このままでいいと思っていた
トモユキ視点で書いていたら行き詰ったのでアンヌ視点で。
『……お兄ちゃんは、天使さま?』
初めて会った時彼に尋ねた。
『えっと……君の方が天使じゃないの? 俺はどう見ても天使じゃないけど……』
見た事ない黒髪。黒い目。でも、神父様の元にある教本の挿絵に神様のお使いの絵が描かれてあって、その姿は黒髪黒目だと説明されていた。
でも、神様の世界ではわたしのような金髪緑目が天使になるんだと初めて知った。
『ここ。どこ……。後、この状況は』
天使さまはきょろきょろとあたりを見渡していたので、
『ここは……教会近くの森……です。天使さま』
と説明する。そして、
『あの……助けてくださって……、ありがとうございました!!』
天使さまが降りてきた時にその衝撃で倒れた刺客を確認して、体が震えるのを必死に我慢して告げると、天使さまはそっと抱きしめて、
『我慢しなくていいよ。――怖かったね』
と背中を撫でてくれる。
それを感じて怖かった事を思い出して、泣き出した。
――それがお兄さま…………春日智之さまとの出会い。
教会の執務室で神父様の声が聞こえたので走ってはいけないとよく注意されるが慌てているのでそんな注意事項が頭からすっぽり抜けてそちらに向かっていく。
「神父様っ⁉ お兄さまは帰ってきましたかっ!?」
大きな書類が置いてある机には温かいお茶の入ったカップが二つ置かれていて、木の椅子が近くに置かれている。
「アンヌ? ドアをノックして入りなさいといつも言っているでしょう。15歳にもなって、その様子だと成人のお祝いに出られなくなりますよ」
神父様が困ったように告げてくる。
「すみませんっ!! で、お兄さまは……?」
辺りを見渡すがいない。
「まだ、帰ってきていないんですね……」
しょぼん
落ち込んでしまう。
「アンヌ。トモユキは」
神父様が何かを言い掛けてある方向を見て口を閉じる。
「お兄さま。いつ帰ってくるのかなぁ。もう、悪い魔法使いは倒したんでしょ?」
風の噂で聞いたのだ。
お兄さま――トモユキさまを含む英雄さまが世界中を混乱に陥れた呪術王を討伐したと。
「早く会いたいな~。そして、お疲れさまって言いたい」
もう帰ってきてもいいのにまだ帰ってこないのは国の偉い人につかまっているのかなと想像して、くすくす笑う。
その傍で、神父様が悲しげに机を見つめるのが目に入ったがそちらに視線を向けると誤魔化される。
さっきの表情は何だったんだろうと首を傾げると机に違和感を覚える。
「あれっ?」
なんだろう。何か変な……。
「さっきまでカップ二つありませんでしたか?」
机の上に二つあったはずなのに一つしかない。
「えっ⁉ あっ、ああ。気のせいですよ。カップが二つなど、一人で飲むのに二つも出さないでしょう」
そう告げられて、そういえばそうだったと納得する。
疲れているのかもしれないなと思って、夜も遅いからとおやすみなさいのあいさつをして部屋に戻った。
出て行った後に神父様が笑って手を振っていたのをやめて、辛そうに泣き出している事など私は知らなかった。
その部屋にもう一人居た事も――。
わたしとお兄さまの出会いはわたしの出生の秘密に深く関わっている。
わたしは生まれて物心ついた時から教会で暮らしていた。
『神父様、アンヌのパパとママは?』
近所の子供たちが両親と一緒にいる光景を見て、ぼろぼろになった絵本にお父さんとお母さんと子供が一緒にいる挿絵を見るたびに神父様に尋ねていた。
その都度、神父様は悲しげに頭を撫でてくれた。
ああ、わたしの親はいないんだなと思っていたが、それが8歳の時にそうではなかったと知らされた。
『いたぞ!!』
ある日。数人の男たちがいきなり現れて私を連れて行こうと手を伸ばしてきた。
教会の近くの町にお使いに出た帰り。教会に続く一本道で待ち構えていたのだ。
買い物籠の中身が地面に落ちて、持っていた買い物籠をどこかに落としてしまいながら、必死に逃げた。
破落戸のような格好をしていたが、それにしては綺麗すぎる男の人たちの動きもどこか型にはまっているような動きで不自然だった。
『ちょこまかと』
舌打ち。
男たちから必死に逃げるために近くの森に逃げた。森の中ならある程度視界を遮ってくれるし、木の枝とかで足止めしてくれるだろう。
小柄なわたしならやすやすと通れる場所でも男たちには通りにくいこれで距離が稼げる。
森で男たちを撒いて、それで教会に戻ればと思っていた矢先、もう少しで教会の近くだと油断していたのだ。
そこで先回りして、待ち構えている者がいるとは考えていなかった。
『さて、遊びは終わりだ』
男の持っている剣が光を反射して眩しかった。ああ、殺されるんだと死にたくないと思って何とか逃げる方法を探すが思い浮かばない。
だから神様にすがった。
『神様。助けて!!』
『神に祈っても無駄だ』
諦めるんだな。
剣が向かってくると思った。
でも。
剣の反射した光でもなく、どこからか眩しい光が出現したと思ったら。剣を構えていた男の上に何かが墜ちてきた。
避ける暇などなく、男は倒れた。
『こ……この……』
別の男がいきなり現れた存在に攻撃をしようとするが、光は防御も兼ねていたのか男の持っていた剣がさらさらさらと粉々になって消えていく。
