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独白8 強者達3(新城 紅葉編)

 どうしてこんな事になったんだろう?返り血で染まった体をタオルで拭いながら考えてしまう。普通に高校に通って、普通に生活をしていた。狼どもがあふれるまでは平和だった。でも、今は毎日が命懸けの戦いだ。


「紅葉さん。休憩中スイマセン」


「どうしたの?」


「狼どもです!」


 一緒にこのホームセンターに立て籠もっている女性が狼どもの襲撃を伝えてくる。


 さっき狼どもを撃退してからまだ30分も経っていない。でも仕方ない。奴らは待ってくれない。


「解った。直ぐに行く」


 此処数日ですっかり手に馴染んだ電動ノコギリ、魔具『切姫』を手に持ってバリケードの外に出る。


「グルルルルゥ」


「はぁ〜。5頭か」


 狼どもを確認すると、電ノコを起動させる。


「行くよ『切姫』」


 「キュィィィィン」と甲高い音を立てながら回る『切姫』を片手に狼たちに突貫する。


「消えて」


「ギャウン!!」


「がルゥ」


 1頭目の頭を縦に割くと、左から襲い掛かってきた2頭目を蹴り飛ばす。


「グルゥ」


「キャア!」


 一瞬の油断を突いて、3頭目が私の足に噛み付こうとしてくるが、咄嗟に飛び上がって回避すると、そのまま、真下に居る3頭目の頭に『切姫』を叩きつける。


「ギャウウウン」


 3頭目の頭が宙を舞い、周囲に視線を移すと、既に4頭目と5頭目が空中の私に飛びかかって来ているところだった。


「ジャンプしたのは不味かったかな?」


 空中では身動きが取れない、しかも先程蹴り飛ばした2頭目も4頭目や5頭目に一歩遅れて、飛びかかってきているところだった。


「でも」


 地面を確認すると、『切姫』を下に向けてスペルを発動する。


「『チェンジサイズ』伸びろ!」


 発動と同時に『切姫』の刃は伸びて地面に突き刺さり、更に伸びて、私の体を上空へ運ぶ。


「ギャウ!?」


「グルゥゥ!!?」


「ガゥウ!?!?」


 一方狼たちは、当然だが、回転する『切姫』の刃に自分から突っ込むことになる。空中での方向転換など出来ず、3頭とも体を引き裂かれる。


「ギャゥゥゥゥゥン!!!」


「ガァァァァァ!!!」


「グルゥゥゥゥ!!!」


 断末魔の悲鳴を上げながら体を切り裂かれ、地面に落ちる狼たち。2頭は即死だが、1頭はまだ息がある。


「止め!」


 地面に降り立つと、『切姫』の長さをもとに戻して、まだ息がある個体の頭に叩きつける。


「ギャウン!」


 悲鳴と共に狼の首が飛び、辺りにつかの間の静寂が訪れる。


「終わったよ。作業を始めて」


 ホームセンターに向けて声を掛けると、十数名の大人たちがバリケードの外に出てくる。


「5頭を瞬殺ですか!流石は紅葉さんですね!」


「運が良かったのもあるけどね。暫く私が見張ってるから、作業を始めて」


「分かりました。直ぐに」


 大人たちは狼の死体に群がるようにして、作業を始める。ナイフや包丁で狼の皮を剥がした後は、裏側の血や油も綺麗に落として、毛皮に使う。

 肉を削ぎ落として、適当な大きさに切った後は風通しの良い場所に干す。30分程干して、水気が飛んだら、燻製にして食料に加える。堅い上に独特の臭みもあるが、燻製にすることで、何とか食べられるようになる。内蔵も同様だ。進んで食べていとは思わないが、ホームセンターの中にあった食料を消費するだけではいずれ底をつく。仕方のないことだ。

 骨や牙、爪はバリケードに使われる。

 脂肪は夜、日を灯すためにとっておく。何処かで電線が切れたのか電気も来ていない。

 血は土を混ぜた後、乾かして、ホームセンター内で野菜を栽培しているプランターに入れる。少しでも野菜の種に栄養を与えるためだ。


「紅葉さん。魔石です」


 そして魔石は、私の下に持ってこられる。


「ありがとう」


 内心の葛藤を隠し、笑顔で礼を言うと、魔石を受け取って、「切姫」で砕く。どうやら今日は変化が無いようだ。


「中に戻りますね。暫く休んでいるので、また狼達が近くに来たら教えて下さい」


「はっ!了解しました」


 大人たちの返事を聴いた後、ホームセンター内にあるダンボールで区切った即席の部屋に入り、使い古したタオルで返り血を拭う。水道も止まっており、水は貴重なので、全て飲水に回している。花の女子高生だが、体を洗う余裕は無い。


「まあ、もう感覚が麻痺してきてるけど」


 最初は返り血や汗の臭いが体中からする事に耐えられなかったが、人間何事にも慣れるものだ。もう何も感じない。まあ、返り血の臭いはともかく、汗の臭いで言えば、ホームセンターの中の人間は全員同じだ。


