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guilty 10. 出会いの化学反応がヤバかった

「ハ、ハニー……ど、どうしてここに」


 カラオケ屋に入ると、カウンターに虚ろな目をしたピンク髪のメンヘラ女もとい薬師寺サンがいた。


 う、嘘だろ。人見知りを拗らせたコミュ症女が陽キャ御用達のカラオケ店員でしたとか冗談にも程がある。赤いワンピースを身に纏って夜の墓場とか公衆電話ボックスの側で無言でジッと佇んでいた方がよっぽど似合ってるような気がする。やだ、とっても妖怪です……。


「エッ、先輩、もしかしてこの人と知り合いですかっていうか、ハニーって何ですか、ハニーって。こんな顔してハ、ハニィって……キューピィーハニー(笑)!! プッギャー!!」


 俺と店員の薬師寺サンが見つめあっている(決して一目惚れとかそう言うのではない)ところを見ていた櫻井は感情を抑えきれないのか、俺に指差して泣きながら笑う。ふざけんな、笑いすぎだろ。ナニがキューピィーハニーだよ、マヨラー女戦士か。キューティー●ニーの間違いだろ。泣きながら笑う奴なんて二次元以外で初めてみたわ。


 しかし、今の俺は櫻井に対する怒りの感情よりもメンヘラ女にお●んちんが断罪もとい断裁されるかもしれないという恐怖心でいっぱいであった。今すぐ全速力でこの場から一目散に逃げ出したい衝動に駆られたが、目の前のメンヘラ女の顔が怖すぎて金縛りにあったかのように身体が動けなかった。何で虚ろな目で俺を見つめてんの。やめて、変な術を使わないで。たいへん怖くて漏れそうです。


「で? 本当のところどうなのよ?」


 委員長は俺の肩を掴む。

え、やだ、何で肩を掴むの?指が肩にくいこんでいるし、痛い痛い。それは俺を決してこの場から逃がさないという意思表示の表れですか?


「し、知らない人っすねえ……このひととは音楽性が違うっていうか、自分とは噛み合わないっていうか?」

「ウッザ! こんなこと言ってるけど、店員さん、このらららふのうくんに見覚えはあります?」


 む●んくんみたいに悪口言うのやめたげてください。ていうか、何で尋問タイムに入ってんの?皆で楽しくカラオケにやってきたのでは?ここ、本当にカラオケ屋?カラオケ屋に見せかけた囚人収容所じゃないよね?


「こ、この人は……わたしの、フィアンセです、フヒヒッ」


 やっだあああああ、過激な妄想はやめて。


「フィ、フィアンセですって!? ちょっ、ちょっと、植木! どういうつもり?!」


 委員長さんは何故か俺の胸倉を掴み、前後に揺さぶる。オロロロロ、やめてえええ、さっき喰らったお子様ランチが逆流しちゃうう。


「ち、ちか、痴漢したり、痴漢されたり……しょ、しょんな、と、とってもナカの良き関係をき、築いてましゅ、フヘッ、フへヘへ……」


 薬師寺サンは目の前にいる俺と委員長の(一方的な)プロレスを気にもせず、だらしない笑みを浮かべて頭を搔く。な、何がナカの良き関係だよ。最悪な関係の間違いだろ。しかも俺はお前に痴漢をされかけたことはあってもお前に痴漢を働いたことは一度もない!妄想はおやめになって!


「先輩が痴漢……? せ、先輩が、年端もいかない幼女に痴漢……ウッ、嘘だッ!!」


 櫻井が何か変なのに取り憑かれたかのように金切り声を上げる。そうだよ、嘘だから大声で騒ぐのはやめてよ。薬師寺さんは決して年端もいかない幼女ではないし、そしてはやく誰か否定してくれないとマジで俺くんロリコン罪で収容されちゃう。


