肘打ち
待ち合わせ先であるいつもの駅に着くと、秋空晴れわたる日曜のためか、普段から混み合う駅前がより一層雑踏して狭く感じる。華乃は人混みに体を取られないよう、上手く歩調を合わせながら折々皆の顔をのぞけば、ぞろぞろ進む人たちの顔つきは、それぞれふわふわ浮き立ってみえる。列の後ろに立ち止まり、スマホに目を落としているうち、周りが動きだしたので青に変わったのを知るまま、すぐに歩みを合わせて信号を渡ると、群れは自然とわかれて、人と人とのあいだも徐々にすいていく。スマホをしまって、見慣れた街並みを見るともなく見ながら大通り沿いをてくてくゆくうち人波は気にならないほどに減り、そのまま陽射しを浴びながら進んでいると、華乃はふいと暑さを覚えて、立ち並ぶ店々のために日陰となっている側へと移り、歩きだすとじきに涼しくなって心地よくなるうち早くもちょっとした寒さになる。暑いのも寒いのも苦手な華乃は、たくしあげていた薄手のニットをもどしながら行くうち、中年らしき男がブルゾンのポケットに両手を突っ込んだままこちらへ向かって来る。歩道でもおのずと左側通行になるので、華乃のほうが左に寄ってゆずるべきところだけれども、ちょっぴり冷えてきたとはいえ、すぐに陽射しへ復帰するのはまだ望むところではないので、店先に身を寄せてやり過ごすまま硝子越しになかをのぞくと、日曜なのに白シャツ姿の人たちがパソコンに向かっているかと思うと、ある人は資料片手に歩き回り、女性がひとり電話を受けながら手先にボールペンを弄んでいる。なかの人にこちらを見られるより先に身を離して仰向き、不動産屋さんであるのを確かめ、ポンとひとつ、拳で手のひらを打ちながらうなずいた華乃は、満を持して日差しにそっと足先をだし、そのまま全身をあずけるとぽかぽかあたたかい。それにたちまち浮き立つまま自然と早足になり、ずんずん歩むうち通りを右折して、待ち合わせのカフェをすぐに認めると、華乃は一つにっこりして、自動ドアが開くままに店内にはいった。
*
静かだけれどわりあい混み合っているような一階を見るともなく見ながら階段をのぼり、次第に胸ときめかせつつ踊り場にかかる絵画へさらりと目を走らせながら、すいと二階へ目を向けて浮き浮きのぼりきり、見回す間もなく彼を認めると、ずんずん駆け出しそうになる足をやっとのこと抑えつつ静かに席へむかう。とっくにこっちに気がついているはずなのに、殊更にしらばっくれて珈琲をすする一つ年下の彼を、華乃はいつもながら愛しく思って声もかけずに椅子をひくまま腰をおろすと、絡めた両手にあごをのせて前を見つめた。口元のカップをゆっくり下ろしながら、彫りの深い奥二重の瞳をすっと上げ、華乃を見つめ返した彼は開口一番、おはよう、とつぶやく。可笑しさと嬉しさにたちまち口元がほころぶまま、おはよう、とこちらも返すと、自分の飲み物を買うため静かに腰をあげ、勉強道具の入ったトートバッグを椅子に下ろしながら、これ置いていていい? と訊き、彼が頷くのを待ってからバッグに手を差し入れて財布を取りだし、るんるんと身を翻すや否や、肘がこつんと何かを打って、ひやりと背筋の冷えるままそっと見返ると、トレイの上で氷だけ残ったグラスが男の人の手にぎゅっと握られている。おずおずと見上げて、すいません、と頭を下げた華乃に、大丈夫ですよ、と男性はつとめて穏やかに答え、一つ会釈をして華乃の背後へ視線をやる。邪魔をしているのに心づくまま、華乃は自分の席にできるだけ体を寄せて人一人通れる道をつくりつつ、目の前を抜けていく男性へ小さく頭を下げた。ほっと安堵の胸をなでおろした華乃の耳に、大丈夫? と優しい声が届き、それに勇気をもらうまま華乃はすぐに振り向いて頷くと、彼に小さく手を振って歩き出した。
読んでいただきありがとうございました。