「紅葉、少し良いか?」


「どうしたの?」


 休憩していると仕切りの外から父さんが声を掛けてくる。


「少し相談したいことがあるんだ」


「何?」


 父さんの声から何か深刻なことだと察し、私は仕切りの外に出る。


「話って何?」


 外には父さんだけでなく、母さんや他の大人たちも数名居る。皆一様に暗い顔をしているのが嫌な予感を掻き立てる。


「実は、水が無くなりそうなんだ。このままでは3日持たない」


「え?何で?」


 水は生命線なので当然その扱いについては細かく考えていた。1人につき、500mlのペットボトル1本分が1日の飲料水だ。野菜を育てるために使う水の量も1日ごとに細かく決めていた。計算では後2週間は保つはずだ。


「実は最近暑くてもっと水が欲しいと、1部の人間が抗議に来てね、水を余分に渡してしまったんだ」


「そんな!!」


 確かに最近暑かったが、だからといって勝手をして良いという理由にはならない。皆我慢しているのだから、我慢してもらわないと後がなくなる。


「誰なの?抗議に来た人って?」


「それは」


 名前を聴いて私は絶句した。抗議に来た人の数が100名を超えていた事にも驚いたけど、その殆どが40代から50代のいい大人だ。一部10代や20代、30代前半の若い人も居るけど、8割近くが40代から50代だった。自分たち若者達が我慢していると言うのに、自分たちよりもずっと分別が有ると思っていた良い大人たちが、真っ先に我儘を言ったと聴いて、私の中に有る価値観が崩れていく様だった。


「それに、厚さのせいで野菜も育ちにくくてね、決めた以上の水をあげてしまったんだ」


 これは仕方ないとも思える。でも、「野菜と水どちらが大事か?」と聴かれれば水だ。野菜が無くとも狼達の肉が有るから暫くは食い繋げる。でも、水は飲まないと死ぬ。


「それくらいちょっと考えれば拙いって分かるでしょ?」


「そうは言っても、抗議に来た人達は凄い剣幕だったし、野菜も折角育ってきてるのに此処で枯らしたら、それこそ今まであげた水が無駄になるから」


 父さんはそっぽを向いてモゴモゴと言い訳をする。こんなに頼りなかっただろうか?平和だった頃は頼りがいの有る良い父だったと思う。私が魔具を手に入れた時も、率先して皆のまとめ役をしてくれた。でも、今目の前に居る男は、とてもかつての父と同一人物とは思えない程オドオドしている。


 父の変わりようにショックを受けたが、ともかく今は水が最優先だ。雨が振ってくれれば一番良いが、そう都合良くもいかないだろう。どうしたものか?


「そうだ!」


「ど、どうした?」


「父さん地図見せて」


「地図?わ、解った」


 父さんは紙類を置いてある所まで走って行くと、1枚の紙を持って、戻ってきた。


「ココらへんの地図で良いんだろう?」


「うん」


 地図を広げて直ぐに目的の場所を確認する。やっぱり、川は此処から割と近い。


「川に水を汲みに行こう。それしか無い」


「川に水を!?外は狼だらけだぞ?」


「解ってるけど、他に方法がない」


 ホームセンターの中には確か水を濾過する装置もあった。多少汚れてても、水が手に入れば問題ない。


「だっ誰に行かせるんだ?」


 父の言葉に僅かに眉を寄せる。自分が率先して行くつもりは微塵もなさそうだ。もっとも、最初っから父に行って貰うつもりはない。


「抗議に来たって言う人達に行って貰おう。その人達のせいで水が少ないわけだし」


「そ、それは!」


 言葉を濁す父さん。どうやらその人達に強く物を言えないらしい。情けないと思うが、今更だ。既に私の中での父親の株はだだ下がりだ。これ以上は下がりようが無い。


「ちょっと待ってくれ」


「何?」


 今の今まで存在を忘れていたが、そう言えば父さんや母さん以外にも何人か居たんだった。声を出した人に目を向けて、思わず、口元が笑ってしまう。今話題に出ていた抗議に来た人の1人だ。確か会社の部長で、父さんの上司だったはず。


「熱い日に水が欲しいのは当然のことじゃないか。仕方なかったんだ。それくらいのことで狼が闊歩している街中を川まで移動させるなんて、いくら何でも酷すぎる」


「あなた達が勝手に決められた以上の水を使うからいけないんでしょう!大体このまま誰も水を汲みに行かなかったら、後2、3日で全滅よ!」


 私の剣幕と正論に男は1度言葉に詰まるが、直ぐにまた口を開く。


「それでもあんまりだ!」


「じゃあどうする気よ?このまま全員仲良く心中するの?」


「そ、それは…」


 口ごもって暫くうつむくが、直ぐに名案が浮かんだとばかりに、バッと顔を上げる。


「もっと体力の有る若い人たちに行って貰おう。その方が水も多く運べる」


 何を!


 言っているんだ!


 この人は?


