guilty 15. ヤバい女を無意識に煽ってたら何故か手料理を喰わされる羽目になった
「ん~、今日はとっても楽しかったですね~」
両手を組んで背伸びをする櫻井。
セーラー服の裾から脇がチラッと見えて一瞬ドキッとしたが、心筋梗塞の前触れだろうか。
あれから微妙な雰囲気はなんのその、ボーリング、映画などひとしきり楽しんだ俺と櫻井は電車内で帰宅の途についているところであった。
イベントごとにこれは間違いなくデートだよね?とからかいのつもりで口にすると櫻井は銀杏を口に含み過ぎてホッペがボコボコになったハムスターみたいな顔して拗ねた。いつもの仕返しのつもりで口にした言葉だが、そんな嫌がらなくてもいいだろ。俺も心の中ではノーセンキューだけどさ。
「まあ、なんやかんやでリフレッシュできたのは否定しないが……てか、今更なんだがお前学校はどうしたんだ?」
「ほんと今更ですね。いわゆる自主休講って奴ですよ。今日はそういう気分じゃなかったので。そういう先輩は?」
吊革に掴まっている櫻井は変わり映えのしない車窓からの景色を眺めながら淡々と口にする。無表情で返答する櫻井からは何の感情も読み取れない。今日はそういう気分じゃなかったってどういうこと?気にはなったが、どこか一瞬いつもとは違う雰囲気になった櫻井に深く聞くのは躊躇われた。
「俺は、アレだよ。俺の学校はSSSランクのハンサムガイは一ヶ月に一回は羽を伸ばしても良いという風習があるんだよ」
「そうですか。私と同じサボりですね」
いやだ、俺の分かりやすいボケに突っ込んでおくれよ。普通にスルーされると只の勘違いした痛めのナルシスト野郎になるじゃないか。
「いや、ごめん。普通にサボりなんだわ」
「だからそう言ってるじゃないですか。おかしな人ですね」
櫻井は天使のように微笑みながら返答する。
何でいつものように小馬鹿にするような突っ込みを入れてくれないの?やめて、普通に返事をしないで。『この粗チン野郎!!』とか股の喰いこみが犯罪的なSMの女王様みたく尻を鞭で叩きながら罵って欲しい。いや、コイツはそういうキャラじゃなかったな。
『はあぁあぁ、えぇ~、次は~次はぁ~~……ときわ台、ときわ台でぇ~~ごじまぁあああす……お出口は左側にぃなぁりやぁああす』
女王様とノホホンな妄想に耽っていると、急に車内に相も変わらずやる気のなさそうな野太い声が流れる。女王様に鞭でしばかれているところからブリーフ姿のおやぢにシフトチェンジしたので、即効妄想を終了する。アッブネエエエ、ヤバい絵面になりそうだった。
「着きましたね。あそこの年配の駅員さんに『俺好みのおぢさんが車内に居なかったのですが、貴方のぷりケツで責任とってもらっても良いですか?』って背後から甘く囁きがら痴漢してきて下さいよ」
櫻井は電車から駅のホームに軽い足取りで降り、駅員さんに指を差して俺にそう言う。先刻まで普通の女子だったのにいきなりいつもの感じに戻るのやめてよ。
「唐突に俺の人生を破滅に追い込むような行為を指示するんじゃない。あ、そう言えばお前もこの駅だったな。じゃあ、今日はここで解散だな」
「そうですね。折角なので今日は先輩のお家にお邪魔します」
櫻井は思い出したかのように、両手で手を合わせる。あの、会話になってないんですが。
「お前の耳は飾りか? 何でそうなる?」
「遠慮しなくてもいいですよ、モロ●フのチョコとかでも私は全然気にしませんから」
「何で招かれる側のお前が招く側の茶菓子の選定をしてるの? お前なんか死海の水で充分だわ」
「良いじゃないですか~、先っぽ! 先っぽだけで良いですから! ね?」
櫻井は懇願するような顔で俺にお願いする。先っぽだけ家にお邪魔するってどういう状況?ポッチ……やばい、ものすごく変態な状況を思い浮かべてしまった俺を誰か思い切り殴って欲しい。
「いやだよ、なんで友達でも何でもないお前を家に入れてやらなきゃならん」
「お宝本とか洗濯機の中身とか漁ったり、クリア前のセーブデータを消したりしないからお願いしますよ~」
それ暗にするって言ってるようなものだよね?
洗濯機の中身を漁るとかストーカーじみて怖いから冗談でもやめてあげて?
