第11話 変わっていく日常
白銀の獣は静かに立ち上がり、塒を後にする。
「(獲物が必要だ)」
昨日もこの巣穴の周りに何やら集まってきていた獲物を番が狩ったが、育ち盛りの我が子にはさらなる獲物が必要だ。
番には巣穴を守る役目が有る。獲物を集めさせる為に送り出した配下共はまだ戻らない。
「(もっと大量の獲物が必要だ)」
白銀の獣は朝日が登る前の白味がかった、薄明るい空に大きく咆哮すると、駆け出した。
獲物が大量に居る場所を目指して。
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昨日は浅野の家に着いた後、30分程で母さんの車が到着し、俺はそれに乗り、家に帰った。
浅野の家に着いた後も、帰宅途中の車内でも特に事件はなく、胸をなでおろした。
そして本日、天気は晴天だが、学校は臨時休校。狼どもの警戒を警察が続けており、むやみな外出は控えるように放送が有った。
「じゃあ父さんと母さんは仕事だから。蓮。愛理。外に出ちゃ駄目よ」
「こんな時でも仕事有るのかよ?」
「上司に休んでも良いとは言われてるけど、ヤッパリ気になるのよ。アンタも責任の有る立場になると解るわ」
「義父さん、義母さん行ってらっしゃい」
そう言って、父さんに続き母さんも仕事に向かった。何事もないことを祈るしか無いな。
「さてと」
俺もファングウルフ達の様子を探りに外へ出たいが、そう簡単にはいかない。今、この家には俺1人では無いのだ。
「黙り込んでどうしたの?おにぃちゃん」
義妹である愛理が居る。愛理は中学3年生。当然の様に中学校も猛獣騒ぎのせいで臨時休校だ。
愛理の目を盗んでなんとか外へ出なくてはいけない。
「もう、どうしたのおにぃちゃん」
「うおぉ」
考え込んでいると、耳元で大きな声を出され、驚いて仰け反る。
「ど、どうした愛理?」
「どうしたじゃ無いよ。さっきから話しかけてるのに全然聴いてくれないんだもん」
可愛らしく頬を膨らませる義妹様。どうやら無視されたと思ってご機嫌斜めらしい。
「悪い悪い。母さん達大丈夫か心配でさ」
「嘘。おにぃ絶対他のこと考えてた」
即座に嘘だと断言された。鋭い。我が義妹ながら、どうしてこんなに鋭いんだろうか?
「嘘じゃないさ。実際」
「おにぃ嘘をつく時、私の目を見ないもの」
マジかー。え、嘘、そんな分かりやすい癖有ったの?今までお前言わなかったじゃん。
「えーと、そのだな」
「左腕の怪我、痛むの?」
「なっ、何言ってるんだ?」
何でこんなにズバズバ確信突いてくるのこの娘は?
「腕の怪我?何の話だよ?」
「だから、嘘突いてもバレバレだよおにぃ。昨日帰ってきてからやたらと右手だけ使ってるじゃない。いくら右利きでも明らかに不自然だよ」
「ちょ」
言いながら愛理は俺の左手を握って、袖を捲り上げる。
一瞬、振り払おうかと思ったが、俺のオドは上昇しているので素の状態でも常人の3倍の身体能力がある。浅野の家で意図せずゲームのコントローラを握りつぶしたのは苦い記憶だ。
振り払えば愛理が怪我をするかもしれない。そう思うと動けなかった。
「うわっ、なにこれ?どんな危ないことしたらこんな事になるの?」
俺の腕の状態を見て、悲鳴を上げる愛理。
愛理よこれでも1日で大分回復したんだぞ。実際、噛まれた痕は残っているが、血が止まっているのはもちろん皮膚まで再生している。冷静に考えてありえない再生速度だ。
「これは…、野良犬に噛まれただけで」
「いや、その嘘はありえないよ。ていうか、今のご時世市街地に野良犬は居ないよ」
うん。その通り。ヤバイなどう誤魔化すか。
更に愛理は眉根を寄せる。
「今、街で遭遇する動物で、噛み付いてくるものって、それこそニュースで言ってた猛獣くらいなんじゃ?」
