第15話 敗北と逃走
「はあっはあっ」
全身から汗が吹き出し、膝が笑う。
「蓮。大丈夫?」
「ヤバイよな?体も傷だらけだし、体力も限界って感じだぜ」
アホ妖精と浅野が俺の居る場所まで降りてくる。
刃の隕石衝突時に『硬化』を掛けた『ハザン』の刃を10枚出して隠れている場所を守ったので刃の隕石衝突の余波で吹っ飛ぶということはなかった様だ。元気に俺が居るクレーター中心まで降りてくる。
「すげえ威力だな。最早人間兵器だろ?」
浅野がクレーターを眺めながら言う。
「嬉しくねえよ。それより銀王狼は?」
「ああ、その件だ。肩貸してやるから速く逃げるぞ。アイツ生きてる」
「何?」
浅野の口から驚愕の事実を聞かされる。耐えきったのか?この威力に?
「別に向こうも無傷では無いだろうし、直撃してたら死んでたと思うぜ」
浅野が俺を抱えながら言う。
「お前の隕石がぶつかる瞬間、アイツ咆哮の衝撃波で迎撃しただろ?」
「ああ」
「『天眼』で見てたが、アレは防ぐためじゃなく、衝突の速度を遅くするためだ」
浅野の『天眼』は『天眼(中)』に上がった事で、自分の居る位置の真上、上空1000mの位置から地上を俯瞰する視線を持つことが出来る。因みに視界の1部を拡大することも可能だ。
「アイツは衝突間近、刃の隕石の影に隠れてお前から見えなくなる1瞬のタイミングで回避したんだ。だから、余波は喰らったが、直撃はしてねえ」
「なっ」
浅野の言葉に絶句する。確かに頭の良い個体だと思ったがそこまで出来るとは。
「余波で吹っ飛ぶ所までは見た。無傷ではないはずだが、近くに居る」
今攻撃されたら太刀打ちできない。とにかく浅野に肩を貸してもらってこの場を離れることにする。
「げ、やべ」
「え?」
言葉と同時に浅野は倒れ込み、俺も巻き込まれて倒れる。
「うわぁ」
そして、頭上を灰色の物体が横切った。
「何が?」
起き上がると眼前には絶望の象徴銀王狼が佇んでいる。
どうやら先程背後から俺達に飛びかかってきたようだが、浅野は察知し、倒れ込むことによってやり過ごしたらしい。
「助かった」
「まあ、俺の『天眼』は360度死角無しだからな」
さて躱せたは良いが、これからどうするかだ。
すぐに飛びかかって来ないので、眼前の銀王狼を観察してみる。
美しい白銀の体毛は多くが焦げており、所々黒くなっている。
黒と銀が混ざって全体的には灰色に見えていた。
そして状態。そこら中から血を流し、よたよたとしている。良く見ると刃の破片も突き刺さっていた。
「向こうも満身創痍。いけるか?」
俺が覚悟を決めた瞬間、奇妙なことが起きる。
「グルゥゥゥ」
突然銀王狼が首を振って、何かを嫌がるような素振りを見せ始める。
「何が?」
「蓮」
「どうした浅野?」
後ろから浅野に声を掛けられ、思わず振り返ると、スマフォを突き出している浅野の姿が目に写った。
「野良犬や猫が嫌がる超音波だ。良く公園とかに仕掛けられてるやつな」
なるほど。言われてみれば盲点であった。確かに相手は狼なのだから効く可能性は高い。少なくとも試して見る価値は有る。そして実際に、銀王狼はその音を嫌がっていた。
「更に、ホイ」
浅野は何か銀色のものを銀王狼に向かって投げる。
「蓮、それぶった切れ」
「え?それ」
言われて俺は『飛刃』を放ち、浅野が投げた銀の物体を銀王狼の頭の上辺りで斬り裂く。
「ギャゥゥゥゥン」
銀の物体が壊れて、中から出た液体が顔に掛かると、銀王狼は今まで以上に悶始める。
今なら『トルネード』を当てられるだろうか?俺はファットゴブリンの魔石で『ハザン』の魔力を僅かに回復させ、『トルネード』を放つ。
「喰らえ。『トルネード』」
「ガゥ?キャウン」
銀王狼は『トルネード』に気づき躱そうとしたが、間に合わず、前後の右足と胴体の右側面を『トルネード』に寄って切り裂かれ、多くの深手を追った。
「やった」
「ガルルルゥゥゥ」
銀王狼は恨みがましく此方を見た後、踵を返して去っていく。
「一応凌ぎきったか?」
「ああ、逃げってたぜ」
