授業風景
広大な金色の湖に聳え立つ勇卵の城には、大きな銀の鐘がある。――学びの鐘――と呼ばれるものだ。城の上層部の方に取り付けられ、今はまだ鳴る時を待っている。
城には、そこで暮らす子供達が学ぶ為の教室がある。
黒い面がある壁を前方として、左の開放感溢れる窓から朝の光が差し、その向こうにバルコニーが見え、広い教室の後方は本棚や教材が埋め尽くし、右に扉がある。
子供用の数人で使う机が前に二つ、間を空けて並べられ、三つずつ椅子が、その中間に位置する後ろにもう一つ机と四つの椅子が、合計、三つの机と十の椅子がある。
ちょうど真上から円を描くように、卵のようなランタンが浮いて明かりを灯す。教室を暖める役割も持っている。
少年ロードは後ろの席、窓側から二番目に座って、本を読んでいる。静かな教室を独り占めにして、しかし、それは複数の足音が教室に近づいて来ることよって、終わりを告げた。ざわざわとした話し声と共に、教室の扉が開かれる。
「……ん?……なんだロードいるじゃないか……寝坊じゃなかったか」
薄い紫髪の少年の声だ。
「だからさぁ……先生言ってただろ?……朝は先に食べたって……」
桃色の髪の少女の声だ。
「……早く入ってくれ」
背の高い少年の声だ。
その勇卵の城でロードと共に暮らす九人の子供達がやって来たのだ。教室に子供達が続々と入って来る。各々が動きやすそうな服装にマントを羽織っている。彼等は皆十歳だ。
「おはようムドウ」
「ああ、おはよう」
まず一人、ロードに挨拶を返して、その左隣の席を目指すのはムドウ。肩まで伸びた輝く銀髪は、首の後ろ辺りで縛られ、前髪は顔の右半分を隠し、きめ細かい毛先が鋭さを持って気品を感じさせた。
男とも女とも判別できない顔は、将来の美形を約束されているようで、幼いながら凛々しい目つきに金の瞳が綺麗だった。
その人物からは、優雅と高貴さを感じさせた。
「私を起こさず、先に朝食を取ったのは、何故なんだ?……一緒に食べても良かったんだぞ……」
涼しい声がロードの耳に滑り込む。
「別に理由はない……夜中に喉が渇いて起きただけなんだ」
読んでいる本のページをめくりながら、平淡な声で言う。
「フーン……まぁいい、何を読んでいる?」
席に腰を下ろしながら聞く。
「魔物大図鑑、虫魔編、第四部」
またページをめくりながら平淡に言う。
「また朝からそんな気色の悪いものを。しかも第四部って、よく耐えられるな。私は苦手だ、そういうの……」
ムドウは席に着くと荷物から知恵の輪を取り出し、挑戦し始める。
「情け無いな。たかが虫などで。足が多いからなんだと言うんだ……」
二人目、前の席に座り、会話に割って入ってきた少年はカイザル。オレンジ色の髪を刈り上げに、前髪が目にかかるくらい長い。愛想の欠片も無い顔は常に眉を釣り上げ、眉間に皺を寄せている。
難しそうな表情と少々圧迫感のある口調は、おそらくガリョウ先生の影響だろう。
腕を組んで座っている。
「カイザルはキノコが苦手だっただろ?……」
「それは……馬鹿にしてるのか?……」
その返しに、カイザルは睨んでみると、ムドウは横に首を振る。
「ボクには、キノコの克服はどうなったんだ?って質問に聞こえたけど……」
三人目、席に着いて、カイザルの勘違いを冷めた口調で返す少年はサシャープ。その黄緑の髪は、サラサラと柔らかく伸び、毎日しっかりと手入れをされているのが窺える。色白とした童顔は品格を備え、どこか冷めた表情は落ち着きの現れだ。
「サシャープの言う通りだ……それに馬鹿にするような言い方は、オマエの方だったぞカイザル」
四人目、同意したのは、子供達の中で飛び抜けて背の高い少年ダイグラン。焦がした茶色のような髪は短く、真ん中で分けられ額が強調されている。たくましそうな顔をしているが、優しそうな細い目と堅固な表情には、まだ幼さが残っている。
「侮辱に聞こえたなら詫びようムドウ」
友人の指摘にカイザルは、思い改めて言った。
「別にそうは取ってないさ……昨日今日の付き合いじゃないんだし……気にしなくていいよ」
