第16話 情報提供
「まあ座ってくれたまえ」
おっさに連れられて警察署にやって来た俺達はまず、医務室に案内され、簡単な治療を受けた後、個室に通された。
中には堅い印象を受ける。中年の男性が座っていた。こちらは間違ってもおっさんなどと言える雰囲気ではない。
「彼らがそうかね?近藤警部補」
「は、間違いありません」
さっきまで飄々とした態度だったおっさんが背筋を伸ばして敬礼している。よっぽど目の前の人は偉い人なのだろう。
「報告では3人のはずだ、もう一人の小さな方とも話がしたいのだがね」
誰のことを言っているのか察し、俺は足元に置いたリュックの蓋を開けた。
「だ、大丈夫よねぇ?」
緊張した様子で、アホ妖精がリュックから出てくると、机の上に着地する。
その様子を見て男性の目が僅かに広がる。
「ほお、報告に間違いや誇張は無かったのだな」
一瞬おっさんに視線を向けた後、俺達に視線を戻す。
「おっと失礼した。そちらのお嬢さんについては報告では聴いていても、実際に見ないと信じられなかったものでね。
改めて、私がこの警察署の署長を任されている。大隅という。よく来てくれた。早速で悪いがあの狼たちの情報が欲しい」
大隅署長は堅い表情のまま、アホ妖精にファングウルフの情報を求める。
「私が知っている情報で良ければすべて話すわ」
雰囲気を察してか、何時になく堅い雰囲気でこれ迄の経緯を話し始めるアホ妖精。俺達も時折補足しながらこれ迄の経緯を説明する。
「ふむ」
コレまでの経緯を聞き、思案顔になる大隅署長。
「つまり大神君は既にダンジョンを1つ攻略していると?」
「最低難度のやつですけどね」
「それにオーガ系とウルフ系じゃダンジョンのレベルやランクが同じでも難易度が違うわ。オーガ系は成長すると厄介だけど弱いうちは雑魚の代名詞であるゴブリンしか居ないもの」
「その雑魚の代名詞に追っかけられて助けを求めてきた奴も居たな」
「群れると危険なのよ。だいたい」
「んっ、良いかね?」
言い合いを始めた俺とアホ妖精の会話を咳払いで大隅署長が遮る。
「さて、このダンジョンはウルフ系になるのだろうが、難易度は判らないかね?」
大隅署長の問いかけに難しい顔をしてアホ妖精は少し考える素振りを見せた。その後言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開く。
「実物を見ないと『鑑定』が使えないから正確には判らない。でも、1つだけ言えることが有る。」
「それは?」
「魔物がダンジョンから出るのは高い知能を持っているからか、ダンジョンが魔物で溢れて追い出されるから。ゴブリンやホーンラビット、スライムなんかの一気に大量発生する魔物ならしょっちゅうダンジョンから出てくるけど、ファングウルフはそこまで知能も高くないし、繁殖力も魔物の中では普通位でそこまで高い方じゃない。
ダンジョンが弱い間は普通、出てこないよ。それが出てくるってことは、それ位長い間ダンジョンがあったということで、少なくともその分レベルは上がってる。」
アホ妖精の言葉を聴いた大隅署長は顎に手をやり、頭の中の考えを纏める様に宙を見ながら問いかける。
「1つのダンジョンに魔物は1種類だけかね?今言った大量発生する魔物にファングウルフが押し出されただけという可能性は?」
「基本最初は1種類。成長する中でその上位個体は現れるし、ランクが上がればその分種類も増えるけど、つまりそれは難易度が上がっているってこと」
「なるほど、どちらにしろ拙い自体だな。」
大隅署長は難しい顔をして考え込む。
「あの、今の状況はどうなんですか?」
教えて貰えるかわからないが、黙りこくっていても埒が明かない。
「そうだな。言っても構わんかな。隠しておけることでもあるまい」
教えてくれないと思っていたが、大隅署長はどうせ隠せないからと、現状の説明をしてくれた。
「最初に狼どもが出てくる洞窟を発見した際は、機動隊での封鎖を試みた。しかし、白い通常個体、その妖精殿の言うファングウルフが次から次えと現れてね。物量に耐えきれなくなって隊列が崩壊してしまい、その後は一方的にやられた。
そこから陸上自衛隊が駆けつけ、彼らの持つ強力な兵器の影響で1時的に優勢になっていた。
途中赤い大型個体に戦車を破壊されるなどの痛手を被ったが、上空からの爆撃で赤い個体も討伐に成功した」
「ブラッド・ファングウルフを倒したのか?」
あの化物、魔具無しでも倒せるのかと少し驚いてしまう。
「へぇ〜中級をスキルやスペル無しで倒したんだ。この世界の兵器ってよっぽど進んでるのね」
アホ妖精も驚いた声を上げる。
「ああ、戦車も破壊する怪物だったが、複数のヘリによる上空からの爆発物投下でなんとかな。私としては単独でアレを討伐した君の戦力のほうが驚きだよ」
大隅所長は苦笑する。
「しかし、そんな勝利も台無しにするやつが現れた。黒い大型の個体だ」
「黒い個体?」
「ああ、銃火器が一切通用せず、上空のヘリも咆哮と共に放つ音波で破壊する」
「咆哮と共に出す音波?ブラッド・ファングウルフも使っただろ?」
アレを食らってヘリが落とされるならブラッド・ファングウルフにも勝てない気がする?
