表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

3.『最後の夏』計画

 家に帰る道すがら、優里奈はこの夏休みの過ごし方を考えていた。


 優里奈と石田の通う塾では、六年生の講習会は毎日ある。特に中学受験を目指している人は入試対策講座も受けるからもっと忙しい。この町にはいい中学校がないと母親が言っていたけれど、急に考えが変わるかもしれない。そのために日々成績を意識して学校生活を送っているのだ。しかし本当にそうなると、優里奈が自由に過ごせる小学生の夏休みは今年最後だ。目いっぱい楽しむ必要がある。


 もっとも夏休みについてこんなに難しく考えているのは自分だけで、本来こんなに悩む必要はないはずだと優里奈は考えていた。最後の夏休みといっても、今年も塾の講習会があることには変わりない。講習会を一度も休まず夏休みも楽しむためには、どんなふうに過ごすべきなのだろうか。


「ただいまぁ」


 手を洗うと優里奈は自分の部屋に直行した。おやつはあとだ、それより大切なことがある。ノートを引っ張り出して、まっさらな一ページ目を開いた。学校で教科書として使うのはタブレットだが、ノートは紙だ。教科書まで紙だったらランドセルはどれだけ重いのか。優里奈は考えたくもなかった。


 まず夏休みのカレンダーを書く。明日から始まって八月二十日で終わる、長いようで短い夏休み。次にカレンダーに講習会の予定を書き込む。講習会はなんと週に四日もある。英語と国語は日が別なのだ。たった一コマのために塾に行かなくてはならない。夏休みの宿題と、塾の予習復習。それから自分のやりたいこと。全部できる気がしなかった。


 優里奈はとりあえず自分のしたいことを考える。ひねってあーでもないこーでもないと、思いつく限り書き出していった結果、山に行くことにした。教室から見た分にはそう遠くなさそうに感じたのだ。一日で行って帰ることができるだろう。


 優里奈はタブレットで、今通っている小学校の名前を検索した。検索結果のトップに地図が出てくる。地図を開いて今日見た山の名前を探す。方角と教室の位置を考える必要があるかと思いきや、思いのほか簡単に見つけることができた。どこからどこまでが同じ山かなんてよく分からないから丁度いい。山の名前で再度検索をかければ、ふもとの住宅地近くにある登山道が初心者向けだという情報が出てきた。


 初心者向けなら優里奈でも簡単に登れるだろう。母親は何でも煩わしがるだから一緒に来てくれないだろう。父親は忙しい。祖母なら着いて来てくれるかもしれないけれど、身体面や体力的に少し不安があるように感じた。


 そこでその山についてもっと調べることにした。野生動物を見られたら嬉しい。危険なのはだめだ。初心者向けなら熊がでてくる心配はないかもしれない。


 いくつかのサイトを見てまわったことで分かったことは二点、住宅地は今は人が住んでいないこと、市の土地になっていることだ。スマホの電波が通じるかどうか、一人で行ってもいいところなのか、どうやってそこまで行くのが一番いいかというのは、これから検討しなくてはいけない。


 ひとまずそれらを箇条書きにした優里奈は、一度シャーペンを置いた。何でも深く考えすぎてしまって、結局上手くできないのは優里奈の悪い癖だ。行き当たりばったりというのはどうも苦手である。


 とりあえず実行してみればいい。山に行くには住宅地を通らないといけないから、まずは住宅地を探検するのがいいかもしれない。ネットだけでは分からないことも、体験すれば分かるようになるだろう。どんなに重大な問題も、分解して小さな部分から検討すれば解決するだろう。


 ノートのページをめくり、ペン立てから無造作に取ったカラーペンで計画を書きこんだ。住宅地までのルート確認、住宅地の探検、山の近くまで行ってみる。紙の上をカラフルな文字が踊る。見ているだけで楽しくなってきた。


「お姉ちゃん、あと三十分でごはんだって」


 妹の彩友梨が部屋に入ってきて、言った。


 優里奈と彩友梨の部屋は、部屋の真ん中についているドアの前に二段ベットを置いて区切っている。どうしてこんな変な位置にドアがあるのかは謎だが、おかげで二段ベットにカーテンをつけると完全な個室のようになる。


「分かった。今日のごはん何?」


 優里奈はカーテン越しに尋ねた。


「知らない」


 あまりにもそっけない返事にそっか、とつぶやいて、優里奈はまた自分の世界に戻った。




 六時に起きた優里奈は、つまり七時に合わせたアラームに勝った。何かに起こされずに起きるのは気持ちがいい。こんなにすっきりと早起きできたのは、昨日からずっとわくわくしていたからかもしれない。すこし緊張もしていたけれど、楽しみで仕方がなかったのだ。


