第32話 ネームドモンスター
刃の隕石が落ちた落下地点には大きなクレーターが開いており、その表面は高温で赤く変色し、ゲル状に成っている。傍から見ると溶岩みたいだ。それだけで刃の隕石の温度と威力の大きさが分かる。
「流石にコレの直撃を喰らったら生きちゃいられないよな」
死体も溶けてしまったか吹っ飛んだのかもしれないと思い、辺りを探すが見つからない。
「本当に溶けたのか?」
死体のカケラも残っていない。完全に溶けたと言われればそれまでだが、此処まで痕跡がないと逆に不安である。
「骨ぐらい残っていそうなものだが。ん?」
思わず独りごちると同時に視界の色が抜け落ち、地面から銀王狼の頭が突き出し、俺の脇腹あたりに喰らいつく光景が写りだす。
「ヤバッ」
咄嗟に上空へ飛び上がる。
「ガゥ」
その後すぐに地面から銀王狼のが飛び出してきて、俺が元居た場所に飛びかかるが、その攻撃は空を切る。
「あっぶね〜」
久々に発動した『時読み』の効果で咄嗟に危機を回避したが本当に危なかった。
「まさかアレ喰らって死んでないとか、ありえないだろ?」
トルネードを破ったようには見えなかった。つまりコイツはアレを正面から受けて生き残ったということだ。
「化物すぎるだろ。まあ、流石に無傷じゃ済まないか?」
ひと目見た時から銀王狼が瀕死であることは分かっていた。全身に刃のカケラが刺さり、毛皮には焦げ跡も目立つ、そして何より、尻尾と後ろ足が1本無くなっている。
「グルゥ」
苦しそうに短く鳴いた後、よろめく銀王狼。立っているのも辛そうである。
「耐え切れたって訳では無さそうだな?どうやって生き残ったんだコイツ?」
後ろ足が無くなるだけの威力の攻撃を全身に受けたと考えれば、体がバラバラに成っても不思議はない。まさか後ろ足だけに攻撃が当たったというわけではないだろうし。
「グルッ。ウワオオオオォォォォォォォン」
「げっ」
余計なことを考えてる余裕はなかった。銀王狼は瀕死の状態で力を振り絞り、衝撃波を放ってくる。
「アレだけダメージ受けててもスキルの威力は変わらねえのかよ」
どうやら体の状態がスキルの威力に影響することは無いようだ。
「動きは大分鈍くなってるし、なんとかなるかな?ん?」
上空から銀王狼を見下ろすと、奴が出てきた穴が視界に入り、気になった。
ポッカリと開いており、随分と深そうである。
「もしかして穴に潜って凌いだのか?」
それなら納得がいく。犬には穴を掘って餌を隠す習性が有る。詳しくは知らないが、おそらく狼でも穴を掘るだろう。奴は刃の隕石に耐えられないと考えて、地中に身を潜めたのだ。周囲を強力な竜巻の壁に覆われた現状では、そこしか逃げ場がないと考えて。
おそらく頭から潜ったんだろう。体の後ろのほうがダメージが多いのはその為だ。
「確かに下には逃げれるもんな。考えておくべきだった」
「グルゥ。ウワオオオオォォォォォォォン」
「ちっ」
上空の俺に向かって衝撃波を放ってくるので回避し、同時に『刃操』で作った刃を幾つも奴に向かわせる。
「今は防げないだろ?」
体はボロボロで満足に回避行動を取れないし、咆哮を撃ったばかりなので、次に撃つためには息を吸って、口を閉じる。溜の動作が必要である。今この時、奴に『ハザン』の刃を防ぐすべはない。
「ギャウゥゥゥゥン」
体を刃で深々と切り裂かれ、銀王狼が苦悶の声を上げる。
「コレで終わりだな」
首を刎ねようと刃を動かす。
「グルッ。ウワオオオオォォォォォォォン」
「なっ?」
とどめを刺す寸前に放たれた衝撃波で、刃が何枚か砕かれてしまう。
「悪あがきを」
「ガゥ」
「何?」
もう1度刃を出現させようとするが、奴は俺から視線を外し、走り出す。
「逃げるつもりか?いや、拙い」
3本足とは思えないスピードで走る銀王狼。その向かう先には避難所が有る。
「コイツ、俺を避けて、避難所を先に潰すつもりか?」
急いで銀王狼を追いかけて行くと、行く手に何台ものパトカーが向かってくるのが見えた。
