第1話 突然の非日常
唐突だが、皆さん高校時代何をして過ごしていただろうか?
志望校合格を目指して勉強していた?
部活に青春を捧げていた?
それとも単純に友達と毎日遊んでいた?
毎日毎日ケンカをして親や教師を困らせる不良だったなどという人もいるかもしれない。聞く人によってこの問の答えは変わり千差万別だろう。
だがしかし、だがしかしである。どれだけ多くの答えがあっても、今俺がしているような体験をした人は1人も居ないだろう。
どんな変わった体験かって?一言で言えば喧嘩である。俺は1人で相手は4人だ。
『案外普通じゃないか』と思ったそこのあなた。甘い、甘すぎる。確かに、喧嘩をすることは褒められたことではないが、そう珍しいことではない。1対4となるとかなり不利だろうが、ありえないと言う程でもない。しかしその喧嘩の相手が腰蓑をつけて棍棒を持った『ギィギィ』鳴く小人なら話は別だろう。
「いい加減うざい」
「ギィギャ」
俺の右ストレートが目の前の小人の顔面に突き刺さる。歯が折れたようで、小人の口から緑色の液体(おそらく血)と何本か歯が飛び散る。
続けて左から短い木の棒で殴り掛かってきた小人の一撃を、左手に持っていた傘(今日の天気予報は、晴のち曇。所により雨だったのだ)で受け止める。そこから力を入れて傘を振り抜き、小人2号をふっ飛ばす。結構軽い。見た目通りの体重のようだ。
「「ギギャアー」」
「うえぇ」
一息つく間もなく3匹目と4匹目が前から突っ込んできた。右足に体重がかかっている状態なのでそのまま右側に倒れ込む様にして回避。ついでに左足で右側のやつの脚を蹴っ飛ばして転ばせる。
左側にいた奴(4匹目)が少し行き過ぎた後でこちらに向き直り木の棒を振り回しながら向かってくるので慌てて起き上がる。起き上がるときにまだうつ伏せに倒れていた3匹目の背中を踏みつけて動きを封じるのを忘れない。足の下で藻掻く3匹目を力一杯踏みつけながら、向かってくる4匹目の顔に傘の先端を突き出す。
「ギギャアァァァ」
「うわっ」
突き出した傘の先端が運悪く(運良く?)4匹目の右目に深々と突き刺さり、緑の液体を撒き散らしながら今までで一番の絶叫が響き渡る。しかも足の下から『ゴキッ』という鈍い音と、くぐもった『ギィ』という鳴き声が聞こえ、足の裏になんとも言えない感触があったものだからもうホントに吐き気を催しそうだ。
しかし、気持ち悪がっている余裕はない。先程ふっ飛ばした2匹目がすぐ近くまで来ていた。とっさに傘を手放し(引き抜く時間が勿体なかった)背負っていたリュックを下ろしてそいつに投げつける。
「ギイィ」
リュックの直撃を受けたそいつはそのまま背後に倒れ込んで藻掻く。肩にかける部分の紐のあまりが丁度よく絡まってすぐに起きれないようだ。2匹めの状態を確認するとすぐに4匹目に近づき、頭を足で踏んで、傘を引き抜く。
「うわっ、緑の液体でベトベト」
傘が大変気持ち悪いことになっていたが、我慢して状況確認。
まず1匹目、とりあえず立ち上がっているがフラフラしていて足取りが覚束ない。先程の右ストレートがよほど上手く決まったらしい。とりあえずこいつは向かってくる様子がない。
2匹目、まだリュックと格闘中。リュックが開いて教科書や辞書が出てきてしまっているが、それがよりアイツを混乱させている。
3匹目、『ギコッ、ギコッ』と咳き込みながら苦しそうに呼吸をしていて起き上がる気配がない。
4匹目、未だに右目を抑えて転がり回っている。緑の血が両手の隙間からダラダラ出ている所を見るに、目を潰されるのはこいつらにとっても重症のようである。体の構造は人間に近いのか?
