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第8話 赤い獣

 結局昨日は、というか日付では今日だが。午前2時位までゲームをしてからそのまま寝たのだが、起きると午前6時だった。ありえない早起きをしてしまったわけだが別に眠たくはない。オドが増えた影響かもしれない。


「しかし五月蝿いな」


 窓の外からはパトカーのサイレンの音がひっきりなしに聞こえてくる。


 目覚めた原因はコレか?


「うぅ〜。ウゼェ」


 サイレンの五月蝿さに浅野も目を覚ました。ちなみに俺はゲームのコントローラーを放り出して大の字で寝ていたが、コイツはコントローラーを抱えるようにして寝ていた。恐ろしいゲームへの執念である。


「何の音?」


 アホ妖精も眠気眼を擦りながら起きてきた。


「パトカーどんだけ走ってんだ?」


「何か有ったのかね?」


 浅野が目を瞬かせながらテレビをつけると、テレビからアナウンサーの緊迫した声が聞こえてくる。


『繰り返します。今日未明〇〇県〇〇市に住む会社員の女性が大型の猛獣に襲われ死亡しました。悲鳴を聞いて駆けつけた警察官2名も1名が死亡、もう1名が重傷を負い病院で手当を受けています」


「おい、これこの辺りだよな?」


「ああ、大量のパトカーはそれでか。猛獣って?」


『たった今続報が入りました。警察関係者への取材で治療中の佐藤巡査は体高2m程の真っ赤な体毛をした狼のような動物が女性に噛み付いている所を発見し、拳銃をうって女性を救出しようとしたが、銃弾を受けた狼は自分ともう1人の巡査に襲い掛かってきたと話しているとのことです。

 警察関係者は巡査が襲われたショックで錯乱しているとした上で、巡査や亡くなった2名の傷の状態や現場に残っていた血痕が付着したと見られる体毛から大型の肉食獣だとして、近隣の動物園に逃げ出した動物は居ないか確認すると共に捜索を続けています。』


「赤い体毛の肉食獣?そんなの居るか?」


「妖精ちゃんに聞けば良いんじゃねぇ?」


「はぁ〜やっぱり浅野も同じこと考えたか?」


「ああ、今のニュース、警察は現場に有った赤い毛を血がついて変色したものだと考えたらしいが、実際襲われた巡査が赤い体毛の動物って言ったんだ。元から毛が赤い、んで狼みたいな形の猛獣。

 そんなん普通の動物には居ないだろ?蓮の言ってたゴブリンの件から考えて、魔物がダンジョンから出ることは有るみたいだし」


「まあそうだよな。で、どうなんだ。心当たりの有る魔物居るか?」


「ん〜」


 アホ妖精に水を向けると、コイツは腕を組んで、首を捻りながら、俺達の顔の高さまで浮かぶ。


「多分、ブラッド・ファングウルフ? もしくはスカーレットハウンド?」


「どんな奴らなんだ?妖精ちゃん」


 当然名前だけでは分からないので、浅野が説明を求める。


「まずはブラッド・ファングウルフね。コイツはファングウルフって魔物が進化したやつなの」


「ファングウルフ?」


「そっ。ファングウルフ。狼型の魔物で強さは大体ゴブリン10匹を軽々蹴散らせるくらいね。ゴブリンと同じであんまり強くないの魔物だけど、雑魚魔物の中ではそれなりに強いわね」


「微妙な評価だな」


「まあそうね。で、このファングウルフ。雑食で木の実なんかも食べるんだけど、肉のほうが好きだから狩りが上手い個体や強くて他の個体が狩った獲物を奪える個体はずっと肉を食べ続けるの。そうすると、どんどん体が大きくなっていくし、体毛も食い殺した獲物の血が馴染んで白から赤に変わるの。

 それがブラッド・ファングウルフ。強さはゴブリンとじゃ比較できないわね。強いて言うなら、蓮が戦った中で1番強かったファットゴブリンが10匹纏めて掛かっても手も足も出ないと思う」