「エへッ、エヘヘ、嘘じゃありませんよ、ほら……この画像を見てください、これが、証拠、デスッッ!!」


 薬師寺は恐ろしい笑みを浮かべ、スマホの画面を俺たちに見せてくる。スマホの画面には廃墟を背景にアヘ顔ダブルピースをする薬師寺サンの自撮り写真が写っていた。


「こ、この意味不明なホラー画像のどこが証拠だよ頭沸いてんのか!? ていうか、グロ画像を見せんな!! おい、お前らこれで分かっただろ! こいつとは何の関係も……」

「「…………」」


 櫻井と委員長はふたりして信じられないといった絶望的な表情で件の画像を親の敵のように見つめている。エッ?何その顔?アホですか、それとも沸いてる?そんな、マジマジと見つめるほど神聖なエロ画像じゃないよこれ?見たら一週間後までに誰かに見せないと呪われて井戸から這い上がるヤバい女に殺される系のやつだよ、きっと。


「わ、分かったら……わ、私の、ハニーに近付くな、近付くなア! さ、サレ! さ、去るんだジョオオオオオオウオオオオオ」


 どんどこどんっ、どんどこどんっ。


 太鼓の●人のようにカウンターを叩き、カウンターにもたれ掛かるように伏せる薬師寺サン。


 ……怖ッ。心臓に悪いから突然の奇声やめて。今晩、夢に出てくる奴だ、これ。


「そ、そんな……! 先輩はおやぢ専門の痴漢のプロなんです!! 幼女に現を抜かすなんて、嘘に決まってます!」


 櫻井は教祖のように喚く薬師寺サンに対抗するように高らかと宣う。目の前のメンヘラだけでもしんどいのにマジでそういうきついのやめて。ていうか、さっきから君、普通に俺のこと先輩先輩って呼んでるけど、もう妹を演じる気ゼロだよね?


「…………肥溜めから爆誕したゴミクズ蟲」

「やめて委員長。幼気なクラスメイトに向ける目つきじゃないですよ? 俺、痴漢とかしてないから、あの子たちの妄想だから」

「何が幼気よ、あんたは痛い系でしょ。お望みなら今からアンタを私の妄想の住人にしてやってもいいわよ」


 委員長は怖い顔して指の骨をポキポキと鳴らせ、威圧する。アレ?委員長ってここまで豹変するタイプだったっけ?ちびりそう。


「ぐるるるる……がるるるる……」


 櫻井を見ると得意げな顔した薬師寺サンに向かって四つん這いで獣のように唸って威嚇していた。え、何なのこの子。興奮したら野生に戻るタイプ?野生系女子?マジでやってんのか、ふざけてやってんのか、よく分からなくて反応に困るんですけど。


「ふ、フヒヒヒヒ……こ、ここで、ハニーがロリ派かおやぢ派か言い争っていても仕方ない。け、ケツ着をつけよう……つ、ついてきて」


 薬師寺サンは俺たちに背を向け、カラオケルームに来るように促す。ケツ着ってなあに?そして、勝手に俺を巡って意味不明な争いをしないで頂きたい。あと、君、一応バイト中だよね?勝手にカウンターを離れてもいいの?


 薬師寺サンの後を追うように、四つん這いで着いていく櫻井。『やってやろうじゃないの』みたいな顔して、腕まくりしながら着いていく委員長。


 ……エェ、何ナノこの人たち。

この隙に帰ってもいいかなあ、ぼく……。


 ──密室のカラオケルーム。


 どうしてこうなった。


「先輩先輩! 何歌います? 何歌います? 街中で歌ってたら白い目で見られる痛い系のアニソンいっちゃいますか?」


 さっきまで野生に戻っていた櫻井はカラオケルームに入るとすぐさま元の人間にジョブチェンジする。そして俺の右横でピタリと密着するようにソファーに座り、右の乳首にマイクをグリグリと押しつけてくる。あの、俺の上の口はそこじゃないんですけど。


「え、エヘヘ……は、ハニー……ハニーは意外とこぶしがきいた演歌が似合うと思う……」


 さらにカラオケ店員にも関わらず薬師寺サンは俺の左隣で櫻井と同じくピタリと密着するようにソファーに座り、左の乳首にマイクをグリグリと押しつけてくる。


 エッ、なに?この子たち、ちゃんと目が見えてる?目だけ異世界に転生したとかそんなんじゃないよね?


