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授業風景

 広大な金色(こんじき)の湖に(そび)え立つ勇卵(ゆうらん)の城には、大きな銀の(かね)がある。――学びの鐘――と呼ばれるものだ。城の上層部(じょうそうぶ)の方に取り付けられ、今はまだ()る時を待っている。



 城には、そこで()らす子供達が学ぶ(ため)の教室がある。

 黒い面がある壁を前方として、左の開放感(かいほうかん)(あふ)れる窓から朝の光が差し、その向こうにバルコニーが見え、広い教室の後方は本棚や教材が埋め尽くし、右に扉がある。

 子供用の数人で使う(つくえ)が前に二つ、間を空けて並べられ、三つずつ椅子(いす)が、その中間に位置する後ろにもう一つ机と四つの椅子が、合計、三つの机と十の椅子がある。

 ちょうど真上から円を描くように、(たまご)のようなランタンが()いて明かりを灯す。教室を暖める役割も持っている。



 少年ロードは後ろの席、窓側(まどがわ)から二番目に座って、本を読んでいる。静かな教室を独り占めにして、しかし、それは複数(ふくすう)の足音が教室に近づいて来ることよって、終わりを告げた。ざわざわとした話し声と共に、教室の扉が開かれる。



「……ん?……なんだロードいるじゃないか……寝坊じゃなかったか」


 薄い紫髪(むらさきがみ)の少年の声だ。


「だからさぁ……先生言ってただろ?……朝は先に食べたって……」


 桃色の髪の少女の声だ。


「……早く入ってくれ」


 背の高い少年の声だ。


 その勇卵(ゆうらん)の城でロードと共に暮らす九人の子供達がやって来たのだ。教室に子供達が続々と入って来る。各々(おのおの)が動きやすそうな服装(ふくそう)にマントを羽織(はお)っている。彼等(かれら)(みんな)十歳だ。


「おはようムドウ」

「ああ、おはよう」


 まず一人、ロードに挨拶(あいさつ)を返して、その左隣ひだりどなりの席を目指すのはムドウ。肩まで伸びた(かがや)銀髪(ぎんぱつ)は、首の後ろ辺りで(しば)られ、前髪は顔の右半分(みぎはんぶん)を隠し、きめ細かい毛先(けさき)(するど)さを持って気品を感じさせた。

 男とも女とも判別(はんべつ)できない顔は、将来の美形を約束されているようで、(おさな)いながら凛々(りり)しい目つきに金の(ひとみ)綺麗(きれい)だった。

 その人物からは、優雅(ゆうが)高貴(こうき)さを感じさせた。


「私を起こさず、先に朝食を取ったのは、何故(なぜ)なんだ?……一緒に食べても良かったんだぞ……」


 (すず)しい声がロードの耳に(すべ)り込む。


「別に理由はない……夜中に(のど)(かわ)いて起きただけなんだ」


 読んでいる本のページをめくりながら、平淡(へいたん)な声で言う。


「フーン……まぁいい、何を読んでいる?」


 席に(こし)を下ろしながら聞く。


魔物(まもの)大図鑑、虫魔(むしま)編、第四部」


 またページをめくりながら平淡に言う。


「また朝からそんな気色(きしょく)の悪いものを。しかも第四部って、よく()えられるな。私は苦手だ、そういうの……」


 ムドウは席に着くと荷物から知恵(ちえ)()を取り出し、挑戦(ちょうせん)し始める。


「情け無いな。たかが虫などで。足が多いからなんだと言うんだ……」


 二人目、前の席に座り、会話に割って入ってきた少年はカイザル。オレンジ色の髪を()()げに、前髪が目にかかるくらい長い。愛想(あいそう)欠片(かけら)も無い顔は(つね)(まゆ)()り上げ、眉間(みけん)(しわ)()せている。

 難しそうな表情(ひょうじょう)と少々圧迫感(あっぱくかん)のある口調(くちょう)は、おそらくガリョウ先生の影響(えいきょう)だろう。

 (うで)を組んで座っている。


「カイザルはキノコが苦手だっただろ?……」

「それは……馬鹿にしてるのか?……」


 その返しに、カイザルは(にら)んでみると、ムドウは横に首を振る。


「ボクには、キノコの克服(こくふく)はどうなったんだ?って質問に聞こえたけど……」


 三人目、席に着いて、カイザルの勘違(かんちが)いを冷めた口調で返す少年はサシャープ。その黄緑(きみどり)の髪は、サラサラと(やわ)らかく伸び、毎日しっかりと手入れをされているのが(うかが)える。色白(いろじろ)とした童顔(どうがん)品格(ひんかく)(そな)え、どこか()めた表情は落ち着きの現れだ。