「なるほど。かなり強い魔物なのか。『ハザン』や『エア』を使えば勝てるかな?」


「お!やる気出てきた?」


「ばったり遭遇したときのために聞いただけだ」


 嬉しそうに聞くアホ妖精に決して自分から喧嘩を売りに行くつもりはないと伝える。そんなことをしていては命が幾つ有っても足りない。


「何だ残念。ただ、実際に蓮が勝てるかは判らない」


「そんなやばい奴と殺し合いさせようとしたのか」


「ぐぇ、ギブッ。実が出る」


 親指と人差し指で輪を作ってアホ妖精を軽く締める。


「まあまあ。放してやれよ蓮」


 苦笑する浅野。


 俺が手を放してやると、アホ妖精はヨロヨロと飛びながら呼吸を整える。


「ぜ〜は〜。酷い目に有った。言い方が悪かったけど、別に勝てないとは言ってないよ。単純に私達フェアリーとブラッド・ファングウルフじゃ強さが違いすぎるから正確な強さはわかんないって言ってるの。

 ファットゴブリン10匹が掛かっても手も足も出ないって言ったけど、それは今の蓮も同じでしょ。案外蓮のほうが大分強くて、簡単に倒せるかもしれないよ」


「希望的観測すぎるだろそれは」


「なあ、強さはともかく、まだそいつだって決まった訳じゃないんだろ?もう1つ候補が有ったじゃん。そっちについても教えてくれよ妖精ちゃん」


 俺とアホ妖精が言い合いをしていると、浅野が苦笑しながら話に割って入ってきた。


「ん、そうだったね。もう1つ可能性が有るのはスカーレットハウンド。こっちも狼型。

 ブラッド・ファングウルフよりちょっと小さくて、ブラッド・ファングウルフは体高2〜3m位なんだけどスカーレットハウンドは体高150cm〜2m位なの。

 ニュースで言ってた猛獣は体高2m位だから小型のブラッド・ファングウルフか大型のスカーレットハウンドだと思うよ」


「スカーレットハウンドはどのくらいの強さなんだ?」


「そうだね。格はブラッド・ファングウルフと同じだけどスカーレットハウンドの方が速いから厄介なはずよ。よく魔法使いが魔法を使う前に高速で接近されたり、撃った魔法を全部かわされて喉を掻っ切られたなんてよく聞く話だし」


 どちらにしろかなりヤバそうな相手である。危険を犯す気はないがもし遭ったら勝てるだろうか?


「なあ妖精ちゃん」


「なに?」


「そいつら飛べるのか?」


「飛べないけど」


 突拍子もなくそんなことを聞く浅野


「よし、蓮ワリイが買い出しに付き合ってくれ」


「なにが悲しくてお前と買い物に行かなきゃいけないんだ」


「いやぁ、とにかくヤバイのがこの近くに居るのは解ったからしばらく外に出れねえじゃん。保存食買いだめして籠城しないとヤバイだろ。そいつらが飛べないんなら、お前と一緒に行けば遭遇しても逃げれんじゃん。お前空飛べるんだろ?」


「飛ぶと言うより空気の上を走る感じだけど」


 確かに浅野の言う通りだ。この近辺にそいつが居る以上いつ襲われるか分からない。


 俺は魔具の効果が有るから最悪逃げられる。でも、親父は?母親は?妹は?友達は?多分無理だ。

 

 警察はいつそいつを倒せるだろうか?それまでに俺の身内が襲われない保証は?


「おい蓮?どうした?」


「この近辺にその猛獣がいる以上みんながコイツの被害に合うかもしれないよな?」


「蓮?お前まさか?」


 どんどん悪い考えがよぎる。


「俺がコイツをなんとかしないと、ヤバイのか?」


「いや落ち着け蓮。普通こんなヤバイのが近くをうろついてたら学校は臨時休校に成るし、移動だって車が主流に成るだろ?ノコノコ猛獣にエンカウントに行くやつそうは居ないぞ」