「最悪だ」
しまった。此処に来て警官達を呼んだのがアダになってしまった。万が1にもそんな事は無いだろうと思いながらも、2発喰らっても生きていた時の事を考え、警官達を向かわせるように、伝言をしたが、この状況では完全に警官達は無駄死にだ。
「なっ何!」
「ぎっ銀王ろ、うわぁ」
「ガゥ」
「「「ギャアアア」」」
先頭を走っていたパトカーのボンネットが銀王狼に踏み潰されて炎上し、続く2台目は弾き飛ばされて後ろの3台目にぶつかり、両方から火が出る。
「グルルゥ」
「うわぁ、たっ助けっギャアアア」
燃えるパトカーからほうほうの体で這い出した警官に、銀王狼が襲いかかり、その上半身を食いちぎる。
「こっこのぉぉぉ」
「くたばれ、化物」
「グルゥ。ガゥ」
「「「「ギャアアアァァァァ」」」」
無事なパトカーからも警官が出てきて銃で銀王狼に応戦するが、全く効果はなく、目を付けられた者は物言わぬ躯となる。
「これ以上させるか。ハァ」
「ギャウン」
1人の警官が剣で銀王狼を切りつけ、銀王狼が後ろへ飛び退く。
「ダメージが入った?ああ、魔具か?」
おそらくアイツは剣客警官隊のメンバーだろう。あの剣は俺が作った量産型の魔具。つまり、スペシャルでも当たりさえすればダメージは入るのだ。ほんの少しとは言え。
「確かに、これ以上好きにはさせれねえ。なっ」
俺も銀王狼に追いつくと、背後から斬りつける。
「ガゥ」
「ちっ」
俺の攻撃を察知して、咄嗟に身を躱したが、完全には避けきれなかったらしく、胴体の横に大きな切り傷が出来た。
「結構深そうだな」
結構深そうだし、このまま畳み掛けるか?
「おい」
「ん?なんだ?」
俺は剣客警官隊に声を掛けた。思えば、栗原巡査以外の剣客警官隊に話しかけるのは始めてだ。
「思ったより相手の傷が深そうだから一気に畳み掛けたい。協力してくれ。剣客警官隊は何人来てる?」
「10名全員だ。そちらの考えは了解した」
短く返事をしてソイツは銀王狼に剣を構え直す。戦闘中ということも有るが、声の感じから堅物だと伝わってきそうな奴である。
「良し行くぞ」
性格の合う合わないは置いておいて、とりあえず銀王狼にとどめを刺すべく接近しようとするが、此処でまた、銀王狼が予想外の行動に出る。
「グルゥ。ワオオオオオォォォォォン」
「なっ。地面に?」
「コレは?」
「くそっ」
銀王狼は衝撃波を地面に放つ。一見意味のわからない行動だが、砕けた地面から舞った土煙が視界を覆い、更に、あまりの威力によって直撃していない俺達の足場も崩れ始める。
「こんな使い方もあるのかよ」
俺は上空に逃れて地上の様子を伺う。正直こんな使い方をされるとは予想していなかったが、刃の隕石から逃れるために穴を掘った事を考えれば、地形攻撃は予想しておくべきだった。
「何処に居る?」
「ギャアアア」
「何?」
土煙が舞う地上を睨みつけ、銀王狼を探していると、警官の悲鳴が聞こえる。
「この視界で襲われたのか?」
相手は人間と違って鼻が良い。視界が塞がっていてもそこまで大きな影響は無いのだろう。
「『風操』を使うか?」
銀王狼を探す手段を考えていると、聞き慣れた。しかし聴きたくない声が頭の中に響いた。
“アカシックレコードより通達.一定の条件を満たした銀王狼の個体に銘『シルベル』を与える通達終了”
名前が着く時に聞こえるアカシックレコードの音声。しかし、今回は魔具に名前が付いたわけではない。
「ああ、憎い。我をコケにした人間が憎い。下等な餌の分際で、我を傷つけた人間が憎い」
「喋った?」
さっきまでよりも明らかにプレッシャーの増えた銀王狼は、すっかり傷口の塞がった体で俺の前に正に王者の如く立ちはだかった。
「さっきまではよくもやってくれたな人間。たっぷり礼をさせてもらおう」
今年最後が何かピンチっぽい終わり方になりました。
1月は2週間ほどお休みしてから再開する予定です。