「あ、もしかしてご家族もご滞在でご迷惑になっちゃいます?」
「いや、今日は俺以外の家族は『かにパーティー』の日で外出中だから家には誰も居ないけと」
「じゃあちょうど良いじゃないですか、てかハブられてるんですね~、先輩」
「ハブられてるとか悲しくなること言うな。俺だけカニアレルギーなんだよ。だから今日は俺だけお留守番なの」
「成る程ですね~、さしずめ先輩はお預けを喰らった小汚い駄犬のようなものですね!」
「小汚い駄犬は余計なんですけど?」
「あ~、じゃあ今日はお家でひとり寂しくソロ飯って奴ですね」
「お、おう……今日はひとりで豪勢なディナーを喰らってやるんだぜ? ハハハ! 今夜は特上の霜降りステーキだ! どうだ、羨ましいだろ?」
「は? 冗談は先輩の顔だけにしてください。どうせ、お湯を入れて3分で出来るジャンクフードを薄暗い部屋で体育座りでひとり寂しくモソモソと咀嚼するとかですよね?」
櫻井は怪訝な顔して俺を見つめる。
ウッ、大正解でございます……しかし、いくら陰キャだとしても薄暗い部屋では食わねーよ。体育座りって何の罰ゲームだ。そして、カップ麺とは言っても有名店の生麺タイプだからちょっぴりゴージャス感は増すだろ?味付け卵とかメンマとかモヤシとかいれちゃってさ。調子に乗って味変で異臭の漂う牛乳を入れて全てを台無しにするテンションが妙に上がって調子に乗った陰キャのお決まりパティーンである。
「私もカップ麺は好きですけど、夜にカップ麺は身体にもお肌にも悪いですよ? やっぱり、健康的な食事を欠かしてはいけないと思うんです」
昼間に不健康な食べ物を食い散らかしていた奴が何を言うか。ん…?もしかしてこの流れはよくある『私の手料理をご馳走してあげますよ、キャミ☆』フラグかな?
「だから、今日はピザを買って先輩のお家で召し上がりましょうね?」
「それもジャンクフードやないかい。普通そこは『私が作ってあげますよ』って流れじゃないの?」
「え?」
俺がツッコミを入れるとキョトンとした顔になる櫻井。あ、しまった。これじゃあ、メシを作るのをせがんでいる厚かましい乞食だぞ。
「ああ、すまん。メシを恵んで欲しいとかそういう意味じゃないぞ……諭吉さんは恵んで欲しいが」
「せっ、先輩は、私に、その、手料理を作って欲しいんですか?」
櫻井はちょっとどもりながら俺に問う。あれ?何でコイツ急に余所余所しくなってんだ?
「は? 手料理って、君の? 冗談は君の性癖だけにしてよ。どうせ、レンチン3分で出来上がるナポリ的なスパゲッティを作るのが関の山でしょ? ははは、冗談がキツいでございます」
「はっ、はあああああ?! む、むかつく~!! 先輩の癖に私を馬鹿にしてますね!?」
櫻井は金平糖を口に含みすぎてボコボコになった錦鯉みたいな顔してぷりぷりと怒り出す。しまった、つい思っていることをそのまま口にしてしまった。普通の女子ならば言葉を飲み込んで気遣う台詞を口にする俺だが、この普通じゃない女の前ではつい歯に衣を着せぬ言い方になってしまうな。良い意味でも悪い意味でも。
「ああ、悪い悪い、言い過ぎたな。冷凍チャーハンをフライパンで炒めるくらいは出来るよな? まあ、君がそれを手料理と呼ぶなら君の中ではそうなんだろうな」
「それフォローしてるつもりですか!? さらに煽っているようにしか見えないんですけど!?」
「米の研ぎ方分かる? 洗剤は入れちゃいけないんだよ?」
ブチッッッ
あ、え?何の音?ズボンのケツアナ部分が派手に破れちゃった音?恐る恐る目の前にいる櫻井に視線を送ると全身をプルプルと震わせながら俯き、拳を握りしめている。
「あったまきた……ふ、フフ……今日はほんっっと、一段とお調子者ですね、そんなに私を馬鹿にして気持ちいいですか先輩?」
「あ、えっと、櫻井さん?」
「い、良いでしょう……そこまで小馬鹿にされては黙っていられません。今夜、先輩の家で手料理を作ってあげます」
「え、あ、結構です。お家にカップ麺とレンチンごはんがあるから……腹持ちいいんです」
「黙れ、ジャンキー野郎」
「ホアッ!? ジャ、ジャンキー野郎って……」
「1時間後……先輩のお家にお邪魔しますね? 辛激料理を喰らわせてあげますから覚悟しといてくだいよ、上の口から下の口からヒーヒーハーハー……フフ、ふふふふふ……」
夢遊病患者みたくフラフラとした足取りで駅から離れ、商店街に向かう櫻井さん。ヤバい、俺の大事なところ(具体的には『ア』から始まって『ル』で終わるヤ●イ穴)が死んじゃうかもしんない。ていうか、俺の家にお邪魔しますってあいつ住所知ってんのか?どうして……。
…………。
俺はある怖い想像に身震いして、櫻井が立ち去った後でもしばらくその場から動けなかった。