第20話 交渉とバイト
浅野やアホ妖精との打ち合わせを終え、応接室に入る。
親父や母さんが若干青ざめた顔で俺を見るが、愛理は何か考え込んでいる表情だ。
「では私は大隅警視正をこちらに案内しに行きます」
親父達に一言断って栗原巡査が席を立つ。
「ちょっと待て」
「なんですか?なっ」
『刃操』で動かす刃の1つで栗原巡査の手錠を切断する。
「俺がこの部屋に居るなら必要ない」
「判りました」
栗原巡査はペコリと会釈をした後応接室を出た。
「あの、蓮。聴きたいことが有るんだけど?」
栗原巡査が部屋を出てすぐ、母さんが口を開く。
「何?」
「さっきの騒ぎのことは解ったわ。でもそもそもどうしてあなたはそんな事が出来るの?」
俺はゴブリンのダンジョン発見から今日に至るまでの経緯をを両親に説明した。途中でアホ妖精も出てきて補足する。アホ妖精登場の際に親父と母さんが驚いたり、愛理が「かわいい」と喜んだりしたが、まあ理解はしてもらえた。
「そんな危ないことをしていたなんて」
母さんは批難するように呟くが、親父は黙っている。
少しの間場を沈黙が支配する。
「おにぃ。あのね」
愛理が何か言い出そうとするが、言い出しづらいことなのか口を開けたり閉じたりするだけで中々次の言葉が出てこない。
愛理の言葉を待っていると、扉が開き、大隅警視正が入ってくる。後ろにおっさんと栗原巡査が続く。
「待たせてしまった。申し訳ない」
結局、愛理は口を噤んでしまった。
「では、会議。いや、交渉を始めたい」
「交渉?」
大隅警視正の言い回しに俺は首を傾げる。
「ああそうだ。まだ先程の件が解決していない。前提条件としてだが君に発泡した警官と君に銃口を向けた警官は全員懲戒免職にする。その上で君への賠償をどのようにするかが議題になる」
大隅警視正の言葉とほぼ同時に栗原巡査が1瞬ピクリと震えた。
これは少し考える必要が有る話だ。まず現状で警官が減るのは拙い。平和な状況の時のように法律云々言っていられる状況でもない。無法地帯になっては困るが、ある程度の臨機応変さは必要である。
「懲戒免職にする必要はないですよ」
「ほう?」
大隅警視正が疑問の声を上げるが同時に表情が若干緩み空気も弛緩する。安堵の息でもつきそうだ。
やはり、大隅警視正はルールに忠実で応用力がない人間ではない。
現時点で防衛戦力である警官を減らすリスクには当然気づいている。気づいていても、立場上言うしか無かったのであろう。
「賠償金は欲しいが警官を首にする必要はない。あいつらが職を失った所で俺に何か得が有るわけじゃない。賠償金の額は事態が落ち着いてから弁護士を交えて相談で良い」
「ふむ、こちらとしてはありがたい話だがご両親はそれでよろしいのですか?」
大隅警視正が親父と母さんに水を向ける。
「私達は、」
母さんが何か言おうとした時、親父が母さんの肩に手を置いて遮る。
「蓮は何か考えが有って言ったんだろう?お前の考えで交渉すると良い」
「ちょっと、」
親父の発言に母さんは避難の声を挙げるが、親父は涼しい顔だ。
「えーと続けるな?賠償金は後で決めるで良いとして大隅警視正に1つ頼みが有る」
「何かね?」
「バイトさせて欲しい。仕事は魔物の討伐。時間は1日5時間、時給は10000円、時間外労働の場合は時給20000円貰う。後、俺が倒した魔物は魔石を含めて全部オレのものって事で」
「ちょっと蓮、何言ってるの」
母さんが悲鳴じみた声を挙げる。当然か。
「つまり君も戦闘に参加してくれると?」
「此処が全く安全じゃないのはさっきの襲撃でよく解った。そしてこの避難所で1番強いのは俺。どうせ戦うことになるんならバイト代を貰ったほうが良い。その程度の理由だ」
「蓮。やめなさい。絶対に駄目よ」
母さんが金切り声を上げて立ち上がる。
「でも、ココにいても危険は同じだ。此処の防衛戦力はブラッド・ファングウルフが相手じゃ太刀打ちできない。あいつらが来たら警官は皆殺しになって結局俺が戦う羽目になる」
「それは」
母さんが否定しようとして言葉を止める。否定できないのだ。
大隅警視正やおっさんも苦虫を噛み潰した様な顔をしている。事実でも認めたくないのだろう。
みんなが口を噤む中親父が口を開いた。
「蓮。よく考えて決めたことなんだな?」
「もちろん」
力強く頷く。
「分かった。好きにしろ」
「なっ、父さん?」
母さんが抗議の声を挙げるが親父はそれっきり口を引き結んでだんまりを決め込んでいる。
「もう、自分の身の安全を第1に考えなさいよ」
とうとう母さんが折れる。
「ご両親が了解済みなら願ってもない話だ。よろしく頼む」
「ああ、でも細部を詰めておきたい」
「ふむ」
大隅警視正が続きを促すように頷く。
「とりあえず期間は1月。内容は魔物の討伐と避難所の防衛。基本はそちらが指示した場所や個体を優先するが、俺はあんたらを信用しきれない」
「それはそうだろうな」
「だからあんた等から無理だと思える指示や明らかに俺を魔物に殺させようとしていると思える指示が在ったら即座に契約を破棄してやめる。
具体的には黒王狼を単独で討伐しろとか言ったらやめる。
そういえば、今黒王狼はどうなっているんだ?討伐は成功したのか?」
話していて思い出す。そういえばおっさんが空自による黒王狼討伐作戦が有ると言っていたはずだ。
「ああ、あれか。訊いていたのだな」
大隅警視正は眉を潜めておっさんを見る。おっさんはバツが悪そうに目をそらす。
「申し訳ありません」
「はぁ〜。まあ、今更だ。失敗した作戦のことなど知られていても構わんさ」
大きなため息をつく。
「失敗した?爆撃機による高高度からの爆撃が?」
いくら何でもくたばると思っていた。まさか耐えきったのだろうか。
「仮にだが、君が標的にされたらどう対処した?」
「なんでそんなこと聞くんだ?」
俺を標的にする予定が有るのか?