 さっさと着がえて、持ち物を確認する。充電が満タンのスマホ、水筒。きっと暑いから、凍らせたお茶のペットボトルも二本用意してある。


 先に朝ご飯を食べようと思い、キッチンに行った。優里奈の家族は起きるのが遅い。休みの日ともなると、起きてくるのは早くても八時だ。


 冷蔵庫と戸棚をチェックする。ロールパンとみかんの缶詰を見つけた。ロールパンは八個入り。そんなに大きくはないけれど、食べきれる気がしない。余っても明日の朝ごはんになるだけだ。


 ふくろを破り、パンを出す。優里奈はこのロールパンが好きではない。もそもそしていて、口の中の水分を奪われるのだ。しかしこれ以外に食べるものはほとんどなかった。ご飯を炊くのは時間がかかるし、おかずを作ろうにも食材を勝手に使っていいのか分からない。そもそも優里奈は自分で料理をしたことがなかった。


 今日はお小遣い日前なので、コンビニに行くわけにもいかない。優里奈はロールパンを何個食べようか考えたのち、二つ食べて残りは持っていくことにした。お昼までに家に帰らないといけないわけではないからだ。優里奈の家には門限がない。暗くなるまでに帰ってきたら怒られないだろうと思った。みかんの缶詰も保冷のポットに入るだけ移して、他の荷物と並べた。これだけで十分お弁当になる。


「これで大丈夫かな」


 リュックにはペットボトル二本、ポット、それにロールパンを入れた。水筒とスマホは、取り出しやすいようにショルダーバッグへ。念入りに持ち物チェックをして、お箸とスプーンを追加した。それから少し深呼吸する。


 今日は山まで行かないから、自転車で行くと決めていた。家の鍵も忘れず持っていかなくてはいけない。案外持っていくものが多くなってしまったと思った。


 少し出かけること、夕方には帰ることを記したメモを残して、優里奈はマンションを出た。今日は住宅地まで行くだけだから、そこまで危険ではないだろう。暑いのにパーカーを着ているのは、太陽の光が直接当たらないようにするため。いわゆる直射日光というのは、本当にいやなやつなのだ。日焼けすると肌が赤くなり痛くなる。しかし帽子とパーカーがあれば、緩衝材の役割を果たしてくれる気がするのだ。科学的根拠というやつがあるのかは分からない。


 光が道路に反射されるせいなのか、遠く向こうに見えるビルは揺らいで見えた。優里奈は力強くペダルをふみこんだ。




 自転車をこいでもこいでも、優里奈の頬をかすめていくのは生温かい風だった。今日の目的は、山までの道のりの確認だ。住宅地に続く道は実は途中まで行ったことがある。


「町のはしっこ」と呼ばれるところには、電車の線路が通っている。この前母親と一緒に駅の近くに来たとき、優里奈は一目でそう呼ばれるわけを理解した。


 そんなこんなで、優里奈は町のはしっこまでは簡単に行くことができた。そこは、線路の部分だけ地面が高くなっている。向こう側は遮られて人も車も見えない。実際向こうには人も車もいないそうだ。


 ところが困ったことに、はしっこの向こうに行く方法が分からない。ひとまずはと、しばらく線路沿いに進んでいくと、歩道橋を見つけた。しかし歩道橋では車やバイクや、自転車は向こうに行けない。階段を登れないからだ。そこで少し離れたところも見てみると、地下通路があった。四角いトンネルだ。暗くて少し怖い。


 どちらを使うか悩んだ優里奈は、歩道橋に戻ってきた。歩道橋には、よく見るとエレベーターが付いている。


 地下通路は向こう側が見えているけれど、中は暗くて不安だ。歩道橋にはエレベーターが付いていて自転車も渡れるようになっているけれど、歩道橋に変な人がいないかとか、向こう側のエレベーターが動かなかったらどうしようとか、優里奈はとにかく悩んだ。検討を重ねることは大切だ。


 その結果、地下通路を使うことにした。自転車で一息に駆け抜ける。


 トンネルはそんなに長くなかった。学校の五十メートル競走より短く感じたくらいだ。出口の先にはゆるやかな坂道が続いていた。道の両側には雑草が元気良くのびていた。街で雑草を見かけることはない。

 めずらしく思って、写真をとった。スマホのシャッター音が響く。


 優里奈は音のない世界に放り出された気がした。とても静かなのだ。車のエンジン音も、人の話し声も聞こえてこない。ふいに電車が後ろを駆け抜ける。強い風が吹き、そのあとには静けさだけが残った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