独白1 ボスの事情
気がついた私が最初に見たのはゴツゴツとした岩の壁と、虹色に光り輝く水晶玉だった。
私は本能からその玉に触れた。
「グゥ。これは?」
触れた瞬間に、凄まじい情報量が流れ込んできて頭が割れそうになる。
「かはぁ」
水晶から手を話すと同時に大の字に倒れる。
「ハァハァ」
全身が汗でびっしょりと濡れ、息が切れる。しかし、気分は良かった。
水晶玉に触れたおかげで、私はココが何処なのかも、自分が何のために生まれてきたのかも、何をしなくてはならないのかも知れたのだ。
「そう、私はボス。このダンジョンを強く導いていかなくてはいけない」
私は独白し、思考に耽った。まず何をするべきか?
その答えはすぐに出た。先程水晶玉から得た知識の中にあったのだ。
正直この知識は大変ありがたい。このダンジョンが支部ダンジョンである一番の利点だ。
独立したダンジョンならばダンジョンも、生まれたばかりのボスも、それこそ文字通り赤子同然であろう。
何の知識もなく何をして良いのかさえわからない。
だが、支部ダンジョンは大本のダンジョンが経験した知識を送ってもらえるのだ。
この利点を活かして私はこのダンジョンを盛り立てていかなくてはいけない。
「まずは仲間たちの確認だな」
私はボスの間を出ると仲間たちの住処へと足を進める。
「当然だが、皆ゴブリンか」
住処から出てきた魔物たちは皆ゴブリン。どうやら此処はオーガ系のダンジョンらしい。
オーガ系は成長すればオーガやその上位種が生まれ、無類の強さを誇るが、最初はゴブリンばかりの弱いダンジョンだ。初期の頃は、数種類ある系統の中で最弱の系統と言って良い。
「このダンジョンが成長すれば、もっと強いボスが生まれるはず。そうすれば私はエリアボスに格下げになる。それまで頑張れねばな」
ダンジョンが成長すればより強いボスが生まれる。そうすれば肩の荷も降りるはず。私は1日でも早くその日が訪れるように、誠心誠意努めを果たそうと心に決めた。
「まずはやはり食料か?仲間たちは増えるのは速いが、食料も同じだけ増えるわけではないからな」
ゴブリンは何でも食べる。動物の死骸や虫はもちろん毒キノコや雑草、落ち葉までありとあらゆるものが食料だ。
だが、流石に石や岩は食べられない。仲間たちは今、このダンジョンに生えた苔を食べているが、日に日に数が増えている。足りなくなるのは時間の問題だろう。
「やはり、外に出るしか無いな。ギギィ」
「「「ギギィ?」」」
「ギギィギィィ」
「「「ギィギィギィィ」」」
決心するが速いか、私はゴブリン族の鳴き声で3名の仲間を呼ぶと、外の探索を命じる。本当は私が行くのが1番手っ取り早いが、ボスが死ねば、このダンジョンを統率するものが居なくなる。
新たなボス格が生まれる兆候が有るならともかく、出来たばかりのダンジョンのボスが外に出るのは危険すぎた。
「待つしか無いか」
しばらくすると探索に出た者達が帰ってきた。3名全員無事で、とりあえず安堵する。
しかし、報告を聞いて頭を抱えた。近くには別の生き物の大きな巣が有るらしい。
その生き物の情報は大本のダンジョンから得た知識の中には無かったが、特徴を聴くにエルフやドワーフに近い生体をしているらしい。
知的生命体であることは間違いない。
「そんな生き物の情報はあったか?」
得た知識を必死に探っていく、あまりにも脳を酷使しすぎて頭痛が起こるが、かまっては居られない。
近くにその生き物の巨大な巣が有る以上放っておくのはあまりに危険だったからだ。
「これか?人間。大本のダンジョンがあるレムリア大陸からは、はるか昔に居なくなったため詳しい情報はないが?」
報告の特徴と一番一致するのがこの種族である。
「もしも近くに巣を構えているのが本当に人間ならば厄介だな」
この種族はエルフほどではないが魔法を使い、ドワーフには遠く及ばないが鍛冶にも秀でている。そしてエルフやドワーフよりも圧倒的に高い繁殖能力を持っている。
しかも厄介なことに、この種族は他種族に対して大変好戦的らしい。
「巣も大きいと言うし、数は相当多いだろうな」
戦闘能力の詳細は分からないがエルフやドワーフの情報から推測するにゴブリン5名で1匹に掛かるのが適切だろうか?
