目覚めの朝
初投稿です。試しに書きました。
ぼんやりとした銀の景色が目に映る。
周りからは木の棒を打ち合うような音がする。
手に意識を向けると、何かを握っている感覚がある。木の棒だ。
そして正面に銀の人影が立っていて、その手にも木の棒が握り込まれている。
すると、銀の人影がこっちに向かって駆け出し、握っている木の棒を振り回してくる。
それをこっちは身体に当たらないように、握っていた木の棒で受け止める。
上、右斜め上、左、上、右、左斜め上、右斜め下、正面、それら全てを受け止め、あるいは受け流す。
しかし、受けても受けても、休む暇もなく振り回してくる。でも、こっちも受けるだけで終わらない。
この流れを変える。
銀の人影が木の棒を上から振り下ろす。こっちは思いっきり力を込めて、木の棒を下から振り上げて弾く。すると、銀の人影は大きく体勢を崩す。
一瞬の隙が出来た。
そして、振り上げていた木の棒を、隙を逃がさないよう、素早く構え直して振り下ろす。
木の棒が銀の人影に打ち込まれた。
一面が赤に染まった。
銀の人影も、ぼやけた銀の景色も、握っていた木の棒も。
そして、自分の両手も赤に染まった。
「……ハァ……ハァ」
真っ暗な部屋の中、ベッドの上で大量の汗をかいた少年は、隣のベッドで眠っている人影の方を見た。
「……夢か……」
少年はそう確認すると、荒くなっていた息を整え、ベッドから降りる。
(……着替えよう……それから喉も渇いたな)
少年は棚に置いてあった普段着に着替えると、脱いだ寝巻きを持って、真っ暗な部屋の中、隣で眠っているもう一人を、起こさないようにゆっくり歩いて扉の前まで行く。
そこで一度、深呼吸をして、扉を開け部屋を出る。
薄暗い廊下に出る。窓の外は全く見えず、小さな明かりが、かろうじて他の部屋の扉だけわかるように、点々と光っている。
その廊下を左へ歩いて行く。
すると、前から明かりが揺れながら近づいて来る。
その明かりはただの棒に吊られたランタンであったが、それを持っていたのは、宙に浮く白い布だ。
どことなく顔や手とわかる形はあるものの白い布だ。薄暗い中、幽霊にも見えるそれは、しかも一体ではなく三体。
しかし、それを見た少年はいたって平常心、むしろ、
「パイトさん達……これ洗濯お願い」
そう話しかけ、洗濯カゴを持っていた白い布に、さっき脱いだ寝巻きを渡す。そして白い布達は、少年が歩いてきた方へ去って行く。
途中、重たかったのか、洗濯カゴを落としてしまい、中の洗濯物が散らばり、慌ててランタンを持っていない方と片付けている。ランタンを持った方は気にせず先へ進む。明かりが進むので暗くなって、片付けしづらくなると、引っ張って連れ戻していた。
少年の方は、また廊下を歩いて行く。
そしたら、壁際に少しくつろぐ為の空間があり、机や椅子があって、水差しやコップが置いてある。椅子の一つには、また白い布がいる。
少年が水をコップに注いで飲む。
「……ふぅ」
飲み干すと、側にいた白い布が両手を差し出し、コップを受け取って、その場にあった濡れた布で拭き始める。
少年は、近くにあった窓から外を見る。外は暗い。
が、しだいにその暗さは薄れ、明るさに変わっていく。夜明けだ。
眩しく差す白い光が窓の外一面を照らし、その世界の在りようを暴いていく。
その世界を少年は見渡して、ある一点に気づき、すかさずその場から立ち去った。
少年が立ち去っても、白い布はまだ一生懸命にコップを拭いていた。
そこは、白く眩しい光が天から降り注がれていて、混沌としたその地を露わにしていた。
いくつもの川が宙を流れて作る立体的な芸術がある。塔のような溶岩の列がある。葉っぱの代わりに緑の炎が萌える森がある。蛇がのたうち回るような嵐の海がある。鉄で出来た岩肌のような地がある。雪を噴き出す山がある。こういうものが他にもある。
それらの地は連続性がないものの、たしかに隣同士で繋がっている。規則性なく組み合わさっている。
そんなめちゃくちゃな世界がここにある、――色合界・ガークスボッデン――と呼ばれる所だ。
そんな世界に金色の湖がある。湖の真ん中には大きな白い城があって、いくつもの塔をまとめ積み上げたように高く建っている。その城から湖を五等分にするように、城と湖のほとりの高低差を考えた橋が架かけられている。
