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無知は罪であるか否か2




瀬川君と花音ちゃんは三分も経たないうちに戻ってきた。ソファーに座ってお茶を飲んでいた私は、今度こそ瀬川君に確認をとる。

「瀬川君、お茶いる?」

しかし彼は「いや」と答えると、用は済んだといった様子で奥に引っ込んで行った。自分の部屋に行ったのだろう。どうやら花音ちゃんに話しかける為に店に残っていたようだ。

花音ちゃんは瀬川君と一緒に帰ってきたが、その間に会話はなく、店に入るなり店長の隣に直行した。私はさっさとお茶を飲み終わると、コップを台所の流しに置いて、ソファーではなくカウンターに座った。

カウンターでファイル整理でもしよう。カウンターに座ってファイルの文字を追っていると、店長と花音ちゃんのやり取りが耳に流れ込んできた。

「蓮太郎さん、式はいつにいたします?」

「何の式かな?」

「嫌ですわ。結婚式に決まっているではありませんの」

「相手の人と決めてくれないかな」

「私、フリルのたくさんついたドレスがいいですわ」

「相手の人と決めてくれないかな」

「一族全員を呼んで、盛大に致しましょうね」

「相手の人と決めてくれないかな」

「できれば六月がよいのですけれど……この際何月でも構いませんわ。今すぐでも良いのですのよ」

「相手の人と……決めてくれないかな……」

あ、そろそろ店長のヒットポイントがピンチだ。まるでメーターが目に見えるかのようだ。

花音ちゃんはさっきからずっとこんな調子で店長と話している。いや、これは会話と呼べるのか?

花音ちゃんは花音ちゃんなりに頑張っているんだと思うんだけど……。ちょっとアプローチの仕方が風変わりかな。というか、こんなアタックの仕方見たことないよ。

それに、店長は押すより引いた方がいいんじゃないかなぁ。押してもひょいっとかわされそう。こうして聞いていると、花音ちゃんのスタイルは押して押して押しまくる感じだ。

このカードは一見店長が有利に見えるが、意外にも店長が劣性だ。花音ちゃんの押して押して押しまくるスタイルは相性すらもぶっ飛ばしてしまうらしい。店長は体力ではなく精神力がガンガン削られている。

店長のHPが赤くなったところで、ここにまさかの乱入者が。ガラガラと引き戸を開けて入ってきたのは、花音ちゃん最大の天敵、兄の陸男さんだ。彼は花音ちゃんの兄であり、花音ちゃんのブレーキ係であり、玄武店の店長でもある。

陸男さんはカウンターの私に一言挨拶をすると、奥のソファーの方へ向かった。手には前回同様紙袋を持っている。

「おーい、花音、帰るぞ」

陸男さんの登場に花音ちゃんは警戒モードに入った。私は壁から頭だけ出して三人の様子を見守る。

陸男さんが近づくと、花音ちゃんは店長の方に詰めた。しかし詰めた分だけ店長が離れる。

「出ましたわねお兄様!今日こそは邪魔をさせませんわ!」

花音ちゃんは陸男さんを睨み付けながら叫ぶ。この一コマだけ見ていると、陸男さんがまるで二人の愛を引き裂こうとする悪役みたいだ。

「いいから帰るぞ。ほら」

陸男さんは花音ちゃんの腕をガシリと掴む。花音ちゃんが振りほどこうと腕を振り回すが、陸男さんは手を離さない。

「い━━や━━で━━す━━わ━━っ!今日こそ結婚式の段取りを」

花音ちゃんがぶんぶん腕を振り回すたび、その腕を掴んでいる陸男さんの腕もぶんぶん揺れる。まるで盛大な握手をしているかのようだ。

このままでは埒があかないので、陸男さんは問答無用で花音ちゃんの腕を引っ張った。花音ちゃんはとっさにもう片方の手でソファーの背もたれにしがみつく。

「キャ━━っ!変態が私をさらおうと……蓮太郎さん助けて━━っ!」

「誰が変態だ!いい加減諦めろ!」

花音ちゃんの腕をぐいぐい引っ張る陸男さん。背もたれから手を離さない花音ちゃん。店長はソファーから一歩離れた場所に退避して、今にも浮きそうなソファーを眺めていた。

「とりあえず手ェ離せ花音!」

「絶対にイヤですわっ!お兄様が先にお離しなさい!」

私はついにカウンターから立ち上がってソファーの方へ近づいた。店長も何も言わないし、私が止めた方がいいのかな……。しかし危なくてこれ以上近寄れない。私だって巻き添えはくいたくないのだ。そもそも私が一番部外者だし。

しかし近付いてきた私を見た花音ちゃんと陸男さんが同時にこう叫んだ。

「雅美さん、助けていただけますこと!?」

「ちょ、荒木さん、助けてくれ!」

二人に同時に言われ、悩む私。どうにかしてこの場を収める方法は……。

「え━━……と、とりあえず一度手を離したらどうかと……」

私の言葉に花音ちゃんと陸男さんは顔を見合わせた。しばらく睨み合っていたが、そのうち陸男さんが口を開く。

「よし、とりあえず花音、手ェ離せ」

「何故私から!まずはお兄様からでしょう!?」

花音ちゃんが足を上げたかと思うと、陸男さんの顔に蹴りを一発おみまいした。ちなみに花音ちゃんがはいているのはハイヒールであり、ニーハイソックスであり、ミニスカートである。

「このやろ……っ」

陸男さんは片方の手で花音ちゃんの足を掴み、自分の顔面からどけた。陸男さんの顔にはヒールのあとがくっきり付いている。

「キャー!変態ですわ!」

花音ちゃんはソファーを掴んでいた手で、自分の足を掴む陸男さんの手を払いのけようとする。すると花音ちゃんと陸男さんは共に、すぽーんと後方に飛んでいった。花音ちゃんがソファーから手を離した為だ。

「ふー、恐ろしかった。あの兄妹力強くってさあ」

一生懸命浮きそうなソファーを押さえ付けていた店長は、私の隣まで来ると一息ついた。

「力が強いというレベルなのか……」

「巻き込まれたら死人が出るからね」

もうすでに殴り合いの喧嘩をしている玄武の二人を見て、店長は身震いした。

「いくらお兄様でも、私と蓮太郎さんの愛を邪魔することは許しませんわ!」

花音ちゃんはついにソファーに手をかけ、軽々と持ち上げた。それを容赦なく陸男さんに投げ付ける。先程ソファーを死守していた店長は表情をなくした。

陸男さんはとっさに近くにあった本棚を掴んで引き寄せ、それを盾にしてソファーを防いだ。本棚からファイルがバラバラと落ちる。

「あー、ファイルがー……」

「あれ、片付けて帰ってくれますかね……」

店長は「あはは」と乾いた笑いを浮かべてその様子を見ていた。





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