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28 決断

 謁見当日。領地の物産の税免除の嘆願を届けに来たという話で通っている。役人に伝えたが、話を聞いてもらえなかったというふうな表向きの理由で、開発した新商品のお目通りに来たというふうに筋書ができあがっていた。演目に名前をつけるとすれば、忙しい皇帝に商売の話を持ってきた商人気質の貴族。

 二人の架空の娘・エリザ役、エリシュカは煌びやかに着飾っていた。銀髪を巷で流行の髪形に結いあげ、顔には薄く化粧をしている。青色のドレスがよく似合っていた。


 クランツが褒めるとエリシュカははにかんだ。


「頑張ってきます」


 会場はホールだ。真っ赤な絨毯が敷かれて、高い場所に皇帝しか座れぬ席。また下座には皇族と、警備の兵士たち、大臣たちが控えている。玉座からだいぶ離れた場所には観覧席も有料で開放されている。座っているのは貴族や大商人、官職に就く者たちだった。


 クランツに出番はない。ただ離れた観覧席に座っているだけだ。


 いよいよ、皇帝の前に、ヴィクトル、レナ、エリシュカの三人が引き出される。


 挨拶は略式で、話を初めてよいことになっている。とにかく時間が押しているのだ。


 まずは領地の物産を面白おかしくヴィクトルが話し、観覧席の貴族たちの心を掴むと、エリシュカに挨拶させる。


「エリザ」


 エリシュカは緊張した面持ちでやや笑うと、軽やかに貴族の礼をしてみせる。たどたどしい手つきだが、十代の娘としては及第点と思われる。


「エリザの美しさ、どうか皆さまごひいきに……」


 ヴィクトルがふざけたことを抜かした、一秒後。


 唐突に皇帝の首が飛んだ。


 静寂。誰一人身動きできない。その後、婦人らが悲鳴をあげた。人々がざわめいている。


 皇帝の一段下には大臣ら、シルヴィアも座っている。


 熱風と焼け焦げた匂いがする。血統魔法だとこの会場にいる誰もが考えた。この場に血統魔法を使える者は、貴族たちはただ一人しか知らない。一部の貴族が逃げるような動きをする。兵士たちも混乱しているようだが、ひとまずシルヴィアを移動させまいとしている。


 クランツは思わず立ち上がった。


「お父様……、いや、お父様!」


 そのとき、聞こえてきた慟哭に会場は静まり返る。


 シルヴィアは兵士たちの間を走り抜けて、皇帝の首に寄った。頭を持ち上げて膝をつくと胸に抱きしめた。


「嘘でしょう、お父様……。お父様……お返事をしてください……」


 兵士たちはその動きを止められなかった。兵士たちはいまだ混乱している。

 悲しみを露わにして、すでに事切れた父に縋るシルヴィアを誰も止められない。


「あの美貌だけが取り柄の怪物が涙している……」


 貴族たちが囁きあっている。


「演技ではないのか」


「皇帝が殺されたのは血統魔法によるものでは」


 クランツは座らざるを得なかった。シルヴィアが皇帝を「お父様」と呼んだことなんて十年間一緒にいて今日まで聞いたことはない。シルヴィアは演技をしている。この土壇場で台本のない、人生を賭けての演技だ。クランツの仕事は主君の立ち回りを邪魔する愚かな真似をすることではない。

 代わりに、殺意を込めてヴィクトルを睨む。ヴィクトルは遠くからでもクランツの視線に気づき、笑った。陰湿な性根が透けて見える笑みだった。

 エリシュカはただ驚き、座り込んで戦慄いている。あの様子ではとてもエリシュカが血統魔法を使ったとは思えない。そもそもエリシュカはこういったことに不向きだ。善良すぎる。

 なんらかの仕掛けがある。

 ひとまず、犯人は理解した。

 仕組んだのはすべてヴィクトルだ。


 貴族たちと一緒にホールを追い出されて、他言無用を言い渡されて帰るように促された。クランツは部屋に戻り、荷物にしまっていた銃を――灼ける君二号――を取り出した。

 ヴィクトルたち三人は取り調べを受けた。終わって帰ってきたのはヴィクトルとレナの二人。エリシュカはショックがひどすぎて医務室にいるらしい。


 一人で寝台に座り考えてみる。何を選ぶべきかの問題だ。


 少しでも皇族の力を削ぎたいと考える貴族は声高々にシルヴィアの処刑と拷問を行おうとするだろう。残虐な皇女が、拷問される側に堕ちる。不満を抱えた貴族の溜飲が下がる。

 クランツがここから立ち去っても、ヴィクトルは急いで追って来て殺すことはしないはずだ。シルヴィアの処刑が確定するまで彼は暗躍するに違いない。今がこの計画から逃走する最後の機会かもしれない。


 クランツは立ち上がった。


 銃を持ったまま、隣室の扉をノックする。誰何の声に名乗り、扉が開くと、下着姿のレナが出迎えた。ヴィクトルはベッドにいる。


「おいおい、なんだよ」


 クランツは答えず、ヴィクトルに銃を向けた。


「この恰好を無視するなんて、男じゃないの?」


「……逆に訊くけど、その恰好で死体になりたいのか?」


 笑顔のレナが訓練された動きでクランツが向けた銃口に指を突っ込んだ。たしかにその動きは至近距離で片手だけで銃を護衛対象に向くことを防げるが、今回に限っては悪手だ。


 これはただの銃ではない。


 引き金を引いた。


 灼熱が噴き出す。


 煙が噴き出し、異常を察したレナが離れる。


「くっそ……不発かよ」


 煙が濛々と立ち込めるなか、窓から逃走するヴィクトルの背中がうっすらと見えた。クランツは窓へと駆け寄ったが、闇のなかでは完全に姿を追えない。


 舌打ちし、部屋を出ようとすると、ほとんど半裸で右手を損傷するレナが火掻き棒を持ち襲い掛かってきた。


 咄嗟に左手でそれを受けて、金属の棒を力任せに奪い取る。


「武器をありがとう。レナさんの大好きなヴィクトルはこれで叩き殺すことにしますね」


「死ね、薄汚い孤児が! 皇女の奴隷が! 死後も呪ってやるからな! 覚悟しておけ!」


 豹変して吠え立てるレナの威勢にクランツは少しだけ笑い、火掻き棒を振り上げた。


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