第35話 獣克刃の性能
俺は『ハザン』を真っ直ぐに構え、『飛刃』を撃つために、渾身の斬撃を放とうとする。
「どりゃぁぁぁぁ!!」
「グルゥ!ワオォォォォン」
しかし、攻撃を事前に察知した紫皇狼は巨大な衝撃波を放つことでそれを妨害しようとする。
「舐めるな!そんなもんで殺られるか!!」
衝撃波が来たことで、攻撃を中断、即座に『ハザン』の刃を巨大化させ、衝撃波から見を守る盾にする。
「とうとう防げるようになったな」
『ハザン』の刃は、紫皇狼の衝撃波を、見事に防ぎきる。以前銀王狼の衝撃波で、粉砕されたときとは、隔世の感がある。
「さて、コレを避けれるか?」
衝撃波を防ぎきった『ハザン』の刃を回転させ、そのまま『飛刃』を御見舞する。
「ガルゥ」
敵が『飛刃』を受けて、ダメージを負い、怯んだのを俺は見逃さない。
「愛理!」
「オッケーおにぃ!『カースボール』」
もはや、最近戦闘で恒例となった愛理の『カースボール』が紫の巨体に直撃する。
「グルゥ」
痛みは感じていないようだが、1発アレを受けると、次に回避するのが難しくなる。加えて、
「喰らえ。『超音波』!!」
「ギャウン!!」
浅野が超音波により、紫皇狼の足を止める。
「『カースボール』『カースボール』『カースボール』」
其処に、容赦のない愛理の『カースボール』連射が炸裂し、紫皇狼はとてつもない鈍い動きで首を振る。
「おにぃ。止め!!」
「解ってる」
風が『ハザン』の切っ先に集まっていく。『サイクロンボール』本来は直径1m程あるその球体をビー玉の様に小さくして発動する。大きさは縮んでいるが、消費マナは変わらない。つまり、凝縮されて威力が上がっている事の証明である。
「音もしない。でも、威圧感は凄いな」
通常の『サイクロン』のスペルで発生するのは紛うことなきサイクロン。日本で言う所の台風である。『サイクロンボール』のスペルはそのエネルギーを球状に凝縮している物。エネルギー量は本物の台風と同じ。
「原子爆弾をも上回る高エネルギーの弾丸。耐えれるかな?」
放たれたサイクロンボールはとてつもないスピードで紫皇狼に迫る。
「グルゥ!?ワオォォォォォン」
衝撃波で迎撃する紫皇狼だが、エネルギー量は『サイクロンボール』の方が圧倒的に上、しかも、ビー玉くらいまで凝縮することに成功しているので、衝撃波の全てのエネルギーが『サイクロンボール』に当たるわけではなく、一点を貫通した『サイクロンボール』は減速さえせずに、紫皇狼に直撃する。
「ギャウン!」
「此処だ!!」
直撃と同時に『サイクロンボール』の凝縮を少し緩めることで、直径を大きくし、紫皇狼体に大穴を開ける。つもりだったのだが!!
「ギャウゥゥゥン!!!」
「のわぁ!」
凄まじい爆発により、紫皇狼の体は木っ端微塵になり、衝撃の余波で、道路は陥没し、近隣の住宅は壁が吹き飛んで倒れ、石造りの塀さえも宙を舞う。
「キャァァァァ!」
「うわぁぁぁ!!」
「ヤバッ!」
愛理と浅野も吹っ飛んで行きそうになったので、慌てて2人を掴み、『ハザン』の刃で風よけの防壁を作る。
「ふぅー」
やっと一息ついてため息が出る。一方愛理と浅野は青い顔をして座り込んでいる。
「予想以上の威力だな!」
「そりゃお前、台風をそのまま圧縮した爆弾ぶつけるようなもんなんだから、辺りがどうなるかもお察しだろ?」
浅野の息を荒げながらの抗議に思わず、顔をしかめる。確かに浅野の言うことは筋が通っているが、俺がその程度のことも考えていなかった馬鹿だと思われてるようで心外だ。無論俺だって考えていた。
「本来なら、目標を破壊するだけのエネルギーを使った後、残りは球形のまま残るはずなんだよ」
そう、『ボール系』のスペルは術者が制御し続けているので、進行方向の変えられるし、対象にぶつかった時に、オーバーキルなら、残りは球形のまま残るはずなのだ。間違っても周囲に余波を撒き散らしたりしない。
「制御してたのにコレかよ!?」
「紫皇狼に当たった瞬間、制御が効かなくなって暴発した」
「なんだそりゃ?」
浅野が困惑したような顔をしてくるが、俺だって驚いている。
「ねえ、おにぃ?」
「何だ?」
「ひょっとして、『獣克刃』の特性のせいじゃない?当たった瞬間に威力が3倍になったから制御しきれなくなったのかも?」
「「ああ!!」」
愛理の言葉に俺と浅野は大きく口を開けて頷く。
