いつかって今さ2
しばらく並んで歩いていた店長達は、少し大きな道に出た所にあるファミレスに入っていった。私はケータイで時刻を確認する。十一時前だ。 こんな時間から昼ごはん?それとも朝ごはん?
店長達がファミレスに入ったのなら、もちろん私と鳥山さんもご入店だ。さすがにこの時間では、店内にはお客さんがあまりいなかった。
入口から一番離れた所のテーブルで、店長達が四人掛けのテーブルに向かい合わせで座っているのが見えた。私達は店員さんに案内されたテーブルには座らず、自分達で勝手に決めたテーブルに座る。もちろん店長達から一番見つかりにくいテーブルだ。
テーブルに座ると、一息つく暇もなく店長達の方に目を向けた。店長が何やら話ながらメニューを開いていて、白虎店の店長さんは店長に一言二言何か返事をしている。だがここからでは二人の会話は聞こえなかった。
本当は店長達の隣のテーブルに座りたかったが、さすがにそれはバレるだろうと思って止めた。もっと昼時なら可能かもしれないが、この客数で隣になんか座ったら一発でバレるだろう。
ここまで来てバレるなんて絶対に阻止だ!
何を頼むか決まったらしく、店長達は店員さんを呼んで注文を取ってもらっていた。私達のところにもお冷やを持って店員さんがやって来る。ついでに注文も取ってもらうことにした。
私は何を頼むか全く決まっていなかったが、鳥山さんはメニューも見ずに注文を終えた。私はそのあとに「私も同じので」と言う。店員さんはメニューを繰り返して帰っていった。
店員さんと会話する時間も惜しいらしく、鳥山さんはすぐさま店長達の方に顔を向ける。私もそれにならった。すると白虎店の店長さんがテーブルになにやら資料を広げている所だった。
「仕事の話かな……?」
「ちっ、全然声が聞こえないわね」
「せめて何の話かでも分かればいいんだけどね」
鳥山さんはジーッと店長達を凝視している。その視線が鋭すぎて、私は少し怖かったり。
「盗聴器でも持ってこればよかったわ」
再び舌打ちをしてそう呟く鳥山さんに、私は苦笑いを返した。
しばらくすると、私達のテーブルにも店長達のテーブルにも料理が運ばれてきた。さすがにこの時間ではお腹がすいていないので、私達が頼んだのはから揚げの盛り合わせとスープだ。
どうやら白虎店の店長さんも似たような注文にしたらしく、唐揚げを口に運んでいる。店長はというと、おそらくこの店で一番大きいであろうパフェを頼んでいた。てっぺんにブラウニーが二切れも乗った、チョコレートパフェである。
「あんたのところの店長、いい年こいて何食ってるのよ」
「すみません……」
なぜ私が謝らなければならないのか。なぜ私は謝ってしまったのか……。でもあのパフェ私も一口食べてみたいとか思っていたり。
鳥山さんを見てみると、彼女は店長達のテーブルから一瞬も目を離さずにから揚げをつまんでいた。目が本気だ。おそらく唐揚げの味もわかっていないだろう。
数分後。私達も店長達も、出てきた料理を全て平らげていた。おそらく店長達がこのファミレスに入った理由は、食事ではなく何かの話をするためだ。食事中もテーブルの上の資料を見ながら白虎店の店長さんが何か言っていたし。
先程のメニューを決める時とは反対に、今は店長の方が聞き手に回っている。白虎店の店長さんが時たま資料を指さしながら一方的に話し、店長はうんうんと適当な相槌を打ちながら聞いている。
おそらく仕事の話なんだろうけど……気になる!いったい何を話しているんだろう。
「店で話さずにわざわざこんなとこで話すなんて……私達に聞かれたくない話なのかな?」
「怪しいわね……。元々怪しい仕事だけどさ、やっぱり根っこの部分は真っ黒なのよきっと」
「うええー。私達捕まったりしないよね?」
結局店長達は二時間もファミレスで話し合っていた。昼時の店内は、この距離では店長達の顔も見えなくなった程混んでいる。
店が混んできたからか、店長達が帰ろうとしているのが見えた。他のお客さんの隙間から、店長達が立ち上がるのをなんとか確認する。ただでさえ身長が低い組の私と鳥山さんは、二人そろって思いきり首を延ばしていた。
「やっと動くのね」
「長い間話し合ってたね」
「話し終わったから店に帰るのかしら?」
「え、それって私店にいないとヤバい?」
店長達はレジでお会計を済ませていた。あの様子では全額白虎店の店長さんが払っていたようだ。この仕事って経費とかあるのだろうか?それとも、店長の方が年下っぽいし白虎店の店長さんのおごりかな?
