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第26話 魔素溜まり

 大量のヘリと戦車の残骸が辺りに散乱し、死体が絨毯の様に大地を覆う。


「こんな、こんなことが。」


 運良く生き延びていた自衛官は辺りを呆然と見回した。


「グルルル」


「ひぃ」


 奴が来た。


 死体の中に自衛官は身を隠す。充満する血の匂いのせいで彼に気づかなかった。2頭の巨大狼はその場を素通りし、悠然と歩みを進める。


 1頭はココ数日で彼等がすっかり見慣れた黒色の毛並みをしていた。しかしもう1頭は紫色の毛並みをしていた。



ーーーーーーー


「15匹目」


 可愛らしい声と共に身の丈ほども有る巨大な出刃包丁『紅姫』がファングウルフを両断する。


「うん、いい感じ」


 返り血を浴びてニッコリと微笑む愛理の姿に少し恐怖を感じたことは内緒だ。


「あ、おにぃ。そっちはどう?」


 俺に気づいて元気よく手を振ってくれる。その手にも返り血がべったり着いているが、俺は敢えて血は無視して手を振り返す。


「大体200匹位だ。ちゃんと数えてないけどな。ブラッド・ファングウルフも1頭居た」


 ブラッド・ファングウルフの討伐は大分慣れた。避難所でブラッド・ファングウルフ2匹を相手にした時に何故か得た第3のスキル『時読み(弱)』を上手く使えば敵がどう動くか解るので怪我もほとんど負わずに倒せるように成った。


「ブラッド・ファングウルフまで倒したの?さっすがおにぃ。ヤッパリ魔具無しでもスキルが3つも有るのは良いよね」


「まあ、『ハザン』の能力も使えるしな。ん?」


 愛理と話していると視界の端におっさんが歩いてくるのが写った。


「おう、坊主、嬢ちゃん」


「あ、近藤警部補。お疲れ様」


「ああ。他の警官たちと確認したが、2人が3日間かけて狩りまくったおかげで、東区の魔物は居なくなった」


 結局愛理は俺と同じ条件でバイトを始めた。親父や母さん、俺も反対したが、愛理の意思が硬かったことと、少しでも戦力が欲しいという警察側の事情で愛理のバイトが始まった。


「次は西区?」


「いや、北区が先だ。西区にはダンジョンが有る。北区と南区の魔物を掃討して西区に魔物を閉じ込める」


「なるほど、シロちゃんが言ってたポイントはどうなったの?」


 愛理が思い出したように尋ねる。


「シロちゃん?ああ、あの猫か?」


 愛理のやついつの間にあいつに名前つけたんだ?


 白猫から訊いたポイントの内10箇所あったブラッドファングウルフのねぐらだが、既に7箇所俺が駆除しているので、後3箇所残っていた。通常のファングウルフの巣はどうなのだろうか?


「残りのブラッド・ファングウルフのねぐらは後で坊主にお願いしたいところだな。ファングウルフの巣は機動隊の連中が襲撃中だ。後、剣客警官隊もファングウルフの巣を駆除しに向かってる」


 剣客警官隊は大隅警視正がお試しで作った部隊で、構成員は10名。結局魔具の購入だが、小山一佐はそこまで大きな戦果を期待できないとして自衛隊では購入しないと宣言。一方大隅警視正は実験的に導入するとして10本購入し、剣客警官隊を発足させた。


「まあ、ブラッド・ファングウルフは俺以外は勝てないだろうしな。剣客警官隊でもまだ厳しいか。分かった。1度避難所に戻ってから向かう」


「おう、そうしてくれ」


「帰ろうおにぃ」


 愛理に促され共に帰路につく。


 愛理と共に避難所に帰る道中、奇妙な光景を目撃する。


 道に昨日の夜に降った雨で出来た水溜りがあったのだが、徐々に色が濃くなってきたと思うとグニュグニュと動き出し、バスケットボールより1回り大きい位のゲル状の塊になって、のそのそと動き始めた。


