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それを奇跡と呼ばず何と呼ぼう7




バイトを始めて一週間、この店にもずいぶん馴染んできた。この一週間でわかったことが数点ある。まず一つ、店長は基本的に店にいない。二つ、瀬川君は自室に引きこもっている。そして一番大事な三つ目、この店は基本的に暇である。

「はぁ~……暇だなぁ……」

カウンターで学校の課題をやりながらため息をつく。国見さん達が来るのは早くても六時頃なので、五時に出勤できる私がそれまで店番をしているのである。瀬川君は私より早く来ているみたいだが私が来る一瞬前を見計らって自室に戻っているようなので、あれきり姿を見かけない。

「まだお客さん一回も見たことないからなぁ……」

まぁ私一人のこんなタイミングで来られても困るけど、と思いながら再び数学のプリントに目を落とすと、目の前の引き戸がガラガラと開いた。店長が帰ってきたのかと思って「お帰りなさい」と言おうと顔を上げると、目の前にはくたびれたスーツの見知らぬ男性が立っていた。

「あ……い、いらっしゃいませ!」

一瞬「誰?」と思考停止してしまったが、他の誰でもない、彼はお客さんだ!慌ててプリントと教科書を払いのけ立ち上がる。

「ご、御依頼ですか!あちらのソファーにどうぞ!」

「あ、あの、ここって依頼すれば何でもしてくれるって聞いたんですけど……」

「はい!ここは何でも屋です!あちらのソファーにどうぞ!」

お客さんは挙動不審にソファーに腰掛け、私はお茶を淹れに台所へ向かった。

「おおおお茶お茶お茶、お茶どこ……!」

棚を全開にして中身を漁る。冷静に見ると目の前にお茶の缶も紅茶のティーバッグもあるのだが、焦りすぎていて視界に入らない。

「ど、どうしよう……。はっ……!」

私は冷蔵庫に飛び付いた。中を見ると予想通りペットボトルに入ったお茶が。私はそれを引っつかむと近くのコップに注ぎ、お盆に載せて店に戻った。

「お待たせしました」

冷静を装ってお客さんの前にお茶を置く。キョロキョロと店内を見回していたお客さんは、「あ、ありがとう」と言って落ち着きなくコップを掴み、お茶を一気に飲み干した。

「あの、それで、お客様の御依頼はいったい……」

「あ、あの、私、この近くの中小企業でサラリーマンをやっている者なんですけど……」

「はい」

「ちょっと、困ったことになりまして……」

「はい」

「と言うのは、会社の同僚が三日前から姿を消していまして。会社側は大事にしたくないらしく、そのうちひょっこり帰ってくるさ、もう少し様子を見ようって」

「はぁ……。それで、依頼というのはその同僚さんの所在調査ですか?」

「はい……。なるべく早く探してほしいんです。なるべく早く」

そう言いながらお客さんはコップを持ち上げたが、空だということを思い出し再びテーブルに置いた。

「すいませんがお願いします。私はもう一度会社に戻らなくてはならないんで……」

「あ、はい……」

お客さんは鞄を抱えると、そわそわとした様子で出て行った。テーブルに視線を落とすと、目の前のメモ帳には「所在調査」としか書かれていなかった。




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