7.時空を越えて
自然災害の描写があります
これがたまに怪談で聞くところの幽体離脱なのかもしれない。手足をばたばたさせてもどこにも当たらないのだ。ぷかぷかと宙に浮きながら、優里奈は考えた。石田もいない。みらいもいない。魂だけになってどこか遠いところに来てしまったのかもしれないと思った。
浮かびながらバランスを取るのは意外と難しい。宇宙飛行士が宇宙ステーションの中を移動するとき、なにかにつかまりながら移動している映像を見たことがある。優里奈は宇宙飛行士がどうしてああやって移動しているのかを初めて理解した。何もつかまるところがないと前に進めない。
優里奈がしばらく頑張っていると、急に光が差してきた。とてもまぶしくて思わず手で顔をおおったけれど、光はすぐに消えた。明るくなった視界には大自然が広がっている。
「うまくいったかしらね」
「みらいちゃん!」
平然とした顔で空中にたたずんでいるのはみらいだ。みらいをはさんだ向こう側には石田もいる。
「お前……何をした? VRとはまた違うみたいだが」
「特別なことは何も。何かを変えようとするなら今から始めないと手遅れになるってことを見せてあげようと思って」
答えになっていない。石田が納得できないという顔をしていたが、それ以上何も言わなかったので優里奈も何も言わないことにした。みらいがゆっくりと手をあげると強い力にひかれて景色が変わる。さっきまでは山を見下ろしていたのに、今は山の中にいる。それでも高いところから見下ろしていることには変わりない。
みらいが指をさした方を見ると人々が木の実を採取しているのが見えた。
「これはいわゆる縄文時代の情景ね」
また景色が変わった。今は村を見下ろしている。みらいが早送りをしているのか、人々の行動速度が速くなる。朝が来て、夜が来て、また朝が来てそして日が沈む。夜のほうが少し短めなのはわざとかもしれない。
稲作が始まって村が攻め込まれて、古墳ができて、寝殿造りの建物が建つ。城ができて町ができて、城が落とされて。見やすいようにしているのか、時間の経つ速度やアングルが定期的に移動する。優里奈は理解した。これは、日本の歴史だ。
江戸時代に入ると戦がなくなった。黒船が来て文明開化、女学生の姿が見られるようになり、電気が一般家庭にも通るようになる。ビルはまだない。
しばらくすると、様子がおかしくなった。空が赤い。人々が逃げて爆弾が落とされて。空襲だ。石田のほうをそっと見ると顔がこわばっていた。
「時間ないや。ちょっと急ぐね」
みらいがつぶやいた。時間があれば縄文時代のようにじっくり見せるつもりだったのかもしれない。焼け野原に次々と家が建った。白いボディの速い電車は新幹線だ。戦争はとっくに終わって高度経済成長期に入ったらしかった。
山が切り開かれてそこに家が建てられる。住宅地は急速に広がって、空き地で子供が遊んでいた。やがて高層ビルも多く建ち、今の日本に近い形となる。
しかしまだ終わりではなかった。別の街に移動する。暗かった。しばらくすると建物が揺れ始めた。地震だ。道路の高架が倒れる。道路が割れる。電柱が傾く。優里奈は教科書に載っていた、阪神淡路大震災を思い出した。家が、ビルが、町が壊れていく。炎が上がる。地震は浮いている優里奈たちには何の影響もおよぼさない。
そのあと復興の様子も見ることができた。しかしすぐに視点が切り替わり、今度は海に面した町に来た。
とてもよく晴れている。お昼過ぎだ。また地面が揺れる。今度は町の様子を詳細に見ることができた。瓦が落ちる、地面が割れる、窓ガラスも割れる。アナウンスがかかる。直ちに高台に避難するようにと言われる前から人々は高台にいた。
そして、徐々に海面が上がって船が流されてきた。橋にぶつかるも引っかかって進めず、そのまま水中に飲み込まれていく。海面はどんどん上がって、そして、唐突に海が堤防を越えた。
真っ黒い水が船も、家も、車もなにもかも、すべて飲み込んでいく。車がミニカーのように簡単に流されるのが見えた。流される家同士がぶつかり合ってひしゃげた。優里奈は逃げ遅れた人が並みに巻き込まれるところを見てしまった。逃げ遅れて屋根の上にのぼる人たち。水の量はどんどん増えて、増えて、増えて増えて増えて増えて……。
そして緩やかに水が引いたあとには、なにも残っていなかった。
そこからまた台風や高潮や、別の大地震を見た。科学の力も自然の前には無力だ。あらかじめ対策することはできても、完全に防ぐことはできない。しかし人々は震災のたびに立ち直り、町は限りなく元の姿に戻る。
「まあ人類タフなのよ」
みらいが鼻で笑う。
「これを違うところに生かしてくれたらいいのに……って思わない?」
何と言えば良いのか分からず、優里奈はとまどった。石田も困惑した表情でみらいを見ていた。みらいは二人の態度を全く気にしていないらしく、次の言葉を発する。
「ここからは別時空の日本に行くね」
そして今度は、高層ビルの乱立する街を見下ろしていた。急降下したため、三人は行きかう人々を見ることができた。多種多様な髪や肌の色の人たちが歩いている。
「ほんとにここ、日本なの?」
「ええ。移民の積極的な受け入れに乗り出した、日本の未来のカタチの一つ」
「他にはどんな未来があるんだ?」
みらいが指を鳴らすと次々に街が切り替わる。歩いているのが高齢者ばかりだったり、こどもがたくさんいたり。若い政治家が多数を占める議会も見ることができた。
「あなたたちが過ごしている日本も一つの未来のカタチ。どう変わっていくかはあなたたちの手にゆだねられているの」
「私たちに何ができるわけ?」
「あと五、六年もすれば選挙に行けるようになるけどな」
みらいは深く頷く。
「後悔したときにはもう遅いの。今この瞬間にも未来は固定されようとしているから」