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中にツカツカ入ってきた女性を見て、私は認識を改める。
松明に照らされた顔は女性というよりもまだ少女だろう。マカナ様はツインテールで子供っぽく見えていたが、顔立ちは大人っぽい方なのかもしれない。
「やっぱり平民にはこんな汚い小屋がお似合いよね」
記憶を探るが、私はこの人に会ったことがない。学園の生徒全てを把握しているわけではないから断言できないが、学園にいただろうか。平民と口にするくらいだから貴族だろう。
「ヘンリー様が構っていると聞いていたけれど」
その言葉で誰か分かった。ヘンリー様の婚約者はまだ学園に入学していない。マカナ様と同い年のはずだ。
ご令嬢は私の前まで来ると、舐め回すように観察してくる。
「平民はたいしたことないわね。公爵家に庇護されているはずなのに簡単に誘拐できてしまったし。庇護といっても名前だけなのかしら。ヘンリー様もこんなのを構うなんて毛色の違う犬が珍しかったのかしら」
ふわふわした亜麻色の髪の毛で可愛らしい顔立ちなのに、口から出る言葉は顔と年齢に見合わず辛らつだ。
私はてっきりヘンリー様に誘拐されて、ここで脅迫されるんだと思っていた。まさか、婚約者様が出てくるとは。
「不思議そうな顔ね」
ご丁寧にご令嬢は手足を縛られて見上げる私に顔を近付けてふっと笑う。
「ヘンリー様は怖気づいているから、私がわざわざ出てきたの」
ヘタレかい……と喉元まで出かかったが、やめた。
「あなたが学園でヘンリー様の課題をやったことはないって証言してくれれば、ヘンリー様の再試験はなくなるのだけれど」
「それはないと思います」
遮るような私の返答にご令嬢は眉を顰める。
「私の筆跡のレポートがリンドバーク様のお名前で提出されています。教師にも筆跡でバレてしまっているので証言しても無理でしょう」
ご令嬢が少し目を見開いた。反応をみる限りヘンリー様からレポートについて聞いていないか、違うことを聞かされていたのだろう。情報が甘い。
「それなら証言の取り消しは無理ね。あなたには消えてもらうしかないわ。あなたがいなくなったらヘンリー様に対する疑惑も晴れるもの」
「お嬢様」
後ろに控えていた侍女が何か耳打ちをする。松明を持った騎士しか見えていなかったが、侍女もいた。耳打ちされてご令嬢は私に改めて視線を向ける。
「あなた、成績はとてもいいんだったわね。私、そろそろ学園に入学なの。学年が上なんだから課題やテストの攻略なんて簡単でしょう? うちで雇ってあげてもいいわ。うちで雇われるかここで消されるか、選ばせてあげるわ」
侍女の入れ知恵か。
話している限り、こちらのご令嬢はヘンリー様より年下だがずる賢そうだ。
「私がいなくなったところで再試験がなくなるとも思えません」
「平民はこれだから困るわ。あなたがいなくなれば、あとは教師を買収すればいいだけだもの。いじめや課題の肩代わりなんて最初からなかった、平民のあなたが少し騒いだだけよ」
買収できるなら学園の意味、なくない? というか最初から買収しておいたら疑われなかったのでは?
「私が急に来なくなったら怪しむ方もいるでしょう」
「いくらでもウワサは流せるわ。思い上がり過ぎじゃない?」
「そうですか」
学園でも経験した。大多数の貴族はこんな考えなんだろう。
平民が一人いなくなろうと、平民からどれだけ搾取しようとなんとも思わない。
学園が特待生として平民を入学させたのは、平民に門戸を開くという建前で貴族のサウンドバックにするためなんじゃないんだろうか。
「なぜこのような危険な真似をリンドバーク様のためにされるんですか?」
ご令嬢は首をかしげた後、皮肉気に笑った。可愛い顔立ちなのに皮肉気な笑みは酷くアンバランスに見える。
「婚約者にたかるハエを駆除するのは当たり前のことだわ」
ハエと言われても私は落ち着いていた。
きっと、この子はヘンリー様のことが好きなんだろう。
「一つだけ言わせてください」
私はハエみたいなちっぽけな存在だっただろう。学園に入っていじめられて、自信や希望を失って。人に気に入られたくて、ずっと人の顔色を窺っていた。
でも、それでも。私はマリリン様に出会ってしまった。
「ハエは糞や腐敗した物にたかります。私がハエならリンドバーク様は何でしょうか」




