形のない贈り物
確かな物が尊ばれる昨今の世の中で、形のない贈り物についてのお話。
確かな形あるものがすべてであるという風になりがちなのですが、目に映らない、確かな形がないものにもきっと価値があるし、それこそ知性ある人間としての本質が隠れているのではないか……
そんなものを描きたくて童話に無理やりしようと思ってできなかった作品……
今後、一般向けの小説にリメイクしていけたらいいなと思います。
今も今、まさにその時この場所で、どの列車にのってよいかわからない子がいました。列車は上りと下り。山奥にひっそりとある無人駅です。ただ二つの選択肢、それでさえ選ぶことのできない男の子です。手には贈り物のための包みを抱えて、行き交う電車をただ見送ることしかできませんでした。
そうして何本か電車を見送った後、別の男の子がやってきて、上りの電車が発着する方へと佇みました。
自分と同じ色の包みを持ったその男の子に、
「君はこれからどこへ行くの?」と聞きました。
すると男の子は、
「ああ、こいつを届けに行くのさ」
自分の持っている包みと同じ色の包みを見せて言いました。
「結構遠くまで行くの?」
「う~ん、まあね……」
「大変だね」
同情すると、男の子は「まあね」と漏らした後、
「でも、僕が贈り物をすることで、きっとその人は喜んでくれるから。なんだろう。喜んでくれるって思うと、ちょっと遠くてもまあいいかなって思えてくるんだ」
そう言った男の子は、やたらに照れくさそうにするのでした。
「誰に渡すの?」
「好きな人」
「へえ、喜んでくれるといいね」
それを聞いて男の子は、ニタニタと笑みを浮かべるのでした。
笑みが程よく引いたところで、「君はそれ渡しに行かなくていいの?」と男の子に聞き返されました。
「行きたいのだけれど、どの列車に乗っていいいのかわからなくて……」
「そうなの? じゃあ、駅員さんにでも聞けばいいんじゃないのかい?」
「ここの駅は山奥で無人駅だよ?」
男の子は手をポンと叩いて「そうか!」と言いました。
「どこに向かいたいのか教えてくれない? もしかしたら知ってるかもしれないから」
行きたい場所を男の子に伝えると、「なんだ、人に大変だねと言う割に君も同じ駅を目指すんじゃないか、じゃあこっちの方へ走る電車だよ」と上り方面の線路を指差しました。
一緒に行く? と男の子に言われましたが、首を横に振りました。「駅が一緒でも目的地は違うだろうから、またそっちの駅で迷っちゃうよ。そしたら、ここで迷うより悲惨なことになっちゃうんじゃないかな?」
男の子は少し考えてから、
「それでもとりあえず行った方がいいと思うけどな」とはきはきと言いました。
彼が何か返事をするより先に、上り方面の電車が滑走してきました。男の子はそれに乗り込んで行きました。手を振り、「行ってきます。それ頑張って届けられるといいね」と希望に満ちた表情で上り方面へと去って行きました。
同じ色の包みを持った男の子と別れてからしばらくした後、今度は下り方面からやってきた電車に乗った男の子に声を掛けました。
その男の子はどこか悲しそうな表情で、俯き悩みながら電車を降りてきました。残念さがにじみ出るその男の子に声を掛けました。
「どうしたの? なにか悲しいことがあったの?」
男の子は首を斜めに捻り、
「いや、悲しいというよりは……」
「悲しいというよりは……?」
「よくわからないことがあって」
「何がよくわからないの?」
男の子は、自分が抱えている包みと同じくらいの大きさを手でなぞり、
「このくらいの包みを送ったんだけど、渡したとたんに泣き出されてしまってね。『どうして泣いているの?』と聞いても答えてもらえなくてね。自分なりにしっかり選んで、きっと喜んでくれる! と思って渡したものなんだけどね」
「そうなんだ、残念だったね」