ムドウは余裕の笑みを浮かべながら言い、知恵の輪を外して置いた。次の輪に挑戦する。
――そのとき、前の席に着こうとしていたダイグランに、
「ダイグラン、オマエはデカイんだ……後ろ行けって……」
五人目、友人に軽く投げるような声を放った少女はクラッカ。その桃色の長髪は、バサバサと乱れたり荒立ったりして腰まで伸び、首の後ろ辺りで二つに縛って、箒のようになっている。健康的な顔色には、元気と明るさが見て取れる。
ツリ目にキツさがあるものの真っ直ぐで無垢な瞳がそれを和らげる。
がさつさが目立つものの全体的に動物のように可愛らしい少女だ。
「ん?……ああ、だな。すまんクラッカ」
言われてダイグランは、荷物を持ち、自分のいつもの席へ向かう。
「まったく、イスに座ったときに気づかないか?……オマエ用のがあるってのに……」
クラッカは、その空いた席に腰を下ろして、荷物の中にあった棒の付いたキャンディを、口に入れ噛んで食べる。
「許してやれ、まだ寝ぼけているんだろう」
冷めた口調のサシャープが本に目を通しながら言う。
「おはよう、レール」
席に着こうと目の前に来た少年に対して、ロードが挨拶した。
「よぉ」
六人目、キザったらしい返事と共に手を軽く上げた少年はレール。紫を白で薄めたような髪は肩まで伸び、顔にもかかって隙間から涼しい目が覗く。気取ったように細い顔つきを持っていた。歩くたびに髪が揺れる様はポケットに手を入れる姿と合わさって格好良く見える。
「……なぁ、ロード明日何があるか教えてやろうか?」
席に着くなり、とっておきの情報でも持って来たような口振りで、レールは話しかける。
「ヴィンセント先生が、オレ達の故郷の話をしてくれるんじゃないのか?」
ロードは、本に目を泳がせながら解答した。
「なんだ……知ってたか……」
驚く顔か、喜ぶ顔を、話す前に期待していたレールは、ガッカリしたように、机に肘をついて顔を支えた。
「だからさぁ……ロードにも話したって先生言ってたろ」
キャンディを食べながら呆れたようにクラッカが教える。
「あぁー……あぁー」
「おはよう、ヨルヤ」
ロードは自分の前を、眠たそうに、だらしなく腕を揺らして歩いていた少年に挨拶をした。
「んぅ?……はよ……あぁー……あぁー」
七人目、適当に返事をしてまた呻きだし、窓際の席に向かった少年はヨルヤ。短くきめ細かい毛先に、夜中のように深い青い髪が印象的だ。砂漠で焼いたような褐色の肌に、本来の緩く気品と余裕のある顔は、今は気怠そうな表情をしていた。
「……あぁー……ねむぅ……」
ヨルヤは、席に着くなり顔を寝かせた。窓から光が差す席を選んだのは、単純に外に近い方が好きだったからだ。
「やぁロード……オマエの持って来てくれたこの本、参考になったよ、ありがとう」
八人目、荷物の中から二冊の本を取り出し、ロードに渡した少年はファンタ。少し乱れてオシャレな短い茶髪に、引き締まった顔はどこか緩く、誰にでも友好的に見える明るい表情だ。
「それはよかったファンタ……」
ロードは読んでいた本を閉じて、二冊の本を受け取った。
「……何の本だ?」
既に知恵の輪をいくつも外して、今度は全てをめちゃくちゃに繋ぎ始めたムドウが聞いた。
「えっと、剣技の習得法と、来て素人‼︎双剣使手教えます、だ」
表紙を見せてから、ロードは本を荷物袋に仕舞い込んだ。
「……ロード、隣空いて――おぉ⁉︎」
ファンタはロードの右隣りの席に座る為、一応、確認しようとしたが、横から滑り込むように少女が座った。
「ロード、隣に座るね……」
九人目、肩にかけた荷物を下ろしながら、ロードの右隣りに座った少女はミハニーツ。美しい黒髪が清楚さを持って肩まで伸び、前髪が綺麗に切り揃えられ、後頭部には大きな黄色いリボンを付けている。整った凛々しい顔に、座る姿はとても姿勢が良い。麗しい乙女になるだろう未来が約束されていた。
ちなみに、ミハニーという愛称で呼ばれている。
「お、おはよう、ミハニー……」
