第24話 魔獣と『紅姫』の力
すっかり車など走らなくなった車道に3つの影が現れる。獲物を探して辺りを伺うファングウルフ達だ。
彼等が最後に餌を食べたのは丸1日前、いい加減腹が減っていた。
何でも良いから食べ物が欲しい。そんな思いと共に辺りを伺う彼等の鼻にいい匂いが漂ってくる。間違いない。食べ物の匂いだ。その匂いに誘われるように進む彼等はやがて1軒の豪邸にたどり着く。
匂いは間違いなくこの中から漂ってきていた。
立派な門があったが、既にひしゃげてその用をなしていない。
3頭は我先にとその門を潜った。そしておかしなことに気づく。食べ物の芳しい匂いに雑じるかすかな血の匂い。何度も嗅いだことが有る。同族の血の匂いだ。
彼等の本能が拙いと警鐘を鳴らす。何か恐ろしいものの縄張りに入ってしまった。
良く良く思い出せば先程の門は多くの仲間たちが体当たりをして開けたものであった。仲間たちの匂いがたっぷりと染み付いていたのだから。
先に他の同族達が来ていたのだ。それも数多く。にもかかわらず、此処には芳しい香りを漂わせる食べ物がまだ存在し、同族は1頭も居ない。この事実が意味することはたった1つ。
彼等は踵を返し、この場を去ろうとした。しかし、その判断はわずかに遅かった。この屋敷の守護者の牙と爪に掛かり、彼等は頭を潰され、喉を掻き切られ、腹を食い破られた。
彼等の目が激痛の中最後に捉えたのは美しい金の毛並みだった。
「ありがとうレオン」
「ク〜ン」
「何時までこのような状況が続くのでしょうね。お父様も行方知れずのまま、ご無事だと良いけれど」
「ワン」
「大丈夫。心配しなくても探しに行ったりしないわ。私が安全に過ごせているのは貴方が此処を守ってくれているからだもの」
………
おっさんの仕事は中々に優秀で、俺達はと大隅警視正の話し合いは即座に行われることに成った。場所は前回話し合った時と同じ応接室だ。
話し合いの参加者は俺と浅野、アホ妖精。後おっさんが何故か参加を希望したことで、親父と母さん。更に愛理もこの場に居る。
一方警察側の参加者は大隅警視正、おっさん、栗原巡査と言う前と同じメンツに加え、三条警部と名乗る中年の男性が参加していた。
そしてもう1人、予想外の参加者がいた。
「はじめまして。陸上自衛隊で1等陸佐を務めています。小山 純一郎と言います」
堂々と名乗った後、握手を求めてくる。小山一佐。
「はじめまして。大神 蓮です」
小山一佐と握手をして、それぞれ席に付く。
「早速で悪いが、魔具を大量に入手する方法が有るとは本当かね?」
席について早々に大隅警視正が訊いてくる。姿勢も若干前のめりに成っており、魔具が欲しいという態度が如実に現れている。一方で小山一佐は落ち着いており、大隅警視正に対して「まあ、そう焦らずに」等と言っている。
「(自衛隊は前線で戦って多くの犠牲者を出しているが、目立った成果は上がっていない。この人の方が魔具を欲しがっているはずなのにすごい落ち着き様だな?)」
交渉の時に足元を見られないようにする為に落ちつた態度を取る方が良い。切羽詰まっている。何がなんでも欲しい。と言う態度を見せては値を釣り上げられる恐れが有る。理屈ではその通りだ。誰でもそう考える。しかし、実際にそれが出来るかどうかは別の話だ。
「(相当食えない人だな)」
小山一佐は気になるが、とりあえず魔具について伝えないと始まらない。
「まず、大隅警視正の質問に答えるが、魔具を大量に入手する方法は有る」
「ふぇ?」
一旦言葉を切って、アホ妖精をつまみ上げると、再び説明を再開する。
「この妖精に聞いた方法を試して見て成功した。これがその魔具だ」
先程作った剣をテーブルに置く。
「やはり、普通の刃物に見えるな。まあ、今更か。どんな効果何だ?」
「スキルやスペルはまだ無い。バフは『身体強化(弱)』『腕力強化(弱)』『斬撃強化(弱)』の3つがある」
「ふむ。確か、スキルが持ち主の体力を消耗して発動する能力、スペルが魔具内部のエネルギーを消費して発動する能力、バフが常に持ち主に掛かり続ける能力だったか?」
「大体はあってる。その考え方で問題ない。ただ、バフも持ち主の意思でON・OFFを切り替えられるから常に掛かり続けているとは限らないが」
「1つ良いですかな?」
俺と大隅警視正が能力の確認をしていると小山一佐が手を挙げる。
「何でしょうか?」
「今聴いた能力はどれも魔法や超能力と言うよりは、元々持っている身体能力を上昇させるタイプでしょう?」
「確かにそうですけど?」
「一体どの程度上昇するのでしょうか?それによって魔具の価値は随分と変わってきます」
小山一佐の言葉に浅野が眉根を寄せる。
「性能を確認したいと?」
「端的にいえばそうなります」
「性能の確認か?」
実際に持って貰って、身体能力が向上したことを確認してもらうのが一番良いが?
