英雄のいない街
「行ってきます‼」
勢いよくドアを開けて、街に飛び出す。
昼前ということもあり、どこも活気づいている。
「こんにちは‼」
「はい、こんにちは」
知り合いのおばちゃんに挨拶しながら、目的の場所に向かう。
住宅街を抜け、市場を抜け、街の一番外側の門を目指す。
「今日はいい感じかも」
いつもより早く走れている気がする。
これなら自己最速で門まで行けるかも。
誰にもぶつからないようにしながら、階段を塀を滑らかに、何にも突っかからないように、
街を翔ける。
「こうやって進めば、あっという間に」
最後に空いている窓に飛び込む。
「目的地‼」
「普通に入ってこい。」
「いたっ」
ゴツンと頭に拳骨を落とされる。
「弁当を母さんから毎日届けてくれるのは助かってるけど、頼むから普通に入り口から入ってくれ。」
「でも、家からこれが一番早く着くんだよ。父さんも飯が温かいほうがいいだろ。」
「じゃあ、≪安定≫じゃなくて≪保温≫の弁当箱に入れて歩いてきてくれよ」
「それじゃ、走ってこれないじゃん。」
僕がそういうと、父さんは頭を抱える。
「まあ、いいけど。誰にもケガさせんなよ」
「わかってるよ。それより早くいこ」
「また、あそこか。ほんとに好きだな」
そう言って門番の詰所のとある部屋に行く。
扉を開くとベットに少ししか本が入っていない棚、
机の上には花が入っていたであろう花瓶があって、
今その部屋で生活している人物がいないことがわかる
「ここが英雄の部屋」
「毎回言ってるな、それ」
「いいじゃん、ほら昼飯食べようよ」
弁当箱を取り出して机に置く、
「父さん。英雄のお話してよ」
「またかっていうのも飽きるぐらい。話したと思うんだけどな」
「それでも聞きたいんだよ」
父さんは少しのため息を尽きつつ、口を開いてくれる。
「あいつはいつも・・・」
父さん曰く、英雄は門番なのにいつも仕事をさぼって、詰所で寝ていたらしい、
そのせいで門に落書きされても気づかないわ、入市税は取り忘れるわで父さんはいつもフォローに回っていたらしい、
「それでも、不思議と人の生死がかかるような事件は起きなかった」
麻薬や指名手配犯そういったものは隠れて入ろうとすると、必ず英雄はそれを見つけた。
「そんなあいつのことをみんな呆れながらも頼りにしていた。でも、あの日・・・」
あの日、魔物が溢れた。この国は魔物に囲まれ襲われた。
「戦力が足りなくて、とてもじゃないけど全部の方向を守るのは無理だった」
国は絶望に包まれていた。
「でも、あいつは笑って・・・」
”半分任せろ”そう言った。
「俺たちは無理だと止めたが、国からそうするよう命令が来た。そして・・・」
あいつは侵入を許さなかった。
ぼろぼろに血まみれになっていたが、門の内側には傷一つ付けさせなかった。
英雄は門の半分を守り切った。魔物の軍勢の半分を倒した。
「そんな英雄をみんな恐れた。門番仲間の俺たちはあいつが特別なのはなんとなくわかってたから、そこまでじゃなかったが、一般市民はみんな怖がってた。」
魔物よりも強大な存在に、
「最初に貴族が声を上げて非難した。なぜ門の内側に化け物がいるのかと」
国は王は英雄を知っていたが、貴族までは知らなかったのだろう。
「そうやって、だんだんと騒動が広がっていったある日、あいつは消えた」
貴族は非難された。我々を守るものを追い出したと、
「そうして、英雄はいなくなった。」
「・・・」
「あいつは特別だったが、人間だった。仲間だった。」
父さんは言い終えると、少しうつむいてから、
「お前はこの先、仲間出来たら、そいつがどんな力も持っていても、声をあげて守ってやれ。立派で強くてかなわなくて例え横に並べなくても、背中を支えてやるんだ」
父さんのその願いは悲愴が含まれていて切実で、
「うん」
その短い言葉しか発することができなかった。
「今日も美味かったって母さんに伝えておいてくれ」
弁当箱を僕に渡し、父さんは仕事に戻る。
僕は家に駆けだす。きっと明日も同じことをする。
英雄のいない街で僕は今日も生きる。