第22話 量産の可能性
魔具を譲って欲しい。大隅警視正からそう言われるであろうことはだいたい予想していた。しかし、どう答えるべきかは考えていなかった。
「もちろんタダでとは言わない。あまり法外な値段でない限り、そちらの提示する値段で購入しよう」
「ちょっと良いっすか?」
大隅警視正の言葉を聞いて、今まで黙っていた浅野が話に入ってくる。
「なんだね?」
「どうして蓮の魔具が欲しいんですか?さっきの説明で解るように魔石があれば魔具は運次第で作れる。そして今はファングウルフが町中を徘徊してるんだから、そこら中に魔石が転がっているような状態じゃないですか?」
「ほんとに魔石を壊すだけで魔具が出来るのか?1%などと言われると不安があるのだが?」
なるほど信じ切れないわけだ。だから魔具を欲する。
「一応今有る魔具は2つです」
俺は傘とチャッカマンを『シャドーボックス』から出す。
「コレが魔具?」
「おいおい坊主。コンビニで買えるぞ」
大隅警視正が難しい顔をし、おっさんが軽口を叩く。
「魔具に成っても形が変わるわけじゃない。おっさんが言った通り、もとはそこらで売ってた品だ。それで魔石を砕きまくって魔具にした」
「すまないがコレが魔具である確証が欲しい。コレで何が出来るのだ?なっ」
大隅警視正の言葉を聴くやいなや、傘とチャッカマンを手に取ると、アクアボールとファイアーガンを放つ。
「のわぁ」
顔面の両脇すれすれに水の球体と火の玉が通過したおっさんはすっとんきょんな声を出して尻餅をつく。一方でアクアボールとファイアーガンは壁にぶつかり、染みと焦げ跡を作った。
「分かりやすい能力はこんだけだな。他の能力はコレだ」
俺は以前アホ妖精が書いた時と同じ形で、部屋に備え付けられていたメモ帳に能力を書き込む。
“傘の性能”
銘:無銘
ランク :普通級<コモン>
ウェポンスキル:自動修復(弱)コスト1
ウェポンスペル:アクアボール コスト1
バフ :ダメージ軽減(弱)コスト1
マナ充填率 :100%
“チャッカマンの性能”
銘:無銘
ランク :普通級<コモン>
ウェポンスキル:熱変動(弱) コスト1
ウェポンスペル:ファイヤーガン コスト1
バフ :熱変動耐性(弱)コスト1
マナ充填率 :100%
大隅警視正、おっさん、栗原巡査の3名が、俺が能力を書き出した紙切れを覗き込む。
「質問が有る」
「何だ?」
「『熱変動(弱)』の効果は?」
「触れている物の温度を上下させる能力だよ」
栗原巡査の質問に対して俺ではなくアホ妖精が答える。
「どの程度の範囲で変動が可能なの?」
「30℃位の範囲だよ。でもあくまで(弱)での性能だから強くなれば上がるよ」
「ふむ」
栗原巡査は顎に手を当てて考え込む仕草をする。
「何が気になるんだ?」
「この性能なら買う意味がない。拳銃とあまり攻撃能力は変わらないし、『身体強化』の様な有効な補助能力もない」
「まあ、そりゃコモンだし」
アホ妖精が仕方ないと、肩をすくめる。
「ネームドに成ったらスペシャルに進化すると仮定しても、とてもブラッドファングウルフに対抗できるようになるとは思えない」
「ブラッドファングウルフ?無理無理。レアを持ってる蓮でも下手したら怪我するような奴にスペシャルで対抗なんて出来ないよ」
「ネームドに成ったら強くなるのか?」
栗原巡査は真剣な表情でアホ妖精に問いかける。一方のアホ妖精は相変わらずコミカルな仕草を続ける。
「多少はね。でも良くてスペシャルになるだけだし、ブラッドファングウルフにスペシャルの魔具で勝つっていうのは、100%不可能とは言わないけど現実的じゃないね」
アホ妖精は再び大げさに肩をすくめた後ため息を付く。
「蓮が補助で使うんならともかく、これ単体で使ってブラッドファングウルフの討伐は無理だよ」
「参考に成った。感謝する」
1言礼を言って栗原巡査が黙ると、今度は大隅警視正が口を開く。
「解った。魔具の入手方法についてはまた考えよう。話を戻すが、蓮君のバイトの件は此方としても願ってもない話だ。本格的な話をしよう」
「解った」
「先程の時給と時間外手当の金額、更に勤務時間も了解した。倒した魔物の死体を魔石も含めて君の物にする件も問題ない。期間の1月も妥当だろう」
大隅警視正は確認するようにさきほど俺が言った条件を繰り返した。
「問題ないならその条件で頼む」
「細部がガバガバだ。まず、勤務の時間帯だが、午前9時〜午前12時までと、午後1時〜午後3時までで良いだろうか?」
「ん?時間帯まで固定するのか?都合よくその時間にファングウルフが襲ってくる保証はないぞ?」
此方としてはありがたいが、ソレで良いのだろうか?
