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気はピンポイントで使いましょう




ニュースを騒がした殺人鬼、この辺で有名な暴君、鞭を振り回す女子高生、ごくごく普通の大学生。真夜中の住宅街のアスファルトの上で四人でお喋りして、私が店に帰ってきたのは日付が変わって夜の十二時過ぎだった。

「ただいま帰りましたー……」

「おかえり、雅美ちゃん」

疲れと怪我でボロボロの身体を引きずって店の引き戸を開けると、カウンターに座っている店長が私を出迎えた。見慣れた店と見慣れた店長の姿に、少しホッとする。

「あ、店長、日波さん捕まえてくれたんですね」

「まぁね」

「私メッセージ送れなかったです、すみません」

私は素直に謝った。鳥山さんにできて私にできなかったこと。冷静な状況判断。たしかに私は経験不足だった。こんな仕事をしたのは今日が初めてだった。でも、それにしたって私はあまりにも役に立たなかったと思う。悔しい。

「いいよいいよ」

店長はまるで気にしていないようで、いつもと同じように笑いながら言った。

「日波さんがめちゃくちゃ強いボディーガード雇ってたんでしょ?ごめんね、知ってたら僕と藍ちゃんで行ったんだけど」

「いえ……いや、まぁ、軽く死にかけましたけど……」

「そういえばその怪我大丈夫?骨とか折れてない?」

「ぶんぶん投げ飛ばされたりしましたけど、骨は大丈夫だと思います。なんか上手い具合に投げ飛ばされたみたいで……」

そこまで言ってふと思った。もしかして、ジェラートさん手加減してくれていたのだろうか?だってあんなに投げ飛ばされたり蹴られたりしたのだ。普通だったら死んでる。鳥山さんだって、あれで生きてるのはおかしいだろう。

「どうしたの?」

「なんでもないですっ」

店長はジェラートさんのことをどれくらい知っているのだろうか。もし「めちゃくちゃ強いボディーガード」程度にしか知らないんだったら、彼女が「切り裂きジャック」だということは黙っておこうと思う。何故だろう、あんなにボコボコにされたのに、少し話をしただけで彼女を友達だと思えている自分がいる。

まぁ、ジェラートさんからしたら私なんてただの少女Aだと思うけどね。

「そういえば、店長そのボディーガードのこと何で知ってるんですか?日波さんが喋ったとか?」

「いや、麗雷ちゃんが帰り道に今日の仕事を簡単に報告したらしくてさ。それを藍ちゃんから聞いた」

「そうですか……」

まただ。鳥山さんは最後の最後まで気を抜かずに仕事をしている。私ときたら、三人と別れたら気が緩んでしまって、早く店に帰ることしか考えていなかった。鳥山さんはあのあと、電車かはたまたタクシーか……移動しながらでも簡単な報告書を店に送信していたんだ。

「雅美ちゃん今日は早く帰った方がいいね。怪我もしてるし」

私が少し落ち込んでいるのを疲れていると解釈したのか、店長がそう言った。まぁ疲れているのは確かなので、私は家に帰らせてもらうことにする。

「荒木さん帰ってきたんですね」

私がようやく引き戸の前から動こうとしたとき、店の奥から瀬川君が出てきた。鞄を持っているということは、今から帰るところなのだろう。

それにしても、瀬川君ってこんな時間まで仕事してるんだ。毎日私より遅くまで残っていることは知っていたが、こんな時間までいるとは思わなかった。

「あ、リッ君お疲れー」

「お疲れ様です」

瀬川君は軽く頭を下げ、カウンターに座ったままの店長の横をすり抜けた。私もすぐ目の前に来た瀬川君に「瀬川君お疲れ様」と挨拶をする。瀬川君はそれに「お疲れ」と一言返した。

こんな時間まで仕事するなんて、高校生なのに大変だな……。私も普段もう少し残った方がいいのかもしれないけど、私が残ってもやる仕事はないからなぁ。私と瀬川君じゃスペックが違いすぎるし。