「実際に使ってみれば良いのでは?」
おっさんの発言に小山一佐は首を振る。
「それだけでは不十分です。今までの経緯は資料で拝見しました。それを踏まえて発言させて貰いますが、現状で魔具に効果が有るか無いかを議論する気はありません。彼、大神蓮君の戦績が何よりの証拠だ。魔具は実際にあり、先程言ったような効果が有るのでしょう。そのことを疑う気はありません」
「では何を問題視しているのですかな?」
「1口に魔具と言ってもその性能には大きな差が有るのでしょう?蓮君」
「何ですか?」
「君が赤い大型個体、君たちが、ブラッドファングウルフと呼称する個体を、討伐する時に使った魔具の階級は如何程ですか?」
「此処を襲撃したブラッドファングウルフ2頭を同時に相手にした時に使った魔具は3つ、1つは1番ランクの低いコモン、もう1つは下から2番めのランクのスペシャル。そしてメインで使ったの魔具『ハザン』のランクはレア。スペシャルの2つ上」
「君が量産できる魔具のランクは?」
「スペシャルです」
「お答え頂いてありがとうございます」
最後に礼を言って俺との会話を終わらせた小山一佐は大隅警視正に向き直る。
「先程の質問でより、慎重に成らなくてはいけないと感じました。私が懸念しているのは魔具が発動するかどうかではありません。このレベルの性能の魔具で、戦果を上げられるのか?と言うことです」
魔具に力が有るのは疑わない。でも、その力は果たして今の状況を覆せるのか?か。
実際にスペシャルの魔具ではブラッドファングウルフは倒せないだろう。有用性を見せるのは難しい。
どうしたものかと思案していると何やら外が騒がしい。
「「何だ?」」
おっさんと大隅警視正が窓の外を眺め、小山一佐が僅かに顔をしかめる。
きちんと聞き取れていないようだが、俺にははっきりと聞こえている。
「この部屋防音性高いな。狼の遠吠えと銃声、そして人間の悲鳴と怒号。またファングウルフが来たんだろう」
「「何?」」
「ちょっと愛理」
俺の言葉を聞いておっさんと大隅警視正、栗原巡査が席を立つが、それより速く愛理が母さんの静止を振り切って出ていく。
「愛理ちゃんってあんなに血の気多かったけ?」
浅野は落ち着いた様子で言うが、母さんは気が気でない様子でオロオロしている。
そうこうしているうちに外の狼たちの鳴き声がけたたましい物に変わる。
「始まったか?グズグズしていられないな」
俺は部屋のカーテンと雨戸、二重の窓を開け、そこから外に飛び出る。外の出たことで、校門に設置された警官隊のバリケードを突破してくる大量のファングウルフを視認出来た。そのまま落下しても問題ないが、『エアーラン』と『風操』を使ってファングウルフの群れに突っ込む。
「普通のファングウルフばかりか?どうりで校門から侵入してくるわけだ」
通常個体のファングウルフに学校の塀を壊す力はない。数の力を頼りに校門のバリケードを突破したようだ。実際、校門付近には警備に当たっていた警官20名の死体の他に、夥しい数のファングウルフの死体が転がっている。
「とりあえず邪魔だ。雑魚ども」
右手で『ハザン』を振り回し、ファングウルフを切り捨てる。更に左手で殴りつけ、足で踏みつける。オドが常人よりも大量に有ることで、素の身体能力も上がっており、更に魔具による身体能力の工場もある。既に、俺の手足がファングウルフにとっては凶器であった。
「愛理はどこだ?」
戦い否、蹂躙を続けながら辺りを見回す。