「そうだよな。わざわざこんな時に外に出るのなんてアホなお前くらいだよな?」


 ちょっと余裕が出て来た時、スマフォが鳴った。


「誰だ?」


 画面を見ると『母』の表示。あぁ、そういえば昨日ゴブリンとの戦闘中にも掛かって来てたんだよな。仕方ないから電話に出る。


「もしもし」


「もしもし蓮?今どこに居るの?」


 母親が若干慌てた声で訊いてくる。


「浅野の家だけど」


「そう、良かったわ。あんた昨日電話でなかったでしょ」


 母の声が少し落ちつく。


「あんた昨日電話でなかったでしょ」


 だが少し怒っているようだ。きつい声音で再度同じことを言われた。


「マナーにしてたし、コンビニに居たから」


「まあそれはいいわ。ニュース見た?危ないからいま浅野君の家に居るなら夕方迎えに行くまで家から出ないようにしなさい。浅野くんに変わって」


「解った。浅野、母さんがお前に変われって」


 浅野にスマフォを渡す。


「ん?ハイハイ。もしもし?」


 1言2言話した後浅野は電話を切って俺に返してくる。


「ホイ、蓮。夕方までお前を置いて欲しいだってよ」


「ああ。ニュース見たか訊かれたからな。外に出るなだそうだ。で、買い物行くんだろ?」


「まあそうなんだが、止められたのに躊躇ないな?」


「前提が違うからな」


 話をしながら外に出る。アホ妖精はリュックの中だ。こんどは勝手に出てこないようにチャックの有るポケットに放り込んだ。


 最寄りのスーパーに行き、思い当たる物を次々にカゴに入れていく。


 レジに持っていくと1万とんで5460円。少し買いすぎたかも知れない。


「缶詰にカップ麺。水にファンタにポカリにお茶。だいたい買ったな」


 財布の中身は悲惨だが。と浅野は付け加える。


 人目につかない所で、俺が荷物をシャドウボックスの中に放り込むのを見ながら、浅野が呟く。


「それ便利だよな」


「入る量に限界が有るし、ホントに入れとくだけだけどな」


 話しながら歩き出す。


「まあ、猛獣ともエンカウントしなかったし、一先ず安心かな?」


「そうだな。後はすぐ帰れば」


〈キキー ドン〉


「何だ?」


 歩いているとすごい音が聞こえてきた。


「事故か?」


 そう、今のは車が急ブレーキを踏んだ音だ。そして、大きな何かがぶつかる音。


「行ってみるか?」


 野次馬根性を出して浅野が走り出す。


「しょうがねえなぁ」


 浅野を追いかけると、曲がり角を抜けて国道に出る。そして見たくもない光景が飛び込んで来た。


「うわぁ〜」


「グルルゥ」


「ひっひぃー」


 体高3mはある巨大な赤い毛の狼が高級な黒塗りの車のボンネットを踏み潰している。


 車体からは煙が出ており、かなり拙い状況だ。運転手らしき人は車の中で気絶している。


 後部座席の扉が空いており、外に出た身なりの良い中年の男性と少女が狼と対峙していた。


「車、意味ないんだな?」


「冷静だな蓮!」


 男性は少女を背後に庇っているが、全身が震えており、顔中冷や汗がべったりな所を見ると、とてもどうにか出来そうにない。

 だが、俺はそれより車のほうが気になった。


「(母さん車で迎えに来るとか言ってたけど、車でもエンカウントしたらアウトだな)」


 おそらくは走っていた車に正面からぶつかって何の怪我もしていない。それだけでこの狼のヤバさと車で外出することが安全でないと解る。


「やるしか無いか〜」


 俺はため息をつきながらカッターを出して刃を伸ばす。


 正直、見ず知らずのおっさんが食い殺されそうでも俺が戦う理由はない。

 少女の方はかなりの美少女だがそれでも他人だ。流石に目の前で喰われるのを見るのは勘弁だが、浅野と一緒に此処から逃げ出して後日ニュースでこの人たちの訃報を知っても『気の毒だな〜』で済んでしまう。