「サシャープの言う通りだ……それに馬鹿にするような言い方は、オマエの方だったぞカイザル」


 四人目、同意(どうい)したのは、子供達の中で飛び抜けて背の高い少年ダイグラン。()がした茶色のような髪は短く、真ん中で分けられ(ひたい)強調(きょうちょう)されている。たくましそうな顔をしているが、優しそうな細い目と堅固(けんこ)な表情には、まだ(おさな)さが残っている。


侮辱(ぶじょく)に聞こえたなら()びようムドウ」


 友人の指摘(してき)にカイザルは、思い改めて言った。


「別にそうは取ってないさ……昨日今日の付き合いじゃないんだし……気にしなくていいよ」


 ムドウは余裕(よゆう)の笑みを浮かべながら言い、知恵の輪を外して置いた。次の輪に挑戦する。


 ――そのとき、前の席に着こうとしていたダイグランに、


「ダイグラン、オマエはデカイんだ……後ろ行けって……」


 五人目、友人に軽く投げるような声を(はな)った少女はクラッカ。その桃色(ももいろ)長髪(ちょうはつ)は、バサバサと乱れたり荒立(あらだ)ったりして(こし)まで伸び、首の後ろ辺りで二つに(しば)って、(ほうき)のようになっている。健康的(けんこうてき)な顔色には、元気(げんき)と明るさが見て取れる。

 ツリ目にキツさがあるものの()()ぐで無垢(むく)(ひとみ)がそれを(やわ)らげる。

 がさつさが目立つものの全体的(ぜんたいてき)に動物のように可愛らしい少女だ。


「ん?……ああ、だな。すまんクラッカ」


 言われてダイグランは、荷物を持ち、自分のいつもの席へ向かう。


「まったく、イスに座ったときに気づかないか?……オマエ用のがあるってのに……」


 クラッカは、その空いた席に(こし)を下ろして、荷物の中にあった棒の付いたキャンディを、口に入れ()んで食べる。


「許してやれ、まだ寝ぼけているんだろう」


 冷めた口調のサシャープが本に目を通しながら言う。


「おはよう、レール」


 席に着こうと目の前に来た少年に対して、ロードが挨拶した。


「よぉ」


 六人目、キザったらしい返事と共に手を軽く上げた少年はレール。(むらさき)を白で薄めたような髪は肩まで伸び、顔にもかかって隙間(すきま)から(すず)しい目が(のぞ)く。気取ったように細い顔つきを持っていた。歩くたびに髪が()れる(さま)はポケットに手を入れる姿(すがた)と合わさって格好良(かっこうよ)く見える。


「……なぁ、ロード明日(あした)何があるか教えてやろうか?」


 席に着くなり、とっておきの情報(じょうほう)でも持って来たような口振(くちぶ)りで、レールは話しかける。


「ヴィンセント先生が、オレ達の故郷(こきょう)の話をしてくれるんじゃないのか?」


 ロードは、本に目を(およ)がせながら解答した。


「なんだ……知ってたか……」


 (おどろ)く顔か、(よろこ)ぶ顔を、話す前に期待(きたい)していたレールは、ガッカリしたように、机に(ひじ)をついて顔を支えた。


「だからさぁ……ロードにも話したって先生言ってたろ」


 キャンディを食べながら(あき)れたようにクラッカが教える。


「あぁー……あぁー」

「おはよう、ヨルヤ」


 ロードは自分の前を、眠たそうに、だらしなく腕を揺らして歩いていた少年に挨拶(あいさつ)をした。


「んぅ?……はよ……あぁー……あぁー」


 七人目、適当(てきとう)に返事をしてまた(うめ)きだし、窓際の席に向かった少年はヨルヤ。短くきめ細かい毛先(けさき)に、夜中(よなか)のように深い青い(かみ)印象的(いんしょうてき)だ。砂漠で焼いたような褐色(かっしょく)(はだ)に、本来の(ゆる)く気品と余裕(よゆう)のある顔は、今は気怠(けだる)そうな表情をしていた。


「……あぁー……ねむぅ……」


 ヨルヤは、席に着くなり顔を寝かせた。窓から光が差す席を選んだのは、単純(たんじゅん)に外に近い方が好きだったからだ。


「やぁロード……オマエの持って来てくれたこの本、参考になったよ、ありがとう」


 八人目、荷物の中から二冊の本を取り出し、ロードに(わた)した少年はファンタ。少し(みだ)れてオシャレな短い茶髪に、引き()まった顔はどこか(ゆる)く、誰にでも友好的(ゆうこうてき)に見える明るい表情だ。


