第18話 恐怖と戦闘
「う、動くな。この化物」
人の質問にも答えずに失礼な呼び方をする警官。
ちょっとカチンと来たのでわざとゆっくり近づいていく。
「く、来るなあ」
その警官は悲鳴の様な声を上げ、震えながら再び発砲する。
「無駄なんだがな」
カンッカンッと堅い音がして、拳銃の弾が2つ落ちる。
さっきは避けたが、よく考えれば『身体強化』と『硬化』が有れば拳銃の弾など効かない。
「でも流石にウザいな」
俺は地面を踏み込んで急加速し、次弾を放とうとしている警官に急接近すると、拳銃の銃口に人差し指を突っ込む。本来なら指が吹っ飛ぶが、今の俺の体ではそうはならない。
その警官は驚いた顔をするが、引き金を半ばまで引いている指は止まらない。
「ギャァァァァ」
引き金が引かれ、悲鳴が響き渡る。無論俺のではない。相手のだ。
銃口を塞がれた拳銃の弾は、銃身の中で暴れ、拳銃事態は弾け飛ぶ。そして、持っていた警官の手も火傷と無数の傷を負い、特に人差し指は変な方向に折れ曲がっている。
倒れ込んで、右手を抑える警官の腹を踏んづけて問いかける。
「もう1回効くぞ。何のつもりだ?」
「あ、ああぁぁぁ」
俺と目を合わせ、怯える警官。コレでは話しにならない。
どうしたものかと困っていると更に複数の警官が駆けつけてきて、俺を遠巻きにし、拳銃を向ける。
「きっ凶器を、お、置いてえ、あ、あ、頭の、上で、て手を組め」
震える声で警官の1人が俺に指示をするが、当然従う気はない。ブラッド・ファングウルフ達を倒してやった俺に銃を向けている時点でこいつらは正常な判断が出来ていない。魔具を手放すのは危険だった。
「は、はっ、速く、し、指示に、し、従え」
俺は無言で警察官達を睨みつける。意味もなくやっている訳ではない。時間稼ぎだ。『自動魔力回復(中)』の効果で僅かな『オド』と引き換えに『ハザン』のマナは回復する。『超回復』が有るので、傷も時間と共に治る。睨み合っていれば自然と俺に有利な状況になる。
「じ、10秒ま、待つ。そ、それまでに、に、し、指示に従わなければ、う、う、撃つ」
内心で笑ってしまった。10秒も時間をくれるのか。やはりコイツ等は混乱している。
10秒あればコイツ等を皆殺しに出来る。それは先程の俺とブラッド・ファングウルフ達の戦闘を見ていれば判りそうなものだ。
しかも、既にコイツ等の仲間が、先程発砲してしまっている。俺を倒したいのならば、こんな下らない事を言う前に全員で撃つべきだ。
最も彼等の持っている拳銃で俺を傷つけられる保証は無いが。
「き、聞こえ、な、無いのか?ほ、本当に、う、撃つぞ」
折角だから『風操(弱)』の新しい使用方法の実験台に成って貰おう。上手くやれば『風操』だけで銃弾くらいなら跳ね返せそうだ。
俺は右手に持ち直した『ハザン』を肩に担いで、欠伸をする。
「う、撃てえ」
欠伸が引き金になったのか知らないが、ズダダダダと五月蝿い発砲音と同時に無数の銃弾が放たれる。しかし、10発は俺の手前で静止し、残りはあらぬ方向へ飛び散った。
「キャアー」
「うわあぁ」
「い、痛い」
警官の一分と周囲で見ていた野次馬達から悲鳴が上がる。
「制御が難しいな」
すべて止めるつもりが、止まったのは10発のみ、後はそこら中に飛んでしまった。
野次馬にも怪我人が出てしまったが、罪悪感は湧かない。『狂化』を発動している今の俺に良心や理性は無い。
「返すぞ」
空中で静止している。銃弾の向きを逆にして『風操』の力で出せる限界の速度で返す。
「「「ギャアァァァー」」」
10名の警官が肩や腕、腹や胸などに銃弾を受けて倒れる。
角度も変えずに向きだけ逆にして返したので、銃に当たると思ったのだが、やはり『風操』の制御が甘い。
「さてと、ココからどうするか?」
このままの空気ではコイツ等皆殺しにでもしないと収まりがつかないが、流石にそれはやりすぎだ。 警官たちが此処の警備についている以上、あまり損害を出すと罪もない一般人の危険が増す。
さて、どうするか?
