第38話 ダンジョンの恵み
目の前の大きなテレビ画面に五十代半ばくらいの中年のオッサンが写っている。現内閣総理大臣小隈普一郎その人だ。
先程から行われた話で相手が望んでいることは大体分かった。
「つまり、これ以上事態が大きくなる前に、俺に国内にある3つのダンジョンを全て攻略して欲しいと?」
「ああ。その通りだ」
総理は神妙な顔で頷く。
「本当に良いんですか?俺が全てのダンジョンを攻略するってことは、俺に力が集中するってことだ。陸上自衛隊の小山一佐はその事に危機感を抱いていましたが?」
「確かにその問題はある。君に力が集中した場合、君が暴走した時、止められる者が居なくなる。だが…」
総理は一度言葉を切ると、苦笑する。
「既に手遅れだろう?だから、少しでも早くこの混乱を収束させる方を望むよ。海外もひどい状況だ。この危機をいち早くのりきることは、大きな国益になる」
「海外?」
意外な言葉に、顔を顰めてしまう。
「海外でもダンジョンが?」
「ああ」
一方、総理は落ち着いた様子で頷く。
「どの国も状況は異なるが混乱している。特に状況が悪いのがオーストラリア、カナダ、ブラジルだ」
「何でその三カ国?」
「判らんかね?」
試すように訊き返されるが、解らない。首を振って否定すると、総理は「そうか」と呟いて話を続ける。
「国土が広くて人口密度が小さい国だよ」
「え!」
言われてググってみると確かに。こんな共通点が有るのか!
「国土が広いと言うことはその分ダンジョンを抱えやすいと言うことだ。まあ、日本は面積の割に多すぎだがな。細長い形ゆえの悲劇だろう。
まあ、それはともかく、国土が広いほどダンジョンを抱えやすい。そして、人が居ない場所が多い程、ダンジョンは見つけにくい」
なるほど。確かにダンジョンは見つけられずに対処が遅れるとどんどん成長する。人が来ない所とかにダンジョンが出来れば、大惨事が起こるレベルに成長するまで気づかない。
「あれ?でも、それならロシアは?」
ロシアも人口密度は小さいはずだ。なんせ世界一広い国だからな。
「核保有国は核兵器によってダンジョンを焼き払った」
「は?出来るのか!?」
ダンジョンを通常兵器で焼き払うとか、可能なのか?なら俺達がこんなに苦労している意味がないのでは無いだろうか?
「ああ。可能だとも。約10発の核弾頭でダンジョンの1エリアを焼失させることができる。つまり一番初期のダンジョンでも消すのに30発要る計算だ。更に言えば、その方法を採った時、ダンジョン跡地を中心とした一帯の汚染は酷いものだ。これは核保有国が身を持って教えてくれた。
有効であったとしても、ではアメリカなどに頼って核でダンジョンを焼こうと言う判断は下せない。君には苦労を掛けると思うが地道に攻略するのが一番だ」
なるほどね。その上で既に量産魔具を持ってる警察や自衛隊ではなく俺に頼むってことは…
「国内のダンジョンを全て攻略したら、次はどうするつもりなんだ?」
「ほお!もう終わった後の話かね。頼もしいなぁ〜」
惚けたことを言う総理。何を訊きたいのかは分かってるだろうに。
「俺が潰すダンジョンは国内の3つだけと思って良いのか?それとも海外のもか?」
「ふむ」
俺の質問に総理は一度頷くと、口を開く。
「我が国がいち早く混乱から立ち直り、その時点でまだ各国がダンジョン攻略の目処が付かない状態なら、人道的立場から手を差し伸べねばならん」
なるほどな。持って回った言い方だが、要は外国のダンジョンにも行けって事か。
「海外に魔具使いは居ないのか?」
これは気になる所だ。世界中でダンジョンが出現しているなら海外にもたくさんいそうだが?
「君レベルは居ないな」
「つまり居るんだな?」
総理は困った様な顔で言葉を続ける。
「各国が混乱している。魔具使いが居たとしても政府が関知していない場合も多いだろう。それこそ、私より君の友人に魔具で調べて貰った方が正確な情報が得られるだろう」
なるほど。後で浅野を使うか。
「しかし、確定情報として分かっている範囲で、カナダとブラジルには居る。後、オーストラリアにも居た」
「居た?」
過去形か?