ロードはとりあえず挨拶をし、不満そうに、立ち尽くすファンタの方を見た。
「おはよう」
一方、ミハニーツはそんなことは気にせず、ロードに対して、蜜のように甘い声で返した。
「……ミハニー、オレが先だっただろ?」
ファンタは遠回しに、自分もロードの隣に座りたいことを伝えた。
「先?……先に座ったのは私だけど?」
ミハニーツは、文句を一切受け付けない刺すような返答した。彼女は、基本的にロードには甘く、それ以外にはこれが普通の口調なのだ。
「別にいいじゃないか、今日くらい……オマエいつもロードの隣だろ?」
いつものことなので、特に怯むことなくファンタは挑戦する。
「ムドウに言えば……」
ミハニーツは、まともに相手はせず軽く流した。
「私を身代わりにしないでくれよ」
流されたムドウは、迷惑そうな表情でミハニーツを見た。
「そうだぞ!割って入ったのはミハニーだろ!」
お門違いな返答に、さすがにファンタは騙されない。
「今来た私は、空いていたから座っただけ、何に割って入ったのかは知らないし、聞こえもしなかった」
ミハニーツは、まったく譲る気はないらしい。
すると中心だったロードは、席を立って言う。
「みんなケンカはやめるんだ……ファンタここに座れ、オレが前に行く」
「「「――ロードが動いたら意味がない‼︎」」」
即座に三人が、まったく同時にその案を否定した。ロードは、気圧され座り直した。
ロードを合わせたその十人は、いつもと変わらず朝の教室に集まった。
その時、勇卵の城の鐘が鳴り響いた。
「おい、ヴィンセント先生が来るぞ……さっさと席を決めろよ」
一部始終聞いていたレールが、身体を仰け反らせながら、後ろを見て声を放った。
「まだだ、先生が来るまで時間はある」
ファンタが言う矢先、
ひとりでに教室の扉が開かれ、全員がそちらに顔を向けると、
パイトさんが一体、入って来た。人の頭ぐらい大きさの身体に、その小さな手に見合った笛をどうやってか、音を外して間抜けに、下手くそに吹いている。
その場に居た子供達は、その普段は決して遊ぶ姿だけは見せないはずの、隙だらけの白い布を見て、思わず笑いが漏れていた。それに気づいたパイトさんは笛を吹くのをやめ、周りを見渡して、そこが何処であるか知ると、失態の恥ずかしさのあまり大慌てで教室を出ていく。
扉が自動で閉まると、子供達は笑いが抑えられなくなり、一斉に爆発した。大笑いするクラッカ、ダイグラン、ファンタ、ヨルヤ、レール。高笑いするカイザル、普通に笑うロード、ムドウ、ミハニーツ。笑いを隠そうと努力するサシャープ。
教室中が、楽しそうな笑いでいっぱいになった。
不意に、扉の下からいくつか光の線が伸び、教室の黒い面の前で集まり光の陣を描き、そこから不思議なことにヴィンセントが現れた。その右手には錫杖が握ぎられている。
「皆さん、おは……どうかしましたか?」
子供達が笑っていたので、挨拶を中断して聞いた。ヴィンセントが来たことに気づいた子供達は、笑い抑え、静かになった。
「……大したことではありません」
サシャープが少し笑いを残して答えた。
「……ファンタ時間切れだな……」
ダイグランがそう宣告した。
「……はぁーー、わかったよ……」
笑ったことで、いつもの調子に戻ったファンタは、前向きに余っていた席に着いた。
「ミハニー、次はファンタに譲ってあげてほしい」
ロードはミハニーツにお願いした。
「……わかった……ごめんなさいロード」
ミハニーツは、自分の意地の悪さを見せてしまったことで、ファンタにではなくロードに謝った。
「ん?……謝らなくていいぞ」
ロードは何故、謝られたのかは分からなかった。
「……では皆さん、おはようございます」
気を取り直してヴィンセントは挨拶をした。それを子供達はバラバラに――おはようございます――と返した。
「いいでしょう……みんないますね」
ヴィンセントは教室に全員いることを確認した。
一列目、窓側から、ヨルヤ、カイザル、レール、クラッカ、サシャープ、ファンタ。
二列目、窓側から、ムドウ、ロード、ミハニーツ、ダイグラン。
