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三人寄らなくても文殊の知恵6




電車に乗ってから二駅目を通過したが、依然として席が空く様子はない。この地図にも書いてあるし、店長も言っていたが、目的地までは駅から少し歩くらしい。できれば座って足を休ませておきたいのだが……。

重心を右足から左足に変える。電車は急激に減速し、三つ目の駅に到着した。すぐ脇のドアがプシューと開いて、四、五人の乗客が車内に入ってくる。出た人数と同じだけ入ってこられると、もちろん席は空かない。私と瀬川君は微動だにせずにドア付近に立ち続けた。

「…………」

「…………」

「……何かあの人達すごく目立ってるね」

「ああいうのって自分では気付かないものなんだよ」

隣の瀬川君にこそっとそう告げると、彼もいつもより控えめな声でそう返してきた。私達の視線の先には、大量の荷物を抱えた白衣の二人組がいた。

日曜日の昼、満員電車に白衣を着た怪しげな男女が乗っている。二人はパンパンに膨れ上がったビニール袋をがさがさいわせながら、席が空いてないだの何だの言っていた。

しばらく観察していると、満員電車にたいする愚痴を言い終えた二人は会話を途切れさせることなく別の話題に移った。ぺらぺらと楽しげに会話をしていて、私と瀬川君とはまるで正反対だ。

二人の会話は私にはよく理解できなかった。例えば、けだるさを隠そうともしない男性の方が「だから酢酸のメチル基を構成する水素の一つが、フッ素原子に置きかわったものだって」と言う。それにツインテールで眼鏡の女の子が「え?でもフッ化水素と酢酸の混合物を電気で……」と自信なさげに反論し、それに対して男性が「それはトリフルオロ酢酸だっつうの。今話してるのはモノフルオロ酢酸」と少々呆れながら説明する。

私にはちんぷんかんぷんだし、どっちでもいいわ!と言ってしまいそうなものなのだが、女の子の「でも毒性が高いのはどっちも同じじゃん」という言葉で私の意識が一気に二人に引っ張られた。

ちょっと「毒性」ってどういうこと!?白昼堂々公共の乗り物で一体何の話をしているんだこの人達は!

女の子の一言を聞いていた周りの乗客達は、心持ち二人の白衣から距離をおいた。「毒性」だの何だのって、この二人がマトモな職についているのか気になるところだ。

「ああいうのって自分では気付かないものなんだよ」

私の気持ちがわかったのか、瀬川君はさっきと全く同じ台詞をボソッと呟いた。




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