独白5 ボスの事情2
気がついた私が最初に見たのはゴツゴツとした岩の壁と、虹色に光り輝く水晶玉だった。
私は本能からその玉に触れた。
「グゥ。これは?」
触れた瞬間に、凄まじい情報量が流れ込んできて頭が割れそうになる。
「かはぁ」
水晶から手を話すと同時に大の字に倒れる。
「ハァハァ」
全身が汗でびっしょりと濡れ、息が切れる。しかし、気分は良かった。
水晶玉に触れたおかげで、私は思い出したのだ。ココが何処なのかも、自分が何のために生まれてきたのかも、そして自分は何故死んだのかも。
「フフフ。グールというのか?知性を持ったゾンビ。人間の死体ではなく、ホブゴブリンの死体でもグールになるとはな」
脳裏に蘇る忌まわしい記憶。人間の少年に、守るべき水晶も、大切な同胞達も、全て切り裂かれてしまった。
「何も出来なかった。為すすべもなく殺された」
圧倒的な力の差が有った。自分ではどうにも出来なかった。
「だが、もしまた奴に襲撃されても打ち勝ってみせる」
今回も相変わらずゴブリンが主体のダンジョンだが、新たな同胞が増えた。
「グガガァァ」
「マッドゴブリンと言う種類なのか。頼りにしているぞ」
「グギガァ」
ゴブリンの変異個体であるマッドゴブリンはゴブリンの3倍の膂力と運動能力を持ち、紫のケロイド状になている左半身には危険な細菌が住み着いている。通常のゴブリンよりも圧倒的に頼りになる存在だ。
「次こそはこのダンジョンを大きく成長させてみせよう。皆、私に力を貸してくれ」
「「「ギギガァァァ」」」
さて、力強く宣言したは良いもののこれからどうするか?どうすればこのダンジョンを守れるか?
「ひとまずは魔具の確認か」
あの人間に折られた魔具は、ダンジョンの魔素と、私のアンデッド化の影響により、2本の剣に分かれて強化している。黒と紫の剣だ。
“黒い剣の性能”
銘:無銘
ランク :特別級<スペシャル>
ウェポンスキル:飛刃(中) コスト2
(空きキャパシティー1)
ウェポンスペル:身体強化(中)コスト2
(空きキャパシティー1)
バフ :斬撃強化(中)コスト2
(空きキャパシティー1)
マナ充填率 :100%
“紫の剣の性能”
銘:無銘
ランク :特別級<スペシャル>
ウェポンスキル:飛刃(中) コスト2
(空きキャパシティー1)
ウェポンスペル:ポイズンクリエイト(下)コスト3
(空きキャパシティー0)
バフ :身体強化(中) コスト2
(空きキャパシティー1)
マナ充填率 :100%
以前よりも圧倒的に強くなった魔具の性能に思わず笑みが溢れる。
この2本が有ればそう易易とは殺られないだろう。
「力は確認できた。次は情報か」
私が死んでからアンデッド化するまでにどれだけの時間が経ったのか解らない。近隣の情報が必要だ。
特に人間どもとファングウルフどもの情報は最優先で集める必要が有る。
「危険だが、偵察隊を出すしか無いな。ギギィ」
「「「ギギギィィ」」」
とにかく必要な行動は迅速に行う事が肝心だ。私はすぐに偵察隊を出すべく、100匹のゴブリンを呼び寄せる。
「とにかく広い範囲に散らばって情報を集めて貰いたい。5名で1班とし、20班に別れろ」
「「「ギギィィ」」」
私の命令を聴いたゴブリン達は直ぐに5匹ごとに別れる。
「よし。最優先で集める情報は人間どもとファングウルフどもの動向だ」
「「「ギギギィィ」」」
「他にも何か有ればどんな事でも良い。報告してくれ」
「「「ギギギィィ」」」
「よし。行け」
「「「ギギギィィ」」」
偵察は出した。次にやることは。
「食料調達と戦力の確保」
コレは正直まだ難しい。本格的に始めるには外の情報が必要だ。偵察隊が戻ってくるまで待つしか無いだろう。
「とは言っても、計画は立てられるし、ダンジョンの中で出来るある程度はやっておくべきだな」
まずは食料。外から持ってくるのが主になるだろうが、ダンジョン内部でも作っておきたい。
「幸いマッドゴブリンの影響で苔やその上に根付いたキノコは増えている。もっと本格的に栽培するべきだな」
ゴブリンの繁殖速度に追いつくかは微妙だが、やっておくに越したことはない。
「次はゴブリン達の武器か?」
以前は棍棒だったが、アレでは殺傷能力が低い。もっと強い武器が要る。
「今の所魔具は私が持っている2本のみだ。製鉄などの出来ない。どうしたものか?」
「………」
「………」
いくら考えても案が出ない。正直手詰まりだ。コレはどうしようもない。