「ああ。何十名か居たようだが、最強だった者がダンジョンを攻略しようとして死亡し、その事で魔物を支えきれなくなったのか、どんどん死亡していってな。先日最後の1名の死亡が確認された」
それは、オーストラリアの状況は思った以上に深刻だな。
「その三カ国以外だと、インド、エジプト、トルコ、ドイツ、イタリア、スイス、モンゴル、カザフスタン、コンゴ、後問題になっている韓国だな」
「問題?」
「ああ。韓国で最初の魔具使いが百済の王朝の末裔だと自称し、朝鮮半島を統一し、新朝鮮王国を造ると宣言して政府に牙を向いた。国内に居る魔具使い15名の内、8名がそいつに味方した。おかげで、韓国は核保有国以外で一番早くダンジョンを取り除いたと言うのに、内戦状態で混乱が続いている」
「何だそれ!?」
エライことになってるな。て言うか、百済の末裔って随分と古い話を持ち出すな。確かめようが無いだろ?だからか?
「正直、君に同じ事をされると困るなどと言うものじゃない。だからこそ、君とは良好な関係を築きたいな」
総理は苦笑しながら付け加える。
「アメリカや中国に魔具使いが居ないのは、やっぱり…」
「ああ。それらの国はダンジョンは全て外から焼き払った。魔具使いが現れる環境にない」
なるほどな。ともかく、早く終わらせたいわけだ。
「ん?」
「どうしたね?」
そう言えば訊いてなかったな。
「俺達の仲間になっていない魔具使いや魔獣はどうするんだ?」
「ああ。それか〜」
総理がため息をつきながら答える。
「剣客警官隊や抜刀隊を交渉に向かわせるが、一部は逮捕する形になるだろう。やり過ぎた者も居るようなのでな」
なるほど。なら任せてしまうか。
「解った。なら俺はダンジョンに向かう」
「ああ。どうか頼む。必要なものが有ったら言ってくれ。可能な限り揃えよう」
「それなら…」
俺は思いつくままに必要な装備を言うと、翌日全てヘリで届けられた。
ー○●○ー
「で、此処か!?」
「浅野が言ってた通りだね」
肩に座るアホ妖精とダンジョンの前に立つ。周りには既に切り裂いたフェングウルフやブラッド・ファングウルフの死体が散乱している。無論全て魔石は抜き取った。
「行くか」
「ゴーゴー!!」
こうして俺はダンジョンの中に足を踏み入れる。中に居たのはファングウルフとホーンラビット、そしてクリアハウンド。どれも雑魚だが、少々手を焼いたのはクリアハウンド。なんせ透明になる。
「空気の流れを感じ取れるから倒せるけど、そうじゃなきゃ結構手こずっただろうな」
襲ってきた間抜けなクリアハウンドを切り裂きながら呟く。
「まあ、俺にとっては大した事無いけど」
特にこのダンジョン。出てくる魔物が全て獣型だから獣克刃ハザンと相性が良い。
鼻歌を歌いながら進めるレベルだ。
それより気になるのが、さっきから落ちているものだ。
「アホ妖精これは?」
「鉄鉱石だよ。コッチもそう。それは金の原石」
「マジか!」
「マジだよ〜」
アホ妖精は楽しそうに言う。
「第二フロアから増えてきたな」
「ダンジョンが大きいほど、奥にはお宝が有るからね。このダンジョンは体毛が有る獣が主力のウルフタイプだから金属が多いんだよ。もっと大きなダンジョンだと、中間で金や銀がザクザク出て、奥ではアダマンタイトやミスリル、運が良いとオリハルコンも出るらしいよ」
なるほどな。でも、銅や鉄でもソコソコ金になる。さっきから相当な量を拾った。
「確かに、ダンジョンを攻略すると金持ちに成るっていうのは本当だったな」
「でしょ〜。運が良いと、魔具も有るよ。どんどん行こう〜」
アホ妖精に促されてどんどん進む。ただし、分かれ道などでは全ての先を探し、採り忘れた宝がないか確認する。
「やっぱりお金になりそうな物には敏感ね」
「うるさい」
そんなやり取りをしながら特に苦戦すること無くボス部屋へ。
「此処か?」
「そうよ!」
平然そうにしてるがアホ妖精が少し震えている。
「やばい奴かな?」
「わかんない。ダンジョンの規模で言えばそこまで。ただ、紫皇狼まで居たんだから当然強いわよ」
とは言ってもアレより強いとは限らない。奴らはダンジョンから直接生まれたのでは無く、親から生まれていたので、ボスより強かった可能性も有る。
「行くか!」
「ええ!」
俺はボス部屋に足を踏み入れた。