「それはよかったファンタ……」


 ロードは読んでいた本を閉じて、二冊の本を受け取った。


「……何の本だ?」


 (すで)に知恵の輪をいくつも外して、今度は全てをめちゃくちゃに(つな)ぎ始めたムドウが聞いた。


「えっと、剣技(けんぎ)習得法(しゅうとくほう)と、来て素人(しろうと)‼︎双剣使手(そうけんししゅ)教えます、だ」


 表紙を見せてから、ロードは本を荷物袋に仕舞(しま)い込んだ。


「……ロード、(となり)空いて――おぉ⁉︎」


 ファンタはロードの右隣(みぎどな)りの席に座る為、一応(いちおう)確認(かくにん)しようとしたが、横から(すべ)り込むように少女が座った。


「ロード、(となり)(すわ)るね……」


 九人目、肩にかけた荷物を下ろしながら、ロードの右隣りに座った少女はミハニーツ。美しい黒髪が清楚(せいそ)さを持って肩まで伸び、前髪(まえがみ)綺麗(きれい)に切り(そろ)えられ、後頭部には大きな黄色いリボンを付けている。整った凛々しい顔に、座る姿はとても姿勢(しせい)が良い。(うるわ)しい乙女になるだろう未来(みらい)が約束されていた。

 ちなみに、ミハニーという愛称(あいしょう)で呼ばれている。


「お、おはよう、ミハニー……」


 ロードはとりあえず挨拶をし、不満(ふまん)そうに、立ち尽くすファンタの方を見た。


「おはよう」


 一方、ミハニーツはそんなことは気にせず、ロードに対して、(みつ)のように甘い声で返した。


「……ミハニー、オレが先だっただろ?」


 ファンタは遠回(とおまわ)しに、自分もロードの隣に座りたいことを伝えた。


「先?……先に座ったのは私だけど?」


 ミハニーツは、文句(もんく)一切(いっさい)受け付けない刺すような返答した。彼女は、基本的(きほんてき)にロードには甘く、それ以外にはこれが普通の口調(くちょう)なのだ。


「別にいいじゃないか、今日くらい……オマエいつもロードの隣だろ?」


 いつものことなので、特に(ひる)むことなくファンタは挑戦(ちょうせん)する。


「ムドウに言えば……」


 ミハニーツは、まともに相手(あいて)はせず軽く流した。


「私を身代(みが)わりにしないでくれよ」


 流されたムドウは、迷惑(めいわく)そうな表情でミハニーツを見た。


「そうだぞ!割って入ったのはミハニーだろ!」


 お門違(かどちが)いな返答に、さすがにファンタは(だま)されない。


「今来た私は、空いていたから座っただけ、何に割って入ったのかは知らないし、聞こえもしなかった」


 ミハニーツは、まったく(ゆず)る気はないらしい。

 すると中心だったロードは、席を立って言う。


「みんなケンカはやめるんだ……ファンタここに座れ、オレが前に行く」



「「「――ロードが動いたら意味がない‼︎」」」



 即座(そくざ)に三人が、まったく同時にその案を否定(ひてい)した。ロードは、気圧(けお)され座り(なお)した。


 ロードを合わせたその十人は、いつもと変わらず朝の教室に集まった。






 その時、勇卵(ゆうらん)の城の鐘が鳴り響いた。





「おい、ヴィンセント先生が来るぞ……さっさと席を決めろよ」


 一部始終(いちぶしじゅう)聞いていたレールが、身体(からだ)()()らせながら、後ろを見て声を放った。


「まだだ、先生が来るまで時間はある」


 ファンタが言う矢先(やさき)

 ひとりでに教室の扉が開かれ、全員がそちらに顔を向けると、


 パイトさんが一体、入って来た。人の頭ぐらい大きさの身体(からだ)に、その小さな手に見合った笛をどうやってか、音を外して間抜(まぬ)けに、下手(へた)くそに吹いている。

 その場に居た子供達は、その普段(ふだん)は決して遊ぶ姿だけは見せないはずの、(すき)だらけの白い布を見て、思わず笑いが()れていた。それに気づいたパイトさんは笛を吹くのをやめ、周りを見渡して、そこが何処(どこ)であるか知ると、失態(しったい)()ずかしさのあまり大慌(おおあわ)てで教室を出ていく。

 扉が自動(じどう)で閉まると、子供達は笑いが(おさ)えられなくなり、一斉(いっせい)爆発(ばくはつ)した。大笑いするクラッカ、ダイグラン、ファンタ、ヨルヤ、レール。高笑いするカイザル、普通(ふつう)に笑うロード、ムドウ、ミハニーツ。笑いを(かく)そうと努力(どりょく)するサシャープ。


 教室中が、楽しそうな笑いでいっぱいになった。



 不意(ふい)に、扉の下からいくつか(ひかり)の線が()び、教室の黒い面の前で集まり(ひかり)(じん)を描き、そこから不思議(ふしぎ)なことにヴィンセントが現れた。その右手には錫杖(しゃくじょう)()ぎられている。