「げ、マジか。愛理〜」
愛理の姿をファングウルフの群れの中から見つけて思わず叫んでしまう。愛理は『紅姫』を大剣の様に巨大化させてファングウルフを両断していた。全身に返り血を浴び、足元には、真っ二つになったり、体の下半分が無くなっているファングウルフの死体が10個も転がっている。一見楽勝に見えるが愛理は後ろを攻撃する能力も守る手段もない。そして愛理はファングウルフに囲まれている。危険な状態だ。
「畜生」
「キャアー」
呼びかけるが、反応は返ってこず聞こえていないようだ。そうこうしている間に後ろから慎重に接近したファングウルフに愛理の足が噛みつかれそうになる。既の所で『ハザン』の巨大な刃を操作し、噛み付こうとしたファングウルフの首を跳ねる。
「邪魔なんだよ退け」
咄嗟の思いつきで『風操』と『トルネード』を併用し、体の周りを『トルネード』で覆うことにより、周囲のファングウルフ共をバラバラにして障害物を排除、一気に愛理のもとに駆け寄る。
「おにぃ?」
「愛理。1人でこの大群倒すの無理だろ?一旦下がれ」
「ヤダ。私まだやれるもの」
上目遣いで拒否してくる義妹。一瞬『分かった。なら一緒にやるか?』と言ってしまいそうになるがいけない。毅然として対応する。
「愛理が居ると巻き込むから大技が使えないんだ」
「……分かった」
愛理は頬を膨らませると、渋々と言った感じで頷く。
「一緒に戦って貰うと良いよ」
アホ妖精が飛んできて馬鹿なことを言い出す。
「ホント?」
愛理が目を輝かせる。
「なに言ってんだ?アホ妖精」
「蓮の半径10m以内に居てもらえば『風操』で位置は解るし、『トルネード』と『風操』を併用すれば愛理ちゃんを巻き込まずに使えるよ」
「『トルネード』だけぶっ放すほうがオドの消費量少ないだろ?」
「『紅姫』になるべく血を吸わせて強化しないと、今後必要になるかもしれないし」
アホ妖精の言い分にも1理有る。戦力は多いほうが良いし、ネームド使いが複数いれば同時に別々の動きが出来る。
「でもな…」
愛理に危険なことをさせたくない。確かに魔具は渡したし、愛理の敵を討ちたいという願いは叶えるつもりだったが、あくまでファングウルフの群れを1匹だけ残して、俺が見守る中で戦ってもらうなどしてお茶を濁すつもりだった。
どうしたものかと考えているといきなり視界から色が抜け落ちて白黒になった。白黒の視界の中で、愛理の上に黒い大きな鳥が舞い降り、愛理がその鉤爪を受けて血を流しながら倒れ込んだ。
「なっ、愛理」
「わっ、いきなりどうしたのおにぃ、大声出して」
驚いて愛理の名を呼ぶが、気づけば視界には色が戻っており、愛理は何事もなくその場に居る。
「愛理。ちょっと来い」
「ちょっ、いきなり何?」
嫌な予感がしたので愛理を抱きかかえて跳躍し、100m程離れる。その瞬間、さっきまで愛理が居た場所に黒い大きな鳥が降り立つ。
「間一髪だな」
「おにぃアレって」
「どっからどう見てもファングウルフには見えないな。アホ妖精アレは?」
「魔獣だよ。前に話さなかったっけ?それより酷いよ蓮」
飛んできて俺の方に着地するアホ妖精。そういえば回避する時コイツの存在を完全に忘れていたが無事だったらしい。
「自衛隊や警察がファングウルフを倒した時に魔石は回収してないでしょ?」
「ガァァァァァ」
翼を広げ、大きく咆哮する魔獣
「多分カラスがファングウルフの死体を漁って魔石を食べたんだと思うよ」
「確かにそんな感じだな。強いのか?」