うんうんと頷いて、「しかし、なんで泣かれてしまったのだろう。あまり嬉しくない贈り物だったのだとしたって、泣くことはないだろうに。『正直、いらないな……』と思っていたとしたって苦笑い、あるいは怒り出すのであれば理解できるんだけどね……でもきっと僕が渡したものがいけなかったんだろうな」
「わからないね」
「うーん」
頭を掻きながら、大きくため息をつきました。
「まあ、どうしたって人の心はわかりきれないからね……もう、しょうがないな」
「どうして目にみえないんだろうね。生きていくうえで大切なものなのにね」
「全くだよ」
今度は彼が手に持っている包みを見て、男の子はこういいました。
「君も届け物?」
「そう」と彼が言うと、
「喜んでくれるといいね」と微笑みかけるのでした。
しかし彼は、「うん……」と合わせたような返事をしました。
「歯切れが悪いね。どうかしたの?」
ちらっと男の子の方を見て、「渡して喜んでくれるか不安なんだ」
天を仰いで、「それ、今言われても一番自信のないことだから」と言い、
続けて「聞かなきゃよかったと」冗談交じりに男の子は笑うのでした。
「ま、渡す渡さないどちらにするにしても渡さないなりの覚悟、渡すなりの覚悟が必要だね。もう、どうしたって相手に渡すわけだから、結果がどう転ぶかなんて一ミリもわからないよ。今の僕がその状態だしね」
最後に一つため息をついて、「じゃ、がんばってね」とホームから去っていきました。
プレゼントをして喜んでくれなかった男の子がホームから居なくなってからまたしばらくすると、再び下り方面から今度は女の子が降りて来ました。
目の周りが腫れぼったくなっていて、鼻先が赤く染まった女の子でした。手には包みを抱えていました。
「君の包み、私の持っている包みと一緒ね」
鼻を啜りながら、彼に話かけてきました。
「そうだね。中身は何が入ってるの?」
「秘密。でも、とっても大切なもの」
「そうなんだ」
ふふふと小さく笑い、「おかしな人」とささやくのでした。
「泣いてたの?」
彼がそう聞くと、目の辺りを擦って「腫れてる?」と女の子は聞き返しました。彼は一度だけ頷いて見せました。
「もらったプレゼント、泣くほどいらないものだったの?」
首を横に大きく振って、包みを自分に強く抱き寄せました。
「要らなくなんてない。とっても嬉しいの。でも、それを笑顔で表現できないほど不満なことがあるの」
「不満な……こと?」
「そう。不満なこと」
「とは?」
女の子はガサゴゾと包みを開き、中身を彼に見せました。中には、手紙となんだかよくわからないものが入っていました。それはなんにでもなる代わりに、何物でもない。呼びようのない不思議なものでした。
「一体これは何なの?」
「これは不確かで不確定なもの。この手紙に付いてきたものなのよ」
触れてみると、温かくて胸を締め付けられる感触が手のひらに広がるのでした。
「こんなものをもらって嬉しいの?」
「ええ、嬉しいわ」
「どうして? 触れると胸が締め付けられるし、確かなものじゃないならなくなってしまう可能性だってあるじゃないか」
女の子は、「ええ。確かにその通り」と言った後に続けた。
「でもね、この不確かなものっていうのは、本気でこの手紙を考えて書いてくれたときだけ生まれるのよ。形にはなっているのだけれど、実体としてはこの世の中に存在できない。書いた人の強い思いでかたどられたそんな素晴らしいものを私はもらったのよ」
少し難しい話で男の子は首を斜めに捻りました。
「そ……うなんだ」
「ええ、そうよ」
「でも、それだけ満足していて何が不満なの?」
不確かで不確定なものを包みにしまって、こう言うのでした。
「ええ、どうしても納得できないことがあるの。それは、私が本当に欲しい人からこれを貰えていないということよ」
「本当に欲しい人から貰えていない? ほかの人から欲しかったってこと?」
女の子は頷き、続けました。
