや……知らない、本当に知らないよその記憶。なによそれ、誰か違う人の記憶と混在してなあい?君が一方的に俺を家に招待したいって言ってたのは微かに覚えているけれど。創作はやめて!
「ちょっ、ちょっと待ってよ。よくもまあ、そんな嘘をベラベラと普通に語るね……えっ、監禁って言った? 今、監禁ってハッキリと言ったよね?」
「そういうわけなので、本日の夜、私のハウスにご招待します」
きょ、今日!?
陰キャの癖に行動が早急で草。草を生やしている場合ではない!い、嫌だ!絶対にロクなことが起こらないことは目に見えてるし、俺のアレがアレでアレなことになってしまう可能性がある!幼気な男子が謎の液体でグショグショになるとか需要がまるでない。
「私の監視アルバイトが終わるのが夕方ですから、それまで適当に遊んでいてください」
「い、いや……急すぎるよ。俺、用事が……」
「逃げたらハニーのハウスに火を放ちます」
「…………」
「……な~んちゃって。フヒヒ、じゃあ私は監視に戻りマス……ヒヒンッ」
薬師寺サンは何故か馬の物真似しながら俺の元から離れていった。や、疫病神すぎるう……絡まれたら最後、地獄まで付き纏われちゃうぞ。俺は呆然と何もする気力がなく、プールサイドに立ち尽くすのであった。