第37話 次に向けて
「は〜」
重苦しい雰囲気に包まれている会議室で俺、大神 蓮はため息をついた。
「つまり、小山一佐は今回の損害の責任は俺に有ると言いたい訳か?」
いい加減ウンザリしながら核心を付くと、さっきまでベラベラと責任云々話していた小山一佐がたじろぐ。
「そ、それは、そもそも君がもっと速く攻略を行っていれば剣客警官隊や抜刀隊にコレほどの被害は出なかった訳で」
何を言っているんだろうか?この人は?
「はぁ?そもそも俺は一般市民だから頼りすぎるのは良くない休んどけって言ったのはどこのどいつだった?テメエら、自分たちの中に攻略者を出したいからって、俺を除け者にして大挙してダンジョンに行ったんだろうが。そこで被害が出たら行かなかった俺のせい?巫山戯るのも大概にしやがれ」
「お、落ち着いてくれ、大神君」
青い顔をしながら三条警部が割って入ってくる。
「小山一佐も大きな被害が出て動揺しているんだ。君に責任どうこういう意思は本来無い」
「はぁ?さっき小山一佐が自分の口で言ったぞ!俺がもっと速く動いてればこんなことにはならなかったてな。どう考えても俺に責任が有るって言ってるようにしか思えねえな」
「そ、それは…」
「そもそも、今回のダンジョン攻略において、俺を除け者にするように言ったのはアンタと小山一佐だし、作戦の指揮を取ったのもアンタら2人だよな?なら誰に責任が有るかなんて解りきってるじゃないか!え!」
「そ、その…」
苦虫を噛み潰したような顔で口ごもる三条警部。内心では自分たちの責任だとは解っているのだろうが、それを認めると将来が閉ざされると考えているのだろう。コレだから大人は卑怯だ。
「ごほん」
重苦しい空気が漂う中、大隅警視正が態とらしい咳払いをする。
「そろそろ建設的な話がしたいのだが、良いかね?被害の責任云々については事態が収束した後に話せば良いだろう」
大隅警視正の言葉に全員が頷く。それを確認して、鷹揚に頷いた後、大隅警視正は浅野に視線を向ける。
「さて浅野くん」
「何でしょう?」
「あのモグラのスキルが強化されたとか?間違いないかね?」
「はい。『魔導鍛冶』が『魔導鍛冶(低)』から『魔導鍛冶(高)』に上がった事で、今まで出来なかった『格取り』が出来るようになったそうです」
「その『格取り』の内容、此処で詳しく話してくれ」
「はい。今まであのモグラにして貰ってた『格上げ』は同ランクの魔具が2つ有れば、その1つを材料にしてもう1つを1ランク上に強化出来ると言うものです。制限として、同じ魔具に2回使うことが出来ません」
浅野の説明に皆が頷く。既に周知の事実だが、確認したのだ。
「一方今回出来ることが増えたと言うことで教えて貰った『格取り』はネームドの魔具とその1上のランクに有る銘無しの魔具を使います。ネームレスの魔具を材料として、ネームレスの魔具の格を材料と同じ格にします。出来上がったネームドの魔具は材料となったネームレスの魔具の性質を全て引き継ぎます」
この方法で俺が持っている『エア』と『ボルカ』、『雨舞』が全て 希少級になった。浅野の『ピュータス』と愛理の『紅姫』も同様だ。
「かなり戦力が増えたな」
「一つ良いかね」
大隅警視正が浅野に質問する。
「何ですか?」
「例えば、今大神君が作れる量産型は 特殊級だ。コレをネームドにした後、『格上げ』で作った希少級のネームレスを使って『格取り』すれば、希少級のネームドが出来るな」
「はい。そうですね」
大隅警視正の言に浅野は首肯する。
「そうしてできた希少級のネームドをもう1本希少級のネームレスを使って『格上げ』することはできんのかね?」
「無理ですね」
大隅警視正の質問を浅野はバッサリ切る。
