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7 魔法文字

 室内は温かな空気が保たれている。


「温かくできているのも魔法文字の力だ。我々の研究の大半は記述魔法の解析にある」


 イルモは二階の休憩室に案内した。休憩室は建物の外から見て出っ張った部分に位置する。休憩室の天井は雪を溜めぬように傾斜で採光の硝子窓が嵌められていた。


 テーブルの横には、書架がいくつか並んでいる。


 いまは昼時だが休憩室は閑散としていた。わずかに議論している集団や、一人で食事している者がいるが数が少ない。


 テーブルの隙間を縫うようにして、鋭い角を持つ子馬と、小鬼が追いかけっこをしている。誰もそれに驚かない。


「魔法文字がここでは普及しているのですね」


「普及という表現が適切かどうかわからない。ただ代々継いできたものたち。もう我々は新しい魔法を開発することはできなくてね、すでにある魔法文字の組み合わせを変えて、試しているのさ」


 魔法使いは基本的に親か親戚が師となり、才能のある子どもに自身が知る魔法を伝える。弟子は基本的に外部からとらない。魔法管理局のすぐそばの街は魔法使いたちだけのために造られた都市で、そこでは都市機能すべてが魔法使いたちの生活に合わせて動いている。外部からの人を遮断する、非常に閉鎖的な都市だと聞いた。


 イルモはなにかを憂いてか眉間の皺を作ったあと、それを指でほぐした。


「魔法管理局の仕事はわかるかな」


「魔法の管理、保存。魔法使いの学生たちの受け入れ、研究機関です」


「そうだ。我々は研究者だ。魔法についての他の仕事もこなすが……。冬の魔法についてはどの程度知っている?」


「初等教育学校で習う程度のことは……」


「この三国を冬の魔法で閉じ込める元凶は海を挟んだ先にある氷の城から発せられていることがわかっている。我々はこの世界の秩序をつくる魔法を研究しているので、当然、冬の城も研究対象だ。そこまではいいかね」


 クランツは素直に首肯した。

 隣に座るオデットは、目の前に置かれたタルトをフォークで倒すのに夢中だ。なにひとつ聞いていない。


「魔法管理局が研究している冬の魔法の分類について。この場を隔離している魔法は三つの体系に分かれる。ひとつは生体魔法。ふたつめは認識魔法。みっつめは空間操作魔法。生体魔法についてはわたしたちの体が冬の寒さに負けず日光を長く浴びなくても生きられるように掛けられていると目されているね。認識魔法については外部からわたしたちが認知されないように掛けられている魔法について。わたしたちが冬の魔法で壁のように超えられないでいるあの山々のこともそう……まあ山については空間操作魔法の範囲でもある」


 城とは反対側の窓の向こう、指さした先には絶壁と呼んでいいだろう高く聳える峰が連なっている。あの壁は帝国のどこからでも確認できるほど、途方もない巨大さ。おおよそ魔法使いが作りえる大きさではないとされている。


「空間操作魔法はこの場を覆いつくす冬のことだね。空間操作魔法は生体魔法にも影響を及ぼしているので、三つの魔法はそれぞれが干渉しあってこの場を支配している。ひとつの魔法はひとつのレイヤー……。レイヤーというのは層、つまり冬の魔法は多重レイヤー構造をしており、この凍結の領域を維持している。わたしの専門分野は多重レイヤー構造を可能にする魔法演算式の解析だよ」


「ふつうの魔法使いはレイヤーというのは使えないんですか?」


「ああ、脳のリソース的にレイヤーはほとんど使えない。当代天才と呼ばれるアルタイルだって、同時行使のレイヤーは一年かけて三個が限界だった。記録では個人で最大十二個のレイヤーの行使を記録している。だがそれでも十二個までは二年間かけてゆっくりと魔法を組んだ。冬の魔法は八百以上の魔法が使われていることが判明している。最高記録で計算しても単純に七十二年かかるが……。それは行使のための時間で研究のための時間は含めていないから、百年くらいかけて冬の魔法を完成させたと推測している。かけた魔法使いは化け物みたいな力量を持っていたか、もしくは複数人で手分けしてかけたか……」


 すでに殿下から聞いて知っている情報もあるが、改めて研究者の口から聞くと興味深い。


「おそらくこの冬の魔法がレイヤーを可能にしているのは、複数の違う言語の式を引用し、それを可能にする独自のベースを作って、記述を最大限効率化しているからだろう。じつは魔法言語は相応に研究しつくされているのだがその記述をする理由……なぜそんな多重な記述が可能だったのか、の根本的なところがわかっていない。意識のない脳が千個ほどあれば解析も進むと思うんだが……」


 オデットはそっぽを向いている。人間の話に興味がないのだろう。クランツは警戒と興味を同じように抱きながら耳を傾けていた。

 三人は休憩室を出て、施設のさらに奥へと向かい始めた。




 長い廊下を歩く。


 妖精たちとすれ違い、廊下で立ち往生する有翼の馬を避けて進む。


「さきほど君たちを案内したのは来館者用の建物だ。ここから渡り廊下の先が研究棟にあたる。そしてさらに奥は権限を持たぬ者は入れない。寮は左右にある。ここから見て右手が男性用、左手が女性用。周りにあるのは倉庫。研究室や寮の荷物が置いてある。数は少ないが、既婚者は街に住んで、通いで来ている者もいる」


 施設の話のあとに、イルモは重要な予定を告げた。


「一か月後に研究発表会がある。そしてその後に三年に一度予定されている城の探索だ。君たちはそれまで研究資料として我々に付き合ってもらう」


「研究室に寝泊まり……え? それ、警備面とか大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。魔法文字がある。それに我々は研究のために命を削っているのでね」


「……いや、でも。警備が雑では?」


 クランツがオデットに視線をやると、オデットもこちらを見た。珍しく視線で意図を伝えあう。


「とりあえず、ミュー君はこちらへ。レンバッハ君は、うーん、魔法動物系統の研究をするアダム・ベロフを訪ねてみてくれ。この時間だと研究室の五階にいるはずなので、部屋は名前で確認するように」


 イルモは面倒そうにクランツを追い払おうとしている。そう指示されたのなら、オデットと別れなければならない。

 オデットが近づいてくる。クランツの腹に、人差し指を突き付ける。身を近づけ吐息のような声で囁いた。


「人を喰ったら処分する」


「わかってますよ」


「じゃあ別行動ぉ。そのうちそっちに行くよぉ」


 オデットの黒い目をクランツはまっすぐに見返した。



 指示されたとおり、五階のアダム・ベロフを訪ねた。ノックをし、了承を得て、扉を開けた。途端に異臭が鼻をつく。研究室の床には寝袋が五つ並び、芋虫のようになった人間が寝ていた。

 靴の先で少し蹴ってしまい、一つの芋虫が起き上がる。クランツは思わず飛び跳ねるようにして後退した。


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