「私達もお会計済ませましょうか」
店長達が店から出たのを確認してから、鳥山さんが立ち上がる。幸い今レジにお客さんはいない。会計はすぐに終わるだろう。
鳥山さんと同じ物を頼んだので、支払いの金額は調度半分ずつだ。私は小銭しか持ってこない日もよくあるので、今日はお金を持って来ていてよかったと安心した。
店員さんの「ありがとうございましたー」を背中で聞きながら店を出る。キョロキョロと辺りを見回してみたが、店長達の姿が見えない。おかしいな、会計には時間を取られなかったから、まだ近くにいるはずなのに。
「どこ行ったのかしら……」
どうやら鳥山さんも店長達を見失ったみたいだ。忌々しげに辺りを見回している。
その時、私のケータイが鳴った。ポケットからケータイを取り出して見てみると、メッセージが一件届いている。差出人は……店長?。
仕事のメッセージかな?と思いつつ中身を開いていて、私は思わず固まった。
「あ、鳥山さん」
「何よ」
まだ諦めがつかずにキョロキョロやっていた鳥山さんに声をかける。彼女がこっちを向くと、私はケータイの画面を見せた。
【雅美ちゃんこんな所で何やってるの?】
「……バレてる?」
「バレてる」
「どこっ!?どっから見てるのっ!?」
鳥山さんがちょっと腰を引きながら、勢いよく辺りを見回わす。そんな彼女を落ち着かせようとしている私も、実は相当焦っていた。
それにしても店長達、いったいどこから見ているの!?三百六十度見回してみるが店長達の姿は見えない。
姿が見えない店長達に若干恐怖を感じ始めた私達に、意外なところから声が掛けられた。
「やっほー雅美ちゃん、こんなとこで会うなんて奇遇だね」
「て、店長。何で店の中に?」
真後ろのファミレスの自動ドアが開くと、店内から店長と白虎店の店長さんが現れた。私と鳥山さんは当然驚く。
「雅美ちゃん達がお会計してる間にもっかい入ったんだ。こっちから出てくる方がびっくりすると思って」
「い、いつから気づいてたんですか!?」
「そうだ、いつから気づいていたんだ?」
私と全く同じ問いをする白虎店の店長さん。てっきり白虎店の店長さんも気づいているものだと思っていたが、彼も私達同様驚いていた。
「え?最初からだよ?だってほら、うちの前にタクシー停まるなんて珍しいじゃん。だからどんな人が乗ってんのかなーと思って見てたら麗雷ちゃんが下りてくるし。それで僕らの後ずっとついてくるから尾行ごっこでもしてるのかなーって」
「ならさっさと教えてくれればいいだろう!」
白虎店の店長さんの言葉に私はうんうん頷いた。最初から気付いていただなんて、まるで私達が馬鹿みたいだ。
鳥山さんも同意見だろうと彼女の方を見てみると、なぜか一歩下がった場所に立っていた。店長達から見たら、私の後ろに隠れているような位置だ。まさか尾行がバレたお叱りが怖いのかな?
「だって席も遠かったし大丈夫かなって」
「や、やっぱり怪しい話だったんですね!?」
「うん、僕らの仕事は怪しいからね」
私の質問に店長は少し笑って答える。店長が自分で言うのはどうかと思うけれど、やっぱりこの仕事って怪しいんだな。
「じゃあとりあえず」
店長は私達の後ろに視線を移した。
「帰ろっか。僕達がここにいると他のお客さんが入れないみたいだし」
私達が後ろを振り返ると、訝しげな顔でこちらを見ている親子がいた。うん、だよね。私達ってすっごい怪しいよね。
私達はひとまず朱雀店に帰ることにした。朝歩いてきた道を、逆方向にテクテク歩く。
私達は四人並んで歩いているわけではなくて、私と店長の二メートル程先に鳥山さんと白虎店の店長さんが歩いている。私は前を歩く二人の後ろ姿を見て、結局仲がいいんだなと思っていた。
聞いたところによると、白虎店の店長さんは朱雀店まで自分の車で来たらしい。鳥山さんはそれをタクシーで追って来たそうだ。鳥山さんは、帰りは白虎店の店長さんの車に乗せてもらうみたい。
会話はよく聞き取れないが、鳥山さんが白虎店の店長さんの腕をバシバシ叩いている。白虎店の店長さんはそれに困ったように笑った。
鳥山さんが恐れていた……かどうかはわからないが、私達が受けたお叱りについて。結果から言うと、私達はまるで怒られなかった。白虎店の店長さんは初めはブツブツと小言を言っていたが、鳥山さんの猛反撃で今は立場が逆転している。
白店虎の店長さんも、何かやっぱり店長らしくないなぁ。ただのアルバイトと店長なのに、フレンドリーさがあるからかもしれない。
白虎組の様子を見て、私は隣を歩く店長に話しかけてみた。
「あのー、店長は怒らなくていいんですか?」
「え?だってうちいつも暇だし」
「そういう問題ですか……」
「まぁ、店番はちょっと心配だけどね」
「あ」
私は、私が来るまでずっとカウンターで店番をしている瀬川君を思い浮かべて、心のなかでそっと彼に謝罪をした。