13 末路
雪の中をゾーヤは走っていた。まだ夜明け前だ。
城の輪郭が薄い明かりのなかに浮いている。
「はぁっ、はっ、はっ」
街を目指しているが雪馬を借りるような猶予もなく、雪原に飛び出してしまっていた。すでに息は上がっており、足元は頼りないが、それでも止まるわけにはいかない。ゾーヤは走りながら後ろを振り返る。使用人のお仕着せ姿の女が悠然と、歩くような速度で追ってきている。
理解していた。毎年こうしてなんらかの理由で雪原に飛び出した研究者や学生が街までたどり着かずに死ぬ。しかし逃げなければいけないなら、賭けるしかないだろう。
あまりの動揺で足がもつれる。
「あっ、あうっ」
支離滅裂なうめき声が口から漏れるが、構っている余裕がない。ただ足を動かし、雪に埋もれながら、這うように進む。
「秘密を暴くようなことをしていい者は限られている。為政者、局長、挑戦者だ。貴様はどれでもない。ただの小悪党」
鎖の音がした。
それと同時にゾーヤは転倒する。いつの間にか足に細い鎖が絡まっている。深い雪の中で毛皮の靴に絡んだそれを外そうと、ままならない動きで努力する。
女はすぐ後ろまで迫っていた。ゾーヤの抵抗をものともせず、女は頭を無造作につかんで持ち上げる。
「軽率に大感染を引き起こそうとする馬鹿な女……」
ごりごりっと音がした。人にあらざる膂力握力をもってして、女はゾーヤの首をあらぬ方向へと曲げていた。引き絞られた喉から断末魔があがるが、その喉を鋭利な金属の塊となった素手で捌いた。飛び散った血が雪に染み込む。
力ない体を地面に放り捨て、女――オデットは少し疲れたように息を吐いた。
「アレクシア陛下、せめて安らかに……」
オデットはもう死体のことなど目に入っていなかった。
胸に手をあてて、頭を垂れた。
青い城がオデットを見ている。永遠にその意志に従えと言っている。だからオデットは天地万象、アレクシアの意にそわぬものいっさいをゆるさない。