第17話 避難所の死闘
学校に到着してすぐ家族とも合流出来たのだが、母さんにはこんな状況で外出していたことを咎められ、怪我はないか心配された。
どうやらおっさんは、逃げ遅れた市民をが居ないかパトロールしている最中に俺達を見つけたと母さんに説明したらしい。
それはともかく、この避難所も安全とは言い難いかった。学校の周りにはファングウルフの死体が散乱していたし、保健室やその周辺の教室は野戦病院の様な有様だった。
「警察官がそこら中に居るな」
校門の付近に集まっているが、学校の敷地の境目にある塀付近も2人1組で何人もの警察官が巡回していた。機動隊が多いが普通の警官もピストルを手に持って、若干引きつった顔で警備に加わっていた。
「大隅署長の話からして前線で今戦ってるのは自衛隊だろう。警察は避難所の防衛に回ってるんじゃないのか?」
両親や妹と再開し、無事を喜びあった後、浅野と学校内でいける範囲をうろついていたが、これだけ避難所に警察が居るなら、前線は自衛隊だけで戦っているのだろう。
「おまえらあんまりウロチョロするなよ」
「あ、おっさん」
おっさんが俺達を見つけて近づいてきた。
「まだココに居たの?サボり?」
「あほ、んなわけあるか。現場は陸自と空自が対応することになって、俺達はお払い箱だからな。避難所の警備に回ってるんだ。運動場にテントが幾つも立ってて、仮設本部が置かれてるしな。大隅警視正も直にココに来るそうだ」
「あの人まで来るって相当だよな」
「ああ、できれば自衛隊以外の人間を安全な場所、数箇所に纏めたいんだ。作戦のためにな」
「作戦?」
「ああ、空自の爆撃機による大規模空爆、黒王狼討伐作戦だ」
「なっ」
衝撃の内容を聞かされて固まっていると『じゃあな〜』などと軽い調子で言いながらおっさんは仮設本部に入っていった。
「すげえことに成ってんな。黒王狼が討伐されればこの騒動も落ち着くかね」
「どうだろうな?あいつと話がしたいんだ。人目につかない所は解るか?」
リュックに視線を移して浅野に尋ねる。
「何か気になることがあんのか?」
無言で頷く。アホ妖精は黒王狼をファングウルフの上位個体で3番めに強い魔物と言った。銀王狼で2番目。つまりまだ上が出てくる可能性があるのだ。
「とにかくどこか「キャアー」え」
いきなりの悲鳴に振り向くと学校の側面の塀が破られ、2頭のブラッドファングウルフが大量のファングウルフを引き連れて侵入してきていた。
警備に当たっていたと見られる警察官たちは既に変わり果てた姿で転がっており、たまたま近くに居た人たちが逃げようとするが、追いつかれて、噛み殺されていく。
「ふつーに危険だなココ。『ハザン』」
他の場所の警察官達が走って向かってきているが間に合うはずがない。『ハザン』を手元に呼び出し最早手慣れた『刃操』でファングウルフ達を引き裂きながら、俺自身は『ハザン』を片手剣位の長さにして、正眼に構え、ブラッドファングウルフ達と対峙する。
「流石に2頭相手はきついよな。」
1頭は右にカーブを描きながら俺に牙を突き立てようと突進し、2頭目は後ろに下がって距離を取り、大口を開ける。
「げっ」
咄嗟に『ハザン』の刃を巨大化させて2頭目が放った衝撃波を防御するが、そちらに意識が向いたことで1頭目の接近を許してしまう。『ハザン』で切り払おうとするが、間に合わずに右腕を思いっ切り噛まれてしまった。
「いってー」
牙が腕に深々と突き立っているのがわかる。涙が出てくるが、ここで痛みに気を取られていては負ける。
痛みをこらえて『狂化(強)』を発動し、『ハザン』を左手に持ち替える。『狂化』の影響で痛覚が麻痺しているので冷静に物事を考えられる。
「まず対処すべきはあっちだな『刃操』」
向かってきていた2頭目に、回転する巨大な刃を大量の放つが、当然奴は巧みに躱してこちらに向かってくる。
「最初は驚いたけどな。て、うおぉ」
俺の腕に噛み付いていた1頭目が俺をぶん投げる。俺が武器を自由な方の手に持ち替えたので、咥えておくのは危険と判断したのだろう。中々頭が良い。厄介だ。
吹っ飛びながらも意識を2頭目から外さない。奴が紙一重で刃を避けえいるという事は奴の体の真横に刃があるという事。
「『トルネード』」
「ギギャッ、ガブゥ」
奴が刃を躱した瞬間を見計らって『トルネード』を発動する。以前に発動した時とは違い、可能な限り竜巻を細くする。イメージは槍だ。
「クウゥゥーン」
風の槍と化した『トルネード』が奴の横っ腹を貫き、腹部を破壊し、臓物をぶち撒ける。悲痛な鳴き声と共に「どぅ」と倒れる。
予想通り、魔力の消費量を変えずに効果範囲を絞ると威力は上がるらしい。最初にブラッド・ファングウルフに『トルネード』を使った時は効果範囲が広かったので表面に無数の切り傷を作ったが、体を砕く効果は無かった。
「うおっと」
予想通りの展開に喜んで忘れていたが、今俺は宙を待っている最中だった。受け身も取らずに、背中を地面に強かに打ち付ける。
「畜生、もう1頭」