「今朝伝えた通り、本日は基本のおさらいをしましょう」
ヴィンセントが言って、床に錫杖を打ち付けると、足元の陣から光を反射するほど綺麗な少々曲がった教卓が浮上する。
「先生、おさらいなんていらないって……それより故郷の話がいいなぁ」
クラッカが期待に胸を膨らませ強請った。
「そうそう、オレ、二度寝するかもよ……ふぁぁぁぁぁぁ……」
ヨルヤがわざとらしく腕と身体を伸ばし、大きな欠伸を見せた。
「そうしよう先生、おさらいは退屈だ」
楽な姿勢で椅子にもたれていたレールが言った。
そういう意見に、ロードとムドウ以外の他の子供達が頷いている。
「皆の気持ちはわかるよ……何度も同じことを聞かされるのは確かに退屈だ……しかしこのおさらいは、キミ達にとっては基礎、万が一にも忘れてはいけない。なので、何度も聞かせる必要があるんだ」
ヴィンセントの考えは変わらない。
「たし算を忘れてしまっては、あらゆる計算が成り立たないようなものですか?」
ダイグランが、顔の位置まで手を挙げて言った。
「その通りだね、ダイグラン……」
律儀に手を挙げた少年に答えてから、ヴィンセントは続けて話をする。
「いずれ、キミ達は此処、勇卵の城から巣立ち広い世界へ、使命を持って旅立つことでしょう……それが、キミ達が日々学び技を磨く理由です。」
ロードや子供達がヴィンセントの顔を見て話を聞く。その既に決まっていることに対して、誰も文句はない、必要なことだと理解しているからだ。
「そして、これからおさらいすることは、普通の人としても覚えて置かなくてはいけない一般常識なのです」
子供達に納得させる為に少し間を空けてから、
「分かりましたか?……皆さん」
ヴィンセントは子供達に聞いた。
「はい」
その問いにロードが返事をして、続けて他の子供達も返事をした。
「いいでしょう……では、授業の準備をするので、そのまま……」
ヴィンセントは、手に持っていた錫杖をその場で離すと、それは宙に浮いたまま教室の隅に流れた。さらにその右手を上からしたに振ると教室の窓に幕が降りるように黒い壁になっていった。教室は天井からの卵のようなランタンに照らされた。
そして、教卓に立てられていた羽根ペンを持って後ろの黒い面の壁に何か文字を触れさせずに書いていく。
子供達はしばし待つ。
――と、ロードは右肩をミハニーツにトントンと指で突かれ、話し掛けられた。
「ロード……明日の……生命の力の話……何を聞いても私はロードの味方だから」
「ああ……ありがとう……」
ロードはそう小さく呟いた。
「………………」
その会話が耳に入ったムドウは、なんとも言えない表情だった。
準備を終えたヴィンセントの後ろには、光る文字が浮いて、黒い面のお陰ではっきりと見える。
「まず、はじめに……」
羽根ペンを教卓に立て、――コホン――と咳払いをして話を始めた。
「キミ達十人は、物心のつく前から此処に集められた。その目的は――勇者――として育て上げるためだ…………とは言え、勇者とは、まだ誰も名乗りを上げていない前人未踏の試みだ。キミ達がその先駆けになるだろう」
子供達全員が、楽な姿勢で静かにヴィンセントの話を聞いている。
「そして今はまだ、その勇者の卵だが、いずれ一八歳になり、此処での学びを終え、勇者としてこの世界から各世界へと旅立ち、そこで猛威を振るう魔物達と戦うことになるだろう……そうして勇者というものをキミ達が広めていくんだ」
最初に聞かせるべきことを伝えたヴィンセントは、本格的な授業に入る。
「では、最初は異世界学の話から……」
黒い面によってハッキリ見える、宙に浮いた光る単語のような文字列を、指でなぞると、
黒い面と机や椅子、子供達やヴィンセントを残して、
教室全体が、広大な草原に変わった。
天井は青空に、床は草原に、遠くには山や川が、風で回る風車の群れが見える。鹿や羊などの動物もいるようだ。
それは実物ではなく、単なる映像に過ぎず、実際にはそこは教室なのだが、そのあまりに鮮明な光景は、本物の草原を錯覚させた。