「コレばかりは無理だな。とりあえずは以前と同じか?」
「ギギャァァァァ」
「何だ?」
突然仲間の悲鳴が聞こえ、私の脳裏に10匹の仲間が死亡したと、情報が流れ込んでくる。
「敵襲か?」
偵察隊はまだ戻って居ないというのに間が悪い。
「私が出るか」
以前は水晶を守るために留まったが、今回は違う。留守を任せられる者達が居る。
「マッドゴブリン達よ」
「「「ギギギャ」」」
「50名で此処を守れ。もし敵が来たらすぐに大声で知らせて、時間稼ぎに徹しろ」
「「「ギギャ」」」
「残りのマッドゴブリンは私に続け」
「「「ギギィィ」」」
素早く指示を出すと、私はすぐに入り口に向かう。
「コレは!」
「グルルルゥ」
「ファングウルフ。1度に5頭か」
現場に着くと、そこには夥しい数の同胞の死体とそれ以上の数の怪我をした同胞たち。そして5頭のファングウルフが居た。
「1頭は倒したのか?」
5頭のファングウルフの内、4頭は健在だが、後の1頭は倒れ込んで荒く息をしながら血を吐いている。
外傷は擦り傷ばかりで特に致命傷は無さそうだが、これはおそらく……
「マッドゴブリンの細菌にやられたか?」
やはりマッドゴブリンは頼りになる。
「とりあえず残りを仕留める」
私は『身体強化』を掛けると、一気に駆け出し、ファングウルフの目の前に出る。
「グルゥ?」
「まず1頭」
「ガゥ」
驚いているファングウルフの脳天に黒い剣を突き刺し、顎の下から突き出して貫通させる。
「グルルゥ」
「遅い」
「ギャウン」
突然の事に固まったファングウルフの中でいち早く状況を理解した個体が飛びかかってくるが、紫の剣で斬りつける。この時『ポイズンクリエイト』で作り出した毒を刃の部分に塗布しておく。
「グルゥ。グル?ギャンンンン」
ファングウルフは身を翻して着地する。斬り付けた傷自体は浅そうだが、着地してすぐに、悶え苦しみ始める。
「よし。ん?バレバレだ」
「ギャウン」
「グルゥ」
どさくさに紛れて足を食いちぎろうとした3頭目の頭を踏みつけ、4頭目には1頭目から黒い剣を引き抜く力を利用して振り抜き、『飛刃』を直撃させる。
「怯んだら負けだぞ」
「グギャ!」
3頭目の頭に紫の剣を突き刺してとどめを刺すと、『飛刃』を受けて怯んだ4頭目に近づき、その頭に深々と黒い剣を突き刺す。
「これで3頭倒した。後は」
絶命した個体から剣を引き抜くと、毒と菌で苦しんでいる2頭の首を刎ねる。
「終わったな。さてと」
私は生き残った同胞たちを見回す。
「最初に倒れていた1頭。アイツを倒した者は?」
「ギギィ」
1名のマッドゴブリンがふらつきながら進み出る。全身から血を流しているが、その目は死んでいない。
「お前か?」
「ギギィ」
マッドゴブリンは力強く頷く。
「よし。ではファングウルフ1頭分お前の戦果だ。持っていって良い」
「ギギィ?」
驚きの声を上げるマッドゴブリン。そう言えば前にルールを作った時の者達は皆死んでいるから、まだ彼等にはルールが伝わっていなかった。
「倒した敵はの死体は、倒した者の物だ。その敵に殺られた同胞の魔石を引き継ぐ権利も倒した者の物だ。今回は誰がどの個体に殺られたか分からないので、死んだ同胞の魔石の5分の1を引き継ぐ権利を与えよう」
「ギッギギギィィィ」
褒美の多さに感嘆の声を上げながらマッドゴブリンは魔石を喰っていく。
「ギギィ」
まず傷が塞がり、次第にマッドゴブリンの体が大きくなる。最後には私よりも大きくなってその進化を終える。
「グギギィ」
「進化したか」
ファットマッドゴブリン。頼りになる仲間が増えた。
「私も力を貯めねばな」
自分の分の魔石を喰っていると、ファットマッドゴブリンが何か作業をし始める。
「何をしている?」
「ギギギャァ」
私の問いかけにファットマッドゴブリンは手元をこちらに見せてくる。
「ファングウルフの牙と骨?そんなもので何を?」
私が首を傾げるとファットマッドゴブリンはファングウルフの牙を骨に擦りつけ始める。そう、研いでいるのだ。
「なるほど。この手が有ったか」
これは殺傷能力が高そうだ。長い棒の先にでも付ければ即席の槍になる。
「いける。この方法なら」
私は思わず笑みを溢した。今までとは違う。このダンジョンは強くなる。そう確信できた。
新年あけましておめでとうございます。
新年1回目が本編じゃなくてすいません。
今年も100均カッターをよろしくおねがいします。