そんな美しくそびえ建った城は、――勇卵の城――と呼ばれている。
城の一角のバルコニーに少年がいる。
「ん〜〜」
その両手で何かを包み混んで唸っている。
十歳くらいに見える、凛々しい顔つきに、ほどよい長さの輝く金髪は、風がなくても逆立ち、一部の右前髪が飛び出し、しかし、それでいて気品を感じさせる。袖が肘下までの、動き易そうな服を着ていた。
その少年の名は、
「ロード」
不意に、そう声をかけられたロードは、階段からバルコニーに降りて来た声の主の方を見て、
「おはようございます、ガリョウ先生……」
「ああ……」
低い声を吐いた大男のガリョウは、掠れたような色をした荒い赤髪を、乱暴に後ろに掻き上げて、肩まで伸びていた。竜のような目をした厳つい顔は、傷の所為で左目が閉じられ、顎に薄く髭が伸び、硬い表情だ。鍛え抜かれた肉体に太い首、肩を出した薄い服と長いスボンを着て首元に赤い布を掛けている。その大きい身体のせいで小さく見える赤い剣を背負っていた。
そして全身に古傷がいくつも見え、何より、右腕がなくなっていた。
「こんなに朝早くからどうした……」
ロードに近づきながら聞く。
「えっと……起きて……喉が渇いて……水を飲んで……窓の外を見てたら……小鳥が怪我をしてて……ここに来て……」
言いながら、両手で包んでいた白い小鳥を見せる。ピーピー鳴いている。
「先生!……アレ……どうやってやればいいんだっけ!」
思いだしたように顔を上げる。
「前に教えただろ……そのとおりにやれ」
「……忘れました」
思い出したように顔を下げる。
「……ったく……これっきりにしろよ」
そう言ってロードに教える為に正面に立つ。
「まずは目を閉じて深呼吸して、気を落ち着かせる」
ロードは言われた通り、目を閉じ深呼吸をする。
「いいか、何をするにしても、自分が生きていることを感じろ、全てはそこからだ」
ロードは小鳥を包んだまま聞いて、次の言葉を待つ。
「全身に意識を巡らせろ、全ての五感を研ぎ澄ませ、心を静めてを集中しろ……心臓の鼓動を、脈の動きを、血の流れを、身体の重さを……そうして、自分の全身にある生命力を実感しろ」
ロードは目を閉じた暗闇の中、言われたとおりのことを順番に意識し、全身の生命力を実感する。
それを見極めたガリョウは、次の指示を出す。
「その状態を維持し続けたままにしろ」
ロードは自分の生命力を感じたまま、ガリョウの次の言葉を待つ。十秒程して、十分と判断したガリョウは、
「そして全身に力を限界まで入れろ!」
――瞬間‼︎、言われたままのことをしたロードは、全身から光を放出させる。鋭く眩しいその光は、優しさと温かさを感じさせる輝きがあった。
「それがオマエの生命力だ」
光を見てガリョウは続けて言う。
「そいつを意識して抑え込み、できるだけゆっくりと与えたいものに流せ……」
そうして、ロードは放出させる生命力を感覚で捉え身体の内に集めていく、光は頭とつま先からゆっくり両腕に向い、そのまま小鳥を包んでいた両手へ集まる。小鳥に自分の生命力を流しているのだ。
つい、中を見てみようと手を開く。――と、
「あっ!」
小鳥が飛んでいってしまった。
その、上に行く様を見えなくなるまで目で追った。とりあえず、怪我は完治したようだ。
「籠に入れてから治すんだったな」
見るまでもなく、感想を漏らすガリョウだったが、
「ハハハ……元気になって良かった」
ロードは素直に喜んだ。
「……ありがとうガリョウ先生」
ガリョウに向き直りお礼を言う。
「……やったのはオマエだろーが」
こちらは素っ気ない返事をした。
カツン、カツン、と靴音がした。
「やぁ……ロードおはよう」
優しい口調のしっかりとした声の男が開いていた扉からバルコニーに踏み込んだ。後ろから白い布も続く。
「おはようございますヴィンセント先生」
声のした方を見て言った。
そのヴィンセントと呼ばれた長身の男は、短い白髪の頭に帽子を乗せ、細く整った顔つきに知的な眼鏡を掛け、とてもキレイなローブを何枚か重ね着していた。何処かの聖職者とも賢者とも見える格好だ。
「うん……それからガリョウ、夜の見回りご苦労様」
ガリョウは鼻を鳴らすだけの返事をした。
「ロード……まだ朝だ、この世界はよく冷えるだろう、城の中に入って身体を暖めなさい」