「いや、今我々には、私の魔具を除けば、棍棒程度しか武器がない。人間1匹倒すのに10名は必要だろうな」
見つからないのが1番だが、餌を探しに外へ出る必要が有る。遭遇は避けられないだろう。
「友好関係を作るのは……無理だな。とりあえず、遭遇した瞬間に先制攻撃を掛けるように命じておくか」
此方から探しに行くことはないが、出会った瞬間に先制攻撃する。
仲間達のほうが弱い上に知能も低いので、意表を付かないと勝てないだろう。
更に私は多くの仲間たちに外で食料を集めてくるように命じると、ボスの間へと引き返した。
「とりあえず。今出来ることはやったな」
後はダンジョンが成長するのをじっくりと待つしか無い。
私がボスとして誕生した最初の1日が終わり。2日目も平穏無事に過ぎていった。
そして3日目で事件が起こった。
「なにがあったと言うのだ?」
どう言う理屈かは知らなが、ボスの間にいればダンジョン内で仲間が死ねば解る。
今、私の下には5名の仲間が死んだとの情報が、入ってきていた。
まだまだ死ぬ仲間は増えているが、私はボスの間から動かない。
下手に助けに行って、ボスの間を空けてしまったら、入れ違いになった敵にダンジョンコアを壊されかねない。
私は剣を構えて侵入者を待つ。しかし、やってこない。仲間の死者も、20名で止まって増える気配が無い。
「仲間たちがなんとか退けたのか?」
私はボスの間を出てすぐの辺りで、仲間を呼び出す。この距離ならば仮に敵が来てもすぐにコアを守りに行ける。
あと、こういう場合につくづく仲間がボスの間に入れないのを不便に感じる。まあ言っても仕方のないことだ。とりあえず報告を聞こう。
「オオカミだと?」
「ギギィ」
受けた報告は1匹の獣がダンジョン内部に侵入し、仲間を襲ったというものだった。
なんとか倒せたそうだが、多くの死傷者が出ているそうだ。獣の特徴を聞いてみたがオオカミとしか思えない。
「とりあえず、状況を確認するか。」
報告に来た仲間にボスの間の前で敵が来ないように見張っているように命じた後、私は現場へ向かった。
「これは?」
現場の状況を見て驚いた。確かに即死した者は20名だったが、他にも、もう助からない様な怪我をした者が30名を呻いている。
他の重傷者も50名。我らには治療の道具など無いので、彼等も助かるか、非常に怪しい。
だが、それ以上に目を引いたのは襲撃者の死体であった。確かにオオカミだ。白い毛並みのオオカミには違いない。しかし犬歯が以上に発達している。しかもその死体からは魔力を感じる。
そう、これは魔物だ。私が大本のダンジョンから得た情報にも有る。ファングウルフ。どちらかと言うと弱い魔物に分類されるが、当然ゴブリンよりは大分強い。この被害を出したのも納得と言える。
この襲撃者の正体を理解した時、私は目の前が真っ黒になった錯覚を覚えた。
「この近辺に、他にもダンジョンが有るのか?」
魔物は、大気中の魔素の濃度が高ければ生まれるが、外に魔素が殆ど無いのはこの3日間探索に出た仲間たちからの報告で知っている。
つまり、この近辺にもう1つダンジョンが有るのだ。しかも自分たちよりも遥かに強力なファングウルフが生まれるダンジョンが。
「と、とりあえず、出来ることからやらねば」
私はまず、呻いていた重傷者30名にとどめを刺した。どうせ助からないなら、苦しませるのは可愛そうだ。それに彼等の亡骸には使い道があった。
重傷者50名を安全な場所に運ばせると、次は死体を埋葬する番。
仲間に命じるだけでなく、私自身も埋葬作業に参加する。その際に躯から魔石を抜くのを忘れない。
「こんなところか。さて、敵にとどめを刺したのは誰だ?」
「ギギィ」
私の問いかけに1名の仲間が進み出る。
コイツか。食料を見つけるのが得意なやつで、多くの食料を持ってくるし、自分もたくさん食えるので、仲間の平均よりも1周り大きい。
「敵の肉は皆で食うが、敵の魔石はとどめを刺したお前のものだ。後、お前がとどめを刺した敵に殺された仲間たちの魔石もお前のものだ」
「ギギィ」
彼は仲間の魔石50個とファングウルフの魔石を受取その場で食い始める。
これで、前例が出来た。これからは敵の魔石と、その敵に倒された死者の魔石は敵にとどめを刺した者が食うのが仲間内のルールだ。
ファングウルフは強い。そしてゴブリンを餌にする。速く強い仲間を増やさなくては我らは食い尽くされてしまう。
「ギギィ」
「「「ギギィギギィ」」」
「ん?」
魔石を食った仲間がファットゴブリンに成長した。
私以上の力を持った仲間。やはり私のやり方は間違って居なかった。この調子で更に強い仲間を増やし、より強いダンジョンに成長するのだ。
最初の襲撃を受けた日から、ファングウルフの襲撃は度々起こっていた。私はそのたびに、得た魔石を皆で分けるのではなく、手柄の有る者に集中して渡した。
ファングウルフには上位種も居る。それらが来る前に速く戦力を整える必要があった。
そうして忙しい日々を過ごす内に、気づけばあのボスの間で目覚めてから1月が経過していた。
このまま上位種が襲撃してくる前に強力な軍団を作ることが出来るだろうか?そんなふうに考えていた矢先、恐れていた事態が起こった。
しかし、それはファングウルフの上位種の襲撃では無い。人間との遭遇である。
私達のダンジョンに1匹の人間が現れ、6名の仲間が殺された。
その人間は既に去った後だったが、私は嫌な予感がしていた。そして、その予感は的中することになる。