第34話 会議と価格交渉
学校の応接室を臨時会議室として今後の方針を決定する会議が開かれようとしている。参加者は俺、浅野、愛理、大隅警視正、三条警部、小山一佐、栗原巡査の7名である。
「これより臨時会議を執り行う。まずは現状の確認だ」
進行役を務めるのは大隅警視正。まあ妥当だろう。
「資料にも有るように討伐不可能と判断されていた3頭の魔狼の内の1頭、銀王狼が討伐された」
「なっ」
大隅警視正の言葉に小山一佐が驚きの声を上げる。おそらくこの報告は受けていなかったのだろう。
「また銀王狼討伐によって大神蓮の魔具、『ハザン』が『レジェンダリー』にランクアップした」
大隅警視正の言葉を黙って聴いていた三条警部が挙手する。
「ん?どうした三条警部」
「質問があります。よろしいですか?」
「もちろんだ」
大隅警視正の許可を受けて三条警部が立ち上がって俺の方を見る。
「では、大神蓮君に質問ですが」
「何っすか?」
「剣客警官隊が使っている量産型魔具は『ハザン』の一分です。大本の『ハザン』がランクアップしたのならより高位の魔具を量産することも可能になったのですか?」
「ああ、成った。だがちょっとアテが外れた」
「アテが外れたとは?」
魔具の量産に付いてはランクアップ後真っ先に確認している。でも…
「大隅警視正」
「何かね?」
「この会議の趣旨は今後の方針を定めることだったはずです。魔具の話を深く掘り下げて良いんですか?」
一応このことは確認しておかなくてはいけない。魔具の量産についての話は何時でも出来るが、戦況についての話は即応性を求められるものも有るだろう。
「なるほど。確かに、魔具の性能についてよりも今危機的状況に有る周辺の避難所への支援をどうするのかの方が重要だろう。しかし、そのためにも此方の戦力を性格に把握する必要が有る。魔具の説明をしてくれ」
「解りました」
大隅警視正の許可を得て俺は予め作っておいたプリントの束を愛理に渡す。
「それを皆に配ってくれ」
「了解」
元気に返事をして愛理がプリントを配りだす。しかし汚れが目立つなこのプリント、職員室に有った印刷機で作ってみたが、まあよくアレで今までプリントを印刷できていたもんだ。
柄にもなく先生達をちょっと尊敬してしまった。
全員の手元に届いたのを確認して俺が口を開く。
「資料を見て貰えば分かると思うが、量産できる魔具のランクは『レア』が限界だ。コレは今現状『ハザン』が『レジェンダリー』だからということではなく、量産型、つまり高位の魔具の破片がどれだけ力が有っても『ユニーク』止まりな為だ。仮にこの先『ハザン』が最上位である『ジェネレーション』にランクアップしたとしても量産できる魔具が『ユニーク』であることは変わらない」
「なるほど。そこに例のモグラの能力を使って『レア』が限界ですか」
三条警部が渋い顔で頷く。
「まあ、『レア』が限界とは言ったって『ハザン』事態が前まで『レア』の魔具だったんだ。戦力が大幅に増強する事は変わらない」
「まあその通りですな。大隅警視正。剣客警官隊の立て直しの方は?」
三条警部は納得したように頷き、大隅警視正に剣客警官隊について尋ねる。
「現状生き残った4名に『ユニーク』の量産型を装備させて魔物刈りをさせている所だ。後追加で剣客警官隊の抜擢も行っている」
「『ユニーク』ですか?『レア』を装備させない理由は?」
三条警部の問を聴いた大隅警視正は浅野の方に視線を向ける。
「浅野君。説明して上げてくれ」
「はい」
三条警部が浅野の方を向くと同時に浅野は口を開く。
「魔物の体内に有る魔石を魔具で壊し続ける事で魔具がネームドになるのは皆さんもうご存知だと思いますが、今回新たに魔具のランクが低いほど少ない魔石でネームドに成れることが解りました。
コレは魔石の個数ではなく内包している魔素の量という意味です。おおよそですが、『スペシャル』をネームドにするために必要な魔素量は『コモン』をネームドにするために必要な魔素量の3倍です。『ユニーク』なら9倍、『レア』なら27倍になります」
浅野の説明を大隅警視正が引き継ぐ。
「そのため、今は『ユニーク』で魔物刈りをやらせている。ネームドになってから『レア』にした方がより強い魔具になる」
「それでは剣客警官隊のメンバーの安全が確保できないのでは?」
「今までは『スペシャル』で魔物と戦わせていた。更に言えば現状で現場の安全管理を徹底するなど不可能だ」
「確かにそうですな。解りました」
三条警部が納得して席に着くと、次は意外な人物が声を上げた。
「よろしいですか?」
会議が始まる前からずっと貼り付けたような笑みを浮かべていた小山一佐が挙手をする。
「ええ、どうぞ」
大隅警視正が発言を促すと小山一佐は立ち上がる。
「今までの戦闘データと資料から魔具が魔物については有効であると確認が取れました。ひいては陸上自衛隊でも魔具を購入したいと考えています」
前回はあまり戦果が期待できないと見送ったが、今回の件で必要と判断したわけか?