ヴィンセントの後ろにいたパイトと呼ばれる白い布が、ロードに短いマントを掛ける。
ちなみに白い布のパイトさんは、この城で働く召使と呼ばれる存在である。
「少し早いが、朝食にするかい?パイトさん達がパンを焼き上げたところだ。温かいミルクもあるはずだよ」
「うん」
頷いて、ヴィンセントが手で差し示した部屋へと戻っていった。
ロードがさっき怪我を治した小鳥が、その場に戻って来る。正確には、ヴィンセントの指に止まるために戻って来る。
「回りくどいやり方だ」
止まった小鳥を見ずにガリョウは言った。
「こうでもしないとロードはためらって、力を使えないだろう?……生命の力……傷ついたものに吹き込んでその傷を癒す……少しずつでも力の使い方に慣れてもらわないと今後、困るだろうからね……」
言い終わると、小鳥が光りだして消えた。生物ではなかったのだ。
これは、ヴィンセントがよく使う不思議な力、聖法と言うもので、ロードの力とは根本的に違う。
「それじゃ、ガリョウおやすみ……キミの番になったらパイトさんに起こしに行かせるよ」
「そんときは、数十体に木剣持たせて叩き起こさせろ!アイツらはそれくらいしなけりゃオレを起こせん!」
「わかった」
そう聞き覚えたヴィンセントは、出てきた部屋へ戻って行く。
風がバルコニーを吹き抜ける、ガリョウも全身で感じる冷えた風だが、その立ち姿は揺るがない。
景色に目をやる。組み合わせのバラバラな景色は相変わらずの違和感をもたらす。特に執着することなくバルコニーから歩き去るため、通り道だった階段を降りて行く。
(……ロードいつまでも甘えてる暇はないぞ……オマエは、勇者にならなきゃいけねーんだからな……)
彼等のいるその城が、各所の塔の屋根に金色の火を灯し、朝が来たことを誰に見られることもなく密かに教えていた。
その城の食堂は、広い空間に高い天井で、窓からは朝の光が差す、長い食卓に人数分の椅子、辺りにランプが浮いている。このランプは照明であると同時に暖房の機能を持つ。暖炉みたいなものにある風の渦は空気を清浄にするものだ。
壁には絵画がいくつも飾られていた。活気あふれる街の絵、風車が並ぶ絵、色とりどりの野菜の絵、夕陽の中の風景の絵、羊たちと飼い主の絵、墨で描かれた渋い龍の絵、そしてひときわ堂々と飾られた十人の子供と二人の大人の絵がある。
食堂で食卓に着くのは、食事をするロードと、文字の並んだ光る球体で、何か確認をするヴィンセント。
その周りで、食卓に花瓶や食器類を並べ、あるいは小さなハープを奏でるパイトさん達がいる。
ロードが右手のフォークでソーセージを食べると、パイトさんが右側に持って来たミルクを置く、ロードはフォークを左手に持ち替え右手でミルクを飲む、そして左手のフォークをそのまま使い卵料理を食べた。彼の利き手は右と左の両方、つまり両利きだ。
「ロード食べながらでいい、少し話題を振っていいかな」
ヴィンセントは球体に異常がないのを見て、ロードに話を振る。
「ん?」
ロードが左手のフォークでサラダを食べながら耳を傾ける。
「キミを含め、皆もう十歳になったね」
「……うん……皆十歳」
「それで約束どおり……キミたちに故郷の話をしようと――」
「――ッ⁉︎ゴホッエホッ」
ロードは食べたパンで喉を詰まらせた。右手でミルクを飲み、慌てて集まって来たパイトさん達に、何ともない、と手で制止をかけ下がらせる。
「慌てずにね」
優しく微笑みながらヴィンセントは言った。
「……はい」
ロードはヴィンセントが今その話を振って来たことに対して、察しがついた。噎せたのは、それが原因だ。
「……それでロード、皆には故郷の話の他にもう一つ、約束したことがある……皆にはなくて、キミだけが持つ特別な力の話だ……」
「……生命を使う力」
ロードは食事を止め、フォークを置き、喋るために口を動かした。その表情に陰が見えた。
「そう……その力の正体についても話をしなければならない」
眼鏡越しに真剣な眼差しをヴィンセントは向けた。
「……………………」
ロードは黙ったまま残っている朝食を見ているが、意識は話の方に向いていた。
「怖いかい?……かつて友達を傷つけた力の正体を知ることが……」
「……………………」