「『格取り』する時、材料になる魔具の性質を全て引き継ぐんで、当然、「格上げ済み」の性質も引き継ぎます」
「そう上手くいかんか」
大隅警視正は小さくため息をつく。
「モグラの能力に関する説明は以上です。次に今後の方針についてお話して頂きたいのですが」
「ああ。黒王狼は魔物同士の戦闘で死亡し、銀王狼、紫皇狼は大神君によって倒された。ブラッドファングウルフはレアの魔具使いが4人居れば勝てる。特段の脅威が無い現状、守りから攻めに方針を変換するべきだと思う」
大隅警視正の言葉に全員が頷く。俺もその考え方に異論はない。
「そこで、まずは各地に散らばっている人々を救出したいと思う」
「ちょっと良いっすか?」
「なんだね浅野くん?」
「食料とかの支援物資はこれからも自衛隊が送ってくれるんですよね?小山一佐」
「ええ。其処は信用して下さい。特に空の脅威が無くなった以上、空輸による物資の輸送が可能ですし、ブラッドファングウルフに対して爆撃を再開することも可能です」
自衛隊は魔具に頼らずとも、上空からな爆撃でブラッドファングウルフまでなら始末出来ていた。あの3頭が居なくなった現状、再び爆撃作戦を再開させることが可能ということらしい。
輸送について訊かれただけなのに爆撃についてまで言及すると言うことは、近々再び爆撃を緩行しようと考えていると言うことだろう。
「輸送が有るなら食料については大丈夫でしょうけど、場所はどうするんですか?」
浅野の心配は其処か。確かに街の人間を全員この学校に避難させるなんて出来ない。他の場所の人々を迎え入れたとして、居て貰うスペースが足りない。
「それについては考えが有る」
「どんなです?」
「コストは掛かるが、ヘリを使って人々を安全な場所まで送る」
言いながら大隅警視正は苦い顔をしている。彼も机上の空論だと解っているのだろう。確かに空の安全が確保された以上、飛んで脱出は可能だ。でも、1台のヘリで移動できる人数は限られてるし、何往復もしてたら燃料代も馬鹿にならない。更に言えば危険な場所から脱出しようと、皆が殺到するだろう。
大隅警視正は何とか他の場所の救助を行いたいから言ったのだろうが、実現は不可能だ。
「それは無理でしょう。そもそも安全な場所なんてありませんよ」
浅野が大隅警視正の案を否定する。
「安全な場所がない?どういう意味だ?」
「さっき強くなった『叡智』で調べてみたが、ファングウルフ達は既にこの街を出てる。県境まで越えて、既に近隣の県にも出没してる」
「「「な!?」」」
大隅警視正、三条警部、小山一佐らが驚きの声を上げる。
「まあ、確かにあいつら走り回るもんな」
移動していても不思議ではない。
「避難させる場所がそもそも無いよな」
近隣だけなので、ちょっと遠い県は大丈夫だが、何時まで大丈夫かは疑問だ。
皆が顰め面を作る中、愛理が手を挙げる。
「ねえ、避難場所の件で意見が有るんだけど、良い?」
「ああ。もちろんだ。なんだい?」
大隅警視正は愛理に発言を促す。
「小山一佐」
「はい?」
「爆撃は行えるんだよね?」
「え、ええ」
小山一佐の肯定の言葉を聴いて、愛理はニッコリと微笑む。
「じゃあ、まずは学校の周りをある程度まで爆撃で吹き飛ばして貰お。その後、浅野君に撃ち漏らしを見つけて貰って、魔具使い全員で始末する。その間に他の警官や動ける人たちで、大きなバリケードを作ろうよ。そうすれば内側にはファングウルフは居ないことになる」
「それはそうですが、そう簡単に」
「もしくは、おにぃの『トルネード』で近隣全部更地にする手も有るね」
愛理の発言は大分過激だが出来ない訳じゃ無い。問題は…
「学校周りの民家を全て破壊するということだろう?不可能だ。絶対に不満が出る」