浅野は『天眼』で銀王狼が去っていくのを確認している。
「浅野」
「ん?何だ?」
「すまない。助かった」
この戦い。俺は負けていた。結果だけ見れば闘争したのは相手だが浅野の助太刀がなければ死んでいたのは俺だっただろう。試合にかって勝負に負けた気分だ。
「気にすんな。本はと言えば、蓮が俺達を助けてくれてたわけだしな」
「最後の銀色のアレ何だ?」
先程から気になっていたことを訊いてみる。銀王狼のアレに対する反応は凄まじかった。悶え苦しんでいると言っても良かった。
「ああ、アレか?アレはシュールストレミングの缶詰だよ」
シュールストレミング?何処かで聞いたような?と考えていると思いだした。確か世界1臭い食べ物だったはずだ。
「そんなもんよく持ってたな」
「相手は狼だからな。何かに使えるかと思ってな。スーパーに行った時に北欧フェアで売ってたから買ったんだ」
よくそんな思考になるなと思ったが、とりあえず助かった。
「その状態じゃダンジョンは無理だな?」
「ああ、行ったら何も出来ずに死ぬ」
間違いなく死ぬだろう。とりあえず1時浅野の家に帰還する事にして歩き出す。アホ妖精はと思って辺りを見回すと、俺の顔の横を飛びながら心配そうに此方を見ている。
「大丈夫だ」
「良かった」
アホ妖精と1言だけ言葉をかわし歩きだそうとするが、その足は突然投げかけられた声によって止められた。
「ちょっと良いか坊主」
「ん?」
急に後ろから声をかけられ、俺と浅野は立ち止まりる。
「誰おっさん?」
振り返ると渋い色のコートを着た中年の男性が立っていた。
「おっさんて、俺はまだ若いわ。たぁく最近のガキは」
「いやどっからどう見てもおっさんだろ」
浅野が咄嗟に突っ込んで漫才の様な掛け合いになっているが、正直かなり拙い状況だ。このおっさんにはアホ妖精を見られたし、さっきの銀王狼との戦闘を見られた可能性が高い。
「(始末するべきか?でも)」
正直、人に力を使う事へのためらいは大きい。殺人を犯す覚悟もない。それでも放置すれば大変なことになりそうだった。
「(殺るしか無いか?)」
『ハザン』を握る手に力が篭もる。
「おっと、そっちの坊主は随分と物騒な顔してるな。おれを殺しても意味無ぇからやめてくれよ」
浅野との漫才を打ち切り、おっさんがこちらに意識を向ける。
「意味がない?」
「おおよ。スマフォをスピーカーの通話状態にして内ポケットに入れてるからな。通話中の俺の相棒に筒抜け。な、俺を殺しても意味ねえだろ?」
「なっ、このおっさん見かけと違って頭が回る」
「おいコラッ、失礼すぎるだろガキども」
心の声がつい、出てしまった。それはともかく、このおっさんだけを片付けても口封じにならない。スマフォの話が本当ならだが。
「で、おっさん何がしたいの?単にかまって欲しいから学生脅かしただけ?それとも学生から口止め料でもせしめようとしてんの?」
浅野が随分と挑発的な聞き方をする。コイツも相当焦っているんだろう。スマフォをさり気なくおっさんの方向に向けて何時でも音波を打てるようにしているのがいい証拠だ。
「情報が欲しいんだ。あの狼どもが出てくる洞窟は特定できたが、封鎖が出来ねえ。次々出てくる狼どもの物量に封鎖に向かった機動隊の部隊は為すすべなく全滅したし、代わりに向かった陸自も黒いヤバイのに手も足も出なかった。あいつらが何なのか?知ってるやつのアドバイスが欲しいのよ。」
「おっさん。何者なんだよ?」
今の情報は一般人なら知らないことだろう。
「俺か?しがない刑事よ」
「なっ刑事」
「嘘だ、かあさんが昔ドラマでよく見てた刑事ほど格好良くない」
「ドラマの刑事は俳優が演じてんだから当然だろ。刑事の仕事にルックスは関係ねえよ」
浅野が馬鹿なことを言って、漫才が始まってしまった。真面目な話をしてたのにスキあらば漫才にしようとするなこの二人。
「で、話聴かせてもらえるかい?」
一旦呼吸を整えて、おっさんは懐から警察手帳を取り出した。どうやら本当に刑事のようだ。