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四神集結3




「あ、よかった、まだいた」

翌日、ソファーに座るいつもの姿を見て、私は挨拶も忘れてそう言った。店長は顔だけこちらを振り返る。

「なにそれ」

「だって店長いつ会議に行くかわからなかったんですもん」

現在時刻は午前九時五十四分。普段より三十分以上早くバイトへやって来ていた。

「まだ会議行きたいとか言ってるの?」

「当然です」

「別にたいした内容じゃないのに」

とりあえず部屋に荷物を置きに行く。それから瀬川君の部屋に寄ろうと考えた。同行する彼なら、何時に出発するか知っているはずだ。

コンコンとドアをノックすると、瀬川君が顔を出した。相も変わらずの無表情である。

「どうしたの?」

「今日の店長会議って何時からかなーっと思って」

瀬川君は一瞬黙ってから、出発時間ではなく「荒木さんも行くの?」と質問を口にした。隠すことでもないし隠してもすぐにばれることなので、私は正直に答える。

「実はめちゃくちゃ行きたいんだけど……」

「でも店長が店番しろって言ってるでしょ」

私はコクリと頷く。瀬川君はちょっと困った顔をした。瀬川君だって、せっかく店長会議に出席するチャンスだ。ここで「じゃあ僕が店番するよ」とは言えないだろう。それに瀬川君って店番嫌いだし。

「一応会議は五時かららしいけど。来るんだったら代わりの人を見つけないとね」

「誰かいないかなぁー」

「花音さんも会議に出席するらしいしね……」

瀬川君からしても、代打で真っ先に思い浮かぶのは花音ちゃんなのかと思って、何故だか少し面白かった。結局いい案は浮かばずに、私は瀬川君の部屋を離れた。だからって諦めたわけではない。五時までに打開策を考え、何が何でも会議に行ってやる!

店に戻って、私の指定席でもあるカウンターに座る。それにしても会議午後からとは、早起きして来た意味はなかったな。何時に出発でも対応できるようにと早めにやって来たのだが。

店長は相変わらずソファーでテレビをラジオ代わりにしながらノートパソコンを叩いていた。店長会議ってどれくらいの規模なのかあまり想像がついていないのだが、あんなにラフな格好でも大丈夫なのだろうか。会議というからには、スーツとか着てピシッと決めて行かなくてもいいのだろうか。とはいえ、私も瀬川君もスーツなんか用意してきてないけれど。

今日も今日とてお客さんが来ないまま、お昼ご飯の時間になった。お昼といっても、朱雀店のランチタイムは二時である。特に理由はないのだが、強いて上げるなら朝食が遅いからなのかもしれない。今日は店長がどこにも出かけなかったので、どうやら何か料理を作ってくれるようだ。

「雅美ちゃん何が食べたい?」

「私は何でもいいですよ」

「じゃあリッ君に食べたい物ないか聞いてきて」

「はーい」

この会話、前もしたような気がする。そして結果はもちろん決まっているのだ。

「僕は何でもいいよ」

「私も何でもいいんだけど……」

「…………」

「何でもいいって言っとくね」

「うん」

同じ会話を繰り返してはたして楽しいだろうか、私達。店長もこんなわかりきった回答を聞くためだけに私をパシらせないでほしい。

とりあえず店長の所に戻って、「何でもいいって言ってましたよ」と伝えておいた。ちなみに立ち寄った台所で冷蔵庫を確認したが、今日もたくさん卵があった。いったい誰が買ってるんだろう。完全に在庫を見ずに買ってきている。

「ならパスタでも作るかー」

そう口にした店長が眺めているのは料理番組で、ベテランっぽい雰囲気の年配の女性がパスタを作っている。結局こうなるならあの会話は必要だっただろうか。

店長が台所に消えて、私はソファーでベテラン料理長の調理ポイントを聞きながら、おとなしく昼ご飯の出来上がりを待っていた。すると、そこにノートパソコンを持った瀬川君がやって来た。店の方に出てくるなんて珍しい。