「皆さん、おは……どうかしましたか?」



 子供達が笑っていたので、挨拶を中断(ちゅうだん)して聞いた。ヴィンセントが来たことに気づいた子供達は、笑い(おさ)え、(しず)かになった。


「……大したことではありません」


 サシャープが少し笑いを残して答えた。



「……ファンタ時間切れだな……」


 ダイグランがそう宣告(せんこく)した。


「……はぁーー、わかったよ……」


 笑ったことで、いつもの調子に戻ったファンタは、前向きに(あま)っていた席に着いた。


「ミハニー、次はファンタに(ゆず)ってあげてほしい」


 ロードはミハニーツにお願いした。


「……わかった……ごめんなさいロード」


 ミハニーツは、自分の意地(いじ)の悪さを見せてしまったことで、ファンタにではなくロードに謝った。


「ん?……(あやま)らなくていいぞ」


 ロードは何故、(あやま)られたのかは分からなかった。



「……では皆さん、おはようございます」


 気を取り直してヴィンセントは挨拶をした。それを子供達はバラバラに――おはようございます――と返した。


「いいでしょう……みんないますね」


 ヴィンセントは教室に全員いることを確認(かくにん)した。

 一列目、窓側から、ヨルヤ、カイザル、レール、クラッカ、サシャープ、ファンタ。

 二列目、窓側から、ムドウ、ロード、ミハニーツ、ダイグラン。


今朝(けさ)伝えた通り、本日(ほんじつ)基本(きほん)のおさらいをしましょう」


 ヴィンセントが言って、(ゆか)錫杖(しゃくじょう)を打ち付けると、足元の(じん)から光を反射(はんしゃ)するほど綺麗(きれい)な少々曲がった教卓(きょうたく)浮上(ふじょう)する。


「先生、おさらいなんていらないって……それより故郷の話がいいなぁ」


 クラッカが期待(きたい)に胸を(ふく)らませ強請(ねだ)った。


「そうそう、オレ、二度寝(にどね)するかもよ……ふぁぁぁぁぁぁ……」


 ヨルヤがわざとらしく腕と身体を伸ばし、大きな欠伸(あくび)を見せた。


「そうしよう先生、おさらいは退屈(たいくつ)だ」


 (らく)姿勢(しせい)椅子(いす)にもたれていたレールが言った。


 そういう意見に、ロードとムドウ以外の他の子供達が(うなず)いている。


「皆の気持ちはわかるよ……何度も同じことを聞かされるのは確かに退屈だ……しかしこのおさらいは、キミ達にとっては基礎(きそ)、万が一にも(わす)れてはいけない。なので、何度も聞かせる必要(ひつよう)があるんだ」


 ヴィンセントの考えは変わらない。


「たし算を忘れてしまっては、あらゆる計算が()り立たないようなものですか?」


 ダイグランが、顔の位置(いち)まで手を()げて言った。


「その通りだね、ダイグラン……」


 律儀(りちぎ)に手を挙げた少年に答えてから、ヴィンセントは続けて話をする。


「いずれ、キミ達は此処(ここ)勇卵(ゆうらん)の城から巣立(すだ)ち広い世界へ、使命(しめい)を持って旅立つことでしょう……それが、キミ達が日々学び(わざ)(みが)く理由です。」


 ロードや子供達がヴィンセントの顔を見て話を聞く。その(すで)に決まっていることに対して、(だれ)文句(もんく)はない、必要なことだと理解しているからだ。


「そして、これからおさらいすることは、普通(ふつう)の人としても(おぼ)えて置かなくてはいけない一般常識(いっぱんじょうしき)なのです」


 子供達に納得(なっとく)させる為に少し()を空けてから、


()かりましたか?……皆さん」


 ヴィンセントは子供達に聞いた。


「はい」


 その問いにロードが返事をして、続けて他の子供達も返事をした。


「いいでしょう……では、授業(じゅぎょう)準備(じゅんび)をするので、そのまま……」


 ヴィンセントは、手に持っていた錫杖(しゃくじょう)をその場で(はな)すと、それは(ちゅう)に浮いたまま教室の(すみ)に流れた。さらにその右手を上からしたに振ると教室の窓に幕が()りるように黒い壁になっていった。教室は天井(てんじょう)からの(たまご)のようなランタンに照らされた。

