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4.境界越え

 ふと腕時計を見ると九時になっていた。まだまだ冒険は始まったばかりだというのに。お昼には住宅地の近くまで行きたい。優里奈は自転車に乗りなおして、坂を走り始めた。


 坂は急ではない。鼻歌を歌いながら上る余裕があるほどにはゆるやかだ。そんな調子で上り始め、そう時間の経たないうちに大きな道路に出くわした。とても大きいのに車は一台も通っていない。当然だ、ここは放棄されて久しい。


 アスファルトの割れ目から雑草が生えている。照り付ける太陽の下、優里奈は自転車から降りて、それを見ていた。雑草はかなり伸びていて、しかも根元の周囲のコンクリートは浮き上がっている。根に押し上げられたのだ。植物はたくましい。


 ふり返ると線路が見える。そこを電車が走っている。その向こうにビルやマンションが見える。その隙間にショッピングモールも見える。


 優里奈はもう一度、目の前の道路を見た。何も走っていない。もう何年もこのままだったのだろうか。少し行けばあんなにも発展しているのに、ここは静寂に包まれている。


 そのまま道路を渡ろうとしてふと見ると、信号はなぜか光っていた。車が来ないと分かっていても、優里奈はボタンを押して信号が変わるのを待つ。しばらくすると、信号から流れる軽快な音が静かな町に響いた。


 横断歩道を渡ってから、坂が少し急になってきた。でもまだ大丈夫。まだ自転車に乗ったままでも進める。自分自身にそう言い聞かせて、広い歩道をたったひとり、こいでゆく。


 しばらくするとひらけた場所にでた。ペンキのはがれかかったガードレールの下に広がるのは住宅地。

 一瞬道を間違えたかと思ったが、優里奈が目指す住宅地は、もっと上の方にあるはずだ。スマホで地図を見て、現在地を確認する。まだ半分も進んでいないらしい。


 優里奈はスマホを戻し、眼下に広がる住宅地を見た。屋根、屋根、屋根。向こうの方に丘があり、そこにも家、家、家。

 つるが巻き付いた電柱。屋根が無いように見える家。立派に成長した、名前を知らない蔦上の植物。あそこにはだれも住んでないんだ。大通りから見た街の風景とは正反対の、不思議な景色。


 お茶を飲んで休憩し、さらに上を目指す。坂はずいぶん急になった。優里奈は自転車から降りて、押し始めた。優里奈の自転車は電動ではない。これ以上こぐのは無理だ。斜めになった電柱を避けて、影で休みながら進む。もうすぐ十一時。


 しばらくして箱型のバス停を見つけた。草におおわれていないし、中にベンチもある。座っても大丈夫か確認して、腰掛けた。帽子とパーカーを脱いで、バックに入れておいたタオルで汗を拭く。水分補給もしなくてはいけない。


 十二時にはなっていなかったが、優里奈はおなかが空いていた。そこでパンを出した。食べる場所が違えば気分も変わる。おかげで味も変わった気がする。いつもよりおいしい。


 パンを食べながら、優里奈は撮った写真をながめていた。少し気になって、色合いを変えてみたり、反転させてみたり。写真には音が映らない。だから町の写真と並べてみてみると、どちらもそんなに変わらない気がした。もちろん町には一戸建てなんてそうそうないし、住宅地の家々には蔦がからんでいたり、屋根がなかったりとずいぶん荒れた感じがするのだが、人が生活するために整えられた場所であったことには変わりない。


 十分に休息を取ったので、立ち上がって再び出発の支度をする。地図を見るかぎりではもう少し。もう少しで山のふもとにある住宅地に着く。


 結構な距離を上ったらしく、振り返ると街が見えた。大きな灰色の町。


 町は歩いているだけで楽しい、すてきなところだ。イマドキなお店のショーウィンドウにかざられている洋服は、流行をチェックできる便利なツール。おしゃれですごく高そうな洋服を見ることができるお店もある。きっと大人にならないと似合わない。夕方になればきらびやかなネオンやイルミネーションが街路を彩る。


 でも、それは全部、内側から見た時の話だ。外から見た町は灰色をしている。同じものを見ているのに、視点を変えただけであまりにも違うものに見えた。




 次第に足が動かなくなってきて、優里奈はまた休んだ。お茶を飲もうとして、水筒の中が空っぽになっていることに気付いた。ペットボトルの中身はすっかり氷が溶けている。それを水筒に移しながら、優里奈は色々なことを諦めかけていた。