「前にも言ったけど、キミは気に病まなくていい、まだ力があることさえ知らなかったんだ。ああなってしまうのも無理はない……」
「……………………」
「……非があるとすればボクの方なんだ。その力を使うには、まだ時を要すると思って油断していたんだからね……」
「……………………」
「そのときに力のことだけでも、話をしても良かったんだが、キミは拒んだ。ボクもそのときはキミの気持ちを汲んだ……」
肘を立て両手を組み、一旦目を閉じて話す。威圧にならないように。
「……………………」
「だけど、いつまでも知らないというわけにはいかない。キミはいずれその力を使いこなさなくてはならない」
「……………………」
「ロード、キミたち十人は勇者となる為、ここで十八歳になるまで教えを受けている、そして今は十歳、かつてのキミも成長した。何も怖がることはない。いよいよ、そのことを知るときが来たんだ。ボクは今のキミ達になら、その話をするに相応しい者たちに成長したと思っている……」
言い終え、目を開く、少々長い話だったので、パイトさんに手で合図を送る。
「……うん、先生……わかってる……いつかは知らなくちゃいけないって…………けど…………」
ロードが、その先の言葉を発するか迷うも、察したヴィンセントは、
「そうだね故郷の話は個別に行うけど、その話だけは十人全員が共有することになる……自分でも得体の知れない力を、皆の前で聞く怖さ……その気持ちはわかるよ」
そしてヴィンセントは、パイトさんに持って来させた紅茶を受け取って飲み、一息の間を空けて言う。
「……そこでだロード……まだ朝早い、皆は眠っている……今ここでキミだけが、その力の正体を先に聞くのはどうかな?……」
「――⁉︎――今ここで生命の力の話を?」
突然の提案に驚いたものの少し顔から陰が薄れた。
「ああ……いや……もちろん聞く覚悟が出来たときに個別に話てもいい、ただロードが、まず誰よりも先に聞いてから、皆の前で話そうという提案だ……その方が少しは気も楽になるかもしれない」
ヴィンセントはまた紅茶を口に含み喉を潤した。
「どうするロード皆より先に聞いておくかい?……」
ロードはよく考えた。奏でられるハープの音が心を落ち着かせ、冷静な判断を下させる。
「…………先生……皆と一緒に話をききたい……」
「……いいのかい?皆の前で力の正体を受け止めなくてはいけなくなるよ……」
「うん、自分のことでも、先にオレだけ聞くのは抜け駆けみたいで嫌だな……ずっと皆で暮らしてきた。そのおかげで、この力の不安も和らいだ……」
ロードは食堂に飾られた十人の子供と二人の大人の絵を見て言った。
「だからその感謝の代わりに、皆と一緒に聞く……そうして受け止めたい、この力のことを……」
ロードの顔にもう陰はなかった。
「それに皆で道を進んだ方が怖くないよ」
最後は開き直ったような子供らしい本音で締めくくった。
「……そうだね」
ヴィンセントは同意した。そして立ち上がって、
「わかった、この話は皆の前でしよう……すまなかったねロード、食欲を下げる話をして……」
「……大丈夫…………先生その話はいつになる?」
「……明日にしよう、今日の授業は、そのためのおさらいかな……色々と複雑な話だから、皆に話をすんなり理解してもらうには必要だろう……」
言って、食堂を出て行こうとする前に。
「……長らく待たせてすまなかったねロード、よく頑張った」
「……うん」
またパイトさん達が新たに食堂に来て食べ物を持って準備する。
「……それじゃ、また学びの鐘が鳴った後に教室で……」
「はい、ヴィンセント先生……」
ヴィンセントがその場から去って行く。
ロードは止まっていた食事を再開する。
ヴィンセントは大きな扉から食堂を出る。扉は自動で閉まる。広い廊下のあちこちでパイトさん達が仕事をしている。
(……ロード皆で道を進む、それは素晴らしいことだ、だけど勇者になった後、そうはいかない……)
ヴィンセントが廊下を歩いて行くと、パイトさん達はお辞儀をしていく。それには目もくれない。
(……皆、いつか別々の道を行く。そのときは来る。一人で道を進むときが……)
(そのために、この勇卵の城はあるんだ……)
そこはいくつもの異質な風景が組み合わさった、めちゃくちゃな世界。その世界で生命体は、湖の中にそびえ立った城だけにしか居なかった。