「ああ、たしかにその通りだが、赤い個体の音波は距離が遠いほど威力が弱まっていく。至近距離に接近されて、浴びせられた戦車は大破したが、上空のヘリに放っても、多少ヘリを揺らす程度だった」
「黒い個体は違ったと?」
大隅署長は苦虫を噛み潰した様な顔で頷いた。
「ああそうだ。かなりの遠距離まで咆哮の威力は変わらず、上空のヘリが全て叩き落された」
陸自が装備している銃火器が全て効かない程強靭な体で、強力な遠距離への攻撃手段も有る。厄介すぎるなその魔物。
今の説明を聞いて脳裏に浮かぶのは銀王狼だ。確かに奴の咆哮も、雲を突き抜け、はるか上空に達した。まあ、黒い大型個体と言うから奴では無いだろうが。
「今の説明で心当たり有るか?」
アホ妖精に水を向けてみる。大隅署長もアホ妖精に目を向ける。どことなく期待する雰囲気が出ている。
「黒くて大きい狼か。一応聞くけど青い炎を吐いたり纏ってたりした?」
「いや、そのような報告は受けていない」
「なら、黒王狼だと思う」
アホ妖精が目を泳がせる。
「何か不安なことでも有るのか?」
「黒王狼は魔素溜まりからは生まれない。黒王狼はブラッド・ファングウルフの番から生まれる。1万分の1の確率で」
「それってつまり」
嫌な予感がする。外れていて欲しい。
「ファングウルフの発情期は夏と冬の2回。1回の出産で生まれる子どもは4〜6匹だから1万匹も生まれるとなると、結構な期間あのダンジョンは在った事になるし、ブラッドファングウルフも結構な数。少なくても1万超える位の数は居ることになる」
ヤッパリか。正直外れて欲しい予想だが、そう的外れでもない。多分当たっているだろう。
「自衛隊はどのくらいブラッドファングを倒したんですか?」
「5頭だ。アレが大量に居るとなると脅威が増すな」
苦笑をしてから大隅署長はアホ妖精に目を向ける。
「話を戻すが、黒王狼だったかな。あの黒い個体、倒す方法はあるかね?」
「こちらの兵器がどうゆう物か私は知らない。だから言えることは3つ。
1つはランク。黒王狼のランクは中堅下位でファングウルフの上位個体の中で3番めに強い個体よ。
2つ目は弱点だけど特に無いわ。ただ毛皮と筋肉の硬さでありえない耐久を得てるだけだから理論上は攻撃の威力を上げていけばスペルなしでも倒せるはず。スキルやスペル、バフに頼らないと倒せないっていうのは向こうの世界の武器での話。奴の防御力を超えた威力があれば問題ないよ。後は……」
アホ妖精が気まずそうに俺の顔を見る。
「ふむ、こちらから聞くべきかな?彼は黒王狼のに勝てるのかね?」
黒王狼に勝てるか?か。なるほど、俺が戦いたがっていないのを知っていたからアホ妖精は気まずそうにしていたわけだ。
「判らない。ただ、どっちが勝つか賭けろって言われたら私は蓮に賭ける。勝てると思ってるから。……その、無傷では済まないと思うけど。」
アホ妖精は多分勝てると言うが、今の説明を聞いて、俺は勝てる確率は低いと見ている。
銀王狼はファングウルフの上位個体の中で2番目の強さとアホ妖精は言っていた。ソイツに負けた俺が3番に勝てるかはかなり微妙だ。
「なるほど、参考に成った」
大隅署長は大きく頷くと、俺の方を見る。その目に俺も視線を合わせた。何を言われるか予想がついている。どう答えようか?
「今日は突然呼び出してすまなかったね。既に避難指示が出ているから、避難所まで車で送らせよう。車も安全とは言い難いが徒歩よりはマシだろう」
「えっ…」
予想外の言葉が来た。てっきり協力して欲しいとか言われるものだとばかり思って身構えていた。
「ふむ」
こちらの考えが分かったのか大隅署長は笑みを浮かべる。
「確かに君の思っている通り君が居てくれれば大きな助けになるだろう。しかし私にも市民の安全を守ってきたプライドがある。民間人の学生に化物を退治してくれと懇願するほど落ちぶれてはいないつもりだよ。
まあ、欲を言えば魔具は提供して欲しいが、君以外に使えないのなら仕方ない」
後ろに立っているおっさんに視線を向ける。
「近藤警部補。パトカーで彼らを避難所に送ってくれたまえ」
「了解しました」
おっさんが背筋を伸ばしてきれいな敬礼をする。
「じゃあ行くぞ坊主達」
おっさんに促されるが直ぐに立ち上がることが出来ない。自分でも何が引っかかって居るのか分からない。本当に俺はただ避難しておくだけで良いのだろうか?
「おい蓮。どうしたんだ?行くぞ」
浅野に軽く方を揺すられて俺も立ち上がる。そのままおっさんの後について俺達が部屋を出ようとした時、『ああ』と大隅署長が声を上げる。
「うっかりしていた。君たちの保護者の連絡先も教えてくれ。私の方から避難所に送り届けた旨連絡しておく」
それからすぐにパトカーに乗り、気づいた時には避難所に成っている学校に到着していた。