ライバル(祓魔師×悪魔)
十代後半くらいの少女が二人が家屋の屋根の上で対峙している。
一人は制服を着ていた。赤い色の髪を左側でサイドテールに結んでいて、首にはロザリオのネックレスがかけられていた。
手には聖書を持っていた。彼女の名前はアイリス、バチカン市国出身の祓魔師だ。
「今日こそ、観念なさい、アスタロト」
アイリスが対峙している金髪の少女アスタロトに言った。
黒くて露出度の高い水着みたいな際どい服を身に纏い、大きい胸をはだけさせている。
「そのセリフそのまま返すのだ」
仁王立ちをしながら、大きい胸を張って言った。
アイリスが新約聖書のイエス・キリストが悪魔に告げた聖句を言った。
術式が発動し、アスタロトを襲う。
アスタロトは逆五芒星の魔法陣を描いて、魔法で結界を構築して防御。
「とっと祓われなさい、悪魔!」
「祓われろと言われて祓われる悪魔がどこにいるのだ、アホなのか貴様は」
アスタロトの言葉にアイリスは額の血管がブチギレそうになった。
「阿保な奴に阿保と言われたくないわ!」
「誰がアホだ! 貴様の方がアホなのだ!」
「アホっていうやつがアホなんですう」
まるで子供である。
アイリスは17歳、もう高校二年で、アスタロトに至ってはこんなアホだが、これでも三千年以上生きてる。
アスタロトが魔力を凝縮させて、アイリスに向かって投げた。
アイリスは聖魔術でアスタロトの魔力を祓う。
アイリスはすかさず次の術を構築する。
呪文を唱えると両手から炎が吐き出された。
四大元素魔術のうちの一つ火属性魔法。
アスタロトは逆五芒星の魔法陣から再び魔術を放つ。
互いに何度も何度も魔術を放ちあう。それが繰り返され、最終的に膠着状態に陥ていた。
…………
それから30分ほど後-
「ぜえ……はあ……」
「はあ、はあ……」
「いい加減……負けなさいよ……」
汗だらけで息切れしながら、アイリスが言った。
「そっちこそ……」
アスタロトが返す。
「ばたん」
二人同時に地面に倒れた。
『次こそ勝つ(のだ)!』
そして、二人そろって同じ台詞を放った。
仲は悪いのに息ぴったりである。
この二人は何度も何度もこのやり取りを繰り返している。
だいたい引き分けで終わっているが、アイリスが作戦勝ちをし、アスタロトがボロクソに負けたり、アスタロトがアイリスのトラップにはまりボロボロになったりなんていうどこぞ怪盗と探偵みたいなことずっと繰り返してるのだ。
二人そろって地べたで倒れてると、暫くしてから、どこからか異様な魔力を感じた。異臭のように強烈でおぞましい魔力だった。
「はあ、勘弁してよ……こんな時に……」
アイリスが呟く。
「ねえ、あれあんたの仲間?」
「仲間ではないのだ」
アイリスが聞くと、アスタロトが否定した。
アスタロトもめんどくさそうな表情をしている。
仕方ないとアイリスは立ち上がる。
アスタロトもそれに続いて、それを確認する。
異様な魔力を帯びたそれは角を持った豹の姿をし、二対の翼が生えていた。
強烈な臭気、瘴気は周りにあるもの全てを枯れつくさんばかりの濃さである。
「アレは……」
「知ってるやつ?」
「パズズーなのだ」
アイリスが聞くと、アスタロトが答えた。
パズズーは古代オリエントの病魔を蔓延させる悪魔だ。オリエント各地で神としても信仰され恐れられた。アスタロトとは同じオリエント出身の悪魔である。まあ、アスタロトはもともとは女神だが。
「へえ、それは祓魔師としてはお似合いの敵じゃない」
アイリスが聖句を唱える。
アスタロトも魔術でパズズーを攻撃した。
この二人、仲は悪い癖に第三勢力が登場すると大体協力して戦っているのだ。
知らないうちに二人の中でそういう構図が出来上がっていた。
犬猿の仲だが、絆のようなものが二人の間にできていたのだ。
本人たちは間違いなく否定するだろうが。
アイリスの聖魔術とアスタロトの魔術はパズズーにクリティカルヒットした。
しかし、疲弊していた二人の攻撃はパズズーを倒しきるには少し足りなかった。
攻撃されたパズズーが怒り、病魔をまき散らす。
瘴気がアスタロトとアイリスに元に迫り来る。
アスタロトが呪文を唱えた。
身にまとっていた黒い下着みたいな衣装が光りだし、金色に変化した。そして、アスタロトは黄金の杖を顕現させると、それを一振りし、およそ悪魔が放つとは思えないほどの神聖な光の魔力の奔流が現れ、放たれた。
光の魔力がパズズーの瘴気を消し飛ばす。
豊穣の女神アスタロトとしての権能だ。
だがこれ以上はアスタロトも限界だった。
「アイリス、交代なのだ」
「senzaltro」
アスタロトの言葉にアイリスはイタリア語で頷いた。
新約聖書の福音書の聖句の一節を読み上げる。
術式が発動し、聖書が光りだすと、襲い来るパズズーに向かって雷の槍ように突き刺さった。
「ガアア!!」
パズズーは怒りの咆哮をあげながら、アイリスとアスタロトを睨むが、その存在は崩壊しかけていた。バラバラと徐々に崩れていくと、そのうちすべてが灰燼となり、パズズーは消滅した。
それを確認するとアイリスは地面に座りこんだ。
「疲れた」
「同じくなのだ」
「今日はもうあなたと戦う余裕がないわ」
「それはこっちも同じなのだ」
パズズーを倒して、アイリスもアスタロトも仲良く地面に横たわりながら言った。