「いま『鑑定』してみたけど持ってるスキルは『加速(弱)』と『風刃(弱)』よ。スペルは持ってないわね。スキル2つは中々だけど、あんたに比べれば雑魚よ」
首を傾げながらアホ妖精が此方を見る。
「ていうか。あんたスキル増えたわよね」
「は、何の話だ?」
「ガアァァァァァァ」
「うるさ」
カラス魔獣が咆哮し、あまりの五月蝿さに耳をふさぐ。
「コイツを倒してから話そ」
「仕方ないか。え?」
俺がカラス魔獣に向き直った瞬間、奴の首筋に赤っぽい鎌鼬の様なものが辺り、そこから血が吹き出る。
「ガギャャャャャ」
その衝撃を受けてカラスが暴れまわる。
「一体何が、愛理?」
見ると愛理がいつの間にか太刀程の長さに巨大化させた『紅姫』を構えていた。刀身が平時より紅く染まっており、何らかの能力が発動していると解る。
「『血の演舞』で『飛刃(中)』を強化、あと『痛覚増大(極)』の効果も乗せたから見た目以上に訊いてるよ」
愛理が笑いながら説明する。
「この子は私が倒すよ」
言うが速いか愛理の体が紅く染まり、『紅姫』を横に一閃、さっきよりも大きい鎌鼬がカラス魔獣を襲う。
明らかにさっきより威力が高い。おそらく『血の演舞』による強化を『斬撃強化(大)』と『身体強化(中)』にも加えたのだろう。元々の斬撃の強さが強いほど『飛刃』の強さも増す。
「ガァ」
愛理からの必殺の斬撃に痛がっている暇は無いと思ったのか。カラス魔獣はスキルを使ったのか高速で飛翔し、上空から愛理に向かって『風刃』を降らせる。
「そんな?キャァ」
「愛理」
「チョット待った」
慌てて愛理を助けに行こうとするがアホ妖精が顔の前に立ちはだかる。
「何だよ」
「『風操』」
「あ、その手があったか」
言われて気がつく。『風操』なら風の刃を逸らす位簡単だ。
愛理に近づきながら『風操』を使い『風刃』を全て逸らす。それた風の刃が周辺で警戒しながら此方の様子を伺っていたファングウルフをズタズタに引き裂く。
「大丈夫か?愛理」
「おにぃちゃん。今のおにぃちゃんの能力?」
「正確には『ハザン』のな。さてと」
「ガァァァ」
俺は『刃操』で操作する2枚の刃でカラス魔獣を突き刺す。これで奴は動けない。更に何枚もの刃を宙に浮かせて即席の階段を作る。
「さあ、トドメは任せたぞ愛理」
「此処までお膳立てされると複雑な気分だけど、今はありがたくいただくね」
強化された身体能力で刃の階段を駆け上がった愛理は『紅姫』を伸ばして振りかぶる。
「あなたの血、魔物達を倒すために大切に使わせてもらうね」
カラス魔獣の首を跳ね、傷口に『紅姫』を突き刺して血を吸わせる。
血を全て吸い尽くされたのか干からびたカラス魔獣の死体が地面に墜ちる。
「案外あっけなかったな」
「ありがとうおにぃちゃん。所でファングウルフは?」
「ああ、それた風の刃で全滅だ」
周りを見渡してみるが生きている個体はいない。
「そうなんだ。さっすがおにぃ。じゃあ血を回収してくるね」
愛理は死体の側に行くと『紅姫』で突き刺し、干からびては次に行くことを繰り返す。
かわいい義妹のそういう姿を見るのは精神衛生的によろしくないが、まあこんな状況だと仕方ない。
「魔石も回収しないとな」
「なんじゃ、知っておるのか?」
「え?」
何となく独り言を呟くと後ろから声がかけられる。
「え〜と誰か今喋ったか?」
後ろを向くが誰も居ない。
「此処じゃ此処。下じゃ」
「え?下?」
下を向くと1匹の真っ白い猫が此方を見上げていた。