「別に君に使おうとしている訳ではない。そもそも極論すれば君は無関係の人間の中に紛れ込めばこの手を躱せる。
君に訊いたのは、我らが超能力や魔法についてあまりにも理解がないからだ。
今まで我々も自衛隊もスキルやスペルを持つものとの戦闘経験は無い。そのため情報としてはどのような能力を持っているか知っていても実際の戦闘となると予想外の使い方をされる。そのための参考意見として聴きたいのだ」
「それはつまり今までに判明していた能力だけで防いだってことか?」
「ああ、爆撃機を落とす際に空中を駆ける新たな能力を使用したが、爆撃を防いだのは咆哮でだ」
「空中を駆ける?『エアーラン』か?」
空を駆けるという単語に真っ先に思い浮かんだスペルを口走る。
「知っているのか?」
「俺の靴、魔具『エア』のウェポンスペルにある。ある一定以上の速度で走り続ける必要があるが、空中を走れる」
黒王狼が『エアーラン』を使えるとは初耳だ。銀王狼でさえ空中には来なかったと言うのに。これでは空中が安全圏では無くなってしまう。
「おいアホ妖精、奴らは『エアーラン』を使えるのか?」
確認しようとアホ妖精を見るとテーブルの上にちょこんと座って出されていたクッキーを両手で抱え込んで美味そうに食べている。明らかにこちらの話は訊いていない。
「おいコラ、アホ妖精」
「ムギャァ」
ちょっとイラッとしたので胴体を抓んで手首のスナップを効かせて一気に引き上げる。
「黒王狼は『エアーラン』を使えるのか?」
「分からなわよ。‘種族スキル’や‘種族スペル’には無いはずだけど‘個体スキル’や‘個体スペル’は分からないもの」
「‘種族スキル’と‘個体スキル’?」
字面で何となく解るが一応訊いておく。
「そ、種族全体が必ず持ってるのが‘種族スキル’や‘種族スペル’。一方で個体によって違うのが‘個体スキル’や‘個体スペル’よ。解りやすく言うと私の『言語理解』はフェアリーがみんな持ってる‘種族スキル’だけど『鑑定』は‘個体スキル’よ」
「なるほど。つまり同じ魔物でも‘個体スキル’や‘個体スペル’で危険度は変わってくるのかね?」
大隅警視正も話に入ってくる。
「うん。持ってる‘個体スキル’や‘個体スペル’によっては階級が1つ上がる場合もあるわ」
「そのような事情も我らは解っていないのでな。
さて、話を戻すが、まず奴は爆撃機が爆弾を投下すると同時に、衝撃波を今までとは違う広範囲で空中に放ち爆弾を全て空中で爆破させた。
かなり高い位置で爆破したので爆発による直接の被害は奴には無かった。
熱風や破片は降り注いだと思うが、それでは大した効果がなかったな。
後は空中を走って爆撃機の元まで上り、1機づつ破壊していった。」
「なるほどな、俺の方法もだいたい同じだな。ただ咆哮を『トルネード』に替えるくらい。『トルネード』の中心にいれば爆風や破片も防げるしな。」
大隅警視正は大きく頷く。
「君にも効かないのか?やはり君に頼らざるは負えんな。分かった先程のアルバイトの条件受け入れよう。改めてよろしく頼む」
「ちょといい?」
大隅警視正が握手を求めて右手を差し出し。俺もそれに応じた時、今まで黙っていた愛理が声を上げた。
「私も、この場で話したいことがあるんだけど?」