「バリケードの方にも問題があります。作った後、ブラッドファングウルフに攻撃されたら一瞬で消し飛びますよ」
三条警部と小山一佐が揃って否定の言葉を口にするが、愛理は平然と返す。
「家が壊れるのは諦めて貰お。仕方ないよ。バリケードの方はおにぃに硬化を掛けて貰えばいけると思うよ」
大隅警視正は暫く難しい顔で考え込んでいたが、やがて、躊躇いがちに口を開いた。
「私の一存では判断できん。総理に連絡を取ってご判断を仰ぐ。もし愛理嬢の言う通りに作戦を行うとするならば、壊れた家の持ち主に保証するのは国だ」
「ん〜。まあ、大隅警視正がそう言うんならそれで良いけど、他の場所は大丈夫なの?浅野君」
「ん?」
愛理の言葉受けた浅野は、強化された『ピュータス』の能力『叡智(大)』を使って、他の場所を調べ始める。
「あ〜まず、進藤翔馬率いるスーパーマーケットに立て籠もっている集団だけど、ブラッドファングウルフを追い返したらしい」
「ブラッドファングウルフを?希少級の魔具が有るのか?」
「いや、進藤翔馬が上位魔人の人狼に進化したらしい。その力が有ったのと、後は他者を強化するタイプの魔具を持ってる子が居るみたいで、その2人の連携だな。現在魔具使いは5人。
魔具は7個。内情も前回シロが情報を持ってきてくれた時とはちょっと変わってて、下僕の上に側近ができてるのと、奴隷が2段階になってる。下の方が辛い目に遭ってるのは相変わらずらしいがな」
下の方が遭ってる「辛い目」と言うのは具体的に訊かないでおこう。胸糞悪くなる。
どっちにしろブラッドファングウルフを退けたならソコソコの戦力だ。進藤翔馬は要注意だな。
「次にホームセンターに立て籠もってた集団だが、駄目だ」
浅野は大げさに首を振る。
「駄目?」
「壊滅してる」
「「「なっ!!」」」
浅野がボソリと呟いた一言に皆が驚きの声を挙げる。
「新城紅葉だっけ?その娘が途中まで独裁支配してたらしい」
「あれ?それ魔具使いの娘だろ?親がまとめ役をしてたんじゃなかったけ?」
「調べたが、中で色々有った様でな。一時、独裁にシフトしてたんだが、今は壊滅してる」
「生き残りは?」
大隅警視正は青い顔で尋ねる。
「居るには居るけど、数が少ないな。今も減ってるし、そんなに居ないと思っとけば良いかも」
「何が有った?ブラッドファングウルフの襲撃か?」
「いや違う。どうやら一部が新城紅葉の独裁に反発して、夜中に寝込みを襲って暗殺しようとしたらしくてな。
その馬鹿共は返り討ちに有ったが、その一件で新城紅葉はどうも立て籠もってる連中を見捨てたらしい。1人で出ていってしまった様だ。その後、ホームセンターはファングウルフの群れに襲撃され、壊滅。まあ、戦える奴が居なくなったんだから、そうなるわな」
何と言うか、予想してたのと違ったな。一体何が有ったんだか?
「後の4箇所は前とさほど変わらねえな」
ふむ。とりあえずホームセンターが壊滅したのなら、それによってそれによって魔物の中に放り込まれた人たちが居るだろうから、その保護が必要だな。
チラリと視線を向けると、大隅警視正はすぐに席を立って、控えていた警官に何やら指示を出している。
「大神君」
「ん?」
警官たちが慌てて走り回る様子を眺めていると、小山一佐が声を掛けてくる。
「なんっすか?」
さっきの件だろうか?まだ言うなら切り刻んでやろかな?
そんな物騒なことを考えていたが、小山一佐が発したのは予想画の言葉だった。
「総理が君と話したがっている。今、テレビ電話は繋がってるんだ。悪いが来てくれ」
総理がか!へ〜そりゃ驚いた。一体何の話やら。俺は小山一佐の後に付いて会議室を後にした。