とりあえず向かってくる奴が居ないので、上がった呼吸を整える。現状打破のためあたりを見回すがゴツゴツした岩と壁ばかり、どうしたものかと考えていると、2匹目が格闘しているリュックから何か黄色い物が滑り落ちる。
よく見ると形は人の手で握りやすいようになっており、内部に刃が収納されている。そう、何となくお解り頂けただろうか?ズバリカッターナイフである。
「カッターとか入れてたか?」
驚きながらも、緑の小人たちに持たれると命に関わるので即座に近づいて回収。
カッターなどリュックに入れていた覚えがないと思いながら回収していて思い出す。
たしかにリュックにカッターを入れていた。他ならぬこの俺が。
何故忘れていたかって?別にボケたからではない。まだボケるような年でもない。ただ入れたのがだいぶ前だったのだ。そう、具体的には半年前、去年の文化祭の準備に使って、そのままリュックの奥深くで眠っていたのである。
『さすが俺、半年前からこの状況を想定していた。』などと現実逃避しながら、手元のカッターを見て悩む。生き物の命を奪うというのはなかなかに抵抗がある行動だ。虫などの自分たちとはかけ離れたものならまだしも、相手は人間に酷似した部分を多く持つ。しかし、やらなくてはこちらが殺られる。しかもこいつらの見た目は先程から緑の小人と言っているが、ぶっちゃけRPGなどでよく見るゴブリンである。
「よし、やるか」
気合を入れてから2匹目に近づき、カッターの刃を藻掻いているそいつの胸に深々と突き刺す。カッターの刃が折れないようにすることも考えるなら首などのほうが良いかもしれないが、何分動いているので狙いがそれても外れない体の中心を狙うことにしたのである。
肉に突き刺さる感触、そして何か硬い物に当たる感触がした後、2匹目は激しく痙攣して動かなくなった。
「さてと」
わざと大きな声を出して気持ちを落ち着け残る3匹も同じように処理していく。
「とりあえず勝った」
すべてのゴブリンにトドメを刺した後、へたり込んで大きく息を吐く。息を整えて現状を振り返る。
そもそもどうしてこんな事になったのかというと、ぶっちゃけ通学路をショートカットしたのが原因である。
俺、大神 蓮は昨日の深夜のネトゲがたたり、今朝盛大に寝坊した。もともと高校から家までは結構距離があるので、学校に間に合うために普段はあまり使わない山道の方の道を走っていったわけだ。
山道を走ること数分。『ズボッ』と足元に変な感触がしたかと思うと、道が崩れ、ココに落っこちてきた訳である。
「ああぁ」
上を見上げると憎らしい程の青い空。そして5メートルはあろうかという岩の壁がある。
『よく俺落ちた時に五体満足だったな』と思ったが、勾配になっているのできっと滑り落ちた感じなのであろう。勾配はきつすぎて登れそうにないが。
「どうするか」
方法は2つである。助けを待つか、進むかだ。実はココただの穴ではない。岩の壁の一部にぽっかり洞窟が空いている。洞窟の中は真っ暗でココからでは何も見えない。
「さて119番するか」
格好良く『進むか、助けを待つか』等と言ったが実質選択肢は1つしか無い。そう『助けを待つ』である。
ぶっちゃけ暗くて前が見えない洞窟に進むとか危なすぎる。更に言えば先程のゴブリンたちは洞窟からやってきたのである。暗闇で襲われたらたまった物ではない。しかも今の時代、高校生は大抵スマフォを持っているのである。当然俺も持っており、バッテリーも十分。電波が届かないなどということもない。助けを呼ぶ一択だろう。『助けが来るまで雨振らなければいいな』と言うのと『結局学校遅刻したな』と言うのが目下の悩みだ。
「もしもし消防ですか?」
俺はスマフォを取り出しレスキューに助けを求めた。