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嫌われ皇女のアンチトゥルーエンド  作者: 待鳥月見
?章 アンチトゥルーエンド
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アンチトゥルーエンド

 竜に強襲されて炎上する城を、アルタイル・アルタウロスは空に浮かぶ船の一番の特等席で眺めていた。船が浮かんでいるのは、冬の城のちょうど真上。霞むほど遠くの城だが、レンズと魔法で拡大映像がモニタに映っているため、状況は見て取れる。


 アレクシア女帝が乗ってきたという古代の船は魔法使いの街に秘匿されていた。船は記述魔法が覆いつくした立方体をしている。現時点での魔法の技術では超常物としか思えないその船をアルタイルが動かすことができたのは、天才的な頭脳を持つから――というわけではない。


 彼を守り、寵愛する、火の鳥のおかげだ。


「はぁ、何度言えばわかる。シルヴィアの姿で出てくるなと言っただろうが」


 アルタイルと名乗る男――仮面と体格の変装を解いた壮年の男は、白衣姿のままソファに腰かけていた。対面のなにもなかった空間に歪みが生じ、瞬きの内に、幼少期のシルヴィアの姿で彼女は現れた。


「にひひ、だって、面白い顔するからぁ」


 体感気温が上がる。

 ほのかな光に照らされて、幼少期のシルヴィアの顔をした彼女は笑う。金色の髪、青い目。リボンとレースに彩られたワンピース。シルヴィアでありながら、ソレの表情筋の動かし方は絶対にシルヴィアとは違う。


「幼いころの姿もやめろ」


 男は不愉快さを隠さず、吐き捨てるように言った。


「ええー、なんでぇ、パパ。ママのこの恰好、パパ好きでしょ?」


「パパと呼ぶのもやめろ。俺の前に最初に現れたときのように老婆の姿になれ」


「くくく、あははは。嫌だよ。パパの苦しそうな顔が好き」


 乱暴な手つきで自身の髪を乱したアルタイルを、ソレは笑う。


「っていうか、パパ。またあの方法? ねえ、パパの脳一個とエリシュカが使う一万個の脳のゼプトの出力じゃ、全然、対抗できないのに。わかりきっているでしょ。エリシュカと協力して帝国滅ぼしたり、スカッとすることしたりしようよ。人間を苦しませようよ。血が足りないわ、クランツ。血をもっとちょうだい」


「からかって遊ぶな。この世界の俺はたしかにクランツと呼ばれているが、俺はアルタイルだ……」


 精霊を睨んでも意味がないことは知っている。

 この精霊にとって、人間の感情を揺さぶって遊ぶのは幼児が音の出るおもちゃに夢中になるようなものだ。良い音が出れば出るほど揺さぶられる。なにも反応しないほうがいい。


「ねえ、パパ。どうせエリシュカのゼプト制御には敵わないし、もっと面白いことしようよ。この世界を滅ぼすとかさ」


「お前がいう滅ぼしたときのこと、あんまり覚えてない。この世界を滅ぼすのは、太陽とかエリシュカがやってくれるさ。たぶん」

 アルタイルはコンソールを宙に呼び出し、慣れた手付きで爆撃の入力をする。目的はリトヴァクの城だ。この船が抱える最大の兵器、神の鉄槌。発射までの秒数が画面に表示され、船内はデータ改ざんを防ぐために飛行以外の機能が停止する。


「いつになったら、パパは諦めるの?」


「諦めるわけない。あの女帝と名乗る詐欺師のあやまちを正すまで。お前がいない歴史……。ゼプトのいない箱を見つけるまで」


 もしかしたら、ゼプトのいない箱なんてこの宇宙にないのかもしれない。

 もしかしたら、ゼプトのいる箱にしか入り口が空いていないのかもしれない。

 そんなことをよく考える。けれど事実がどうあれ結論は同じだ。


「パパの寿命が尽きてもいいの?」


「ああ。諦めない。シルヴィアがもっとまともに生きている世界を見つけたい。俺はそれでいい。俺の世界でのシルヴィアは……」


 皇女という地位からシルヴィアを解放しただけでは足りなかった。むしろ解放したことで、シルヴィアは自分の罪の重さに耐えきれなくなった。アルタイルは緩く頭を振った。


「いまは少しずつ、まともなほうに変わってきている……。だから、きっと幸せに生きている世界だってあるはずだ。それが見たい」


「その世界にパパの居場所がなくてもいいの?」


「……それは仕方ないだろ。違う宇宙にいけば違う俺に会うし、違うシルヴィアがいるし、別の宇宙では二人は出会っていないかもしれない。シルヴィアがまともに生きてさえいれば俺は望むことはなにもない」