そして、降りて来た時に起きた風圧で男たちが木々にぶつかり――なぜか私は無事だった――気を失い、風と光が収まった時に黒髪黒目の少年が姿を現した。
『……お兄ちゃんは、天使さま……?』
助けてと願った時に現れて、悪い男たちを倒してくれた。
挿絵で天使さまの絵を見たからもあったけど、そんな状況だったからこそお兄ちゃん……お兄さまは神のお使いだと思ったのだ。
お兄さまを連れて、教会に戻って神父様に襲われた事とお兄さまが助けてくれた事を話をしたら神父様はお兄さまに感謝をして、ここで暮らすように告げてくれた。
神父様の話によるとこの世界がテイタイしそうになると神様の世界から神様のお使いを送って、変化を与えるとか。
お兄さまは初耳だったらしく、かなり驚かれて、チュウガクのセイフクを注文したばかりなのに着れずに終わるんだと呟いていた。
で、神父様はわたしが襲われた理由も話してくれた。
わたしは、とある偉い人のゴラクインという存在で、わたしを消したい人たちとひっそり生かして利用したい人たちがいるそうで、常に危ない状況だと。
そんな今まで知らなかった事態に怯えるとお兄さまがそっと頭を撫でて、
『大丈夫。僕が守るよ』
と誓ってくれた。
それからずっと守ってくれた。
そして、呪術王という存在に怯えていた時も――。
「お兄さま。いつ帰ってくるんだろう……」
天気のいい日なので洗濯物をまとめて干してしまおうと思って盥にシーツを入れる。
お兄さまを含む英雄様方が、呪術王を倒したと風の噂で聞いた時神父様と共に喜んだ。お兄さまが無事であるように毎日祈っていたけど、それくらいしかできない自分が歯がゆかった。
そんな矢先の噂だ。
「早く会いたいな……」
盥の中に足を入れてシーツを踏んで洗いながら呟く。
無事とは聞いているけど、顔を見ないと本当に無事とは思えない。だから早く会いたいと待ち続ける。
「いつ帰ってくるんだろう……」
お城でお祝いをしていると聞いた。
呪術王を倒した英雄様だから歓迎されているとか。ずっと城で暮らすかもとか。
「やだな……」
居るのが当たり前だった。ずっと守ってくれると思っていた。
「お兄さま……こんな田舎は嫌だから都会で暮らしちゃうのかな……」
でも、そうなっても仕方ない。だって、ここは田舎で何もない。
「神様の世界でいろんなものを見てきたんだもの……田舎は飽きてしまうだろうしね」
それに。
「神様の国にいつか帰ってしまうよね……」
ずっと一緒にいられない。そんな覚悟はしてあった。
だから気にならない。
「…………」
洗濯物を踏んでいた足が止まる。
「大丈夫だよ……」
このまま帰ってこなくても。
全く気にしないと自分に言い聞かせて洗濯を再開しようとするが、よそ事を考えていたから足を滑らせる。
「きゃっ⁉」
転ぶと思った矢先だった。
がしっ
誰かに支えられる感触。
姿が見えないのにそこに誰かがいる。
「誰っ⁉」
お化け。魔物?
怖い。
ここにお兄さまはいないのだ。
何かあると必ず守ってくれていた。
「お兄さま……」
呪文のように呟く。
「お兄さまっ!! 助けてっ」
必死に暴れて逃げ出そうとする。
すっ
支えるように掴んでいた感覚が消える。逃げるように。
「なんだったの……?」
先ほど触れられた場所をそっと撫でる。
見えない何か。でも、
「不快じゃなかった…………」
それが信じられなかった。
「…………教会を出ようと思います」
トモユキは神父に告げる。
外ではあの日と同じように洗濯を干しているアンヌの姿。
「それは……呪術王の呪いのせいですか?」
神父のまっすぐに見つめる視線に頷く。
「そう……ですね……」
呪いを掛けられた。愛する人が自分を認識できない。声も姿も素通りする。
だけど、それが直接の理由かと聞かれるとそうではない。
「…………ずっと妹だと思っていました」
この世界にいきなり送られて、右も左も文字も分からない状況で支えてくれたのはアンヌだった。アンヌと神父が居なかったらこの世界で野垂れ死んでいただろう。
お兄さまと慕ってくれるアンヌが可愛くて、守ってあげようと傍にいた。呪術王を倒しに行くなど無謀な事をしたのもアンヌが怯えていたからだ。
でも、
「アンヌが僕を意識できなくなって、妹ではなく異性として見ている事に気づきました」
「…………」
必死に自分を探す眼差しに寂しいと呟く声。それをずっと感じ続けているのが辛い。
「触れられたんです……」
アンヌがバランスを崩して、倒れそうになったのを見てとっさに支えてしまった。
「怯えていました……」
自分を呼びながら自分を恐れるさまを見て、怒りが沸き上がりそうになって、我に返った。
このままだとアンヌを一番傷付ける存在になってしまう。
「何で傍にいるのに気づかないんだ。僕を探していたんじゃないのか。――どうして、僕を見てくれないの。そんなごちゃごちゃの気持ちが膨らんで爆発しそうになったんです」
これでは守れない。
「…………神は」
ぽつり
「神は乗り越えられない試練など与えませんよ。ですから……」
窓の外を見ながら告げる神父の声が途中で止まる。
外には地面にぐちゃぐちゃになって落ちている洗濯物。
「アンヌ……?」
何かあった?