 さっきまで自分が行かされそうな時は、さんざん酷いと言っておいて、その負担を何の罪も無い人達に押し付けようとしている。

 衝撃のあまり私が言葉を発せないでいると、父さんまでもが口を開いてとんでもない事を言う。


「ああ、それは良いですね。きっと上手く行く」


 上司だった男と一緒に笑顔で、そうしようと話す父さんが、何か得体のしれない気持ち悪い生物に見えてくる。


「ふざけないで!!」


「「うわぁ!」」


 私が発した大声に父さんと上司の男は驚いて、口ごもる。


「我儘を言って水を使ったのはあなた達でしょ?どうして何の落ち度もない、ルールを守っている人が、若いって理由だけで負担を押し付けられないといけないのよ!?貴方さっき、自分が行くように言われた時はさんざん酷いことだって言っておいて、どうして直ぐに、別の人に同じことをさせようとすることが出来るの?」


「そ、それは、誰かがしなければいけないことだし」


「だったら貴方がやるべきでしょ?こうなった原因は貴方達の我儘よ?」


「うっ」


 一瞬言葉を詰まらせた男は直ぐに大声を張り上げる。


「うるさい!うるさい!うるさい!ガキが調子によるな!!お前の親父は所詮俺の部下なんだぞ!!大体、年長者は敬う者だし、子どもは大人の言うことを聴くもんだ。若い奴らが苦労するのは当然のことなんだよ」


「ふざけないで!そんな理由で自分の勝手が肯定されると思ってるの!」


「うるさい!俺は世の中の常識を言っただけだ」


 頭に登っていた血が「すー」と引いていくのが自分でも解った。


 ああ!コレが人間なんだ!!


「解った。皆を集めて」


「え!」


 私と上司の男の口論を、オロオロしながら聴いていた父さんは私の言葉に驚きの声を上げる。


「貴方の言うそれが世の中の常識だと言うのなら、皆の賛同を得られるはずよ。無論、実際に行くことになる人達の賛同も、皆の前でもう1度話し合いましょう」


「なっ!!」


 絶句する男を放置して、私は皆が集まる場所まで歩き始める。


「ふざけるな。ふざけるな」


 男は体を震わせながら何やらブツブツと言っているが、気にしない。


「どうしたの?速く行きましょう?自分の意見に自信が有るんでしょ?常識ですもんね?」


「ふざけるなよガキが!大人を舐めるのも大概にしろ!!」


 その低能な頭で、私の言葉をどう解釈したのか知らないが、何やらふざけていると思ったのだろう。男は大声を張り上げながら襲い掛かってくる。私は今、手ぶらであり、当然普段狼どもを切り裂いている『切姫』は手元に無い。加えて、私は同性の中でも華奢な方であり、男性との体格差は歴然だ。見た目だけで、今なら自分よりも弱いと判断し、論で勝てないから、腕力に訴えると言う最悪の選択肢を選んだのであろう。


「我儘言って、論で負けたら暴力って、そこらの不良と同じでしょ?年長者が聞いて呆れるわ」


 鈍い動きで襲い掛かってくる男の懐に入り込む。あまり知られていないが、「切姫」が手元になくても全く戦えないわけではない。「切姫」効果の一部は手に持って無くても、効果を発揮する。

 「切姫」の効果により強化されている脚力で、思いっきり、下衆の股間を蹴り上げる。


「おぶぅ!!」


「おおぉぉぉぉぉ!!!」


 蹴り上げられた下衆は、まるで屠殺される豚の様な悲鳴を上げると、股間を抑えて倒れ込み、胃液をぶち撒けながら、蹲って呻いている。


「おいで『切姫』」


 私の意思を受けて、仕切りの中に置いていた『切姫』が一瞬で私の手元に現れる。


「待ってくれ紅葉。沢渡部長は。ひぃぃ!」


 何か言う父さんに対して『切姫』を振るって、顔の前を通過させると、悲鳴をあげて腰を抜かす。


「我儘ばかり言ってルールを破った上に、襲いかかってまで来たんだから、相応の罰は受けないとね」


 回転する『切姫』の刃を下衆の左耳に近づける。


「ま、待って!!ギャァァァァァ!!!ごぶぅ!!!」


 耳を切り落とされて喚き散らす下衆の脇腹を蹴って、2m位吹き飛ばすと、私は父さんや母さん、他の大人たちの方を向き直った。

 皆が青い顔で私を見ているが、気にしていないふりをして、私は笑顔を作ると、もう1度彼等に話しかける。


「さあ、皆を集めて、水不足の対策について話し合いましょう。ああ、其処の下衆も連れてきて。その下衆が何をしたのか、どんな主張をしたのか、そして、勝手をすればどうなるか、皆に聴いてもらう必要が有るわ」


 そう。コレで良い。最初っからこうしてれば良かった。力と恐怖で押さえつけるなんてやり方、絶対後で問題が出ると思ったけど、勝手なことをする人が1割も居るんなら、仕方ない。コレが人間という自己中心的な動物を飼育するための正しい方法なのだ。群れを纏めるためには、皆で生き残る為には仕方ない。


 私は血の着いた『切姫』を持ったまま、集合場所へ歩みを進めた。




 

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