引き戸に手をかける瀬川君の背中を見て、私はハッとする。私も早く帰らないと!一応泊まりとは言ってあるが、この怪我だ。またお母さんに怒られちゃうよ……。

私はすでに日付が変わっていることを思い出して、店長に帰りますと伝えた。すると店長がものすごく私のことを思ってのことなのだろが、ものすごく余計な一言を言った。

「あ、雅美ちゃん。帰るんならリッ君に送ってもらいなよ」

「「え」」

荷物を取りに店の奥へ向かおうとした私と、後ろ手に引き戸を閉めようとしていた瀬川君の声がキレイに重なった。

「別にいいよね、夜は危ないし」

「……はい、大丈夫です」

店長が瀬川君に確認をとるが、ここで断る人は普通いないだろう。私のことがとてつもなく嫌いというのなら話は別だが。しかし、今は断ってくれた方が気が楽だった。

瀬川君と二人か……今のうちに話題を考えなければ。私はすでにくたくたの脳みそをフル回転させる。

「荷物取ってきますね」

そう言ってとりあえず自分の部屋へ向かう。瀬川君に待ってもらっているので、ダッシュで荷物をまとめた。すぐに店に戻る。

「店長、お疲れ様でーす」

カウンターの脇を通るときに店長に声をかける。店長はひらひらと手を振って「お疲れ様」と答えた。店の外に出て開けっ放しだった引き戸を閉める。

「せ、瀬川君、お待たせ」

「そんなに待ってないよ」

瀬川君と店長は何か話をしてたのだろうか。なんだかそんな雰囲気だった。まぁそりゃ、会話くらいはするだろうけどさ。でも私を待つちょっとの間に、瀬川君が「雑談」というものに応じたのが少し意外だった。

私はカゴに荷物を乗せて自転車を押した。左肩が少し痛んだが、自転車を漕ぐのに問題はなさそうだ。それより瀬川君と会話が弾むのかの方がよっぽど問題だ。

「あのさ瀬川君、無理に送ってくれなくていいよ。瀬川君も疲れてるだろうし」

というか、たぶん店長に言われたから断らなかっただけなんだと思う。本当は面倒臭いと思ってるんじゃないかな……。

まぁ、瀬川君は相変わらず無表情で、何を考えていふのか私には全然わからないのだが。

「いいよ、どうせ帰る方向同じなんだし」

「そ、そうならいいんだけど……」

私が自転車にまたがったので、瀬川君も自転車に乗った。お互いに相手に合わせてペダルを漕ぐ。

「…………」

「…………」

む、無言だ……!わかってはいたことだけどさ……。

でもこのまま無言はさすがに気まずい。ここはなんとか私が話題を出さないと。

「瀬川君って、今日どんな仕事してたの?」

頑張って探してみたが、仕事の話題しかありませんでした。だって私と瀬川君の接点なんて仕事以外にないんだもん、仕方ない。

「情報整理」

「へ、へぇ~そうなんだー」

「…………」

「…………」

話続かね━━っ!というか、この人私と会話する気あんの!?返事一言だけだったんだけど!

しかも情報整理って答え、もっと具体的に言ってもらわないとわからないし、でもなんか深く聞いてはいけないような気がする。しょうがないから話題を変えよう。この話題じゃこれ以上進まない。

「せ、瀬川君てさ、いつもこんな時間まで仕事してるの?」

「だいたいは……。でも今日はちょっと遅かった」

「そっか、私いつも早く帰っちゃってごめんね」

「別にいいけど」

「…………」

「…………」

居心地の悪さを感じつつ、二人並んで

自転車を漕ぐ。全て仕事関係だったが、なんとか話題を見つけては会話を試みる。度々無言になりながら、私達は二人仲良く自転車を漕ぎましたとさ。

ようやく私の家までついて、この重苦しい空気から解放される時がきた。家の前で自転車を止める。

「私の家ここだから、今日はありがとう瀬川君」

私は自転車から下りた。瀬川君は自転車にまたがったまま私を見る。彼は相変わらず無表情のまま口を開いた。

「荒木さん、あんまり危ない仕事はしちゃダメだよ」

「え、あ、うん。気をつける」

「じゃあ」

それだけ言うと、瀬川君はさっさと去って行った。

最後の最後でようやく瀬川君の方から話し掛けられて、びっくりして気のきいた返事ができなかった。こんな返事しかできない人間だと思われただろうか。

それにしても、危ない仕事をするなと言われても、これが仕事なんだから仕方ない。私は普段楽な仕事をしているから、たまにする危険な仕事でようやく釣り合いがとれているくらいだと思っている。ぼーっとカウンターに座っているだけで毎月十五万の給料は、さすがにぼったくりすぎだ。

私は玄関のわきに自転車を停めると、鍵をかけて静かに家の中に入った。












自分の部屋で部屋着に着替え、ベッドにダイブする。放り出した鞄からケータイを取り出して画面を開くと、店長からメッセージが来ていた。

【お疲れ。明日は仕事休んで病院行ってきて。報告書は今度でいいから】

明日休んでもいいという文面にホッとする。【ありがとうございます】と返事を返して、ケータイを枕元に放り投げた。

さすがに今日は疲れた。もう身体が動かない。腕も足も痛いし、力を入れる気にもなれない。

あ、お風呂入らなくちゃ。さっき食べたカルボナーラはとっくに消化されていて、お腹もぺこぺこだ。そう思ったが、やっぱり身体は動かなかった。

私は最後の力を振り絞ると、もぞもぞと布団の中にもぐり込んだ。顎まですっぽり布団を被る。

明日病院行かなきゃ……。そう思いながら、私の意識は暗闇に沈んでいった。





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