愛理の言う通りだ。確かにその可能性はある。と言うかそれしか考えられない。
「は〜!『獣克刃』の特性、特定の相手に対して威力が3倍になるが、制御が難しくなるのか。そう都合よくいかないな」
『獣克刃』の特性の副作用とでも言うべき問題に、ため息をついてしまう。
「とりあえず。紫皇狼の討伐成功だ。魔石は?」
辺りを見回すと、大きな魔石を見つける。
「有ったな。良し、帰って大隅警視正に紫皇狼討伐の報告を上げるか」
最強の敵を撃破したことは大きな励みになるだろう。
「残りは黒王狼だね」
「ああ。そうだな」
愛理の言葉に頷く。黒王狼を潰せば、晴れて脅威は無くなる。ブラッドファングウルフは居るが、くり栗原巡査の様に希少級も魔具を持っている剣客警官隊も何名か存在しているので、俺の仕事はグッと減るだろう。
「このままの勢いで黒王狼も刈に行くか?」
黒王狼より強い、銀王狼やファングウルフ系最強の紫皇狼にも勝ったのだ。今の俺ならそう苦戦せずに黒王狼を討伐できる。
「蓮。そのことなんだが」
「どうした浅野?」
「黒王狼。もう討伐されたみたいだぞ」
「はぁ!何処の誰が?」
今の剣客警官隊では黒王狼の討伐は厳しいはずだ。更に言えば、なるべく犠牲を減らしたい大隅警視正がそんな犠牲前提の討伐作戦をやらせるとは思えない。
他の集団に居る魔具使いも通常級や特別級が主。黒王狼どころか、ブラッドファングウルフにも勝てない。とても討伐できるとは思えなかった。
「人間じゃない。殺ったのは魔物。ゴブリン達だ」
「ゴブリン!!ゴブリンがアレを殺ったのか?
俄には信じられない。ゴブリンなら普通のファングウルフにも負ける。いくら数が揃っても、倒せるとは思えない。
「上位種が沢山居た上に、ゴブリン以外の魔物も居るそうだな」
浅野の言葉に首を傾げてしまう。そんなに強力なら目立ちそうな物だが?
「見つかりにくい場所にあるんだよ」
そう言って浅野は俺にスマフォを見せてくる。
「蓮。お前が潰したゴブリン系のダンジョンが有っただろ?」
「有ったけど?」
「復活してる。また討伐しないと大変な事になる」
浅野の言葉に俺は大きく目を見開く。
「どういう事だ!?どうしてあそこが復活している?」
アホ妖精の説明ではコアを破壊して、ボスも倒した以上ダンジョンは復活しないはずだ。
「それも調べたんだが、どうやらボスがアンデッド化して復活したらしい」
「ボスのアンデッド化?」
何だそれは?そんな現象が有るのか?
「アホ妖精!居るんだろ?」
俺の呼びかけを受けて、浅野のリュックからアホ妖精が顔を出す。
「ムギュッ。居るよ!!」
「どういう事だ?ボスの死体がアンデッド化するのか?そんな話聞いてないぞ?」
「え!?ボスがアンデッド化したの!?嘘!?」
本気で驚いている様で、アホ妖精は目玉が飛び出んばかりに目を見開いて驚いた。
「異常な事態なのか?」
「そりゃそだよ。確かに魔物の死体でも魔素が溜まるとアンデッド化はする。でも、魔物はそもそもが魔素の塊だから、多少の魔素ではアンデッド化しないし、強い奴程アンデッド化し難い。コアを破壊されて、ボスも倒されたダンジョンは徐々に魔素が抜けていくからボスをアンデッド化させる魔素なんて無いはずだよ!」
アホ妖精の説明が正しければ確かに異常事態だ。どうしてそんなことになった?
「なあ!良いか?一つ思ったことが有るんだが!」
「何だ浅野?」
「蓮が倒したボスってホブゴブリンだったんだろ?」
「ああ。ホブゴブリンだ」
それがどうしたと言うのだろうか?
「なあ妖精ちゃん」
「何?」
「ホブゴブリンって強い魔物なのか?」
「ううん。弱い部類だよ。最弱と言っても良い初期のオーガ系だったからボスだったけど、普通ホブゴブリンのボスなんてありえない。あ!!」
何かに気づいたようにアホ妖精は声を上げる。俺も浅野の言いたいことが解ってきた。
「つまり弱すぎるホブゴブリンがボスだったからこそアンデッド化してボスが復活したと?」
「たぶんな。ボスが居たら壊れたコアも再生するんだろ?」
「うん。そうだよ。でもまさかこんな!盲点だった!!」
「とにかく直ぐに戻って大隅警視正に報告しようよ!」
「確かに、そうした方が良いな。ゴブリンは直ぐにスタンピードが起きる。放っとくと余計状況が悪化する」
愛理の言葉に同意した俺達は急ぎ、避難所に引き返した。