「そう、本当に欲しい人からはこれを貰えていないの。同一人物よ? でもそれはその人であるけども、私が心から贈り物を待ち望んでいるその人ではないの。私の待ち望んでる人は、心に希望を抱きながらも慎重でかつ思わず泣いてしまった私に自分が用意した贈り物が悪かったと後悔する優しい人よ」
「うん」
「未来に希望を抱くだけではだめ。過去になって後悔する優しい人だけではだめ。その二人と一緒に今を生きる人に私はプレゼントされたいの」
彼は笑って、「わがままな人だね」と言うと、女の子は「当然よ。せっかくこんなに思いの詰まったものを貰えるなら、欲しい本人からもらいたいじゃない?」
彼はもっともだと頷きました。
「さて、最初から行き先を知っていながら渡すのが怖くて踏み出させない慎重さん。迷う必要なんて少しもないの。あなたは元々上り方面の電車しか乗れないし、駅を降りてからの目的地だって何度か足を運んでいるの。そこで女の子があなたからの贈り物を心から待ち望んでのぞんでいるのよ」
「うん、じゃあこれ」
彼が手に持っていた包みを差し出すと、強く突き返されました。
「だめ。私も私であって私ではないの。本当に欲しい人からプレゼントをもらえなかった私なんだから。もう私は下りの電車にしか乗れないの」
「それでも、喜んでくれるのか上手くいくのか不安だよ」
それを聞いた女の子は「大丈夫よ」と手を取り、優しく伝えました。
「私じゃない私はあなたを心待ちにしているのよ? あなたの不確かで不確定な贈り物を心から待ち望んでいるの。大丈夫。あなたじゃないあなたが一度やり取りしてる。その時の私は泣いてしまったけれど、あなたは私が本当に渡してもらいたいあなたじゃない。上手くいかないはずがないわよ!」
彼は少し自信なさそうに頷きました。
上りと下り方面の電車が一緒に滑り込んできて、大きなエアーを噴射しながら車体を停車させました。女の子は、彼から手を放し、彼ではない彼が贈った物を胸に抱きよせて乗車口へと向かっていきました。彼は何か話忘れているような気がして女の子を追い、声を掛けますがこっちを振り向くことはありませんでした。近くまで行って肩に触れようとするのですが、そもそもそこに女の子がいないばかりか、下り方面のホームごと存在していませんでした。そう、元からこの駅は複線ではなく単線なのです。
彼はいよいよ行くしかないと決心し、一本しかないその電車に乗り込みました。
揺れる列車の中、彼は今までの出来事について思い返していました。不思議と彼はこれだけの奇妙な体験をしておきながら、今日の出来事が夢か幻かという疑問を一切持ちませんでした。彼がひたすらに考えていたのは、不確かで不確定なものをどうしたら女の子にあげることができるかと言うことでした。彼の持つ包みの中には、さっき彼女が取り出して見せてくれたような不確かで不確定な存在のようなものは入っていませんでした。そこでもう一度、不確かで不確定なものというのはなんなのだろうということを再考し続けていました。
そして、最後まで考えに考えた結果、彼にはわかりませんでした。
女の子の家まで着き、彼は不安要素が多分に残る中プレゼントを渡しました。彼女は大喜びし、「開けてみてもいい?」と聞くので彼が了承すると、髪留めを誉め、手紙を開封し読み始めました。
暫くすると女の子はポロリと涙を流しました。不安が的中したと、彼は青ざめて、「ごめん。何かまずかったかな?」と聞くと、彼女は「全然そんなことない」と言いました。
「むしろ本当に嬉しくて……真心のこもった手紙だなって……」
彼女の言った「真心」という言葉にピンッときた彼は、胸の中の靄が消え身体が軽くなって行きました。「不確かで不確定なものと言うのは真心のことだったんだね」と小さく呟きました。
彼女は、「何か言った?」と彼に問いました。
それに彼は、「何でもないよ。ただ、ここに来るまでにいろいろあってね」とだけ言いました。
お目通しありがとうございました。
何かございましたら、ご連絡ください。