 そして、教卓(きょうたく)に立てられていた羽根(はね)ペンを持って後ろの黒い面の壁に何か文字を()れさせずに書いていく。


 子供達はしばし待つ。


 ――と、ロードは右肩(みぎかた)をミハニーツにトントンと(ゆび)(つつ)かれ、話し()けられた。


「ロード……明日の……生命の力の話……何を聞いても私はロードの味方(みかた)だから」

「ああ……ありがとう……」


 ロードはそう小さく(つぶや)いた。


「………………」


 その会話が耳に入ったムドウは、なんとも言えない表情だった。


 準備を終えたヴィンセントの後ろには、光る文字が浮いて、黒い面のお(かげ)ではっきりと見える。


「まず、はじめに……」


 羽根ペンを教卓に立て、――コホン――と咳払い(せきばら)をして話を始めた。


「キミ達十人は、物心(ものごころ)のつく前から此処(ここ)に集められた。その目的は――勇者(ゆうしゃ)――として(そだ)て上げるためだ…………とは言え、勇者とは、まだ誰も名乗りを上げていない前人未踏(ぜんじんみとう)(こころ)みだ。キミ達がその先駆(さきが)けになるだろう」


 子供達全員が、(らく)姿勢(しせい)で静かにヴィンセントの話を聞いている。


「そして今はまだ、その勇者(ゆうしゃ)(たまご)だが、いずれ一八歳になり、此処(ここ)での学びを終え、勇者としてこの世界から各世界(かくせかい)へと旅立(たびだ)ち、そこで猛威(もうい)を振るう魔物(まもの)達と戦うことになるだろう……そうして勇者というものをキミ達が広めていくんだ」


 最初に聞かせるべきことを伝えたヴィンセントは、本格的(ほんかくてき)授業(じゅぎょう)に入る。


「では、最初は異世界学の話から……」


 黒い面によってハッキリ見える、(ちゅう)()いた光る単語(たんご)のような文字列(もじれつ)を、指でなぞると、

 黒い面と机や椅子、子供達やヴィンセントを(のこ)して、



 教室全体が、広大な草原(そうげん)に変わった。



 天井は青空に、床は草原に、遠くには山や川が、風で回る風車(ふうしゃ)()れが見える。鹿や羊などの動物もいるようだ。

 それは実物(じつぶつ)ではなく、(たん)なる映像(えいぞう)に過ぎず、実際(じっさい)にはそこは教室なのだが、そのあまりに鮮明(せんめい)な光景は、本物の草原を錯覚(さっかく)させた。


「勇者となったキミ達が最初にすることは、何をおいてもまず……キミ達の今()らす世界から別の世界へ移動(いどう)だろう。そして世界はいくつもある。数億、数兆、それこそ無限(むげん)と言える数で存在(そんざい)する。これを――無限大(ムゲンオープン)世界(ワールド)――という」


 空中(くうちゅう)にいくつか景色の映像(えいぞう)()かぶ。どうやら別の世界のようだ。


「この無限にある世界はそれぞれ、法則(ほうそく)環境(かんきょう)生態(せいたい)人種(じんしゅ)文化(ぶんか)歴史(れきし)技術(ぎじゅつ)など、様々(さまざま)なことが違っていたり、()ていたりもする。それが異世界というものだ」


 ロードと子供達は、それらの景色を見ながら、ヴィンセントの話を聞く。


「キミ達がそうした別の世界へ行くとき、行く先の世界の知識(ちしき)がなくては、環境に適応(てきおう)出来ず、身体(からだ)を壊してしまったり、(いのち)を落としてしまったりするかもしれない。……そうしたことを(ふせ)ぐ為、事前(じぜん)情報(じょうほう)収集(しゅうしゅう)しておくことを(こころ)がけてください……」


 子供達は各々(おのおの)(うなず)いたり、適当(てきとう)に返事をした。


「異世界の例としては、やはり此処(ここ)の説明がいいかな」


 ヴィンセントがそう言うと、また光る単語のような文字列を指でなぞる。

 すると、広大な草原は消えて、円盤(えんばん)の床が、ヴィンセントと子供達、黒い面と机や椅子はそのままに、ある世界の上空(じょうくう)滞在(たいざい)したような錯覚(さっかく)を受けた。その光景はもちろん映像(えいぞう)ではあるものの、誰一人(おく)することはない。

 円盤の真下(ました)には、金色(こんじき)の湖に(そび)え立つ白い城、子供達のよく知る勇卵(ゆうらん)の城があった。


 そこは様々な異質(いしつ)な景色が連続性(れんぞくせい)規則性(きそくせい)もなく(なら)べられた世界だった。


色合界(しきごうかい)・ガークスボッデン、キミらもよく知る、ボク達が()らしてるこの世界は、ありとあらゆる自然(しぜん)環境(かんきょう)地形(ちけい)現象(げんしょう)を一つの世界に無造作(むぞうさ)()()んだような世界だ……七色の宝石の山、炎が風のように走る谷、形を(くず)さない水の(もり)大波(おおなみ)のように動く大地、(おび)のような(きり)が集まって花が咲く巨大な()(ばな)……それらの地は、隣接(りんせつ)しながらも、影響し合うことなく区分(くわけ)されている」