まだ1頭残っているのだから寝ている場合じゃない。追撃を食らう。素早く起き上がると予想外の光景が目に飛び込んでくる。
1頭目が俺に追撃をするのではなく、腹を破られた奴の近くまで戻り、「クゥぅ〜ン」と悲しそうに鳴いて、その顔を舐めている。腹を破られた奴もまだ生きているようで、苦しげに「クゥぅ〜ン」と鳴き返していた。
「仲間を思いやる思考とかあるんだな?」
よく見るとぶち撒けられた臓物の中に犬のような形をした肉塊が見える。まだ、そうと判別できるほど成長していないし、毛も生えていないので分かりづらいが、アレはブラッドファングウルフの胎児だろうか?よく見ると臍の緒の様な管も着いているし間違いないだろう。
「夫婦だったのかよ」
少し苦い気分になったが、相手がスキを晒していることに変わりはない。殺らないとこっちが殺られる。
「『刃操』」
ブラッドファングウルフは俺からの攻撃に気づき、回避するが、不意を突かれたためだろう。躱しきれずに後ろ足を1本深々と斬りつける事に成功する。
「グガー」
傷つけられた怒りと、番を瀕死にされ、子どもを殺された憎しみからか、地を這うような唸り声を出して向かってくる。しかし、足の傷は深いのだろう。その速度は先程よりも大分遅い。
上空に残っているすべての刃を向かわせると避けることは出来ずにすべてをその身に受ける。
「終わった」そう思った。しかし……
「嘘だろ。ぐあぁ」
そいつは刃を身に深々と突き刺したまま真っすぐ進み、俺の腹部に食らいつく。
「すごい執念だな。『ハザン』」
咥えられたまま振り回されながらもなんとか『ハザン』を胴体に突き刺す。
「 ウワオオオォォォォ」
「嘘だろ?ぐあぁぁぁ。がはっ」
このままなんとか倒そうと思ったがまた予想外が起きる。俺を咥えたまま衝撃波付きの咆哮を放ってきた。
咄嗟の判断で俺はシャドウボックスから傘を取り出す。『ダメージ軽減(弱)』が仕事をしてくれることを祈る。もちろんそれだけだと不安なので『硬化』で体を硬化した後、一瞬『狂化(強)』を完全に使った。理性は飛ぶが、身体能力は5倍に跳ね上がる。もちろん耐久力や防御力も。
「はあはあ、生きてるの奇跡だな。」
腹部からは大量の血が出ており、肋も何本か折れているのが解る。だが、痛みは感じないしまだ立てる。
「はぁ、頼むぞ」
傘をシャドウボックスに入れ、代わりに先日倒したブラッド・ファングウルフの魔石を出す。
「こい『ハザン』」
さっきふっ飛ばされる時に手放してしまった『ハザン』はまだ奴に刺さったままだったので『サモン』で手元に戻す。
「ギュウゥ」
いきなり刺さっている物が無くなって痛みが在ったのだろう。奴は呻きそのひょうしに口から何本かの牙と血が飛び出す。
なるほど、噛み付いたまま衝撃波なんて便利なことが出来るなら、どうして最初からやらないか疑問だったが、どうやら捨て身の技らしかった。
というか、戦車もお釈迦にした至近距離からの衝撃波を食らって生きている。なんか人間として終わった気がする。
俺はなんとか動く右手に持った魔石を左手の『ハザン』で砕いた。
“カッターの性能”
銘:ハザン
所有者:大神 蓮
ランク :希少級<レア>
ウェポンスキル:自動修復(強) コスト3
刃操 コスト3
自動魔力回復(中) コスト4
飛刃(弱) コスト1
風操(弱) コスト3
気体制御(弱) コスト5〈New〉
ウェポンスペル:身体強化(強) コスト3
チェンジサイズ コスト1
トルネード コスト10
エンチェント コスト2〈New〉
バフ :身体強化(強) コスト3
腕力強化(強) コスト3
サモン コスト1
超人化(中) コスト6
斬撃強化(弱) コスト1
硬化(弱) コスト2
超回復 コスト3〈New〉
マナ充填率 :90%
狙い通り、『ハザン』に新しい能力が加わった。しかも3つ。さすがはブラッド・ファングウルフの魔石である。特にバフがありがたい。あくまで『回復』であって『再生』で無いため、欠損を治す効果は無い様だが、既に血は止まり、傷口も塞がり始めていた。
「お前は強かったが、俺はもっと強かったな」
俺が今出せる最高の速度で接近し、『ハザン』を突き立てると、その刃先から『トルネード』を放つ。
「グギュー」
『トルネード』により体が砕けたそいつは地面に倒れると同時に息絶えた。
「勝った〜。えっ」
勝利の余韻に浸っていると急に視界から色が抜け落ちて白黒になる。先程とほとんど変化は無かったがブラッド・ファングウルフの死体の手前に銃弾が3発落ちていた。
「何だ?」
直ぐに視界は元に戻る。一瞬の出来事だったが嫌な予感がして上空へ跳躍すると、発砲音がした後、先程俺が居た場所の近くを銃弾が通り過ぎ、ブラッド・ファングウルフの死体に当たって跳ね返ると、先程見た白黒の光景の銃弾が在った位置と同じ場所に転がった。
「馬鹿な?躱しただと?」
俺は着地して後ろを振り向く。
「どうゆうつもりだ?お前?」
1人の警官が引きつった表情で俺に銃を向けていた。