「あれ?瀬川君どうしたの?」

「ちょっと店長に聞きたい事があったんだけど、料理中だから」

そう言って彼は店の奥の方を振り返った。その壁の向こうは台所である。このタイミングでここに来たという事は、瀬川君もお昼をここで食べるつもりだろうか。彼はしばらく悩むように突っ立っていたが、「座ったら?」と言うと素直にソファーに腰掛けた。

「…………」

「…………」

お互いに無言でテレビを眺める。どうして瀬川君と二人だとこう静かになってしまうのだろうか。別に仲が悪いわけではないのに。単純に会話の波長が合わないのだろう。

料理番組が終わりクオリティの低い推理ドラマが始まったところで、店長が皿を三つ持って現れた。

「何か三人でご飯食べんの久しぶり」

「大晦日に年越蕎麦食べましたけどね」

店長がテーブルに皿を置くと、瀬川君は無言で割り箸を割った。私も「いただきまーす」と言い終わるより早く箸を割って、クリームパスタに飛び付いた。

「…………」

「…………」

「……このオッサンが怪しいね」

「えっ、私ぜったい妻だと思ってました」

「えー、このオッサンでしょ。妻別に怪しくないじゃん」

「いや、妻ですよ。こういう場合たいてい妻なんですから」

「何それ根拠あんの?リッ君は誰だと思う?」

「……友人」

三者三様の意見。お昼の推理ドラマって他と比べてちょっとクオリティ低めだなあって思いつつも、結局見ちゃうんだよね。

そんなくだらない話をしているうちに三人前のパスタがそれぞれの胃に消えた。話してたのはほとんど私と店長だけで、瀬川君は相変わらずちょこちょこと相槌を打つだけだったれども。店長が食べ終わったのを見計らって瀬川君は口を開いた。

「店長、一つ聞きたい事があるんですけど」

「なになに?」

瀬川君はノートパソコンの画面を店長にも見えるように動かした。

「この十二月二十八日の所なんですけど……」

「ああ、そこは轟木ちゃんの体調が悪かったから無しになったんだ」

「そうですか」

そしてカタカタとキーボードを打つ瀬川君。私はそれを黙って見ていたが、その後も二人の会話に何度も「轟木ちゃん」とか「玲那ちゃん」が出てくるので、さすがに気になって聞いてみた。

「ねぇ、瀬川君はさっきから何をやってるの?」

その問に瀬川君より早く店長が答える。

「店長会議の資料作りしてもらってるの」

「今更ッ!?」

何故もっと前から準備しとかなかったのか。あと数時間後には会議が始まるというのに。

「だって店長が今日言うから……」

「リッ君だったら出来るかなーと思って」

私達が話しているその間も、瀬川君は休むことなくキーボードを叩いている。店長も少しくらい手伝うべきじゃないのか。だいたい、店長の仕事なのではないだろうか、それは。

「というか、明らかに店長がやった方が早いと思うんですけど」

「リッ君もやってくれてるから二倍の速度で進んでるんだよ今」

そう答えた店長のお尻の隣にも、たしかにノートパソコンが置かれているが、しかしその画面はピッタリと閉じていた。朝に私が来た時は使用していたので、瀬川君に丸投げしているわけではないと思うが。

「そういえば、店長会議って本社であるんですよね?」

「そうだけど?」

「なるほど……」

「あのさ雅美ちゃん、頼むから店番しててね」

私はわざとらしく視線をテレビにスライドさせた。私だって店番をしていなければならない事は理解しているが、それを放り出してでも店長会議を見に行きたい。それに瀬川君だけずるいではないか。私も行きたい!

それでも、瀬川君の代わりに自分が行きたいと言い出さないのは、私より瀬川君の方が有能だとわかっているからだ。私が行ったって多分、話を聞いているだけで終わる。だから言わないのではなく言えないというのが正しいのだが。

「誰か代わりに店番してくれる人いないんですか?」

「いないんじゃない?」

私は店長の考える気の無い答えにジトっとした眼差しを返した。だから従業員をもう一人くらい……と内心愚痴を言いかけたが、そうしたらただでさえ少ない仕事がさらに少なくなると考え直した。

とはいえ、店を留守にできないという、店長の言っている事が正しいのは理解しているので、私は渋々口を閉じた。こうして二度目の説得は敗北に幕を閉じた。




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