 ヴィンセントや子供達は上空(じょうくう)から、何度見ても()きることがない、その世界の景色を眺めながら授業をする。


「しかし、たしかに、一つの世界として構築(こうちく)材料(ざいりょう)になっている…………このように見ると無限大(ムゲンオープン)世界(ワールド)も様々な世界が無限にあって構築(こうちく)されている一つの世界に考えられるかもしれないが、そこまで単純(たんじゅん)なものではない頭の片隅(かたすみ)(とど)めておくように」


「先生ぇーまた何処(どこ)旅行(りょこう)に行きたい……スゴイところがいい」


 (すさ)まじい光景に目を覚ましたヨルヤが提案(ていあん)した。


「その内ね、ヨルヤ」


 笑顔で流された。今は授業中なのだ。


「でも、この色合界・ガークスボッデンはさっき言った通り、多数の地がある。それはここが無限大(ムゲンオープン)世界(ワールド)の一種の災害だからだ。つまり、たくさんの異世界が衝突(しょうとつ)し合ったことで、津波(つなみ)(あらし)のように自然発生(しぜんはっせい)し、様々な異世界の影響(えいきょう)()ざりあった結果、出来た。(めずら)しい世界だ。災害(さいがい)故に数十年で消えてしまうため生命体は生まれないし、ボク達もそうなる前に立ち去るが、此処(ここ)にいるだけで数万単位(たんい)の世界を(めぐ)るに等しい体験(たいけん)が出来る…………そして数万もの特殊(とくしゅ)環境(かんきょう)は、キミ達の身体(からだ)を強く育てるし、勇者となれば、あらゆる環境(かんきょう)で戦いを(もと)められるから、その練習(れんしゅう)にもなる。これほど修練(しゅうれん)()むに相応(ふさわ)しい場所をボクは他に知らない。それを経験(けいけん)出来るここは最高の修練場(しゅうれんじょう)と言えるだろう…………なにせ、自然の脅威(きょうい)は魔物よりも(はる)かに(おそ)ろしい。何も知らずに飛び込めば戦いどころではなくなる……台風の中でいきなり戦えと言っても無茶(むちゃ)な話だ……しかし、キミ達はその過酷(かこく)と言える環境に対応(たいおう)する(すべ)(すで)に学んでいる。きっと此処(ここ)での修練(しゅうれん)はキミ達にとって、誰にも手に出来ない大きな財産(ざいさん)となるだろう」


 長い話を終えたヴィンセントはまた、単語の文字列を読むように指でなぞって、色合界・ガークスボッデンの景色を消し、今度は静かな木洩(こも)()(あふ)れる林に景色を変える。


「たしかに苦労(くろう)した(おぼ)えがあるが……今は昔ほどではないな」


 ふと、カイザルが(つぶや)く。


「オレは今だに砂嵐(すなあらし)は無理だと思うが」


 つられてレールが、誰に言うでもなく(こえ)()らす。


「火山とか氷山とかキツくね?」


 それら声がした方に向けてクラッカが言う。


「先生、文化の大きい異世界の話も聞きたい」


 ムドウが(ひか)えめに手を挙げて(もう)でた。


「ムドウ、町や(もよお)しものの話はまた今度にしよう」


 ヴィンセントはいつものように優しい口調で却下(きゃっか)した。


「ロード、勇者になったら一緒(いっしょ)に精霊の世界に……」


 ミハニーツが表情は(くず)さず、自信(じしん)なさげに声をかけて途中で切った。


「ん?……ああ、行こうって約束か、覚えてるよ」


 ロードは、途中で切られたが、容易(ようい)に察せられる話の内容に答えを返した。


「うん」


 それを聞いたミハニーツの表情が少し(ゆる)んだような気がした。


「先生ーミハニーがロードを(さら)って家出(いえで)しようとしてまーす」


 聞き耳を立てていた(わけ)ではなく、距離的(きょりてき)に聞こえていたファンタが、先程の一件(いっけん)仕返(しかえ)しをするようヴィンセントに言った。本人のいる前でだったが、悪意(あくい)があって言った訳ではない。ちょっとしたジョークのつもりで言ったのだ。


「勇者になったらです……何かいけませんか?」


 刺すような口調はヴィンセントというより挑戦(ちょうせん)してきたファンタに向けられたものだ。


「二人共、静かにしてくれ」


 二人の見えない戦いの(あいだ)にいたサシャープがうんざりするように言った。


「サシャープの言う通りだ」


 もう一人、間に(はさ)まれていたダイグランがしっかりと注意して言った。


 パンパンとヴィンセントが手を(たた)き、皆が静まると、


「まず、ありがとうダイグラン、サシャープ……それからミハニーツさん、質問に対しての答えは、キミ達が立派(りっぱ)な勇者として旅立(たびだ)ったのなら、誰とどこへ行っても(かま)わないよ……あとはファンタ、席を取られたことを()()ってはいけないよ。彼女(かのじょ)も明日は変わってくれるそうだ」