すごい確信を突いてきた。まあ、確かに、普通に考えればそうだけどな。
「仕方ないか」
「何が?」
「愛理。ちょっと待っててくれ」
「え?うん」
俺は愛理をリビングに待たせると、部屋からリュックを取ってくる。
「リュック?どうしたのおにぃ?」
「出てこいよ。アホ妖精」
俺は愛理の言葉には答えずにリュックに呼びかける。
「んん〜?何〜?」
間延びした声を出しながらアホ妖精がリュックから飛び出してくる。
「ていうか、アホじゃないって何度言えば、てっちょっと」
眠気眼を擦りながら浮かび上がるアホ妖精は愛理の存在に気づいて一瞬固まった後、抗議の声を出す。
「アンタ何あたしの存在バラしてんのよ。アンタのほうがアホでしょ?」
「五月蝿いな。浅野の家で勝手に出てきた奴に言われたくねえよ。愛理にも話すことにしたんだ」
「大丈夫なんでしょうね?」
アホ妖精が疑わしげな視線を向けてくる。大丈夫だと再度言って愛理の方へ向き直ると、愛理はアホ妖精を見たまま固まっていた。
「愛理?おい愛理?」
「あたしの可憐さに驚いたのね」
「愛理。奇妙な生物を見て驚いただろうが、兄ちゃんの話を聴いてくるるか?」
「誰が奇妙よ」
「いや、お前しかい「キャー、ナニコレ?」うぇ?」
「ムギュッ」
アホ妖精とくだらない言い争いをしていると、固まっていた愛理が突然大声を上げて、アホ妖精を両手で捕獲する。
「ちょっと、緩めて、身が出る」
「ああ、ごめんね」
アホ妖精の懇願を聞き手を離す愛理。
「でもすっごく可愛い」
キラキラした目でアホ妖精を見つめる愛理、先程までの心配そうな表情は見間違いだっただろうか?
「で、話を戻すが愛理に説明しようと思うんだ」
「ん?なるほど。分かった。アンタがそう判断したんなら、それで良いんじゃない」
「え?おにぃの腕の怪我とこの娘が関係有るの?」
「ああ、実はな」
俺とアホ妖精は交互にこれまでの経緯を語って訊かせた。
「そんな事になってたんだ」
その1言を呟くと愛理は何か考えるように押し黙る。
「えーと、それでな、とりあえず、外に出てダンジョンを探したいんだ」
「攻略する気になったの?」
押し黙る愛理に気まずさを感じて話を進めようとすると、アホ妖精が食いついてくる。
「アホ、そんなわけ有るか、攻略しなくても入り口壊して塞げばいいだろ?」
何も必ず攻略する必要はない。ファングウルフが出てこなくするだけなら方法は有るのだ。
「それだと根本的な解決にならないよ。それに世界の封印が解けちゃうかも」
「そこは軍隊におまかせで良い。大体」
「おにぃ」
「ん?何だ?」
アホ妖精との話を愛理が遮る。
「正直、頭の中がごちゃごちゃでどうすれば良いか分かんないけど、おにぃは狼達が出ないようにしようとしてるんだよね?」
「ああ、そうだ」
「危なくなったり無理そうなら諦めて帰ってくるよね?」
「当然だ。無茶はしない」
「分かった。なら止めない。義父さんや義母さんが帰ってきたり、電話とか掛けてきても上手く誤魔化しとく」
「本当か?ありがとう」
「うん。あ、でも、おにぃまで居なくなったら嫌だよ。絶対に無理はしないでね」
「ああ、解ってるよ。大丈夫だ。約束する」
「行ってらっしゃい。おにぃ」
愛理に見送られて家を出ると、直ぐに能力を使った全力で走り出す。
とりあえず、山の方から探ってみる事にして進んでいると、スマフォが振動する。
「ん?浅野か?」
掛けてきている相手は浅野のようだ。
「もしもし?」
「もしもし、蓮か?」
「そうだけど」
「悪いんだけど直ぐに俺の家に来ることって出来るか?」
「何が有ったんだ?」
「ダンジョンの位置分かったぜ」
「本当か?」
「ああ」
浅野が自身に満ちた声で返してくる。
「分かった。直ぐに行く」
俺は進路を変更し、浅野の家へと向かった。