「でも、身内に降りかからない保証はないよな」


 そう、明日は家族や友達が同じ目に合うかもしれない。この狼は此処で始末するべきだった。


「浅野、隠れてろ」


「了解。て、言うかやる気か?」


「此処でなんとかしなきゃ拙い」


 カッターを振り、狼の首筋に刃風を叩きつける。


「グルゥ」


 痛がってのけぞるが血は出ない。やっぱりコイツは強い。飛刃(弱)の刃風が実際に斬る場合の10分の1の威力とは云え、血が出ないのはよっぽど硬い証拠である。


 全力で走り、狼とおっさん達の間に立つ。スタートダッシュ時に足元のアスファルトが砕けたが気にしない。


「強いなお前。ならコレはどうだ」


 身体強化のスキルを右腕に集中、渾身の右ストレートを狼の鼻っ柱に叩きつける。


「ギャゥン」


 骨を砕いた感触と悲鳴をあげながら後退する狼


「よし、一気に」


「グル。ウワオオオォォォォ」


「なっ」


 後退した奴は、こちらに向けて大きく口を開け咆哮する。普通の咆哮なら五月蝿いだけだが、その咆哮は衝撃波と成って襲いかかる。


「ハザン」


 咄嗟にカッターの刃5枚を切り離し、4枚を巨大化させて壁にする。


「「ひぃ」」


 凄まじい衝撃に刃の壁が揺れ、後ろの美少女とおっさんが押し殺したような悲鳴を上げる。


「レアの魔具をそう簡単に壊せるかよ。くらえ」


 刃を空中に浮かせ、高速回転させながら奴に突っ込ませる。切り刻まれろ。


「ガァ」


「嘘だろ?」


 奴は巧みに4枚の刃の間を擦り抜けると、俺に牙を突き立てようと大口を開けて飛びかかってくる。


「ちぃぃ」


 即座に上空へ跳躍し、攻撃を躱す。


「空は飛べないよな。《トルネード》」


「グルゥ?」


 今まで1度も使ったことのないスペル《トルネード》。

 壁代わりに使わなかった5枚目の刃は元々俺が立っていた位置、つまり今狼の真下に有る。

 その刃から竜巻が生じ、狼の体を切り裂きながら上空へと運ぶ。


「クゥゥン」


 全身の夥しい切り傷から大量の血を流しながら力無く鳴く狼。やはり空を飛ぶ力は無いらしく重力に従って落ちていく。


「コレでトドメ」


 カッターの刃を身の丈よりも大きく巨大化させ、両手で振りかぶり、落下中の狼の首を全身全霊を持って斬りつける。


「ガッグゥ」


 かなり硬かったが断末魔の呻きと共に狼の首は落ち、鮮血が吹き出る。


「勝った〜」


 勝利の雄叫をあげ、狼の躯と共に地上へ落下


「なんとか成ったな。後は」


「ヒィ」


 腰を抜かして震えている少女とおっさんに目を向けると悲鳴を上げられた。

 

 ちょっとショックだが無視する。そんな時間はない。


 未だに煙を出し続けている黒塗りの車に近づくと、変形して開かなくなっている運転席のドアを引きちぎり、運転手の足を挟むように変形しているフレームを腕力でこじ開ける。


 気絶している運転手を救出し、腰を抜かしている2人の側に寝かせると、狼の躯と頭を持って上空へ走り去る。


 これ以上ココに居ないほうが良いと判断したのだ。




「へぇ〜映画の撮影かと思っちまうな」


 助けた2人の他に今の出来事を冷静に観察していた人物がいた事に俺は気づかないままだった。




 狼の躯から魔石を取り出し、元ダンジョンだった洞窟の中に入れると浅野の家に戻る。

 今彼処に迎えに行くのは避けた方が良いし、浅野も察して戻っているだろう。


「ゼェゼェ、お前、ゼェ、速すぎ、だろ」


 浅野の家の前で待つこと十数分。ようやく浅野が帰ってきた。走ってきたらしく、汗だくで息切れしている。


「お前が遅いんだろ。まあとにかく開けてくれ」


 生憎ピッキングのような能力はないので、外で待ちぼうけだったのだ。扉自体は殴れば壊せそうだが、流石にダチの家を壊す気はない。


「あの狼は?」


「山の中に隠してきた」


「じゃあメジャー持ってくるからそこに案内してくれ、妖精ちゃんも一緒に」


 普段では考えられないほど真剣な顔と声音の浅野


「どうしたんだ?」


「確認したいのさ」


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