 山に行くまでにこんなに疲れていたら、山になんて登れない。地図を確認した。住宅地まではあと一キロもなかった。少しずつやる気が出てきて進んでいると、橋を渡ることになった。


 もちろん鉄でできている橋なのだが、丈夫かどうかは分からなかった。理科で習ったのだが、鉄は錆びるもの。錆びたら脆くなる。


 しかし目標の住宅地は目の前。国語の教科書、故事成語やことわざのページに書いてあった言葉は「石橋を叩いて渡る」。慎重に行動しなさい、ということだ。


 別の道を探すために大きく回れ右をした優里奈は、スマホを取り出した。向こうに行くための道を地図で確認すると、地下通路もあることが分かった。そこで地下通路に一番近いルートを確認し、自転車にまたがって坂を下る。


 目的の場所へはすぐに着いた。優里奈は町のはしっこを通った時のことを思い出す。 電車の線路を渡るとき、歩道橋か地下通路化で迷っていた。今、優里奈が渡ろうとしているのも電車の線路。今回も地下通路を通る。


 あの地下通路を抜けた時に一瞬味わった解放感。それと似たものをもう一度体験できるかもしれないという期待。


「……ふぅ」


 今までの疲れが吹っ飛んだ。


 通路の向こうにある住宅地は、優里奈が目標にしている住宅地の隣にある。目標の住宅地は山のふもとにあるだけあって、そこからさらに坂をのぼって行かなくてはいけない。


 もちろん、さっきの橋をわたっていれは、上る距離が少し短くなっていたのだが。


「よし、行こ」


 スマホで地図を見た。時刻は十一時半。ここの住宅地を探検してからお昼ごはんを食べるのがいいかもしれない。そう考えて、住宅を両側に従えた坂道を上り始めた。


 この住宅地はずいぶんきれいだ、というのが一番にでてきた感想だった。もしかすると高級住宅地だったのかもしれない。それにきれいなだけではなかった。道の幅はずっと広いし、どの家にも広い庭が付いている。


 ゆっくりと自転車をこぎながら、優里奈はふと、家の中が気になった。だれも住んでいないとはいえ、家具くらいは残っているかもしれない。道路脇に自転車を止めて、近くにある家の庭に入った。今日は長そで、長ズボン。躊躇する理由もなかった。雑草をかき分けてフランス窓から中をのぞきこもうとしたとき。


「あのー! そこで何をしているのー?」


 後ろから声が聞こえた。子供の声だ。大人じゃないから逃げなくても大丈夫。そう判断しておそるおそるふり返ると、彼女は向かいの家にいて、こちらに呼びかけていた。手を口の周りに当てて、メガホンのようにしている。道幅は広いといえ、街路ほどではないからそんなことをしなくても聞こえるように思えた。


「え、えーっと……」


 優里奈は答えるのに戸惑った。家を覗き込もうとすたなんて、怪しいと思われないだろうか。しかし他にいい文句も思い浮かばないのだ。少女は特に追及することなく、優里奈に次の言葉を投げ掛けた。


「人が来るのなんてめずらしいから聞いただけなの。気にしないでー」


 立入禁止区域までやってくる人は、小学生だろうと大人だろうとそうそういないだろう。ひょっとすると同じことを考えて来た子なのかもしれない。


 優里奈と彼女の間は雑草に遮られて、詳しいことは分からなかった。これら雑草はなかなかに背が高く、ほとんど壁である。町の公園はきちんと管理されていて、こんなふうに林のようになることはない。


 どうしたものかと考えていると、相手はまた話しかけてきた。


「ねえー。よかったら、一緒にお昼ごはんでも食べないー?」


 これには拍子抜けした。普通、初めてあった人をいきなり食事にさそうだろうか。不思議で仕方がなかったが、おなかはすくもの。持ってきたものを食べなくてはいけないわけじゃない。


「いかのおすし」。知らない人についていってはいけません、なんて言われたけれど、同年代っぽい人なら大丈夫だろう。優里奈はそう判断した。


「いいのー?」


 優里奈もメガホンをつくって、大きな声で返す。


「もちろん! 玄関から入ってきてー。あいてるからー」


 それだけ言うと、彼女は背を向けて家の中へ入っていった。優里奈は向かいの家にいくために、もう一度雑草をかき分けなくてはいけなかった。

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