 ヴィンセントは順番(じゅんばん)に、誰に対してもきちんと、(のち)(わだかま)りにならないように気をつかって返答(へんとう)した。何故(なぜ)か席の件を知っていた。ここに来たときに、ファンタが立っていたので予想(よそう)はつく。


「そうなのか?」


 先生の言葉を聞いたファンタがミハニーツに向いて聞く。


 ミハニーツは一度ロードを見てファンタの方を向いて、


「やっぱり明日だけはダメ……明後日(あさって)にして……」


 先延(さきの)ばしの提案(ていあん)だったが、その声はいつもの刺すような口調ではなく、お願いするような言い方だった。

 明日はロードにとって大事な話がある。どうしても聞き入れて()しかったからだ。


「……まぁいいか……さっきは悪かったなミハニー」


 ミハニーツの切迫(せっぱく)した願いとは裏腹(うらはら)にファンタは(かる)了承(りょうしょう)した。

 ロードのもう片方(かたほう)に座れば解決(かいけつ)する訳ではない。これは二人の問題(もんだい)なのだ。ちゃんと両者(りょうしゃ)(あいだ)納得(なってく)させなければ、仲直(なかなお)りにはならない。


「……ありがとう……」


 聞き入れてもらったことに、何とか感謝(かんしゃ)出来た。


「……いいかな……無限大(ムゲンオープン)世界(ワールド)についてはここまでとしよう……さて、勇者として旅立った(あと)、キミ達は各世界の魔物(まもの)(たお)(ため)(たたか)いに身を(とう)じることになる……次は、魔物について、魔学のおさらいに(うつ)ろう」


 ヴィンセントがまた別の光る単語の文字列を読むようになぞる。そうすると林の景色は消えてまた新たな景色に変わる。


 不吉(ふきつ)前触(まえぶ)れのような(くも)(ぞら)荒廃(こうはい)した(かわ)いた大地、()()てた木々(きぎ)と大きな岩があちこちに影を作り、全体的に重苦(おもくる)しい空気(くうき)錯覚(さっかく)させた。


「まずは根本的(こんぽんてき)説明(せつめい)をしよう。それは――魔――だ。魔とは、魔法(まほう)魔石(ませき)魔曲(まきょく)など、様々なものに分類(ぶんるい)されたものの総称(そうしょう)であるが、一般的(いっぱんてき)には魔物(まもの)達のことを()している……大抵(たいてい)の世界では魔と言われれば、それで(つう)じるだろう」


 ヴィンセントが文字列を指でなぞると、辺りの木々や岩の影から、(けもの)のような(あやかし)のような(かたち)をした黒い何かが出現(しゅつげん)した。

 動き回るそれらをヴィンセントが説明(せつめい)する。


魔物(まもの)とは、あらゆる生命(せいめい)世界(せかい)(がい)()()存在(そんざい)だ……それらは通常(つうじょう)生物(せいぶつ)とは違って、非常(ひじょう)凶暴(きょうぼう)かつ、危険(きけん)な存在だ。その為、魔物は我々(われわれ)(いのち)あるものにとって、()つべき(てき)とされている。」


 子供達は辺りの黒い影を(なが)めながらヴィンセントの話に耳を(かたむ)けている。


「そして魔物には、本質的(ほんしつてき)(かた)があり、人々はそれを(おも)に三つに分けた。」


 ヴィンセントは、宙に浮く光る文字列(もじれつ)を、今度(こんど)は、()るような仕草(しぐさ)で、自分の前に移動(いどう)させる。


「一つは、遭遇(そうぐう)した(さい)(ころ)しを行使(こうし)する殺戮者(さつりくしゃ)――殺戮型(キラーがた)――の魔物」


 黒い影が一つ、鎌状(かまじょう)の両手で、他の影を切り()いていく。


「一つは、遭遇(そうぐう)した(さい)(えさ)として(しょく)捕食者(ほしょくしゃ)――捕食型(イーターがた)――の魔物」


 また、他の文字列を取って、自分の前に移動(いどう)させると、大きな口を持った黒い影が一つ、先ほどの鎌状(かまじょう)の両手をした黒い影を丸呑(まるの)みに食べる。


「一つは、遭遇(そうぐう)した(さい)(ちから)によって(したが)わせる支配者(しはいしゃ)――支配型(ルーラーがた)――の魔物」


 また、別の文字列を取って、自分の前に移動(いどう)させると、黒い影が一つ両手でマントを広げると、周囲(しゅうい)全ての動く影を従わせ、先ほどの大きな口の影に(おそ)いかからせ、大きな口の影諸共(もろとも)大地に(しず)んで黒いマントの下で影になる。