「流石に襲撃があってから勤務にすると君も気が休まらないだろう。時間外に襲撃があった場合は基本、警官隊で対処する。どうしても対処できない大物、ブラッドファングウルフなどだな。ソレが出た場合は対処してもらうが、その場合は先程決めた時間外手当を支払う」
「なら、勤務時間に襲撃が無い場合はどうする?まさか見回りだけしてるわけじゃないだろ?」
「無論違う。そもそも勤務中も見回りは警官達が行う」
「なら、俺に何をさせたいんだ?」
「特別危険地帯の開放だ」
特別危険地帯?大隅警視正が口にした聞きなれない言葉に首を傾げる。
「詳しく説明しよう。ファングウルフが大量に出現し、警官隊では防衛不可能になって放棄した地域を、便宜上特別危険地帯と呼称している。該当地域には大量のファングウルフが居座っている事は間違いない。危険度が高すぎるため様子を確認できていないが、ブラッドファングウルフ等の上位種が居る可能性も有る」
なるほど。それはヤバイ。
「解った。とは言っても、俺も全ての魔物に勝てるわけじゃない。とりあえず、明日から取り掛かるが、まずは偵察して、開放が可能だろうと思える所からやるぜ。ソレでいいか?」
「十分だ。よろしく頼む」
大隅警視正は満足げに頷いた後、おっさんの方に視線を動かす。
「近藤警部補」
「は?はっ」
おっさんは、呼ばれると思っていなかったのか、1度すっとんきょんな声を出した後、慌てて敬礼する。
「視聴覚室に1人分の寝具を運ぶように指示しておいてくれたまえ」
「了解しました」
おっさんは背筋を精一杯伸ばして返事をし、応接室から出ていく。
どうでも良いことだが、上司に対しては「了解しました」ではなく「承知しました」では無いだろうか?まあ、おっさんは態度からして普段から敬語を使い慣れてるようには思えないし、間違っても仕方ないが。
「視聴覚室は君の個室にしようと思う。明日からの偵察に備えて今日はゆっくり休んだくれ」
大隅警視正の言葉を受けて、俺達も応接室を出る。
応接室を出てすぐ、浅野が声を上げる。
「蓮だけ個室か。避難所に居るのに個室が有るなんて、すご待遇いいよな」
「他の市民や警官と無用な衝突を起こさないようにするためだろ。1種の隔離に近いと思うがな」
先程の一部始終を見ていた一般市民達は不必要に俺を警戒するだろうし、警官の中には仲間を傷つけた俺に隔意を持っている者も居るだろう。
大隅警視正の意図は、個室を与えたとういう体で、俺を一般人から引き離すことだろう。
「まあ、そうだろうけどな。それでもこの状況下で個室は羨ましいぜ」
最後に1言「またな」と呟いて浅野が体育館の方に歩いて行く。
「じゃあ、母さん達も自分達のスペースに戻るわね」
母さんも親父や愛理と一緒に立ち去る。先程、大隅警視正は、ついでとばかりに俺の家族3人にも体育館ではなく第2職員室を専用スペースとして提供してくれた。先程の騒ぎで3人は俺の家族と周囲に知られているので、余計な事が起きないようにするためであろう。
「んじゃあ、行くとするか」
俺は1人で、正確に言うならリュックの中のアホ妖精も入れて2人で視聴覚室に向かう。
「へえ、ベッドまで付けてくれたのか」
視聴覚室に入ると、緊急時の簡易な物であったが、ベッドまで用意されていた。
更に部屋の隅のダンボールには非常食が用意されている。
「用意が良いな」
これなら快適に過ごせそうだと、俺はベッドに横になる。
「誰も居ないなら出ても大丈夫ね」
アホ妖精がリュックから這い出して、俺の顔の近くに飛んでくる。
「そういえばさっきの話だけど」
「さっきの話?」
「ほら、魔具を売って欲しいとか、ブラッドファングウルフに対抗できる魔具はないのかとかいう話」
「ああその事か。どうかしたのか?」
「ブラッドファングウルフに対抗できるかどうかは判らないけど、『身体強化』を持ってる魔具の量産なら出来ると思うよ」
アホ妖精はとんでもない事を口走った。