「勇者となったキミ達が最初にすることは、何をおいてもまず……キミ達の今暮らす世界から別の世界へ移動だろう。そして世界はいくつもある。数億、数兆、それこそ無限と言える数で存在する。これを――無限大世界――という」
空中にいくつか景色の映像が浮かぶ。どうやら別の世界のようだ。
「この無限にある世界はそれぞれ、法則、環境、生態、人種、文化、歴史、技術など、様々なことが違っていたり、似ていたりもする。それが異世界というものだ」
ロードと子供達は、それらの景色を見ながら、ヴィンセントの話を聞く。
「キミ達がそうした別の世界へ行くとき、行く先の世界の知識がなくては、環境に適応出来ず、身体を壊してしまったり、命を落としてしまったりするかもしれない。……そうしたことを防ぐ為、事前に情報は収集しておくことを心がけてください……」
子供達は各々、頷いたり、適当に返事をした。
「異世界の例としては、やはり此処の説明がいいかな」
ヴィンセントがそう言うと、また光る単語のような文字列を指でなぞる。
すると、広大な草原は消えて、円盤の床が、ヴィンセントと子供達、黒い面と机や椅子はそのままに、ある世界の上空に滞在したような錯覚を受けた。その光景はもちろん映像ではあるものの、誰一人臆することはない。
円盤の真下には、金色の湖に聳え立つ白い城、子供達のよく知る勇卵の城があった。
そこは様々な異質な景色が連続性も規則性もなく並べられた世界だった。
「色合界・ガークスボッデン、キミらもよく知る、ボク達が暮らしてるこの世界は、ありとあらゆる自然、環境、地形、現象を一つの世界に無造作に詰め込んだような世界だ……七色の宝石の山、炎が風のように走る谷、形を崩さない水の森、大波のように動く大地、帯のような霧が集まって花が咲く巨大な生け花……それらの地は、隣接しながらも、影響し合うことなく区分されている」
ヴィンセントや子供達は上空から、何度見ても飽きることがない、その世界の景色を眺めながら授業をする。
「しかし、たしかに、一つの世界として構築の材料になっている…………このように見ると無限大世界も様々な世界が無限にあって構築されている一つの世界に考えられるかもしれないが、そこまで単純なものではない頭の片隅に留めておくように」
「先生ぇーまた何処か旅行に行きたい……スゴイところがいい」
凄まじい光景に目を覚ましたヨルヤが提案した。
「その内ね、ヨルヤ」
笑顔で流された。今は授業中なのだ。
「でも、この色合界・ガークスボッデンはさっき言った通り、多数の地がある。それはここが無限大世界の一種の災害だからだ。つまり、たくさんの異世界が衝突し合ったことで、津波や嵐のように自然発生し、様々な異世界の影響が混ざりあった結果、出来た。珍しい世界だ。災害故に数十年で消えてしまうため生命体は生まれないし、ボク達もそうなる前に立ち去るが、此処にいるだけで数万単位の世界を巡るに等しい体験が出来る…………そして数万もの特殊な環境は、キミ達の身体を強く育てるし、勇者となれば、あらゆる環境で戦いを求められるから、その練習にもなる。これほど修練を積むに相応しい場所をボクは他に知らない。それを経験出来るここは最高の修練場と言えるだろう…………なにせ、自然の脅威は魔物よりも遥かに恐ろしい。何も知らずに飛び込めば戦いどころではなくなる……台風の中でいきなり戦えと言っても無茶な話だ……しかし、キミ達はその過酷と言える環境に対応する術を既に学んでいる。きっと此処での修練はキミ達にとって、誰にも手に出来ない大きな財産となるだろう」
長い話を終えたヴィンセントはまた、単語の文字列を読むように指でなぞって、色合界・ガークスボッデンの景色を消し、今度は静かな木洩れ日溢れる林に景色を変える。
「たしかに苦労した覚えがあるが……今は昔ほどではないな」
ふと、カイザルが呟く。
「オレは今だに砂嵐は無理だと思うが」
つられてレールが、誰に言うでもなく声を漏らす。
「火山とか氷山とかキツくね?」