それに気づいて、行儀悪いと思いながらも窓から外に飛び出た。
「アンヌ。ミリアーヌ……さまですね」
洗濯物を干していたらいきなり声を掛けられた。
そこには綺麗な格好の軍服の男性が三人。
「あの……?」
どちら様? と尋ねようとしたら。
「その緑の目。まさしく王家の目」
「よかった。無事だったのですね」
と喚く若い騎士二人の前には壮年の騎士。
「驚かせてすみません。アンヌ姫。私たちは、聖ルブリアス帝国の騎士で、ハインリヒと申します。ルブリアス皇族の唯一の生き残りである貴女様をお迎えに上がりました」
と跪いて説明したと思ったら、
「案内しろ」
と有無を言わさず連れて行こうと手を伸ばしてくる。
「いや……」
思い出す。私を殺そうとした者たちの事を。
『あんたに生きてもらっちゃ困るんだよ』
と告げた者がいた。
「いやっ!! 助けて」
お兄さま。
腕を掴まれて、必死に暴れていたら、どこからか石が飛んできて騎士の顔に当たる。
「何をするっ!?」
騎士がある方向を見る。
騎士が信じられないと驚愕したようにある方向を……いや、視線を少しずつ動かしてわたしの後ろを見る。
掴まれた腕が外される。
「なんで、なんで英雄の一人【黒の賢者】がっ⁉」
何でそこでお兄さまの通り名が。
まさか……。
「い、いえ……滅相もありません!!」
慌てて謝る騎士たち。
「わっ、分かりました!! すぐ上の者に伝えてきますっ!!」
逃げるように去っていくのを見ながら。ずっと騎士が見ていた場所に視線を向ける。
「……お兄さま」
居るの?
問いかけても見えない。声も聞こえない。
「何で……居るんでしょっ!! 声が聞きたい。姿が見たい!!」
いやだ。
ずっと自分に言い聞かせていた。
いつか神の国に帰ってしまうから。会えなくても仕方ない。
でも。
「やだよぉ」
ずっと諦めていた。
わたしの両親は生きていた。
父は、とある王族で母はその婚約者だったが、父がある女の人を好きになり、コンゼンコウショウまでしたのに母を捨てた。
ありもしない冤罪を告げて。
母は修道院に送られて、そこで人知れず私を産んだ。わたしを産んだ時母は精神が病んでいて、子供が無事産めないのではないかといや、産めなければいいのにと思われていたそうだ。
そして、誰にも喜ばれない存在として産まれたわたしを母に恩義があった神父がひっそりと匿っていたのだ。
そのわたしを殺そうとしているのが実の父でとある国の皇。私は生粋の皇族だと教えてもらった。
――そう。呪術王に最初に滅ぼされた国の名を。
「私の欲しいものが消えていく。私がいらないものまで押し付けられて、私が私でなくなりそうで怖かったのをずっとお兄さまが守ってくれた」
お兄さまだけはわたしの心の闇を祓ってくれた。
呪術王。
彼はひと際帝国を恨んでいた。その皇族を惨たらしく苦しめて。
わたしも、皇族の血が流れているから同じように殺されるのかと毎日泣いていた。
だから――。
「居るのならいなくならないで!!」
ずっと傍にいて。わたしを守って。
必死に居るはずの場所に手を伸ばして抱き着いた。
「…………呪いの解ける条件は」
声が届く。
記憶よりも低い声。
「足場のない存在。不安定なモノに手を伸ばして心から愛している存在が求めてくれる事」
頭半分ほど高い視線。そこにいるのは大人びた……いや、大人の男性。
大人であるのは当然だろう。確か20歳だと言っていたから。
「お兄さま……」
「二度と……呼んでもらえないと思った……」
お兄さまは泣いていた。悲しげに、それでいて嬉しそうに。
そんなお兄さまに、
「お帰りなさい」
と同じく泣きながらやっと言えた言葉を告げたのだった。
実は、アンヌの名前をマリカにしようか悩んだ。(ウル〇ラセ〇ンとマリ〇カート)