「わたしはパパがいてくれればいいのに、どうしてママをそうまでして救おうとするの」


 精霊は言ってから不思議そうな顔をしていた。


「あれ? わたし、なんでそんなこと思ったのかな? わたしはそういうこと思うモノだっけ?」


 アルタイルが精霊に向かって手を広げると、彼女は素直に腕の中へ収まった。小さな頭を撫でる。高い体温。妙に荒い口呼吸。


 精霊は人間とは違う。しかもこの子供はゼプトそのものに在り方が近い。ゼプトという概念の精霊と呼んだほうが正しい。ゼプトの意志は人間の脳の集合意識が向くほうにある。いまそれが覆り、彼女が自身の意志を持ちはじめているように思えるのは、ただアルタイルがこの世界でいう魔性もどきではない本物の人間だから、アルタイルの影響を濃く受けているのだ。ゼプトは頻繁にそれを指摘する。「わたしを形作ったのはパパ」。「幾億もの繰り返しで奇跡を願うパパの想いを全宇宙のゼプトは汲み取るから、きっとパパの願いは叶うね」とも言う――。


 ゼプトを引き連れながら、ゼプトのいない世界を探すのは矛盾している。

 慎重な手つきでゼプトの頭を撫でた。


「俺は……もしお前が娘だとしたら、母親がいたほうがいいと思う。俺一人だとお転婆なお姫様の面倒はみきれない」


「えへへ、ママがいてくれたらどんな感じかな? わたしは学校行ってね、帰ってきたらママにお帰りって言ってもらいたい! 寝るときはパパもママもわたしと一緒にね。たまにパパとママが喧嘩したら、わたしが止めるの。毎日パパと一緒に釣りに行ったり、ママに料理習ってみたりできるんでしょ? ね、楽しそうだね」


「どこからその知識を得たんだ? ここの文明じゃ無理だぞ」


「本で読んだ! むかしの本!」


 能天気な声を聞きながら、目を瞑る。


「そういう未来もあり得るのかな……」


 瞼を閉じて想像する。

 この世界は無限に広がる多重宇宙のなかのひとつ。冬の城が囲うあの湖の正体は宇宙に空いた穴。他世界解釈における違う世界への橋であり、橋を渡れば自身の生まれる少し前の世界へと降り立つことになる。

 アルタイルはあの湖からこの世界へやってきた。この世界のシルヴィアを見届けるという目的を終えた今、そこへ帰り、また新しい世界へと旅立つ。

 そして、この世界のアルタイル――クランツもまた違う世界へ向かうのだろう。オデットとシルヴィアを引き連れて、長く果てしない旅を始める。


「パパ」


 呼びかけに目を開く。

 画面に表示された猶予が残り一秒になるところだった。


「なんだ?」


「また次の世界で会おうね」


 神の鉄槌の刻限を迎える。船の表面が割れて、青い光が発射される。


 果たして時を同じくして、エリシュカは反応した。


 この世界のクランツは平和な方向に勘違いしていたが、エリシュカの神髄は女帝の権能ではない。エリシュカは兵器だ。それも危険を察するとほとんど自動的に反応するようになっている。本来のエリシュカは冬の城の防衛装置である。魔法使いの街に秘匿されている竪穴式発射機のミサイルに耐え、迎撃できるようにアレクシアが対策した。


 画面の映像は復活していた。


 青い光に対抗する明るい閃光が、リトヴァクの城から放たれていた。その光は視認したと同時に簡単に青い光を打ち負かし船に直撃する。


 船を切り裂きながら溶解せしめ爆発した。リトヴァク皇城付近も強い白の光に包まれており無事でいるとは思えない。熱い爆風が吹き荒れ、クランツの体は船の残骸とともに湖に向かって落下していく。


 この世界から消える間際、エリシュカの声が蘇った。


 ――「暗い箱に閉じ込めないで」。


 エリシュカは過去に縛られている。



 だがもうこの世界にエリシュカに無暗なことができる人間がいないことを、彼女はこれから知る。



 この眩い閃光は都市部に住む人々のほとんどが目撃している。百や二百では効かない。人々はエリシュカの桁外れの力を恐れて語り継ぎ、敬い、惹かれ、かしづく。二百年でも三百年でも語り継ぐ。支配者が変わる新時代の到来。エリシュカの時代はリトヴァクともリェフとも違う政治体制を築くに違いない。


 アルタイルはせめて、エリシュカが終末まで平穏に暮らせるように祈った。

 もっとも、螺旋する歴史の中でこの世界は泡沫のようなもの。ゼプトの恩恵により念波は積み重なり世界を変えるが成就に至るには時間がかかる。世界が今後どうなるのかは今この時代の誰にもわからない。幾度も宇宙を越えたアルタイルすら知らない。


 ついに体は湖に呑まれ、彼方へ祈念は消えていった。再び新しい世界に降り立つときには五対満足の状態で地上に降り立つ。そのときには前の世界での記憶は曖昧になっている。この世界に再び戻ってくることはできない。


 アルタイルはそれでいい。何度でもシルヴィアを求めることができるなら、届かない星に手を伸ばし続ける人生は悪くない。




 今までのすべてを記憶しているのはゼプトだけだった。

 シルヴィアの姿を模した彼女はしばし中空に留まって、硝子玉のような目で父親と呼ぶ男が落ちていった湖を見ていた。


 やがて、溶けるように風と共に消えた。



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