第4話 攻略準備
翌日、あいにくの雨模様だが今日は金曜日、明日は休日である。そう思えば天気が悪くとも浮かれた気分になる。
いつもより早く起床し、母さんに『今日は早いわね。』などと言われ、父さんに『今日は近道しなくても十分間に合うな。』なんてからかわれながら普段より早く家を出る。
アホ妖精曰く魔具に成ってしまった傘を差し、通学路を歩いていると見知った、しかし居るはずの無いものが歩いていた。緑の体に小学生のような体格、そしてむき出された歯、そうゴブリンである。
こちらに気付くと奇っ怪な鳴き声を上げながら向かってくるが、俺は焦らず冷静にリュクからこれまた魔具となってしまったカッターを取り出し、刃を出して待ち構える。
ゴブリンが間合いに入ると同時に横薙ぎに一閃、ゴブリンの頭部が宙を舞い、切断面から緑の血が吹き出す。100均で買ったカッターとは思えない切れ味。魔具に進化した影響だろう。
バフによって強化されている身体能力を持って、返り血が掛かる前に後方へ退避。最早手慣れたものである。
「なんでこんな所に出てんだ?」
「あ〜多分スタンビートの前兆じゃ無いかな?」
リュックの中から陽気な声と共にアホ妖精が出てくる。
「なんで居るんだよ?」
「だって知らない所に一人で居るなんて嫌よ。私も連れてって」
「バレたらどうするんだよ。は〜。で、これはどうゆう状態だ?」
アホ妖精は宙に浮かび上がりゴブリンの死体を見ながら腕を組む。俺は慌ててあたりを確認する。目撃されたら大騒ぎだ。
「多分ダンジョンに入り切らなくなったから出てきたんだよ。今は少ないけど時間が経てばもっと増えると思うよ」
「ダンジョンに入り切らなくなった?」
「そうよ。ダンジョンに魔物が増えすぎて収まりきらなくなったら外に溢れ出すの。その数が多いと周囲の被害が出るからスタンビートって呼んで警戒してるわけ。普通はもっと古くて大きなダンジョンで起きるんだけど、ゴブリンが主体のダンジョンは例外ね」
「なんでゴブリンだと例外なんだ?」
俺の目の前に飛んでくるアホ妖精
「魔物が生まれる方法は大きく分けて3つ、魔素溜まりから生じるか、繁殖によって生まれるか、分裂するか。
分裂は特殊だけど、魔素溜まりから生じたり、繁殖したりする個体は多いわ。大体は両方可能ね。中には私達フェアリーみたいに女しか居ないから魔素溜まりから生じるしかなかったり、別々の種類の魔物の間に生まれた混合種だから繁殖でしか増えないやつも居るけど、多くの場合は複数の方法で増える。
で、ゴブリンは繁殖力が非常に強い上に成長がとても早く、しかも3つ全部の方法で増える。ダンジョンの成長速度がこいつらの増加速度に全く追いつかないからすぐに溢れるのよ」
いつになく真剣な声で妖精が続ける。
「どうする?スタンビートが起きれば流石に大騒ぎになるわよ。後、あなたは運良く4匹や2匹づつ相手にしたけど、通常ゴブリンはもっと大きな群れを作る。数十匹に襲われたら、大の大人でもひとたまりも無いと思うけど」
嫌なことを言ってくる妖精である。ダンジョンの調査はされるだろうが何時になるか判らない。
あの洞窟の調査がそこまで重要とは思えないからしばらく放置されるかも知れない。すると何が起こるか?考えるだけでゾッとする。
「だあー、畜生。少し考える」
「解った」
アホ妖精は静かに答えた。
学校で何が有ったかは割愛したい。せいぜい悪友に昨日の件をからかわれたぐらいで大した事は起きなかった。
アホ妖精も静かにしていたのでバレなかったし、校庭にいきなりゴブリンが出ることも無かった。
悪友達の誘いを躱し、放課のチャイムを聞いてすぐに学校をでる。
「なあアホ妖精」
帰宅途中、人通りのない場所で立ち止まり、リュックを開ける。
「アホじゃないわよ。あたし程知的で可憐な存在は他に居ないからね」
「結局ゴブリン共が溢れれば、ダンジョンに行かなくても危険は一緒だよな?」
アホ妖精の妄言は無視して話を続ける。
「時間がかかった方が危険度上がるわよ。上位種も誕生するだろうし。
そして危険な目に遭うのはアンタだけじゃない。この街に住んでる人間全員よ」
家族や悪友達の顔が脳裏によぎり、俺は空を見上げて伸びをする。
「しゃあ無い。攻略するかダンジョン」
「そうこなくっちゃ」
アホ妖精がリュックから出て嬉しそうに飛び回る。
「そうと決まれば」
俺は早速準備を始めることにした。
一度帰宅して、小遣いをすべて財布に突っ込む、貯金箱の中や毎年ためていた年玉も全てだ。
急いで家を出て向かった先はデパート、他にスーパーマーケットやコンビニにも寄り、必要なものを買い揃える。
額につけるタイプの懐中電灯やヘルメット、ライターにチャッカマン、花火や爆竹に催涙スプレー果ては包丁など、少しでも使えそうなものは全部買った。
もちろんスポーツドリンクや念の為のカロリーメイトなどの食料も忘れない。大きなリュックに纏めて詰め込む。
「準備出来た?」
「ああ。そうだ最後に1つ」
スマフォを取り出し悪友の一人に電話を掛ける。
「浅野、俺だけど」
「オレオレ詐欺かな?なんつって。どうしたんだよ蓮。ゲーセンにもよらずに真っ直ぐ帰ったのに」
「何も聞かずに今日俺が泊まって居る事にしておいてくれ。
もし明日になっても俺がお前の家に行かずに俺の親から行方を聞かれたら、俺は夜中にコンビニに行くって言って出てまだ戻って無いと伝えてくれ」
「なんかただ事じゃ無さそうだな?」
「頼んだぞ」
「おいっ、ちょっとま」
最後まで聞かずにスマフォを切る。
「あいつならこれで協力してくれるだろう。流石に夜自宅に帰らずに音沙汰無しじゃ騒ぎになるからな」
浅野の家に泊まると書き置きを残し、家を出ようとすると、目の前にアホ妖精が飛んでくる。
「行く前に魔具の強化。言ったよね魔石を壊すと追加で能力を獲得できるよ。」
「ああ、そうだったな」
ポケットから魔石を3つ取り出し、2つをカッターで、残り1つを傘で砕く。
“カッターの性能”
銘:無銘
ランク :普通級<コモン>
ウェポンスキル:自動修復(弱)コスト1
ウェポンスペル:身体強化(弱)コスト1
バフ :身体強化(弱)コスト1
マナ充填率 :100%
“傘の性能”
銘:無銘
ランク :普通級<コモン>
ウェポンスキル:自動修復(弱)コスト1
ウェポンスペル:アクアボール コスト1
バフ :ダメージ軽減(弱)コスト1
マナ充填率 :100%
身体強化(弱)が被ってしまったが強化系はスキル・スペル・バフの全てにあり、被った場合は重複するらしい。 後ダメージ軽減が素直に嬉しかった。
気合を入れ直すと、今度こそ俺は扉を開けて家を出た。
目指すはダンジョンである。