「蓮、これは一体…」
「あ、…」
名前を呼ばれてそちらを見ると父さんと母さん、それに愛理が呆然とした様子でこちらを見ていた。
「父さん、母さん、愛理も」
「か、関係者? かっか、家族?」
さっきまで無駄なことを喋っていた警官が狂ったように叫びながら両親と愛理に銃口を向ける。
「ひっ」
血走った目で銃口を向けられ、愛理が小さく悲鳴を漏らす。その瞬間、俺の中で我慢していた何かが切れた。
「テメエ、何してやがる」
一瞬目の前が真っ赤になった。今出せる限界の速度で拳銃を向けている警官に接近し、その銃を持つ右腕を『ハザン』で切断する。
『ハザン』の切れ味は凄まじく、バターでも斬るような軽い手応えの後、そいつの右腕は拳銃を持ったまま宙を舞う。
「ギャアァァァァ、ごハッ」
「キャアーー」
「うわぁ」
そいつは倒れ込んで、肘から先が無くなった右手を左手で抑える。口からは聞くに耐えない汚らしい悲鳴が聞こえてくる。耳障りなので、そいつの口を踏みつける。
力加減を間違えてそいつの歯を何本か折ってしまったが気にならない。
「テメエ、今何しようとしやがった?なんとか言えよ。ああ?」
「ごブゥゥ」
更にそいつの右太ももを『ハザン』で貫き、ねじりながら怒鳴りつける。
涙と鼻水と血で顔面をグシャグシャにしながらソイツは「うぅ〜。うぅ〜。」と唸るが意味は判らない。
冷静に考えて口を塞いでいるのは俺なのだからコイツは喋りたくても喋れないのだが、そんなことはお構いなしだ。
「こ、コイツいつの間に?」
「離れろ、化物」
警官達は固まって居たので、1人に接近すると当然他の警官達も近くに来てしまう。
至近距離で銃を俺に向けるが、残念ながら半径10m以内は『風操(弱)』の影響下だ。
「離れろだと?テメエら俺に指図できる立場だとでも思ってんのか?」
「ひっ」
自分でもびっくりする位ドスの訊いた声が出て、一瞬警官たちが怯む。俺は『風操』の効果で警官達が持つ全ての銃の銃口に風の膜を張る。こいつ等の銃が破裂した時に俺に破片が飛んでこないように自分の周りに風の膜を張るのも忘れない。
「銃を向けてるってことは俺を殺すつもりで居るってことだ。なら逆に殺されても文句言えねえよなあ。あ?」
『ハザン』の刃を警官たちの周りに浮かべて回転させる。当然巨大化させてだ。
「なっ?これは?」
「うわあ。」
恐怖に引きつりながら、銃を持つ手に力を入れる警官たち。そんな中1人だけ他と違う動きをしている警官がいた。
帽子を深く被っているので顔は見えないが、機動隊ではなく、普通の警官の制服だ。回りにいる他の警官よりも細くて華奢な印象を受ける。
その警官は1人だけ銃を捨てると、警棒を手に持ち、飛び跳ねて後ろへ下がる。ある程度下がった所で動きを止めてこちらに警棒を構える。
俺とその警官の距離は目算でおおよそ15m。
「(気づいてるのか?『風操』の効果範囲を?)」
驚いて少し思考が停止する。
その間に周りの警官達は引き金を引く。
「「「ギャアァァァ」」」
「な、なんで?なんで銃が?」
「痛い。痛いよぉぉぉ」
「指がぁぁ。俺の指がぁぁぁ」
「目が、目がぁぁ」
辺りの警官達が破裂した銃の破片や弾を受け、阿鼻叫喚の地獄絵図と化すが、その警官は腕と警棒で顔を守りながら更に後ろに下がっており、目立った外傷はない。
「お前、何なんだ?」
『ハザン』をそいつに向けて構え、油断なく様子を伺う。他の警官とは纏っている空気があまりに違った。警戒しなくては足元を掬われかねない。
「降伏したい」
そいつは警棒を投げ捨てると、両手を上げた。