「おにぃちゃん。何アレ?」


「俺もよく判らんが、おいアホ妖精」


「アホじゃないって何回言えば解るのよ。で何?」


 怒りながら肩に着地するアホ妖精。


「アレは何だ?」


 今もカタツムリみたいな速度で移動している物体を指差す。


「スライムじゃん」


 キョトンとした顔でアホ妖精は答える。


「スライム?あれが?」


「でも水溜りだったよ。スライムって化けるの?」


「違うよ。魔素溜まりから生まれる魔物は多い。多分ブラッド・ファングウルフや魔獣まで大量に居るから、この街全体の魔素濃度が濃くなって、魔素溜まりができやすくなってるんだと思う。スライムなのは魔素溜まりの近くに偶々水があったから生まれたんだと思うよ」


「それってつまり」


 アホ妖精の言葉を聞いて血の気が引く。コイツの言っていることが本当なら、これから相手にしないといけない魔物はファングウルフだけじゃなくなる。


「街のいたる所で魔物が生まれるようになるかも知れない」


「大変じゃない」


 愛理が目を剥いて叫ぶが、アホ妖精は落ち着いている。


「でも、ものすごく魔素が濃いって訳じゃないから大したのは生まれないと思うよ」


「具体的にどんなのが出そうだ?」


「そうだね〜」


 アホ妖精は空中を見上げて少し考える。


「スライム、ホーンラビット、ヒュージーモス、トライアイクロウ、ポイズンラット、ゴブリンそしてフェアリー。低濃度の魔素溜まりから生まれる魔物はこれくらいよ」


「聞き覚えのない名前が多いな」


「字面通りの見た目よ。人間を殺傷する力が有るのはゴブリン位だから平気」


「そうなのか?」


 疑わしげにアホ妖精を見ると、コイツは胸を張って頷く。


「そりゃあ何千匹も集まって1人に殺到すればわかんないけど、そうじゃなかったら無理、せいぜい軽い怪我を負わせるくらいが関の山よ」


 確かにゴブリンでさえ1対1なら何の力も無かった頃の俺にすら負けた。そのゴブリンより弱いならば確かに人間の脅威になりえない。


「なら放置で大丈夫か?」


「それは拙いかも」


「どうしてだ?」


「フェアリー以外はすぐ増えるから農作物への被害は深刻だよ。それにあいつらはファングウルフや魔獣の餌になる」


「なるほど、そういうことか」


「うん。ファングウルフの個体数の増加に繋がるかも」


「アレは、普通に倒せるのか?」


 ゲル状のスライムは『ハザン』で切っても効果がありそうに見えない。


「中に核があるからそれを切れば倒せるよ。魔石もその中」


 スライムの体を半分に斬り、核を取り出して表面に筋を入れるようにして割ると、中から魔石が出てきた。


「なるほどな」


 残りのゲル状の体は全て水に戻ってしまっていた。


「とにかくこのことも大隅警視正に報告だな」


 この弱さなら普通の警官たちでも対処できる。報告だけ入れておけば、俺達がわざわざ探して駆除する必要は無いだろう。


「そうだね。」


 愛理と共に避難所への道を再び歩き始める。散乱するファングウルフの死体の中をよたよたと歩いてくる人影が見える


「おにぃ」


「ああ、何だろうな」


 近づいてみると、迷彩服を着た人物で、体のあちらこちらから血が流れている。


「大丈夫か?」


「グルァァァ」


 近づいて声を掛けると、いきなり歯をむき出しにして襲い掛かってきた。


「何だコイツ?人間じゃないのか?」


 動きは鈍いので避けるのに問題はないが、涎を垂れ流して噛み付こうとしてくる光景は正直気味が悪い。


「えい」


 可愛らしい掛け声と共にソイツの体が腰の辺りから上下に切断される。