大体(だいたい)この三つに分けられている……」


 最後(さいご)のマントの影だけ(のこ)しヴィンセントは話を続けようとすると、


先生(せんせい)無害(ハームレス)の魔物もいると、本で見ましたが……」


 ムドウが、低く手を挙げて聞いた。


「よく勉強(べんきょう)しているねムドウ……(たし)かに遭遇(そうぐう)しても何も問題(もんだい)はない無害(むがい)認定(にんてい)を受け(たお)必要(ひつよう)のない無害(むがい)な魔物――無害型(ハームレスがた)――も存在(そんざい)するが……今話すのはやめておくよ混乱(こんらん)するからね」


 ヴィンセントはムドウに顔を向けて、やめておくというものの、その熱心(ねっしん)さに答え、少しだけ教えてあげた。


「わかりました」


 ムドウは返事をして、さっきまでの授業(じゅぎょう)の空気に戻した。


「さて、無害(むがい)と違って、有害(ゆうがい)にはさらに有害な魔物がいる……皆それが何かわかるね?」


 ヴィンセントが教卓(きょうたく)に両手を突き、子供達に(ため)すような口調で聞いた。


魔王(まおう)


 ロードが(なん)なく即答(そくとう)した。


「その通りだロード……魔物の中の魔物の王……魔王……多くいる魔物の中でも(とく)強大(きょうだい)(ちから)を持つ個体(こたい)が、その()に着くと言われている」


 マントの黒い影が三倍(さんばい)ぐらい大きさを()した。


「そして魔王は多種多様(たしゅたよう)な魔物達を(まと)める統率力(とうそつりょく)を持っていて、魔物達を団結(だんけつ)させて軍団を作り、自分の手足(てあし)として(はたら)かせ国を(きず)きあげている…………魔王の配下(はいか)にある魔物達を――魔兵(まへい)――と呼ぶ」


 大きくなったマントの影の下からさらに影が(あらわ)れ、マントの影を頂上(ちょうじょう)にして下から、大きくピラミッド状に上がっていく。ピラミッド状の影は一つ一つが獣のような妖のような影の集まりで出来ていた。


彼等(かれら)はそうやって徒党(ととう)を組み日夜(にちや)人々や世界に被害(ひがい)()()いてる。過去(かこ)()きている人と魔物の大きな(あらそ)いは、全てこれら魔王の(ひき)いる軍団――魔軍(まぐん)――による侵略(しんりゃく)だ……そして今なお、このようなことは、無限大(ムゲンオープン)世界(ワールド)各世界(かくせかい)(つづ)いている。」


 ヴィンセントが光る文字列を読むようになぞると、辺りで(ほのお)爆発(ばくはつ)が音もなく、()き出すように起きた。


「キミ達が戦う敵は無限大(ムゲンオープン)世界(ワールド)数多(かずおお)存在(そんざい)する魔王とそれが率いる魔軍達と言うわけだ」


 ヴィンセントが話を()めると、炎や爆発は(おさま)った。


「しかし先生……その魔王を(ふく)めた魔軍(まぐん)なんて本当(ほんとう)にボクらが勇者になったとして(たお)せるんですか?……数千(すうせん)数万(すうまん)の魔物の大軍(たいぐん)なんてここにいる十人が(たば)になっても太刀打(たちう)ちできないと思います」


 サシャープが率直(そっちょく)疑問(ぎもん)を口にした。


「その心配(しんぱい)はもっともだサシャープ……だが過去にその魔王の軍勢(ぐんぜい)をたった一人で全滅(ぜんめつ)させた英雄(えいゆう)の話はいくつかある……今後(こんご)次第(しだい)だがキミ達がその英雄のようになれる可能性(かのうせい)はある……そうなれば一人で魔王とその軍勢(ぐんぜい)相手(あいて)にし、討伐(とうばつ)することもできるよ」


 ――瞬間(しゅんかん)‼︎、ヴィンセントが光る文字列に()れるような素振(そぶ)りをすると、黒い影が全て、天から落ちる神々(こうごう)しい光に当てられ()()んだ。


「いいかい、十人の子供達、キミ達がここで教育(きょういく)を受けているのは、魔王と戦う勇者となる為だ。と言うことを忘れてはいけないよ」


 ヴィンセントが話を終えると――はい!――と子供達は、しっかりとはっきりと使命(しめい)を内に()めたような返事をした。


「うん、いい返事だ…………では魔学についてはここまでとして、次の話に(うつ)ろうか」


 授業はまだまだこれからだったが、ロードにとっては、何ということもない、わかりきった授業だった。


 問題があるとすれば、次の授業だ。

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