それら声がした方に向けてクラッカが言う。
「先生、文化の大きい異世界の話も聞きたい」
ムドウが控えめに手を挙げて申でた。
「ムドウ、町や催しものの話はまた今度にしよう」
ヴィンセントはいつものように優しい口調で却下した。
「ロード、勇者になったら一緒に精霊の世界に……」
ミハニーツが表情は崩さず、自信なさげに声をかけて途中で切った。
「ん?……ああ、行こうって約束か、覚えてるよ」
ロードは、途中で切られたが、容易に察せられる話の内容に答えを返した。
「うん」
それを聞いたミハニーツの表情が少し緩んだような気がした。
「先生ーミハニーがロードを攫って家出しようとしてまーす」
聞き耳を立てていた訳ではなく、距離的に聞こえていたファンタが、先程の一件の仕返しをするようヴィンセントに言った。本人のいる前でだったが、悪意があって言った訳ではない。ちょっとしたジョークのつもりで言ったのだ。
「勇者になったらです……何かいけませんか?」
刺すような口調はヴィンセントというより挑戦してきたファンタに向けられたものだ。
「二人共、静かにしてくれ」
二人の見えない戦いの間にいたサシャープがうんざりするように言った。
「サシャープの言う通りだ」
もう一人、間に挟まれていたダイグランがしっかりと注意して言った。
パンパンとヴィンセントが手を叩き、皆が静まると、
「まず、ありがとうダイグラン、サシャープ……それからミハニーツさん、質問に対しての答えは、キミ達が立派な勇者として旅立ったのなら、誰とどこへ行っても構わないよ……あとはファンタ、席を取られたことを根に持ってはいけないよ。彼女も明日は変わってくれるそうだ」
ヴィンセントは順番に、誰に対してもきちんと、後に蟠りにならないように気をつかって返答した。何故か席の件を知っていた。ここに来たときに、ファンタが立っていたので予想はつく。
「そうなのか?」
先生の言葉を聞いたファンタがミハニーツに向いて聞く。
ミハニーツは一度ロードを見てファンタの方を向いて、
「やっぱり明日だけはダメ……明後日にして……」
先延ばしの提案だったが、その声はいつもの刺すような口調ではなく、お願いするような言い方だった。
明日はロードにとって大事な話がある。どうしても聞き入れて欲しかったからだ。
「……まぁいいか……さっきは悪かったなミハニー」
ミハニーツの切迫した願いとは裏腹にファンタは軽く了承した。
ロードのもう片方に座れば解決する訳ではない。これは二人の問題なのだ。ちゃんと両者の間で納得させなければ、仲直りにはならない。
「……ありがとう……」
聞き入れてもらったことに、何とか感謝出来た。
「……いいかな……無限大世界についてはここまでとしよう……さて、勇者として旅立った後、キミ達は各世界の魔物を倒す為、戦いに身を投じることになる……次は、魔物について、魔学のおさらいに移ろう」
ヴィンセントがまた別の光る単語の文字列を読むようになぞる。そうすると林の景色は消えてまた新たな景色に変わる。
不吉の前触れのような曇り空、荒廃した乾いた大地、枯れ果てた木々と大きな岩があちこちに影を作り、全体的に重苦しい空気を錯覚させた。
「まずは根本的な説明をしよう。それは――魔――だ。魔とは、魔法、魔石、魔曲など、様々なものに分類されたものの総称であるが、一般的には魔物達のことを指している……大抵の世界では魔と言われれば、それで通じるだろう」
ヴィンセントが文字列を指でなぞると、辺りの木々や岩の影から、獣のような妖のような形をした黒い何かが出現した。
動き回るそれらをヴィンセントが説明する。
「魔物とは、あらゆる生命や世界に害を振り撒く存在だ……それらは通常の生物とは違って、非常に凶暴かつ、危険な存在だ。その為、魔物は我々、命あるものにとって、討つべき敵とされている。」
子供達は辺りの黒い影を眺めながらヴィンセントの話に耳を傾けている。
「そして魔物には、本質的な型があり、人々はそれを主に三つに分けた。」