「愛理?」


「流石にコレは人間じゃないよ」


 愛理の言葉を肯定するかのように、ソレは上半身だけで這って俺に近づいてくる。


「そうだな」


 すかさず『ハザン』で今度は縦に真っ二つにする。


「うわ」


 まだ手だけが動いていて不気味だが流石に襲い掛かってくることは出来ないようだ。


「妖精ちゃんコレは何?」


 愛理の問いかけに気味悪そうにソレを見ていたアホ妖精が答える。


「コレはゾンビね。さっき魔素溜まりから魔物が生まれるって言ったけど、人間や動物の死体に魔素が溜まるとゾンビになるの。骨に溜まるとスケルトンになるわ。心臓の辺りに出来てる魔石を抜けば止まるわよ」


 アホ妖精の言う通り、心臓の辺りを『ハザン』で切ると、魔石が出てきて動かなくなった。


「てことはコレ元々は人間だったんだ。悪いことしちゃったな」


 愛理がゾンビだった死体に手を合わせる。


「このことも合せて報告だな」


 深刻な自体だった。動きが鈍いとは言え、ゾンビは人を殺傷できる。それにもう1つ、この人は迷彩服だった。つまり自衛隊だ。

 これまでの作戦の経緯を聴くに、戦死した自衛隊員の死体が綺麗に残っているはずがない。つまりコイツはこれ迄の作戦とは別の原因で死体になったと言うことだ。

 

 これが意味することは…


「ダンジョンの入り口で何か有ったかな?」


「愛理。上から探すぞ」


「うん」


 愛理を背負って上空まで走り、街を見下ろす。何体かゾンビを見つける。ファングウルフに殺られた一般人や警官の物が多いが、ちらほら迷彩服が混じっていた。


「おにぃ。あれ」


 愛理の指し示した方向を見ると座り込んでいる迷彩服の人物が見える。アホ妖精に聞いたが、ゾンビやスケルトンは疲れとは無縁らしい。つまり座りこんでいるということは。


「生存者?」


 俺達は急いでその人物の前に急降下する。


「ひっ」


 俺達が降りた瞬間ソイツは悲鳴を上げてが、人間だと解ると、すがりついてきた。 


「うぁ、助けてくれ。皆死んじまった」


 絞り出すように声を出した後、気を失いその場に倒れ込む。


「おにぃ。これって?」


「自衛隊の方に何か有ったのは確定だな。とりあえず避難所に急ぐぞ」


 俺は気絶した自衛官と思しき男を小脇に抱え、愛理をおんぶして、全力で空中を走る。


「うわぁぁぁ」


 背中で愛理が悲鳴を上げたが、数秒で避難所にたどり着く。


「何だ?魔物か?」


 勢いそのままに校庭の誰も居ない場所に着地すると、爆音と大きなクレーターが生じて、近くに居た人が驚きの声を上げる。


「大神蓮だ。大隅警視正を呼んでくれ。後この人を救護室へ」


「何があった?」


 騒ぎを聞きつけて大隅警視正が走ってきた。


「帰り道で助けを求めてきたんだ。多分自衛隊の方で何かがあったんだとは思う」


「自衛隊の方でか。情報を集めんといかんが、とりあえず彼の治療だな」


 大隅警視正が警官たちにテキパキと指示を出す中考え込む。


 何があった?自衛隊は黒王狼と睨み合っていたはずだ。

 自然に考えるなら黒王狼が攻撃してきて自衛隊を壊滅させたのだろう。アホ妖精から聴いた限りでは黒王狼にその能力は十分ある。

 だが、今までダンジョンの入り口から動かず、防衛に徹していた黒王狼が何故動いた?


「大隅警視正。」


「どうした?」


「報告したいことが幾つか有る」


「分かった。本部へ来てくれ」


 俺と愛理は大隅警視正と共に本部のテントへ向かった。



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