「……両手に花かよ、ぺっ、嬉しそうね、植木」


 ゲシッゲシッ


「イテッ、イテッ! 俺の膝に酷いことしないでえ!」


 そして、俺と向かい側で何故か不機嫌な顔で俺の脛を靴先で蹴ってくる委員長。両手に花とか悪質な冗談はやめてください。色気もない子供みたいな変女と呪怨女に両サイドから固められる俺の身にもなってほしい!


「あれれー? 先輩、今、心の中で私を馬鹿にしました? しましたよね、絶対」

「……痴漢、しちゃ~うぞお☆」


 マイクを俺の乳首から太腿からGスポットに向けて押しつけるようにゆっくりと動かすふたり。じゅっ、じゅうふぁっきんはやめたげてよお!!


「と、ところで……! き、君たち、さっきのケツ着をつけるとか、アレはどうなったの!?」


 俺はマイクを振り払い、二人に問いただす。


「ケツ着? なんです、それ? アタオカですか?」


 首を傾げてケロッとした顔をする櫻井。

アタオカはお前だ。もしかして野生化してたから記憶が飛んじゃいましたテヘペロとかそういうファンタジーな展開か?


「そ、それそれそそそれそれより、ハニハニハハハニニー……ぼっぼぼぼぼ、ぼっくんと、デュデュデュデュデュエットしよしよしよしよしようよう、フヒッフヒフヒフフヒヒ」


 薬師寺サンはマナーモードみたいに震えながら俺を見る。え、何でいきなりバグってんの、こわ。ていうか、首謀者の君が何でさっきの出来事を綺麗さっぱり忘れてんの?


「…………ッ!!」


 ゲスッゲスッ


 今度は靴の裏で思い切り、俺の脛を蹴ってくる委員長。な、なんなの!?暴力系女子はもう流行らんよ!?


「とりあえず、せっかくカラオケに来たんだから歌いましょうよ~、まずは先輩からですね、ポチッとな」

「あの、歌うのはいいんですけどせめて自分で選曲させてもらえませんかね?」


 櫻井が勝手に予約した曲のイントロが流れてくる。軽快なポップ調で何かどこかで聞いたことがあるような気がするのだが。


「……えっ、何、お前、何の曲を入れたの?」

「初代プリ●ュアの主題歌。テンション上がるかなって思って、はい! どーぞ!」


 とびきりのここ一番な笑顔を浮かべ、俺にマイクを手渡す櫻井。お前は鬼か?女児向けアニメの歌を歌わせるとか俺は一体なんの罰ゲームを喰らっているんです?


「俺、あまり歌うの上手くないんだが」

「あ、ほらほら、もうすぐはじまっちゃいますよ!! 構えて構えて! 痴漢スタイルで」


 聞いてよ、人の話を。

ていうか痴漢スタイルで歌うってどういうこと?片手をわきわきさせながら歌うの?只のやべえ奴じゃん。


「フヒヒ、デュエットは後のお楽しみ……」

「やるからには本気でやらないとしばくわよ」


 何、この世の地獄。誰か助けて。

キャンセルなんかしたら俺は明日の朝日を拝めないかもしれない。し、仕方ない、ド下手くそな俺が全力でプリ●ュアになりきって歌ってやるぜ!


「ププ、プリッきゅ」


 ばたんっ。


「アー!! こんなところにいたんですね、薬師寺サン!!」


 歌の出だしが始まった瞬間、いきなり外側から扉が開かれ、エブロンをした女性店員さんが現れた。え、あの……やだ、閉めて?恥ずかしい。


「ヒッ! て、店長……」

「もうまたサボって!! ダメじゃない!! 罰としてお仕置きしますからね!!」

「ヒエエエイ!! そんな、ご無体な……!!」


 ばっちん!ばっちん!


「ウエエエエン、ビエエエエン!!」


 薬師寺サンは、店長と呼ばれた女性の太腿に乗せられた状態で尻を服の上から叩かれていた。叩かれた薬師寺さんは幼稚園児のように泣きじゃくっている。えっと何が始まるんです?


 プリッ●ュア~♪ プ●ッキュア~♪


 ばっちん!ばっちん!


「ブアアアア、ビャアアアア!!」


 プリ●ュアの主題歌をBGMに、尻叩きされて悲鳴を上げている薬師寺さんを俺たちは優しく見守っていた。えっと、俺たちはいったいナニを見せられているの?

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