ヴィンセントは、宙に浮く光る文字列を、今度は、取るような仕草で、自分の前に移動させる。
「一つは、遭遇した際、殺しを行使する殺戮者――殺戮型――の魔物」
黒い影が一つ、鎌状の両手で、他の影を切り裂いていく。
「一つは、遭遇した際、餌として食す捕食者――捕食型――の魔物」
また、他の文字列を取って、自分の前に移動させると、大きな口を持った黒い影が一つ、先ほどの鎌状の両手をした黒い影を丸呑みに食べる。
「一つは、遭遇した際、力によって従わせる支配者――支配型――の魔物」
また、別の文字列を取って、自分の前に移動させると、黒い影が一つ両手でマントを広げると、周囲全ての動く影を従わせ、先ほどの大きな口の影に襲いかからせ、大きな口の影諸共大地に沈んで黒いマントの下で影になる。
「大体この三つに分けられている……」
最後のマントの影だけ残しヴィンセントは話を続けようとすると、
「先生、無害の魔物もいると、本で見ましたが……」
ムドウが、低く手を挙げて聞いた。
「よく勉強しているねムドウ……確かに遭遇しても何も問題はない無害認定を受け倒す必要のない無害な魔物――無害型――も存在するが……今話すのはやめておくよ混乱するからね」
ヴィンセントはムドウに顔を向けて、やめておくというものの、その熱心さに答え、少しだけ教えてあげた。
「わかりました」
ムドウは返事をして、さっきまでの授業の空気に戻した。
「さて、無害と違って、有害にはさらに有害な魔物がいる……皆それが何かわかるね?」
ヴィンセントが教卓に両手を突き、子供達に試すような口調で聞いた。
「魔王」
ロードが難なく即答した。
「その通りだロード……魔物の中の魔物の王……魔王……多くいる魔物の中でも特に強大な力を持つ個体が、その座に着くと言われている」
マントの黒い影が三倍ぐらい大きさを増した。
「そして魔王は多種多様な魔物達を纏める統率力を持っていて、魔物達を団結させて軍団を作り、自分の手足として働かせ国を築きあげている…………魔王の配下にある魔物達を――魔兵――と呼ぶ」
大きくなったマントの影の下からさらに影が現れ、マントの影を頂上にして下から、大きくピラミッド状に上がっていく。ピラミッド状の影は一つ一つが獣のような妖のような影の集まりで出来ていた。
「彼等はそうやって徒党を組み日夜人々や世界に被害を振り撒いてる。過去に起きている人と魔物の大きな争いは、全てこれら魔王の率いる軍団――魔軍――による侵略だ……そして今なお、このようなことは、無限大世界の各世界で続いている。」
ヴィンセントが光る文字列を読むようになぞると、辺りで炎や爆発が音もなく、噴き出すように起きた。
「キミ達が戦う敵は無限大世界に数多く存在する魔王とそれが率いる魔軍達と言うわけだ」
ヴィンセントが話を締めると、炎や爆発は治った。
「しかし先生……その魔王を含めた魔軍なんて本当にボクらが勇者になったとして倒せるんですか?……数千、数万の魔物の大軍なんてここにいる十人が束になっても太刀打ちできないと思います」
サシャープが率直な疑問を口にした。
「その心配はもっともだサシャープ……だが過去にその魔王の軍勢をたった一人で全滅させた英雄の話はいくつかある……今後次第だがキミ達がその英雄のようになれる可能性はある……そうなれば一人で魔王とその軍勢を相手にし、討伐することもできるよ」
――瞬間‼︎、ヴィンセントが光る文字列に触れるような素振りをすると、黒い影が全て、天から落ちる神々しい光に当てられ消し飛んだ。
「いいかい、十人の子供達、キミ達がここで教育を受けているのは、魔王と戦う勇者となる為だ。と言うことを忘れてはいけないよ」
ヴィンセントが話を終えると――はい!――と子供達は、しっかりとはっきりと使命を内に秘めたような返事をした。
「うん、いい返事だ…………では魔学についてはここまでとして、次の話に移ろうか」
授業はまだまだこれからだったが、ロードにとっては、何ということもない、わかりきった授業だった。
問題があるとすれば、次の授業だ。