「おい蓮」
「ん?」
隣りに座る浅野が何やら耳打ちしてくる。正直野郎に顔を近づけられるのはキモいから止めて欲しいんだが。
「なるべく高く売るぞ。後、俺の話に合わせてくれ」
「どう言う…」
「頼むぞ」
一方的に会話を打ち切ると、浅野は手を挙げる。
「ちょっと良いすっか?」
「ああ、構わんよ」
大隅警視正の許可を得て、浅野が立ち上がる。
「自衛隊でも購入するとして値段はどうなるんっすか?」
「値段?」
「ええ、蓮がその点に言及しないんで、後で揉めないように今決めておいたほうが良いと思うんっすよね?」
確かに、現状警察に売っている魔具は事態が落ち着いたら代金を支払ってくれると言う約束になっているが口約束だ。一応浅野が大隅警視正のその発言をスマフォのボイスレコーダーに撮ってはいるが。
「我々が代金の支払いをしないことを心配していると?」
「その心配はしてないっすよ。一応口約束とは言え、支払うって大隅警視正の言葉はちゃんとボイスレコーダーに録音しましたし、そもそもいざとなれば蓮が暴れれば困るのはそちらでしょ?」
「おい浅野言い方」
暴れるとか人聞きが悪い。まるで俺が猛獣か何かのようだ。
「まあ。言い方はともかく言っていることは合っているな。では、君は何を心配しているのかね?」
「魔具の価値っすよ。具体的な値段を決めてないでしょ?魔石にも言えることですけど」
「確かにそうだな。で、君たちは魔具と魔石の価格設定をどう考えているのかね?」
大隅警視正の言葉を聴いた浅野がA4のコピー用紙を取り出す。どうやら最初から案は有ったらしい。
「あくまで俺の意見なんでこれを元に交渉して下さい。何より魔具を作るのは蓮ですし」
そう言って浅野は出席者にプリントを配る。
浅野の案は次のものだった。
魔具の代金
〈普通級〉コモン 30万円
〈特別級〉スペシャル 90万円
〈特殊級〉ユニーク 270万円
魔石の代金
(等級×大きさ)で決定
等級での値段
5級 500円
4級 1500円
3級 4500円
2級 22500円
1級 112500円
特級 1125000円
大きさでの価値
極小 1倍
微小 2倍
小 3倍
中 5倍
大 10倍
巨大 100倍
極大 1000倍
価格例
ファングウルフの魔石(4級微小)の場合
1500(円)×2=3000(円)
特級極大の場合
1125000(円)×1000=1,125,000,000(円)
ネームドの魔石 時価
うん。中々悪くないな。俺がそんなふうに考えていると小山一佐が勢い良く立ち上がる。
「馬鹿げている。特級極大魔石の場合魔石1個に10億円以上を支払うことになるではないですか」
「普通だと思いますけど?」
「何を根拠に」
「この表は一応、向こうの世界、3大陸側でどの程度の価値で魔石が取引されているかと、魔石を持ってる魔物の強さを『叡智』で調べてみて、考えた結果なんですけどね。因みに、陸自が壊滅させられた黒王狼の魔石は2級の中だからこの値段表でいくと112500円になりますが、それでも高いですか?」
「なっ、アイツを倒してそれだけ?」
言葉を失い絶句する小山一佐の代わりに大隅警視正が口を開いた。
「逆に安すぎではないか?」
「そうも思いますけどね。内包している魔素の量でどの程度のスペルを使えるか考えるとこのくらいが妥当なんすよ」
「そうなのか」
「はい。後、魔石の等級と大きさはどの程度魔力を持ってるかであって、必ずしも戦闘能力に直結してるわけではないっすから」
「黒王狼や銀王狼よりも高位の魔石を持ちながら弱い個体もいると?」
「まあ、そうはいっても人間には脅威でしょうけどね。もし魔物同士を戦わせるなら必ず魔石の格が上の個体が勝つわけでは無いってことっす」
浅野の言葉に大隅警視正が納得したように頷く。
「魔具の値段は?」
「そっちは単純に3つの項目のキャパシティー×10万円です」
浅野の言葉に驚愕から回復した小山一佐が反論する。
「その値段設定はおかしいでしょう」
「どういうことっすか?」
「そもそも量産型の大本である魔具は100円均一ショップで購入したはずです。それから切り離した刃1枚に数十万円の値段を付けるのはボッタクリなんて言葉も生易しいですよ」
小山一佐のバカにするような言い方を浅野は苦笑でもって受け止める。
「おかしな事を言うっすね小山一佐」
「何がおかしいと?」
「いえね。確かに蓮は100均でカッターを買いましたよ。ふつーのカッターをね。それが此処までの魔具になるのにどれだけ魔石を砕いてきたか。ダンジョンコアまで砕いてる。材料原価で言うんなら、今の時点では億超えてると思いますよ?」
「う、しかし…」
言葉に詰まる小山一佐。それでもなんとか値切ろうと目をせわしなく動かし、次の言葉を考えている。しかし、浅野は更に追撃を掛ける。
「と言うか。自衛隊は値切ってる余裕有るんですか?」
「ど、どういう意味です?」
小山一佐は貼り付けたような笑みを浮かべ、冷静に聞き返そうとするが、一瞬言葉が詰まった。
「九州のダンジョンは止めれてませんよね。有効な対策はなく、魔物の生息圏が広がっていっているとか。市民にも膨大な被害が出ているそうですね。しかも、東北にもダンジョンが見つかったとか」
「なっ、何故それを?」
既に小山一佐の顔に貼り付けたような笑みはなく、顔色も真っ青だ。
「俺の魔具には『叡智』が有るんですよ。それ位の情報調べれば入ってきますって」
浅野は軽く笑い、小山一佐は歯噛みをする。
「で?もう1回訊きます。本当に値切ってる余裕有るんですか?」
話の主導権は完全に浅野が握っていた。小山一佐はただただ浅野が提示した値段に同意することしか出来なかった。